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ノワールナイト  作者: Dai


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2/7

第1夜 黒い羽

前作『悪の剣』を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


本作『ノワールナイト』は、『悪の剣』と同じ世界を舞台にした新たな物語です。


前作を読んでいなくても楽しめる内容になっていますので、初めての方も安心して読んでいただければ幸いです。


正義とは何か。

悪とは何か。


これは、一人の青年が闇の中で答えを探し続ける物語です。


どうぞ最後までお付き合いください。



――その夜も、悪が一つ消えた。

夜。

冷たい雨が、港湾倉庫街を静かに濡らしていた。

人気のないコンテナ置き場。

一人の男が地面へ投げ飛ばされる。

「ぐあっ……!」

男は四十代ほどの会社員だった。

スーツは泥だらけ。

顔には殴られた跡が残っている。

周囲を十数人の男たちが囲んでいた。

「もう一度聞く。」

リーダー格の男がしゃがみ込み、男の髪を掴んで顔を上げさせる。

「警察に喋ったのは、お前か?」

「ち、違う……!」

「私は何も……!」

バキッ!

拳が頬にめり込む。

男は血を吐きながら倒れた。

「娘さん、小学生だったよな?」

リーダーはスマホを取り出す。

画面にはランドセル姿の少女。

男の表情が凍りつく。

「やめてくれ……!」

「娘だけは関係ない!」

「頼む!」

男たちは笑う。

「安心しろ。」

「親子で仲良く海に沈めてやる。」

その時だった。

カツン。

乾いた足音。

男たちの笑いが止まる。

街灯の下。

一人の男が立っていた。

黒いロングコート。

黒いスーツ。

漆黒のマスク。

雨粒が肩から静かに落ちる。

誰も顔は見えない。

「……誰だ?」

返事はない。

黒い男はゆっくり歩き出す。

コツ……。

一歩。

コツ……。

また一歩。

なぜか。

その場にいた全員が息をのんだ。

リーダーが鉄パイプを肩に担ぐ。

「おい。」

「何しに来た。」

黒い男は静かに止まる。

そして短く言った。

「最後の警告だ。」

「その人から離れろ。」

男たちは顔を見合わせる。

そして大笑いした。

「映画のヒーローか?」

「一人で何ができる!」

「やれ!!」

十数人が一斉に走り出す。

その瞬間。

黒い男が消えた。

「なっ——」

ドゴォッ!!

先頭の男が吹き飛ぶ。

続けて。

バキッ!

ゴッ!

ドンッ!

拳。

肘。

蹴り。

一切の無駄がない。

武術だけで男たちを圧倒していく。

「囲め!」

「後ろだ!」

ナイフを持った男が背後から迫る。

しかし。

黒い男の腕がわずかに動く。

シュッ!

黒い羽のような刃が夜を裂く。

キィン!!

ナイフだけが弾き飛ばされた。

「なっ!?」

男の腕に浅い傷が走る。

数秒後。

「う……。」

膝をつく。

「身体が……動かねぇ……。」

黒い男は静かに言った。

「麻酔だ。」

「安心しろ。」

「命は取らない。」

男たちの顔から笑みが消えた。

「化け物……。」

「こいつ……!」

リーダーが懐から拳銃を抜く。

会社員の男の頭へ突きつける。

「動くな!」

「一歩でも近づけば撃つ!」

「ブランに逆らった時点で終わりなんだよ。」

黒い男は止まる。

静寂。

雨音だけが響く。

そして小さく口を開く。

「お前は勘違いしている。」

「……あ?」

「俺が見ているのは、お前じゃない。」

次の瞬間。

シュッ!!

フェザーブレードが飛ぶ。

狙ったのは拳銃ではない。

男の後ろにあった投光器。

バァン!!

ガラスが砕ける。

辺りが闇に包まれた。

「見えねぇ!」

「どこだ!」

混乱。

その一瞬。

黒い影が闇を走る。

ドゴッ!!

鈍い音。

明かりが戻る。

リーダーは地面に倒れていた。

拳銃は遠くへ転がっている。

会社員の男は無事だった。

黒い男は静かに背を向ける。

誰も追えない。

誰も立ち上がれない。

雨の中。

黒いコートだけが遠ざかっていく。

その場に残ったのは——

黒い羽が一枚。

パトカーの赤色灯が、雨に濡れた港を照らしていた。

「救急隊、こちらです!」

「負傷者は全員意識あり!」

警察官たちが慌ただしく現場を駆け回る。

若い刑事が倒れている男たちを見て目を丸くした。

「全員……生きてる。」

「しかも骨折はあるが、致命傷はない。」

「これ、本当に一人でやったのか……?」

その横を、一人のベテラン刑事が静かに歩いていく。

視線は現場ではなく、地面へ向いていた。

ふと足を止める。

しゃがみ込み、雨に濡れた"黒い羽"を拾い上げる。

若い刑事が首をかしげた。

「それは?」

ベテラン刑事は羽についた雨粒を指で払う。

「……また残していったか。」

「知ってるんですか?」

しばらく沈黙が続く。

やがてベテラン刑事は小さく息を吐いた。

「悪人だけが裁かれる事件。」

「現場には必ず、この黒い羽が一枚。」

「都市伝説みたいな話だが……。」

羽を証拠袋へ入れ、静かにつぶやく。

「ノワールナイト。」

その名前だけが、静かな港に溶けていった。

翌朝。

午前六時三十分。

目覚まし時計が鳴る。

ピピピピッ。

布団から伸びた手がアラームを止めた。

「……朝か。」

昨夜とは違う、少し眠そうな声。

ベッドから起き上がった青年は、鏡の前に立つ。

黒崎蓮、二十五歳。

頬には昨夜についた小さな擦り傷。

「また怒られるな……。」

苦笑いしながら絆創膏を貼る。

スーツに着替え、ネクタイを締める。

テレビをつけると、ニュースが流れていた。

「昨夜、港湾倉庫で暴力団関係者十数人が倒れているのが発見されました。」

「全員命に別状はなく、警察は事件との関連を調べています。」

蓮は黙ってテレビを消した。

コーヒーを一口飲み、静かに家を出る。

夕方。

仕事を終えた蓮は、駅とは反対方向へ歩いていた。

古びた看板。

相馬モータース。

シャッターを開ける。

ガラガラ……

工具の音が響く。

作業着姿の男が振り返った。

「おう。」

相馬修司だった。

蓮は少し笑う。

「ただいま。」

相馬も笑い返す。

「おかえり。」

少し間を置いて、蓮の顔を見る。

「……傷、増えたな。」

「少しだけ。」

「その"少し"が毎回高くつくんだ。」

蓮は肩をすくめる。

相馬は工具を置き、奥へ歩き出した。

「飯はまだだろ。」

「地下で食うぞ。」

蓮は静かにうなずく。

工場の奥。

工具棚がゆっくり横へ動く。

その先に広がる秘密工房。

黒いスーツ。

ナイトブレード。

フェザーブレード。

整備中のナイトバイク。

そして壁には、一枚の古い写真。

幼い蓮。

父・黒崎恒一。

そして若い頃の相馬。

蓮は写真の前で立ち止まる。

相馬は何も言わない。

ただ、蓮の横に立つ。

静かな地下工房に、工具の金属音だけが響いていた。

その部屋の奥には、一つだけ鍵のかかった机がある。

十年間。

誰も開けていない引き出し。

蓮は一瞬だけ視線を向ける。

しかし、すぐに目をそらした。

相馬は静かに言う。

「……まだ開けないか。」

蓮は小さくうなずく。

「まだ、その資格はない。」

相馬も、それ以上は何も聞かなかった。

地下工房の照明が静かに落ちる。

この街の誰も知らない。

昼は平凡な会社員。

夜は、悪だけを狩る黒い騎士であることを。

――その夜も、悪が一つ消える。

黒い羽だけを残して。


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