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悪役令嬢ビジネスの実態



 婚約破棄騒動から数日後。私、レティシア・アーセラムは馬車を降りて、王都某所の通りに立っていた。

 繁華街から数本外れたこの道は、騒音立ち込める目抜き通りとは打って変わって、人気が少なくしんとしている。酔っ払いや物乞いの姿はなく、道の端にはゴミひとつ落ちていない。

 ——それこそ、この一角が知られざる“貴人御用達”のエリアであることの証だ。


 並びにある民家の扉をノックする。すると音もなく扉はすうっと開き、壮年の執事が姿を現した。


「ようこそ、レティシア様。お連れの方々は中でお待ちです」


 執事は恭しく建物の奥を手で示す。私は小さく頷いて、中へと足を踏み入れた。

 一見何の変哲も無い民家の内部には、長く薄暗い廊下が続いている。導かれるがまましばらく歩き、「こちらになります」と開かれた扉をくぐる。


 中は黒を基調としたダイニングスペースとなっていて、部屋の中央には大きなテーブルが1つ置かれていた。更に、それを囲むようにして座している、女性の影が3つある。


「あーっ、やっと来た!」


 彼女達は私を見ると、揃って顔を綻ばせた。


「もう、遅いわレティシア!」

「ごめんなさい。先に始めてくれてもよかったのに」

「主役不在でそんなこと、できるわけないでしょう」


 ぷりぷり怒る友人たちに謝罪しながら、私もテーブルにつく。

 すぐに若い給仕が前に出て、流れるような手つきで順にグラスへ発泡酒を注いだ。


「かんぱーい!」


 4つのグラスが触れ合って、チン♪ と軽快な音が室内に響く。

 口をつけて一気に飲み干すと、冷えた炭酸と芳香が喉を通り抜けて、ふぅ、と緩んだ吐息が漏れた。


「レティシア、この前はお疲れ様っ」


 と言うのは、マデリン。彼女は式を挙げてそろそろ一年が経つ人妻だけど、今日は羽目を外すつもりなのか、大胆に胸元が開いたドレスに身を包んでいる。


「迫真の悪役っぷりだったわ。見ているだけで震えちゃったもの」


 体を竦ませるふりをして、笑うのはミアネラ。彼女も騒動のとき、パーティー会場にいたのだ。フレッドが婚約破棄を宣言したときには、誰より早く拍手していた。

 そして——


「私は……貴女が本当に傷つくことになるんじゃないかって、不安で不安でとても目を開けていられなかったわ。言う予定だった台詞も、思い切りかんじゃうし……」


 と、目尻に涙をためてエミリアが言う。

 フルネームはエミリア・ローエル。ローエル男爵家の令嬢で、先日ストラーダ侯爵家の御曹司と身分違いの電撃婚約発表を果たした、今話題のシンデレラガールだ。そう、間違いなく“あの”エミリアさんである。


 ——婚約者に手ひどく振られてしまった数日後。

 私は自分の婚約者を横から掠め取った憎っくき女と、ピンクの泡立つグラスを片手に楽しく酒盛りをしていた。


 エミリアだけではない。マデリンも、ミアネラも、かつて私から婚約者を奪った、泥棒猫さんたちだ。


 事情を知らない誰かがこの光景を見たら、これから女同士の血みどろデスゲームが始まるのではと、恐れおののき腰を抜かすことだろう。

 しかしここに集まるメンバーの顔には、憎しみも戸惑いも恐怖もない。私たちは今、純粋に女子会を楽しんでいる。


 私は、目を潤ませるエミリアに微笑みかけた。


「泣かないでよ、エミリア。せっかく上手くいったのだし、ここはパーっと打ち上げしましょう?」

「そうよ。彼との婚約が正式に決まったんでしょう。今日は貴女のお祝いとレティシアのお疲れ様会を兼ねた席なんだから、しんみりは禁止よ」

 

 私の言葉に同調して頷くのはマデリン。一方、ミアネラはエミリアの肩に手を置いて言った。


「私はエミリアの気持ち、ちょっと分かるわ。ほら、レティシアの悪役ぶりってかなり過激じゃない? しかも人前で惜しげも無く披露してくるし、金切り声まであげてくるし。いくら演技と分かっていても、自分のためにこんな汚れ役を買ってくれているんだ——と思うと、何だか罪悪感で胸がいっぱいになっちゃうのよね」

「そう、そうなの。このままじゃ社交界にレティシアの居場所が失くなっちゃうんじゃないかって思って……。ほ、ほんとうにあれで良かったの……?」


 不安たっぷりの目でエミリアが見つめてくる。それを私は軽く笑い飛ばした。


「ああ、いいのいいの。私、いつまでも貴族社会ここに身を置くつもりはないから」


 空になったグラスをテーブルに置く。影からボトルを手にした給仕が現れて、再びグラスの中に発泡酒が満たされていく。


「お金が貯まったら、家を出てナラザの学院に入学しようと思うの。まあ、出奔するより先に勘当されちゃうかもしれないし、そもそも学院の入学試験を突破できるかも分からないんだけどね」

「しゅ、出奔?」

「そう。昔から歴史を勉強したいと思っていたのだけど、両親が侯爵家の娘に学問はいらない、なんて言って学校にすらろくに通わせてくれなくてね。こうなったらもう家を出るしかないと思って。——これ、話していなかったっけ」


 エミリアはぽかんと口を開ける。何とも分かりやすい表情だ。

 予想通りの反応がおかしくて、それを肴に私はもう一度グラスに口をつけた。


 ここは、王都某所にある超高級秘密サロン。多くのVIPたちがお忍びで訪れて、高級酒を片手に密会・密談を行う場所だ。私も、秘密の友人達と語らうために、よく利用させてもらっている。


 レティシア・アーセラム。アーセラムのわがまま娘、性悪女、あるいは悪役令嬢。——それが世間一般の私に対する評価だ。

 私はこれまでに3人の男性と婚約し、その3回とも別の女性に婚約者を奪われる形で破談された。なかなか悲惨な経歴である。しかし可哀想なレティシア嬢に対する憐れみの声は、今のところ社交界のどこからも聞こえてこない。

 何故ならこのレティシアという人間は、己の家の権威と富を笠に着て、傲岸不遜、傍若無人、悪逆非道の限りを尽くす、超超いけ好かないお嬢様だからだ。

 普段からわがまま放題で評判最悪のレティシアは、特に嫉妬深いことで有名だ。彼女は自分の婚約者に少しでも女の影がちらつくと、ヒステリックに喚き散らし、疑わしい女性をとにかく陰湿な方法でいじめ抜いた挙句、島流しにせん勢いで追い詰める。そうこうしていると、性格の悪いレティシアに辟易していた婚約者が、いじめられていた女性を哀れむ内に愛が芽生え、レティシアとの婚約破棄を決意する——というのがいつもの流れである。


 いじわる令嬢と、道ならぬ恋に苦しみながらも立ち向かう恋人たち。その分かりやすい対立構図は、社交界を大いに沸かせた。

  婚約者がいる男性と、それを知りながらも彼から離れられない清楚なヒロイン。本来なら許されない恋をしているはずの2人を、人々は熱い気持ちで応援する。何故ならレティシアが嫌な女だから。

 そしてクライマックス。婚約者は女性への愛を語り、レティシアに婚約破棄を叩きつける。レティシアは猿のように喚いてヒロインを糾弾するが、そこで彼女がヒロインに働いた数々の陰湿な嫌がらせを暴露され、あっけなく退場する羽目になる。ある意味、レティシアは浮気され捨てられた哀れな令嬢だが、誰も彼女に同情しない。何故なら、レティシアが嫌な女だから。


 ——これまでの流れで既に誰もがお察しのことと思うが、私は別にそこまで性悪な女じゃない。そして、誰かをいじめた経験もない。


 悪役令嬢レティシアというのはあくまで作り上げられたキャラクターだ。私は、これまでの婚約破棄騒動を、敵側であるヒロインたちと共に演出してきた。つまり、全部がやらせってことである。

 これは墓場まで守らねばならぬ、私たちだけの秘密だ。手に汗握る修羅場が実は仕込みだったという事実は、元婚約者の男性陣ですら知らない。


「——それに、貴女とフレッドをくっつけるにあたって、しっかりお給金も頂いているし。私は報酬に応じた仕事をしただけ。だから、胸を痛める必要はないわ」

「そのお給金だって、大した額ではないじゃない。アーセラム家ともなれば、いくらでもお金はあるでしょうに」

「家を出奔するのに、家のお金を使い込むのも間抜けな話でしょう。かと言って、親は私が働くことを許してくれないし。だから私は、こういうこそこそした手段でしか、お金を稼げないの」

「……じゃあ、レティシアは、お金が欲しくて私とフレッドを結びつけたの……?」


 エミリアが不安そうにこちらを見つめる。

 どう答えたものか、と悩んでいると、横からマデリンがぴしゃりと言った。


「それについては、前の会合のとき話したでしょう。レティシアは、貴女とフレッドが惹かれあっているって気付いたから、貴女達の間をとりもつためにあんな役を演じたのよ。もちろん、私とミアネラの時もね」


 ミアネラが大きく頷き、うっとりと口を開く。


「私、子供の頃から夫のことが好きだった。けれど1年前、彼がアーセラム家のご令嬢と婚約したと聞いたときにはは全て諦めたわ。うちの家格じゃ、アーセラム家と張り合うなんてとうてい無理だもの。でも、レティシアが『私の婚約者は、貴女のことが気になるみたい』と声をかけてくれて……。そして、悪役を演じて、彼が私のことを気にかけるよう取り計らってくれたの。そうしたら、彼が『実は子供の時から君に惹かれていたんだ。これからずっと君を守りたい』って告白してきて」

「ストップ、ミアネラ。惚気は結構よ」


 語り出したミアネラをマデリンが制止する。そして浮つき始めた空気を元に戻すように、ぽんと一回手を叩いた。


「とにかく、レティシアは私たちの思いを知ってここまでしてくれた。狂言婚約破棄なんて許される行いではないけれど、レティシアを頼った私たちも共犯よ。動機だとか目的だとか、細かいところを言い合うのはなしにしましょう」

「……そうね、ごめんなさい」


 エミリアが申し訳なさそうにしゅんとするので、私は「気にしないで」と首を振った。


 実際、マデリンが言った通り、私は無理やり婚約者と他の女性をくっつけたわけではない。

 はじめは、勝手に決められた結婚が許せなくて、どうにか相手側から断ってもらおうと、ただ性悪女を演じていた。そうこうしているうちに、最初の婚約者とマデリンが互いに意識していることに気がつき、それなら2人をくっつけてしまおうという考えに至ったのである。そのついでに、マデリンからはちょびっと報酬を頂くことにした。これが私の悪役令嬢ビジネスの始まりである。


 貴族にとって、結婚は仕事のようなものだ。他に気になる異性がいたり、相手が全く好みのタイプでなかったとしても、自分の思いに蓋をして、こなさなければならない時がある(私はこなす気0だけど)。

 幼い頃から、妙に他人の恋心に敏感だった私は、1人目の婚約者と顔を合わせたとき、彼からそんな蓋をした思いの気配を読み取った。だからちょっとした小芝居をして、彼と意中の人をつなぎ合わせてみた。一種の仲人のようなものだ。


 それが妙に上手くいって、2人目の婚約者も同様にし、今回3人目もこうなった。


 褒められない行為だとは理解している。

 だが、元婚約者の方々は、政治的結婚ではなく、真実の愛を手にいれることが出来た。ヒロインの方々は、本来叶うはずもなかった恋を実現することができた。そして私は、名誉こそ損ねられるものの、十分な金銭を対価として得ることができた。

 おまけに悪役の存在があるから、道ならぬ愛を選んだ恋人たちを責める者もいない。

 誰も損をしていない。非常に素敵なハッピーエンドである。


「不安でつい、いらないことを言ってしまったわ。けれど、レティシアのおかげで私はフレッドと結ばれることができた。今回は本当にありがとう」


 エミリアはおずおずと笑顔を見せる。金銭で手に入れた愛という後ろめたさを少し抱えながらも、幸せを隠しきれない様子だった。

 悪役令嬢冥利に尽きる笑顔である。


「驚異の仲人力よね。身分に差があるカップルを3組も成立させたんだから」

「歴史学者じゃなくて、恋愛アドバイザーをやったらどう?」

「わあ、素敵。ぴったりだわ」


 私が黙ってお酒を舐めていると、友人たちが勝手なことを言って盛り上がり始める。

 ちょっと不穏な話題だったので、聞こえないふりをしておく。そうこうしているとあっという間にボトルは空になってしまった。

 程よく酔いが回ってきたマデリンが、空ボトルを手にとって掲げる


「給仕さん、ボトルもう一本追加してちょうだい。——今日は私たちの奢りよ、レティシア」


 愛想よく頷いて、給仕は既に用意していたらしいボトルを取り出す。新たなグラスに冷えた液体が注がれると、それを手に取りヒロインたちは高らかに言った。


「私たちのキューピッドに、乾杯!」





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