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プロローグ



「納得出来ませんわっ! 貴方は……このレティシア・アーセラムという婚約者がありながら、たかが男爵家の小娘を選ぶというのですか!」


 パーティー会場に、一際ヒステリックな女の声が響いた。


 声を発するのは、真紅のドレスに身を包んだ、煌びやかな少女。その唇は装いよりもなお紅く、肌は陶磁のように滑らかだ。彫りの深い顔立ちも、黄金こがね色の髪も、全てが美しい。だが、大きく開かれたエメラルド色の双眸には、怒りの炎が轟々と燃え立っている。


 その激しい視線の先には、手を取り合い、美女を強く見据える男女の影があった。


「君に何と言われようと、僕はエミリアと結婚する!」


 栗色の髪の青年が高らかに宣言する。

 彼は、目前で取り乱す令嬢・レティシアの婚約者だ。しかし今は、隣に立つ儚げな少女の手を握って、己が婚約者を強く睨みつけている。その姿は、さながら姫君を悪しき魔獣から守る騎士のよう。

 相対的に魔獣ポジションとなったレティシアは、今にも吠えかからん勢いで体を震わせた。


 更に勇気と決意を振り絞って、青年は続ける。


「君がこれまでエミリアにしてきた嫌がらせの数々についても、今ここで彼女に謝罪してもらおう。例え君がアーセラム家の令嬢であろうと、卑劣な行いが許されるわけではない!」

「私が、男爵家の小娘に謝罪? ふんっ、馬鹿らしい。」

「わ……私に、しゃ、謝罪など必要ありません。ただ、私とフレッド様の結婚を、どど、どうかお認めください……」

「泥棒猫はおだまりっ!」


 震える声で口を挟む少女——エミリアを、レティシアの憎悪に満ちた視線が射抜く。

 エミリアはびくっと体を震わせ、恋人の腕に縋り付いた。青年は怯えるエミリアに「大丈夫、僕が君を守るよ」と優しく囁く。

 目の前で甘い空気を漂わせ始める恋人たちに、レティシアは益々大きな目を吊り上げる。


「フレッド様。私を、アーセラム家を敵に回すということ……どういうことか、お判りでしょうね」

「覚悟の上だ。例え君たちに一生恨まれることになろうとも。そして、今の地位を失うことになっても……僕は、エミリアを選ぶ!」


 青年の高らかな決意表明に、修羅場を取り囲んでいた野次たちが「おお〜」とどよめき、そして拍手した。

 一方のレティシアは気圧されたように後ろへよろめき、「きいぃっ」と悔しげな声をあげる。


「貴方はただ、そこの卑しい女に惑わされているだけですわ! 目をお覚ましになって!」

「何を言われようと僕の心は変わらない。僕——フレッド・ストラーダは、レティシア・アーセラムとの婚約を破棄する! 全ては、愛するエミリアのために!」

「フレッド……!」


 とうとう周囲から、大きな歓声が上がった。人々が、愛を叫ぶフレッドとエミリアを祝福する。

 熱が高まる会場の中、1人孤立したレティシアはおろおろと周囲を見回し、そして地団駄を踏んだ。


「認めませんわ……! この私が、木っ端貴族の娘にコケにされるなんて……! お父様に言いつけてやる! 覚悟なさい!」


 それを捨て台詞にして、レティシアはキィキィ猿のように喚きながら、人垣をかき分け会場から逃げるように立ち去る。

 高慢な令嬢の敗北に、人々は更に湧くのだった。


 ——これが、ストラーダ侯爵家とアーセラム侯爵家の間で起きた、婚約破棄騒動の顛末である。

 悪名高き令嬢の無様な敗走劇は、翌日各ゴシップ誌の一面を飾り、紙面には彼女が哀れなエミリア嬢に働いた非道な行いが事細かに書き連ねられた。


 それを目にした誰かが言う。


「あれ。この人、また婚約者にフラれたの?」




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