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第五十一話 鏡像と爆発と

  

           第五十一話 鏡像と爆発と

 

 

 剣閃が、交錯する。

 陽光を反射し、煌きを伴いながら。

 聖剣と、騎士槍とが斬り結ぶ。それは常人にはけっして捉えることなどできぬ、神速の応酬だった。

 

「『光雷刃』」

 

 それらの交叉の、離れゆくタイミング。いつきは光の魔力を載せた斬撃を、敵に向け「撃ち」放つ。

 それは三日月状の弧を描いて、破壊力を載せて敵へと迫る。

 銀髪の槍戦士はひらり跳ねるとともに、それを避ける。──読み通り。その行動を予測していない、いつきではない。

 

「そこっ!」

 

 同じ方向へ、機先を制するようにひと足先に、いつきも跳んでいた。

 敵の対応。これも想定内。その大型の騎士槍を振るい、互いの間に距離を置こうとする。

 概ね、いつきは敵の戦術スタイルを把握しつつあった。

 集団戦を前提とした、それは武装であり、戦法なのだろう。

 大型のその武器より繰り出される技はいずれもが高い威力を、そして強大な膂力を秘めて放たれる。

 それは直撃を受けた敵を確実に一撃のもと、屠り去るためのもの。

 ゆえに攻撃、ひとつひとつは大振りとなる。

 一対一の戦いにおいては明確に隙の大きな、戦闘スタイルである。

 それはすべて、眼前の敵が本来持つ、固有の能力に起因するのだろう。

 敵の魔力を利用し、配下を生み出す。それらを操り、敵の動きを封じる。数の利を以て、圧倒し。自身は必殺の一撃を叩きこむ──己の能力をよく理解した、合理的な戦術だ。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをする、敵眷属。得物や戦術上での不利は、あちらもまた自覚をしているのだろう。それでもその不利を抱えながらいつきと渡り合うあたりは、やはり世界そのものに生み出された存在、その力持つ者というべきだった。

 押しているといっても、ごく僅か。

 一気呵成に押し込むか。このままじわじわと、有利を確定させたまま削っていくか。思案のしどころだった。

 そしていつきが選んだのは、前者だった。

 敵に応援がこないとも限らない。また、考える暇を与えれば、こちらが打開策を見出したようにあちらもまた、なにか見つけてしまうかもしれない。

 雑兵を相手にしている久遠たちも、じきに駆けつけるはずだ。万一の場合にも、連戦のダメージ蓄積した眷属を、彼女たちの連携で討つこともできよう。

 ゆえに、僅かとはいえ有利ならば、攻める。この状況を覆す一手を敵が見つける前に。

 押し切ってやる──!

 

「永遠竜よ!」

 

 己が剣に、いつきは命じる。

 刀身が帯びるその輝きが一層に増し、オーロラのように軌跡を描く。

 極光のカーテンを纏うように、いつきは刃を操り。そして一直線に敵眷属・オルダへと迫る。

 対する銀髪の敵手は、真っ向からの迎撃を選択する。

 その長槍の、威力を純粋に込めた強大な一撃。

 防御を固めての突撃と判断したか──攻撃に対応して発動する、迎撃型の術式がそこには込められていると予測したのか。

 ならば後者は半ば、正解ではあった。

 

「!」

 

 オーロラのヴェール。それは防御のためでも、カウンターをとるためでもない。

 敵の攻撃を受けたその瞬間、起こるその現象は。

 自らを一瞬、消失させること。

 

「『ちらつきの霊鏡』」

 

 そう。彼女が貫いたいつきの姿は、オーロラのつくる鏡に映し出された鏡像でしかない。

 その鏡像の出現している一瞬、いつきの肉体はこの世界から包み隠され、ちらつくようにかき消える。そして鏡像の、オーロラの消失とともに再び、現れる。

 経過時間にふさわしく、敵の想定しえない至近に。

 その間合いは──いつきの、聖騎士の距離だ。

 

「光輝一刀流、『流刑円』」

 

 円軌道の、斬撃。身をかわした敵の顔面をその切っ先は掠め、そこにある右目を斬り裂いていく。

 噴き出すは、鮮血。

 人体や生物とは構造を異にするはずの世界の眷属がそうやって流血をするのはどういう理屈なのだろうか? 

 血のようであっても、きっとこれは血と呼べるものではないのだろう──前世は聖騎士と呼ばれる身であり、今もまた一応は優等生に分類されるものの、学者でもなんでもないただの高校生のいつきにはそれ以上は量り得ぬことであったけれど。

 今はそれ以上、考える必要もなかった。

 敵に、死角が生まれた。この機に乗じない手はない。

 オルダの右側に回り込むいつき。

 即座敵は気付くも、どうしても迎撃のその動作が死角の存在を前提とした、大きなものにならざるを得ない。

 ワンテンポ遅れ振り上げられたその槍が、……しかしいつきではない別の方角から飛来した一撃に叩き落される。

 

「久遠っ!」

「遅れてごめん! こっちは全部やっつけた! ──やっちゃえ!」

 

 六つの球体が連なったがごとき、電流帯びた焦熱の火花が、敵の得物を弾き飛ばしていた。

 これで敵は手負い、丸腰だ。これ以上躊躇する理由はない。

 いつきは腰を深く落とし、大きく踏み込む。

 ほぼ密着状態にまで、相手に食らいつく。距離は開けさせない。武器を取りになど、いかせるものか。

 

「光輝一刀流」

 

 この局面でいつきが選んだのは、一対一の至近距離において、上半身のみで繰り出す技。最小限の動作で、確実に敵を葬る。

 聖騎士の名のもと、悪を討つ。他者には邪魔させず、他者に手を出させない。そのために身に着けた、シンプルにして一撃必殺の技だ。

 斬るべき、敵。それは悪。ゆえに。

 

「──『悪斬』」

 

 いつきの放った一撃は寸分違わず、敵の首筋へとまっすぐに迫っていた。


                  *   *   *

    

「よし! これで……!」

 

 師の得意技が、今まさに敵の頸部へと吸い込まれていこうとしている。

 間合いは必殺。闖入者が割り込めるような距離ではない。

 だから久遠は快哉をあげた。これで一体、『ディ=クス』の眷属を討つことができる。

 丸腰に剥かれた敵が、徒手空拳で師のあの一撃を止められるはずがない。

 やってくる決着の瞬間を、久遠はほんの毛筋ほども疑いはしなかった。

 

「!?」

 

 ──それゆえに。

 ほぼ密着状態の両者の間に、突如として巻き起こった爆発に、一瞬久遠は事態を呑み込めなかった。

 いつきを。オルダを呑み込んだ閃光に、爆風に思わず目を見張る。

 なぜ。いや、一体なにが。

 困惑と動揺に息を呑む久遠の視界に、やがて爆風の中より脱したいつきの、白ケープの背中が躍り出る。

 爆風の煤と、至近距離で浴びたその熱量のダメージを着衣や頬に残しながら。彼女は、健在だった。

 

「いつきちゃん!」

「──浅い。仕留めきれなかった……!」

 

 歯噛みするように言う彼女の右目は、額からの血に塞がれていた。敵眷属同様、互いに視界の一部を封じられたことになる。

 そして、爆風が晴れていく。

 遅れかけつけた律花の風だ──振り向かずとも、背後に降り立つその気配と着地の音とで、久遠にはそれがわかった。

 そう、風が切除した爆風。そのむこうにはやはり、敵は健在で。

 

「あんたは……!」

「──ハート、ちゃん」

 

 頸部ではなく、脇腹を深く切り裂かれたオルダに肩を貸して、その少女は眠たげな目線を久遠たちに向けていた。

 長袖Tシャツ一枚の、銀髪少女。

 この世界に仇なす、世界の眷属がひとり。ハート。ハート=ファンディ。

 ぼんやりと久遠を、律花を、いつきを交互に見比べていた彼女は、ぽつりとその口を開く。

 

「邪魔してごめんねー。でも、欠員出すわけにはいかないんだよねー」

 

 力のこもらぬ、独特の声が一同の耳を打つ。

 

「今の、は……!」

 

 刃を構えるいつき。ダメージはけっして深くはない。このままハートが望むのなら、やりあおうと思えばやれる。久遠は師の状態をそのように分析する。

 

「んー? もちろん、ハートの能力だよー。ハートはねー、魔力を爆破できるんだよー」

「なっ」

「ま、あんまり遠いのは無理だけどねー」

 

 すらすらと言ってのけるハート。

 手の内を明かすとは、それほど自身の実力に自信があるというのか。睨む三人に、彼女は不思議そうに首を傾げる。

 

「なーにー? 変な顔してたから、教えてあげたんだけど。それにー、ハートの能力知ったって、どーせうちらのリーダーが出張ってくれば関係ないし」

「リーダー……ですって?」

 

 ハートを睨み続け、警戒を一切崩すことのないいつき。その眼前で次第に、ハートの。手負いのオルダの姿が希薄になっていく。

 

「そーだよー。リッカちゃんたちからすれば、うちらの四人目。どんなちからか教えてあげよーかー?」

 

 撤退するのか。追いかけようとする衝動がなかったわけではない。しかしそれ以上に、ハートの吐き出した次の言葉が、久遠のみならずそこにいる皆をその場に縫い付ける。

 

「リーダーは、ほかの眷属三人の能力はすべて使える」

「!」

「なぜならリーダーのちからは、」

 

 最後の言葉と、彼女らの姿の消失はまったく同時だった。

 反論も、問いも許さぬほどに。ただ、彼女は言い置いていった。

 

「リーダーのちからは、あらゆる魔力を強制的に変質させること。今回みたいな子供だましは通用しない」

 

 そうして、消えた。

 

 

          (つづく)


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