第89話 忙しすぎる生徒会
席替えから数日、俺は忙しすぎる文化祭の準備に振り回されていた。
「悟! 講堂のタイムスケジュールまだ!?」
「もうすぐ終わる!」
「ん! 愛哩はそろそろ職員室から帰ってくるわね! 未耶、愛哩が帰ってきたらさっき確認した出店の原価率とか色々見てもらいなさい!」
「わかりました!」
いつも穏やかな生徒会室だけど、席替えのその日からは雰囲気を大きく変えていた。
各クラスが出し物で使う場所の使用許可や時間割、出店に使われる食材が使用可能であるかどうか、最大利益は上限を上回っていないか、文化祭実行委員のシフト表作成などなど。
生徒会役員四人に対して多すぎる仕事量に、俺達は頭をフル回転させながら取り掛かっていた。
講堂のタイムスケジュールを作り終え、さっと流し目で確認してから共有フォルダへぶち込む。
「音心、タイムスケジュール出来た!」
「おっけ! じゃあアタシはそれ確認しとくし次は全クラスの各教室を回って注意事項の再確認! 違反してるとこはその場で摘発して良いわよ!」
「わかった!」
俺はレギュレーションが書かれたプリントを手に生徒会室を出ていく。とりあえず同階の教室を回って、後は上の階から見ていこう。移動しながら頭の中で今後の動きを組み立てる。
予想してる五倍は忙しい。いつかに言われた忠告に、俺は本当にその通りだなと心の中で呟いた。
◇◇◇
生徒会室のフロアである教室は全て回り終え、次は最上階にある一年生の教室。廊下にまでがやがやした声は響いており、まずは手前から確認する。
「すみません、生徒会です。確認に来ました。代表者の生徒は居られますか?」
作業に割って入る。生徒会の腕章を見るなり一年生の子達がピクリと反応した。パトカーを見ると緊張してしまうそれかな。
一人の女子がピンと手を挙げてこっちへ駆け寄ってくる。
「はいはい! あずが代表者ですよー!」
このクラスの代表は立花さん。こうやって話すのは久しぶりだな。
立花さんはピシッと敬礼して、頬を緩ませた。
「もー先輩ってば最近全然あずと話してくれないんですもん。そんなに彼女さんが大事ですかー?」
「そりゃ彼女は大事だけど、立花さんとは単純に話す機会が無かっただけだよ」
「話す機会が無かったら話す機会を作るのが先輩の甲斐性ってもんですよ! てことであずはいつでも先輩のことを待ってますからね!」
そう言ってるウインクをする。これだけウインクが似合うのは立花さんか操二くらいだろう。
「というか立花さんも俺が付き合ったこと知ってたんだね」
「知らない生徒はうちには居ないくらいですよ? なんせあの長岡先輩が彼氏を作ったなんて、うちの高校じゃ大事件ですもん」
ふと教室に居る生徒達を見渡す。確認しに来たと言う割に話してばかりだったからか、みんなは俺を見ては近くの子とこそこそ話していた。
(あれ長岡先輩の彼氏だよね……?)
(生徒会に男の人は一人だけだし、そうだろうけど……)
(何かそんな感じにはあんまり見えないね)
ああ、そういうこと。こういう目立ち方は遅かれ早かれするだろうなとは思ってたけど、いざされてみたらちょっと居心地が良くないな。さっき回った二年の教室では既に周知の事実として受け入れられてたし、何だか慣れない。
急に黙った俺を立花さんは疑問に思ったんだろう。不思議そうに俺を見てから振り返ってクラスメイトを目に入れるなり、はぁと大きな溜め息をついた。
「宮田先輩のこと何疑ってんのー? 先輩は学年一位もとったり相手の気持ちにすぐ気付けたりするんだからね? ちゃんとお似合いだからそういう無粋なのは無し。失礼でしょ」
……驚いたな。立花さんの依頼を受けたのは確か一学期の初めの辺りだったけど、明らかにその頃よりも成長してる。言いたいことをはっきりと言えて、だけど無闇に敵を作らない立ち回り。三日会わざれば刮目して見よっていうのはこのことを言うんだろうね。立花さんは別に男子じゃないけど。
「っと。すみません先輩! うちのクラスは特に違反してませんよ! だってあずが目を光らせてますから!」
「そっか。もしわからないことがあったら生徒会に聞いてね」
「はい! ……あ、そだ先輩」
立花さんはちょいちょいと手招きして両手を口元に添える。俺は自然と手に耳を寄せた。
「あずにわからないことがあったら、個人的に先輩に聞いちゃっても大丈夫ですか?」
……ドキッとはしてない。だって俺には愛哩が居るし、そういう感情を持つのは愛哩に失礼だ。
だから今のは不整脈かな! あと人馴れしてないとか!
「ま、まあ生徒会室に誰も居なかったら俺でも良いよ。別に何も気にしないよ俺は。うん」
「あは、もしかして照れちゃいました? ダメですよー先輩には長岡先輩が居るんですから!」
「もう行くよ。じゃあね」
「あずはそんな可愛い先輩も良いと思いますよー!」
足早に教室を出る俺へ追い討ちをかける立花さん。今振り返ったら絶対からかわれる。
生徒会は俺を除いて女所帯だし、免疫も出来たと思ってたんだけどなぁ……。恥ずかしいことこの上ないよ。
その後は特に問題も無く、全てのクラスを回り終える。次は何をしなきゃだったかな。ライブの出し物のアンプ貸し出しは……、これは音心にまた確認しよう。確か文化祭前日に搬入してもらうんだったよね。
色々考えながら歩いていると、後ろからちょんと背中をつつかれる。それだけで誰が居るかすぐに理解した。
「愛哩」
「んふふ、バレちゃった」
愛哩ははにかんでみせる。手には文化祭の資料を持っていた。
「各クラスを見て回ってたんだよね。どう? 何かあった?」
「違反はどこも無かったよ。他にも特に……」
瞬間、立花さんのことが頭をよぎる。いや別にやましいことは何もなかった。ただ俺が無様を晒しただけだ。
「ふーん、立花さん」
「そう言えば愛哩には隠し事が出来なかったね……」
「お互い様だと思うけどね?」
「まあそっか」
「悟くんって結構女の子と仲良くしてるよね。男の子の友達なんて高槻君くらいしか知らないし」
「それは……そっか、そうだね……。俺友達少ないなぁ……」
教室では愛哩か舞さんくらいとしか雑談をしない、つまり男子とは業務連絡くらいしか会話しないし、他クラスに範囲を広げても操二しか思い当たらない。何かへこんできた。
「あ、そうだ悟くん。待望の男の子の友達が生徒会室に来てるよ」
「操二?」
「ううん。今交流会相手の生徒会がうちに来てるんだ」
ああ、知業か。そう言えば来るって昨日音心が言ってたっけ。すっかり忘れてた。
「行こっか。今面白いことになってるよ」
どういうことだろう。それ以上は説明せずに愛哩は歩き出し、俺は色々予想しながら後ろをついていった。
◇◇◇
愛哩はガラッと生徒会室のドアを開ける。後ろから入ってみると、普段は四人しか居ない生徒会室が向こうの生徒会が居ることによって大所帯になっていた。
それぞれ各々の役回りを話し合っているのかと思えば、何やら楽しそうに談笑している。特に上座に座る音心と知業は意気投合した様子で盛り上がっていた。
「それでね知業! その時悟ってば水溜まりで手を洗い出したのよ!」
「あっはっは! 中学ん時とは大違いっすわ! 中学の頃は覚えたての難しい言葉をやたら使ったりしてきて……」
「待て待て二人とも何の話をしてるんだよ」
盛り上がってるって俺の話題でかよ!? しかも今の話はどっちも黒歴史のやつだし!
「おっ悟じゃん! おかえり! 音心先輩超面白いな!」
「アンタもよ知業! その調子で悟の化けの皮をどんどん剥がしてやりなさい!」
「さ……悟先輩がえっちな本を……? いや友達の本って言ってたし……でも興味津々……」
「とりあえず未耶ちゃんは耳塞いでて! 悪影響だから!」
「あはは! 何のだよ!」
二人してバカ笑いして……てか交流会なのにこの感じだと全然文化祭のこと話してないだろ……。
……だと言うのに、何でだろう。口で言うほど嫌に感じない。こんなことは口が裂けても言えないけど。
(んふふ、良かったね悟くん)
(勘弁して欲しいのも本心だけどね)
(にしても良いなぁ2人とも。私の知らない悟くんをいっぱい知ってる)
(……これから教えてあげるから、とりあえず今は収めてくれない? 俺だけだとあの二人は制御出来ないよ)
(りょーかい。後でちゃんと教えてね?)
(はいはい……)
渋々承諾して愛哩に助けてもらう。二人から言われるくらいならまだ俺から言う方がまし……ましなはず……。
「私も混ざって良いですかー? 高校生の悟くんについてなら私が一番知ってるので!」
「ちょっ愛哩!? 裏切り早過ぎない!?」
「んふふ、冗談だよ」
……本当にもう、俺は振り回されてばっかりだ。
居心地の良さと居心地の悪さ。背反する感情を抱きながら、俺は息をついて二人を止めにいった。




