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22:愛する者

この手に握っていた重さが消え、黒い光となって飛散していくのを俺はただ膝をつきながら眺めていた。オンファがこの世界にいた痕跡が完全に消えてなくなると、力なく天を仰いだ。

また愛する人を守れなかった。オンファは俺のせいではないと言っていたが、彼女が俺をかばって攻撃を受けたのは紛れもない事実だ。俺が彼女を殺してしまった。

ヒスイの時と同じ過ちを繰り返し、俺は自分の不運を呪った。

いや、不運などではない。ヒスイに対する贖罪を求めて自殺紛いの攻撃を仕掛けた俺の身勝手さが原因だ。ヒスイの姿をした敵を目の前にして、俺はただ自分が楽になりたかっただけだ。

俺は立ち上がって近くに落ちている剣を拾い上げた。俺は勇者などではなかった。ただの自分の事しか考えていない、自分勝手な人間だ。以前街で出会った青年の事を俺はそこらのモンスター呼ばわりし、ヒスイを化け物呼ばわりした人々に対して怒りを抱いたが、俺はそれらにも劣る最低なクズだ。これ以上他者を巻き込む前に俺という存在を消し去ってしまった方が良い。

生きる気力を失った俺は手にした剣を自分に向けると、首筋に刃を当てた。あとほんの少し剣を動かすだけで良い。やれ。やるんだ。

俺は目を閉じて、剣を握る手に力を込めた。

「自死はなんの救いにもなりませんよ?」

突然の声に驚き、俺は目を見開いた。光に包まれた女性が目の前に浮かんでいた。二本の角が生えた頭に雪のように白い肌。背中には薄い桃色の翼があり、鉤爪の備わった脚は猛禽類のようだ。そして、ひときわ目を引いたのは様々な色に輝く美しい髪の毛だった。

異形の女性は床に降り立つと、俺を見下ろしながら話を続ける。

「勇者よ。まずはお礼を言わせてください。私の肉体たちを鎮めてくれてありがとうございました」

その声には聞き覚えがあった。今まで何度か俺に語りかけてきたあの声だ。俺は剣を下ろして目の前の女性に話しかけた。

「俺を導いていたお前が魔王だったのか? 魔王が一体なぜ勇者の手助けを?」

「憎悪を宿した肉体たちを止める為です。頭部が話していた通り、一時の怒りでこの世界の人間にとって危険な存在を生み出してしまいました。ですから私の肉体たちが復活するタイミングで異世界から貴方を召喚し、記憶を消去されている胴体と共に旅に出てもらう事で暴れている他の肉体を回収してもらったのです」

「それはつまり、この世界での俺の行動はお前によって仕組まれていたってことか?」

魔王の発言は俺には衝撃的だった。それが真実なら俺がヒスイと出会った事も、彼女を愛した事さえも全てが魔王の手のひらの上だったという事になってしまう。

魔王は小さく首を横に振った。

「私が行ったのはただの道案内。その道を進むと決めたのはあくまで貴方自身の判断です。私としても貴方が胴体を愛してしまった事は予想外でした。もちろん、頭部についても同様です。

ですが、今にして思えばそれらは必然だったかも知れません。私が貴方を選んだという事は、私の肉体たちも当然貴方に対して特別な感情を抱くでしょうから」

魔王の表情がフッと和らいだ。目の前にいるのは俺のはずなのだが、その目に俺は映っていないように見えた。

「もしかして、お前と恋に落ちた勇者は俺に似ていたのか?」

「さぁ? 遠い昔のことですので忘れてしまいました。

それよりも貴方の先程の行動について話があります。なぜ、貴方は自死を選ぼうとしたのですか?」

魔王は俺に対してわかりきった質問を投げかけてくる。

「そんなの決まってるだろ? 俺は自分勝手に行動して周りに迷惑をかけてしまった。ヒスイやオンファが死んだのは俺のせいなんだ」

「確かに胴体や頭部がその存在を消滅してしまったのは貴方の責任です。ですが、自死によって得られるのは救いでも許しでもなく、ただの無ですよ?

もし、贖罪を果たしたいのなら、その生命を全うするべきです」

他人にこれ以上迷惑をかけない為などと言い訳をしたが、俺は自分の犯した罪や責任から逃れて楽になりたかっただけだった。魔王はそんな俺の考えを見透かした上で、怒るでもなく呆れるでもなく、諭すように俺に語りかけてきた。

「愛する者を失った貴方にはこの先苦痛と後悔が待ち受けているでしょう。楽な道ではないはずです。しかし、だからといって逃げてはいけません。貴方の生命が今あるのは他でもないその愛してくれた者たちのおかげなのですから」

そう言って魔王は優しく俺の頬を撫でた。その暖かさに凍てついた俺の心に再び火が灯った気がした。そして、俺はそこで初めてあることに気がつく。

「お前……実体があるのか?」

「はい。私の肉体たちがここに全て集い、元の部位へと戻った事で私は完全に復活する事が出来ました。安心してください。人間を滅ぼそうなどとは考えていませんから」

魔王を包む光が先程よりも強くなった。

「私も今から消滅します。憎悪が込められた肉体としてではなく、魔王である私として消滅する事でようやく全ての悪しき繋がりを断ち切る事が出来るのです。貴方には感謝しかありません。これでようやく私も安心してこの世から消える事が出来ます。

もう随分と長い間、向こうで人を待たせてしまいました。まだ彼が待ってくれていると良いですが……」

魔王は一瞬不安そうな顔を覗かせた。だが、俺の事を見つめるとゆっくりと頷いた。

「余計な心配でしたね。彼ならきっと忘れずに私の事を待ってくれているでしょう。貴方が彼女たちを愛していたように、彼もまた私を愛してくれていたのですから」

俺の顔に触れていた指先が粒子となって消えていく。暖かな光に包まれている魔王に俺は叫んだ。

「待ってくれ! 俺はこれからどうしたら良い⁉ ヒスイやオンファがいないこの世界でどうやって生きていけば良いんだ⁉」

「貴方の人生です。今までもそうしてきたように貴方が生き方を決めてください。大丈夫です。貴方なら自分の生き方を見つけられますよ」

体のほとんどが光へと代わり、顔も消えかけている。魔王は少し微笑むと俺に言葉を残した。

「最後に、これだけ頑張ってくれたのに何も褒美が無いというのは酷だと思いましたので、ささやかですが贈り物です。残念ですが、今の私に出来るのは一人分だけでしたが……

これからの人生、彼女と後悔のないように生きてくださいね?」

魔王の姿が消えた瞬間、強烈な光が部屋中を照らした。眩しさに俺は片手を顔の前に出す。

徐々に光が落ち着いていき、俺はつま先を見ながら何度か瞬きを繰り返した。

「◯◯……?」

俺の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。いつも傍らで聞いていたその声に俺は驚きながら、ゆっくりと顔を上げる。

一人の女性がそこに立っていた。だが、そんな事はありえない。彼女は消滅したはず……

俺は恐る恐る相手の名前を呼ぶ。何も反応がなかったら、という恐怖がよぎる。

彼女は自分の体と俺を交互に見比べると、やがて涙を流しながら俺に抱きついてきた。

魔王が蘇生してくれた彼女と俺はこれからもずっと一緒に生きていくだろう。それが俺の望みであり、俺を生かしてくれた二人への贖罪なのだから。

お読みいただきありがとうございました

これにてこの物語は完結となります

前から言っていました当初はもっと明るい作風にする予定でした

ただ、魔王の肉体というヒロインの設定を活かそうとした結果、周囲からの拒絶や途中のヒロイン交代などシリアス展開をどんどん盛り込んでいく事になりました

曇らせ展開が好きだからという訳じゃありません……多分

割と行きあたりばったりな話の進め方になったので矛盾とかもあるとは思いますが、生暖かい目で見過ごしてもらえると幸いです


思ったよりも長期連載になった事もあり3月は短編をどんどん書いていこうかと考えています

もし興味ありましたらそちらもお読みいただけると嬉しいです

ではでは

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