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妖しな家族  作者: 奏白いずも
人間編

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14/34

十四、子守唄

一度タイトルを変更させていただきました。

いつもより長めかと思いますが、ぜひお付き合いいただけると嬉しいです。

ちなみに苧環おだまきたまきと読みます!

 夕食までに全てを終えることは困難を極めた。

 まず引き出しに入っているものを確認し、分類をわかりやすくする。赤子用ばかりなので、十六歳の桜子には不要なである。かといって捨てるわけにもいかず、奥の方へと隙間なく収納した。

 空間が出来ると、ひたすら詰める作業の繰り返し。

 着物から袴まで用意され、どれも趣味が良いので見ているだけでも楽しかった。花や蝶、小紋に季節感溢れている。帯締めや髪飾りといった小物も可愛いらしい。流行りの洋服は見たこともない仕様で気になるし……とても捗るわけがない。

 これでも苧環に呼ばれるまで精一杯健闘したのだ。


「桜子、ここに座れ」

 先ほどと同じ席に着こうとした桜子は呼びとめられ、無月は自分の隣を示しす。

「距離が遠くてはつまらないだろう。せっかくだ、もっと近くでお前を感じていたい」

「……わたくしは、そうは思いません。距離を取るのもまた一興。どうでしょう、この際別々に食事を取るのも、さぞ楽しいかと思いますが」

「それは、お前の食事風景を影から見守れ、ということか? それも楽しいかもしれないが、今は共に食事をしたい。いいだろう、親子なのだから」

 なんだか変な理屈を並べ立てられた。ここで強引にでも押し切れば、影から食事風景を見守られると。不愉快極まりないので桜子は反論を諦める。

(少し近くで食事をするぐらい、どうということは、ん? 食事……?)

 まさかという嫌な予感が過ぎるが、そのまさかだった。

 女性姿の苧環――こちらの姿は便宜上『環』と呼ばれているらしい。環が給仕してくれた料理は茶色く、とろみのついた液体を白米にかけたもの。香ばしような、辛さを連想させる独特の香り。茶色の中には刻まれた野菜が覗き、橙色らしきものは人参だろうか。

「洋食、ですね……」

「ああ、洋食だな」

「洋食がお好きですか?」

「特別好物というわけでもない」

「でしたら、和食を所望したいのですが」

「長年食べたせいか、和食には飽きていてな。案ずることはない、また食べさせてやろう」

「お断りします! 同じ失態は犯しません。一人で食べられますので、箸を所望します。……と言いますか、わたくしの前に食器が見当たらないのですが」

 料理は完璧に給仕されているのに、食器類が見当たらない。まさか環の失態というわけでもないだろう。

「俺が食べさせる故、不要だと言いつけておいた。さあ、口を開けろ」

 自分の料理そっちのけで、無月は桜子に食事を与え始める。

「ど、どうしてこうなります!」

「いいだろう、親子なのだから」

「よくない!」

 渾身の叫び虚しく、またも桜子は屈辱的な気分で食事を終えた。

 さらに、夜はこれだけで終わらない。


 残った衣類をなんとかしまい終わると汗を拭う。

 環に案内された風呂は、そこだけ異質なことに和風の造りだ。檜の浴槽が心地良い香りで、広々としている。手足を楽々伸ばすどころか、泳げるのではないだろうか。

 薄い襦袢を纏い、湯気立ち昇る肌は艶やかだ。良いお湯だったなと、これくらいは手放しで喜んでもいいだろう。

 ところが部屋に戻った桜子は寝つけない。正確には眠る気分になれなかった。

 ベッドの上に正座して、ひたすらじっとしていた。

(眠りに落ちたら、妖が食べにくる……なんて、ないわよね? いえ、ありえるかも……)

 時折吹く強い風が窓を揺らせば、過敏に反応してしまう。

 妖といえば夜は本領発揮の時間帯だ。異形の存在を信じていた訳ではないし、見たことがあるわけでもない。けれどなんとなく、昔話の影響でそうした知識を植えつけられている。

 どれくらいそうしていたのか、正確には分からない。ただ、濡れていたはずの髪はあらかた乾いていた。元々、桜子は夜に強い。夜は誰もが寝静まり、人目に止まらず行動しやすいのだ。そんな夜間外出生活を繰り返しているうち、すっかり夜型人間になっていた。不安の影響もあり目は冴えている。

(うっかり眠って永眠なんてことになったら……)

 気分転換に水でも貰おうか。けれど部屋から出て無事でいられるのか。そんな終りのない問答を始めたところで、前触れもなく扉が開け放たれた。

「桜子、眠れないのならば子守唄を歌ってやろう」

「きゃああああ!」

(噂をすれば出たー!)

 正座を崩し、全身で驚きを表現してしまった。

「お父様! いいですか、女性の部屋へ入りたいのなら、まず許可を得てからにしてください。これは絶対の規律です!」

 桜子は条件反射のように早口で申し立てる。それから目に入ったのは無月の出で立ちだ。

「ほう、心得た」

「きっちり軍服を着こんでいたくせに、なんですその格好は!」

 桜子が指摘した無月の姿とは和服であった。

「これがどうした? 風呂に入ったから着替えただけだ」

「お、お風呂っ? そ、そんなことはどうでも、早く出て行ってください!」

 胸元が大きく開いて逞しい鎖骨が覗いているし、裾だって少しはだけてしっかり筋肉の付いた足が見えている。軍服時にはなかった肌の露出、男の肌なんて刺激が強すぎる。この無駄に美形な顔で色香ただよう着物なんて反則だ。目のやり場に困った桜子は、せわしなくぬいぐるみを眺めた。

「出来ない相談だ。何しろ俺は娘に子守唄を歌ってやらねばならない」

(子守唄? 冗談でしょう、何を歌いだすつもり!?)

 食われるという疑惑は巣食い続け、未だに消えてはいないのだ。

「そんな義務はありません! 眠った隙に私を食べるつもりでしょう?」

 真っ向から疑ったところで馬鹿正直に答える妖はいないだろうが、疑惑の眼差しを向ける娘へと無月は詰め寄った。桜子は条件反射で端へと身を引く。

 ベッドに座るつもりか――どうも違うようだ。しばらくゆっくりとした攻防が続き、桜子は壁際まで追い詰められていた。

「ど、どうして近寄って――」

「この絹のような髪」

 ゆるくふわりとした髪、触れる男の指先から零れ落ちる。

「この薄色の、柔らかな唇」

 親指の腹で霞められる。そのまま顎を掬われ、無理やり視線を合わせられた。赤い瞳が、こんなにも近い。喉の奥から可笑しな声が出そうだ。

「お前の瞳は、綺麗な色を宿しているな」

 次いで無月は桜子の手を取る。恋人同士のように絡められると、その手にはぬくもりがあり血が通っているのかと桜子は驚く。が、次の瞬間またも瞠目する。

「この小さな手も、さぞ美味いのだろうな」

 恍惚とした表情で無月は語る。手の甲に口付けられると同時に甘ったるい空気は弾け飛んだ。

 桜子は全力で危険な妖の手を振り払った。

「な、あっ、やはり……」

(どうして後ろは壁なの、なんで壁があるの? 酷く壁が恨めしい。今すぐ破壊して逃げ去りたい)

 目的地なんてないけれど、とにかくこの男の手の届かない範囲まで行きたいと願った。

「影も食してみたいものだ。見た目は薄っぺらく、海苔のような触感だろうか……」

「食べる気、満々ですね。さあ、一思いに――」

「だから、食べないと言っているだろう。信じろ」

「どこに、いったいどこに信じられる要素がありました? 逆に教えていただきたいものです」

「そんな勿体ない事はしない」

「勿体ない? なんですか、わたくしが食べられない理由は勿体ないからですか?」

「そういうことになるな。美味い物を食べる行為は一瞬で終えてしまう。たとえその一時が満たされようと、それだけだ。俺は刹那の快楽を得たいのではない。長い時を楽しみたいのだ」

 それはつまり、この状況に終わりは見えないと。

「質問五、わたくしはずっとここに居るのでしょうか」

「昼の続きか? そうだ、なにせ俺たちは家族だろう。ここはお前の家。そして、ここはお前の部屋なのだから当然だ」

「そう、ですか……」

 ここが新しい檻、死ぬまでここで囲われ続ける。妖にしてみれば長い時間の戯れかもしれない。けれど人の身にとっては限られた一生なのに。抗議したところで相容れるとも思えないけれど。

「まあいい、早く寝ろ」

「こ、この状況で? 眠れるわけがありません!」

「ん? どの辺りが不満なんだ」

「簡潔にまとめるなら、どこもかしこも全部です。全部!」

 壁際に追い詰められ、危険な妖に迫られたまま。すぐ目の前に嫌いな男の顔がある。

「あなたが傍にいて、易々と眠っていられるはずありません!」

 いつ食べられるか気が気でならず。それを抜きにしても男に顔をのぞかれたまま眠りたくはない。

「なら、部屋の外から子守唄を聞かせれば問題ないか?」

「それは……」

 扉越しに子守唄を歌われる様子を想像してみる。

「……それも嫌です」

「では、ここで歌わせてくれ」

 どうあっても子守唄は譲らないつもりか。

「歌わないという発想はないのですか。そんなものがなくても、わたくしは眠れます」

「だが、まだ起きているだろう。子守唄を待っているのかと、来てやった」

「起きていたことは否定のしようもありませんが、最後のは絶対に違います!」

「そうか、残念だ」

 言うなり無月は桜子を押し倒す。あっけなく桜子の頭は枕に預けられ、覆いかぶさるように見降ろされていた。

「な、な、何を!」

 ゆっくりと開かれる無月の唇、その拍子に覗く少し尖った歯。噛まれたら痛そうだと思った。

(食べられる! 食いちぎられる!?)

 桜子は身構え、きつく瞼を閉じる。だが結論を言えば、それが桜子に突き立てられることはなかった。

 開かれた唇から紡がれたのは歌だ。その調べは紛れもない子守唄。

(子守唄、歌えるのね)

 柔らかく温かみのある声は澄んでいる。音程も完璧で素直に上手いと思えた。どこか懐かしい、その調べには憶えがあった。

「その歌、なんというの?」

 心地良いなんて称賛するのは癪だが、自分が問い掛けたせいで歌が止んだことを少し残念に感じていた。

「――ん、これか? 悪いが名称までは知らん」

 そしてまた、無月は歌を紡ぎ始める。

 桜子は瞳を閉じる。渾身の力で無月に抗うことに疲弊していた。全力で抵抗しているというのに、目の前の男は涼しい顔で子守唄を歌い続けているのだ。自分が馬鹿みたいではないか。

 子守唄に包まれて眠くなったわけではない。安心したわけでもない。ただ、至近距離で無月の瞳に見降ろされるのは居心地が悪かった。とはいえ今も瞼の向こうでは赤い瞳が凝視しているのだろう。顔を覆ってしまいたいのに手を動かすことが叶わない。


 早くお休み、お休みなさい――

 可愛い桜子、早くお休み。


 子守唄の最後で穏やかな笑みを向けてくれた母。

(わたくし昔から寝付きが悪かったのよね。だって、眠ってしまったら、お母様は行ってしまうから、少しでも長く一緒にいたくて……。たくさん、毎晩困らせていた)

 いつも困ったように眉を寄せるけれど、紀仁の目に脅えながらも寝つくまでは傍にいてくれた。それも幼い間だけのことだったけれど。

(誰かがこうして傍にいてくれるなんて、いつ以来だろう……)

 こんな風に押さえつけられて、寝ろなんて強要されたことはもちろんないけれど。

 そこで桜子は過ちに気付いた。

(しまった、選択肢を誤った!)

 目を閉じてしまえば襲い来る睡魔に抗いきれない。こんな所で眠ってしまうなんて、無防備にも程があるだろう。けれど、もう……。

「なんだ、俺の歌は泣くほど心地良かったのか?」

 桜子が起きていれば間違いなく「断じて違います!」と即答しそうな場面にも、本人は夢の世界へいざなわれた後。

 無月は捕らえていた腕を放すと、首元まで布団を引き上げ抵抗していたせいで乱れた桜子の前髪を払う。

「お休み、可愛い桜子」

 無月は満足そうに部屋を後にする。もちろん桜子を食べることはなかった。

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