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妖しな家族  作者: 奏白いずも
人間編

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十二、使用人事情

 しばらくは、その場から動く気になれなかった。扉に背を預け、じっと怒りに震える拳を見つめる。

 そもそも桜子は怒る、それも激昂するという類の感情を抱くことがなかった。理不尽な軟禁生活にどうしようもない苛立ちを覚えはしたが、それとこれとは話が別。人との対面が極力少なければ怒りを抱くこともなく、なれない感情に支配され体を動かすのも億劫だった。

 たまに苛立ちを抱えた時は庭に出て存分に薙刀を振るう。そうすれば心が晴れやかになったし、もしくは感情を鈍らせようと寝ることにしていた。

(風に当たれば気分も変わるかしら)

 期待を込めて窓に視線を移すと、風があるようで雲の流れが速い。

 部屋に駆けこんだ瞬間は怒りのあまり目の前が真っ赤に染まっていた。けれど正反対とも言える青い空を眺めているうち、平静を取り戻していく。

 やがて桜子は決意を固め立ち上がった。無月と顔を合わせるかもしれないので気が進まないが、片付けをると宣言したので破るわけにもいかない。

 少しだけ開いて、扉の隙間から廊下を探る。

(右よし、左よし……。こんなことをしていると、まるで家に戻ったみたいね)

 ほんの少し前の日常が随分と遠い。

 誰もいないことを確認して桜子は廊下に出る。そこまではよかったが……。


(どうして誰もいないのよ! あの人がいないのは結構だけど、誰もいなくて良いわけ? 普通誰かいるでしょう、見張りは付けるべきでしょう! 逃げると思わないのかしら……)

 それともこれは逃げても連れ戻せるという絶対的自信の表れなのか。その可能性も捨てきれない。なにせ相手は得体の知れない人外なのだから。

 桜子は改めて家の様子を観察しながら階段を下りる。先ほどはコハクの勢いに圧倒され、それどころではなかった。

 不慣れな桜子とて、ここが立派な屋敷だということは肌で感じる。裸足で歩きまわる自分が場違いで格好悪いとも思っている。けれど臆していたくはない。それはあの男に屈したようで我慢ならなかった。

 長い廊下、部屋は多いのに人の気配はまるでない。それどころか、あの部屋に戻ってもコハクどころか無月もいないのだ。

 さて、喜ばしいがどうしたものだろう。食器は綺麗さっぱり片付けられた後で、せめてご馳走さまとだけでも伝えておくべきか。たとえ無月相手にイラついていようが料理人に罪はない。

 幸い料理場も発見するが案の定、無人である。

「すみません、どなたかいらっしゃいませんか!」

 屋敷のあちこちで繰り返すも結果は同だ。

 せめて誰か見張っていてほしかった。娘になれとかほざいておきながら、勝手の分からぬ屋敷に放置……なんて非道な妖だと憤る。

「お父様、いらっしゃらないのですか? わたくし、このまま外に出てしまいますよ! 逃げてしまうかもしれませんよ! ……誰かいないのですか?」

「お嬢様、いかがされましたか?」

「ひゃぁ!」

 気配がなかった。驚いて振り向くと、先ほど料理を運んでいた使用人の男が姿勢を正している。くすりと微笑んで、悪戯っぽく片目を閉じた。

「わたくし苧環と申します。お嬢様のことは聞き及んでおりますよ。先ほど広間でもお会いしましたね」

 後ろで束ねている長い髪は、日本人とは思えない金髪で優雅な印象を与えた。

「苧環、さん?」

 年上に感じる青年相手に自然と礼儀を込めて名を呼んでいた。

 すっきりとした身体の線を強調するの黒い洋服。桜子の語彙にはないそれは、燕尾服というものである。

「あなた、お一人だけですか?」

「はい。ですが入用であれば二人になりましょう」

 いぶかしんだ桜子を前に、苧環は口元を隠すように微笑み頷いた。

「わたくしの特技は変化、ということになっておりますから」

 苧環の背後から、もう一人の使用人である女性が現れた。上は黒い長袖で、白いスカートを着用という清潔感のある服装だ。

 どこに隠れていたのか、まるで苧環が分身したような錯覚――ではなくまさにその通りなのかもしれないと妙に納得した。

「あなたも妖……」

「当然でございます」

 妖屋敷、そんな単語が浮かび、どうやら周りは敵だらけのようだ。

「ところで、お嬢様は何かお探しですか? 先ほどから彷徨っているように見受けられましたが」

「後片づけをしていなかったので」

 隠す必要もないので正直に告げたところ苧環は驚いていた。

「お嬢様が気にされる必要はないですよ。わたくしが全て良きように計らいました」

「そうですか、きちんと片づけもせずに申し訳ありません。作ってくれた方にお礼も言えていませんし」

「ああ、食事ならわたくしが作りました。わたくしが作り、わたくしに給仕させる。なんとも便利な特技ですね、分身とは」

「あなたが? それは、遅くなりましたがご馳走様です」

「なんとも光栄ですが、わたくしは使用人。気遣いは無用ですよ」

 そう言われても、食事を作ってもらうのは久しぶりでなので妙に緊張してしまう。たとえ妖相手でも、慣れない洋食でもだ。

「あなたは、というかあなたも……その、何ですか?」

 何の妖かと直球で追及するには勇気が足りなかったが、苧環は意図を汲んでくれたようだ。

「つまり、わたくしの正体が気になるのですね。ええ、構いません。わたくしは化け猫。雇用主である無月様に仕えております」

「雇用、つまりあの人に雇われていると?」

 妖にも人間のように上下関係があるらしい。

「左様で。わたくしはコハクのように無償の奉仕ではない。もらう物は、しかともらっていますとも。ですからお嬢様も、そのようにわたくしをお使いください。あの方は随分と給金が良く、ここは真に良い働き口ですね」

 苧環はうっとり顔で語り、その瞳の奥には銭が浮かんでいる。妖も金に魅力を感じたりするのだろうか。どこかの誰かさんは金などいらないと宣言していたようだが。

 意外だと率直に告げれば、人の世で暮らすにあたって、やはり先立つものは必要らしい。

「なにしろ、この仕事の倍率は百倍でございました」

「え、そ、そんなにですか?」

 妖の雇用事情に驚きを隠せず聞き返してしまう。百人に一人とは、なんて厳しいのだろう。

「好条件、高待遇。数多くの妖が競い合い、ただ一つの枠を奪い合いました。三日三晩による激闘の末。ついにわたくしは、その権利を勝ち取ったのです」

「それは、妖も大変ですね。それほどたくさんの妖がいる、というのにも驚いたけれど」

「大小様々ですがね。その中でも今回は変化能力が必須条件でした。上手く化けられない奴らは軒並み脱落。幸いなことに、わたくしは変化に加えて少人数ながら分身もこなせまして、高く評価していただけたと自負しております。変化においても性別を越えた変化が可能であり、女性へのキメ細かな対応が可能。加えてこの外見、わたくしが選ばれるのは必然でした」

 苧環は勝ち誇ったように宣言する。

「そのお父様はどうしていますか? コハクちゃんもいないようだけど」

 桜子はこれまた自然とコハクちゃんと呼んでいた。外見から受けた印象は強烈に可愛らしく、ちゃん付けが妙に馴染むのだ。

「重要な案件があるようで外出されました。わたくしが留守を預かっています」

「苧環さんがいてくれて助かりました。わたくし何も分からなくて戸惑っていたから……」

「それは不自由をおかけいたしました。では、わたくしが案内いたしましょうか?」

「お願いできますか」

「光栄にございます。では、まずはこちらへ――」

 そう言うなり、苧環は桜子を抱き上げた。

「だから、どうして抱き上げる必要が!?」

 またこの体勢かと桜子は脱力する。この家の妖たちは抱き上げ癖でもあるのかと突っ込みたくなったところで、靴がないからかと一人納得するのだった。

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