第34夜 三年後
――影都。
高層ビルが立ち並ぶ、日本有数の大都市。
その中心には、街のシンボルである影都タワーがそびえ立っていた。
昼夜を問わず、多くの人々が行き交うこの街。
――とある小学校。
授業中、一人の少年がノートに何かを描いていた。
「こら、授業中になに描いてるんだ?」
先生に声をかけられ、少年は顔を上げた。
「ノワールナイトだよ」
ノートには、黒い羽の絵が描かれていた。
少年は先生を見上げた。
「先生、ノワールナイトはいつ戻ってくるのかな?」
「さあな。今は授業に集中しなさい」
少年は再びノートに目を落とした。
――その頃。
一人の警察官の自宅。
仕事を終えて帰宅した警察官は、子供が何かを描いているのに気づいた。
「何を描いてるんだ?」
警察官が覗き込む。
そこには、黒い羽の絵が描かれていた。
「なんだ、これ?」
「ノワールナイトだよ」
子供は顔を上げた。
「パパ、ノワールナイトはいつ戻ってくるのかな?」
「んー……それはパパにも分からないな……」
警察官は子供の隣に腰を下ろした。
「戻ってきてほしいのか?」
「だって、ノワールナイトはこの街のヒーローじゃないか」
「そうだな……」
警察官は、子供の描いた絵を見つめていた。
影都の街の片隅に、一軒の自動車整備工場があった。
相馬モータース。
工場内では、一人の青年が黙々と作業をしていた。
黒崎蓮。
デビルとの戦いから、三年。
蓮は会社を辞め、相馬モータースで働いていた。
あれ以来、ノワールナイトとして活動することはなかった。
「蓮、そこの工具を取ってくれ」
「はい」
蓮は工具を手に取り、相馬に渡した。
以前と変わらない日常。
だが、相馬は気づいていた。
蓮からは、かつてのような覇気が感じられなくなっていた。
――夕方。
休憩室。
テレビから、ニュース番組の音声が流れていた。
『ノワールナイトが姿を消して、三年が経ちました』
画面には、かつて街を駆け抜けていた黒い騎士の映像が映し出されていた。
『現在、彼はどこで何をしているのでしょうか』
『犯罪は減るどころか、増加の一途をたどっています』
『警官殺しと呼ばれたノワールナイトは、本当に警官を殺したのでしょうか』
『そして、なぜ警官を殺したのか――』
司会者たちが、ノワールナイトについて議論を交わしていた。
『以前にも一度、姿を消したことがありました。その数週間後には戻ってきたため、今回もいずれ復帰するだろうと思っていましたが……どうやら、そう簡単にはいかないようですね』
相馬はテレビを見つめていた。
そして、リモコンを手に取る。
テレビを消した。
「全く……最近はこればっかりだな」
相馬は小さく息を吐いた。
「だが、それだけノワールナイトが皆に影響を与えていたってことだな……蓮」
蓮は何も答えなかった。
聞こえていないふりをして、手元の作業を続けていた。
「おい」
「……はい?」
「蓮、ちょっと付いてこい」
「え……?」
「いいから来い!」
相馬は立ち上がり、工場の奥へと歩いていった。
蓮は戸惑いながらも、その後を追った。
相馬は工場の奥にある階段を下りていった。
蓮も、その後に続く。
地下には、見慣れない黒いバイクが置かれていた。
「……これは?」
蓮が足を止める。
相馬はバイクの横に立った。
「ナイトバイクを改造した」
「改造……?」
「ああ。お前が使っていた装備を参考に、いろいろ手を加えた」
相馬はバイクに手を置いた。
「まずは、これだ」
ハンドルの脇にあるボタンを押す。
次の瞬間、車体に備え付けられた銃口が姿を現した。
「ボタン一つで撃てるようにしてある」
相馬は続けて、車体の側面を指さした。
「ワイヤーも搭載した。これで高所への移動もできる」
そして、ハンドルを握る。
カチッ。
ハンドルが取り外された。
「このハンドルは警棒としても使える」
蓮は、取り外されたハンドルを見つめていた。
「それだけじゃない」
相馬はバイクの中央に取り付けられた、飛行機の操縦桿を思わせる装置を指さした。
「こいつにはジェットモードがある」
「ジェット……?」
「ああ。ワイヤーでビルの上まで登り、ジェットで勢いをつける。その状態で、このボタンを押すと――」
相馬が別のボタンを押した。
車体の両側から、翼が展開した。
蓮は思わず目を見開いた。
「この翼で滑空する。うまく使えば、ビルからビルへと移動できるはずだ」
「……すごいな」
蓮が小さく呟いた。
相馬は翼を収納すると、蓮に向き直った。
「どうだ?」
「……」
蓮は答えなかった。
「俺はもう……」
「まあ、これはお前にやる」
「使うも使わないも、お前の自由だ。あとは好きにしろ」
相馬はそう言い残し、階段へと向かった。
蓮は、その場に残された。
目の前にある黒いバイク。
かつて、自分が乗っていたナイトバイクとは違う。
だが、そこには確かに、以前の戦いの面影があった。
相馬は足を止めた。
「そうだ……」
振り返ることなく、相馬は口を開いた。
「俺はこいつをこう呼んでいる……ノワールと」
「……ノワール」
蓮は、その名を静かに繰り返した。
そして、ゆっくりと拳を握りしめた。




