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Fligit36‐戯曲は終わり、赤の幕が降ろさせる



 私を目覚めさせたのは、体中を巡る鈍い痛みと目を刺す微かな光だったです。

 そのピリピリとした痛みに瞼を開くと、青白い光の棒が視界を横断していたです。

 意識が朦朧とする中、それがパパの眠る柱が放つ光で、私の体が冷たいコンクリートの上で倒れていることに気づくには、かなりの時間を要したです。

 だから、自分の傍らに人がいることさえ、声を聞くまでその声に気づけなかったです。



「気がついたのか。まだ寝ていても構わなかったのだが」



 首の痛みを感じながら頭上に顔を向けると、すぐ鼻の先に和泉センパイが座っていたです。

 青白い光に照らされた和泉センパイの顔は、手元のノートパソコンに向けられて……いや、現状確認なんかよりも、もっと大切なことがあるです。



「……美空、は」

「目を覚まして、最初に尋ねることがそれか、和倉姉。安心しろ。和倉妹ならここだ」



 そういって和泉センパイが体を動かすと、その影に倒れる美空の頭が見えたです。

 私は咄嗟に体を起こそうとして、冷たい床に頭から叩きつけられたです。

 それは、私が起き上がることに失敗したからで、自分の意識が朦朧としていることを思い知らされたです。

 実際に目にしてみるまで、右腕の肘から先がないことにさえ気づけないとは……



「腕は武装解除として外させてもらった。だが、さすがかの有名な生体兵器義肢(シンクロ・マキナ・アーム)の番号つきといったところか。機能停止を狙った攻撃を受けた場合、自動的に全ての関節部や機構部を固定することで、最後まで装着者の剣としての役目を果たす……他の戦闘用義肢とは一線を画すコンセプトだ。おかげで運搬や取り外しの際には存外苦労させられた」

「苦労させられた、ですか」



 黒剣と白盾の着脱には私達でもそれなりの時間がかかるですし、そのためには特殊な器具が必要なんですが……なんて、疑問に思っても無駄ですね。

 和泉センパイにはそれができる知識と能力があって、必要だからそうしたんです。

 美空の話を聞く限り、和泉センパイも普通とは言い難いですから、その能力を決めつけるというのは無駄で危険なことです。

 取りあえず、私は冷たい床に痛む片手を突いて立ちあがるです。

 その瞬間、右肩から背中にかけて骨肉が軋むような痛みが走って、振り絞っていた体の力が抜けてしまったです。

 糸が切れたように前倒しになる私。

 再び床にぶつかりそうになる私の体は、和泉センパイの手に支えられるです。



「気持ちは分からなくもないが、あまり無理をするな」

「すみません、です」

「ただの忠告に謝る必要はない。それよりも、早く自力で立ってくれないか。俺の腕が限界だ」

「は、はいです」



 私は霧散してしまいそうな意識をかき集めて、小刻みに震えだしていた和泉センパイの腕から離れるです。

 そして、ゆっくり美空のかたわらにしゃがみ込んで、その状態を一つ一つ確認するです。

 ……義肢が取り外されてるのは、私と同じですね……呼吸や脈拍は安定していて、身体的な異常は見当たらないです。

 ただ、私より受けたダメージが大きいらしく、意識の回復にはもう少し時間がかかりそうです。

 それでも――私も、美空も生きてる。



「落ち着いたか」

「はい」

「なら、状況確認といこう」



 私の意識が美空の確認に集中してる間に、和泉センパイは元の姿勢に戻ってたです。

 そして、和泉センパイは私に話しかける間も、液晶から視線を離すことなくキーボードを叩きつづけるです。



「分かっていると思うが、決死の特攻は失敗した。止めたのは、四谷源蔵が連れていた暗殺者だ。恐らく、あれは駆と同じく四谷源蔵によって作られたものだろう。その後、黒猫が四谷源蔵を退け……いや、四谷源蔵が気紛れで退いた。その時、百爪の身柄は四谷源蔵によって回収。その後、俺と駆で二人揃ってここまで運び込ませてもらった。それが現状までの経緯だ。なにか、質問はあるか?」



 和泉センパイの話は、ある程度予想できていた内容でした。

 私の剣が源蔵さんに届かなかったのは、気絶する前の記憶で分かってたことですし、地面に叩きつけられる寸前、腕を組み伏せられた感覚で誰にやられたかは分かったですから。

 それに……って、あれ?



「そういえば、センパイはどこですか? 姿が見えないんですけど?」

「気づかなかったのか。あいつは先程からあそこにいる」



 和泉センパイが顔を上げずに指を刺す方向には、確かにセンパイの姿があったです。

 二度も同じ方向を見てたはずなんですが、その傍らに座り込んでいるセンパイには気づけなかったです。

 青白い光に間近で照らされているセンパイは、目を伏せた横顔を透明な面に映り込むほど近づけ、血濡れた包帯が巻かれた手で光の柱に触れていたです。

 その姿は違和感なく視界に入ってきましたが――なにか、いいようのない不安が私の胸をざわめかせるです。

 そして、その口が囁きかけるかのように言葉を紡いだ時、胸のざわめきが体中を駆け巡った。



「――Mirabiledictu.」





 ――――乾いた壁が赤く(アカ)(アカ)に塗り潰され



 青白い光が(アカ)(アカ)――の(アカ)によって染め上がり



 仄暗い闇を深紅(アカ)――い生命(アカ)業火(アカ)が喰い尽くし



 静かな空気が警告(アカ)血肉(あか)(アカ)――で満ち溢れ



 目に映る全てが、鮮やかな虚言(アカ)に侵食される――





 気が狂いそうなほどの赤い暴力によって引き起こされる強烈な眩暈の中、私は歯を食いしばって抵抗し、自分自身の意識を強く説き伏せるです。


 これは、形のない幻想……

 これは、意味のない嘘……

 これは――どうしようもない虚言。


 そう自分に何度もいい聞かせると、目の前に赤以外の色が戻ってきたです。

 でも、視界を完全に取り戻した時、どっと襲いかかってくる疲労感にはなすすべがなく、私はその場にへたり込んでしまったです。



「上手く退けたようだな」

「……見てるだけで、助けてはくれな、いんですね」

「俺はどこかの馬鹿じゃないからな。自分の腕は、他人に差し伸べるより自分を支えるために使う」



 センパイから目を外して振り返ると、和泉センパイは顔色一つ変えていませんでしたがが、その手はキーボードの上で動きを止めていたです。

 それがどれだけのことかは分からないですけど、さっき私が見た赤色を和泉センパイは知っていて、同じような対処をしたのは確かみたいです。



「……あの赤は、なんですか?」

「大方の予想はついているだろう。それは、遠呂智の紡いだ虚言が生み出す幻想だ」

「あれが、ですか?」



 私はこの夜、虚言が作り出す幻想を何度か見たです。

 あれだけ現実との境目がない幻を見たのは初めてでしたが、幻想は幻想であって現実ではないですから、見破る方法はあるはずです。

 でも、さっき見た赤は見破るとかいう次元じゃない……幻想に自分の存在が潰されないようにするのが精一杯になっていたです。

 それに……足りないです。



「……翻訳と暗示がないのに、なんで私まで虚言の影響を受けるですか?」



 相手に幻想を見せる場合、センパイはラテン語、翻訳、暗示の三段階で虚言を紡いでいたです。

 なのに、さっきセンパイが紡いだのは自己暗示の時と同じでラテン語だけ。

 ラテン語の意味が分からない私に、翻訳が足りない虚言の幻想が見えるはずはないのに……



「翻訳と暗示……それは、ラテン語による虚言の後に継ぐ言葉が、虚言を対象に伝達するために必要なプロセスであるという考察か?」

「? はいです。でも、それが」

「残念ながら、その考察は間違っている」

「え……」

「虚言は意味も虚ろな言葉だ。意味が通じようが通じまいが、そんなことは関係ない。ラテン語である理由も、遠呂智の好みでしかない。虚言によって相手を狂わせる必要な条件はただ一つ、対象に看破されていない(・・・・・・・・)嘘を吐いておく(・・・・・)ことだ。虚言を後に続く言葉はイメージを強化させるために過ぎない。嘘に嘘を重ねることで、より大きな嘘を吐くように」

「……」

「信じられないという顔をしているな、和倉姉。だが、あいつと会話をして嘘を吹き込まれないわけはない。その嘘が生み出す小さな歪みが虚言の歪みと共鳴して、相手の中に偽りの現実を作り上げ蝕む。それに、虚言は最たる嘘だ。状況によっては、その条件さえ無視して相手を狂わせる」



 作業を再開した和泉センパイから淡々と語られるのは、私の虚言に対する考えを否定するものでした。

 ――ラテン語による対象の無意識への侵入。翻訳による無意識かから表層意識への反響。そして、無意識と表層意識を暗示によって掌握。この三段階の言葉によって、相手の感覚や意志を自由に操作する――

 今思えば、私は百爪の考察を鵜呑みにしていたです。

 そして、百爪の言葉に対してセンパイははぐらかしていた……いや、そうだと思わせるように嘘を吐いてたです。



「ただ、強い意思さえあれば先程のように退けることもできる。しかし、あいつの揺さ振りは一級品だ。混乱、不安、猜疑、焦燥、悲哀、憤怒。ありとあらゆる感情変化が、虚言のつけいる隙となる。遠呂智と直接対峙した場合、初見でその術中から逃れられる者はまずいない」

「でも、百爪は一度センパイの幻想を退けたですよ?」

「百爪……それは、百爪が和倉美莱を知っていたからだろう。遠呂智の見せる幻想は、色葉……和倉美莱が教えたものだからな」

「ママが、ですか?」

「和倉美莱の言ノ葉と遠呂智の虚言は類似していたからな。遠呂智が虚言の後に言葉を継ぐのも、和倉美莱の教え故だ。事前に和倉妹から虚言の話は聞いていたなら、百爪がその類似性に気づいていたとしても不思議ではない。そして、百爪は和倉美莱を仕留めた者だ。裏切りとはいえ、あの色葉が無抵抗で討ち取られたとは考えづらく、百爪がなんらかの方法で言ノ葉を防いだ可能性は高い。そう考えれば、百爪が虚言による幻想を退けたことにも説明がつくだろう」



 つまり、美空から虚言の話を聞いた百爪は、ママの時に使った方法でセンパイの幻想を打ち破ったってことですか。

 そして、虚言の幻想が効かない百爪に対して、センパイは自らに虚言を使った。

 たとえ百爪が虚言を完全に防げたとしても、自己完結してしまう虚言は防ぎようがないですからね。



「話がそれたな。だが、これから話すことを理解するための前振りだと考えれば、あながち無意味ではないだろう」



 話がそれた……和泉センパイはそういいましたが、私はそうは思えませんです。

 核心には一切触れず、あえて遠回りをしながら私の誤解を訂正し、必要な知識を教えてから本題へ入る……あまりに出来すぎた進行です。

 警戒する必要はなさそうですけど、話を自分の中で噛み砕いて理解することで、和泉センパイのペースに乗りすぎないように注意するです。



「嘘を吐き虚言を紡ぐことで遠呂智が抱える歪みは強大になる。そして、遠呂智の歪みを糧とする虚言の力は比例する。現在、その口から紡がれる虚言は、その力故に対象以外にまで影響を与える状態だ。それが、先程見たであろう赤き幻想の正体。遠呂智の歪みの片鱗といえる。全てを一色で塗り潰される……類似した感覚を経験したことはないか、和倉姉」

「……はい」



 和泉センパイのいう通り、私は一週間ほど前に同じような感覚を味わっているです。

 それは、黒の暴力……センパイを襲った時に、私の世界は漆黒の闇に埋め尽くされたです。

 一瞬、自分を見失うほど強い色の後に襲い掛かる強烈な威圧感は、私にトラウマに近い恐怖を与えたです。

 あまり思い出したくない出来事ですが、その経験があったから私はあの赤色に対して反射的に対応できたです。

 でも――注目すべきはそこじゃない。



「……なんで、そこまで力を上げてるんですか?」



 ふっと、キーボードを叩く音が途絶えるです。

 ……百爪を倒し、源蔵さんが立ち去った今、戦場に残ったのはセンパイ達と私達だけです。

 私達をわざわざここへ運び込んだ上で武装解除して、応急処置を施して寝かせておく……センパイが意味もなく人を嬲り殺すような趣味を持ってなければ、センパイは虚言の力を高めて行いたい目的があって、その目的は私達に関係してる確率が高いです。

 そして、和泉センパイはなにかしらの作業をしているのと同時に――真実を話せない(・・・・・・・)センパイに代わって、私達に真実を語るためにここにいるです。

 止まっていた和泉センパイの手がなにごともなかったかのように動き出して、一定のリズムが戻ってくる。



「早くも核心に到達してきたか……存外、四谷源蔵は損をしたのかもしれない」

「? なにをいってるんです?」

「……だとしたら、本当に存外だろうな」



 ほんの少しだけ疲れを見せた和泉センパイは、眼鏡の奥で静かに目を閉じるです。

 けど、キーボードを叩く音は止まることも、遅くも早くも強くも弱くもならない……まるで、別の生き物みたいです。

 そうしていた時間は十秒もなかったですけど、再び開いた和泉センパイの目には鋭利な冷静さが宿っていた――そして、その目線は液晶ではなく私に向けられていたです。



「現在、旧サーバーシステムのデータはすべて初期化を終了し、新たなデータが組み込まれている。そのデータは……和倉空海の脳内データだ」

「パパの……脳内データ?」

「正確にいえば、和倉空海の思考、判断、記憶、反応等に関係する脳神経の電気信号のパターンと構成を電子データ化し、和倉空海がシステムとして組み込まれる前に保存したものだ」



 私はとっさに振り返る。

 青い液体の中で静かに浮かぶパパ……いろんなところをいいように切り刻まれたその体に、パパの意思があるとは到底思えないです。



「無論、和倉空海だった体に和倉空海の脳内データをインストールしたところで、それが和倉空海になることはない。それに、和倉空海の脳内データといっても思考や判断などの最低限のデータであって、経験や感性などの積み重ねがまったくない」

「……じゃあ、和泉センパイはなにをしてるですか?」

「それを話す前に最初の疑問に答えておく。遠呂智が力を高める理由。それは――和倉空海を作り上げるためだ」



 和泉センパイの言葉に、私の視線は自然とセンパイのほうへずれるです。

 パパと一緒に視界に入っていたセンパイは、さっき見た姿から微動だにしてないです。

 まるでそこだけ空間が切り取られていて、私達とは時間の流れが違うみたいです……あそこで、パパを作り上げてる?

 それはデータ入力だけじゃできない……そして、データとセンパイの虚言でそれができるってことですか。

 いったい、どんなしくみで――いや、そんなことよりも重要なことがあるです。

 和泉センパイは自分の質問を措いて、最初の質問に答えた。

 本題の前に事前知識を与える和泉センパイの話し方から考えて、和泉センパイのしている作業はパパの作り出すというセンパイを支援してるんでしょう。

 そして、パパを作り出す作業は、センパイの虚言と和泉センパイのパソコンが干渉できるもので行われている。

 それはつまり――



「……パパの体」



 それはパパの体、正確にはパパの脳です。

 ここでサーバーの一部として使用されていたパパの脳は、機能的にはまだ生きてると思っていいでしょう。

 また、和泉センパイはパパの脳にパパのデータを入れたといった……つまり、パソコンとパパは繋がってる可能性が高いです。

 そして、センパイは虚言を使ってパパの脳に対して干渉する。

 だから、パパは体中を切り刻まれても顔だけは一目で分かるほど綺麗に残されていたです――聞く耳を持たなければ、どんな言葉も届かないから。



「どうやら、余計な説明の必要なさそうだな」



 緩やかにキーボードから手を離した和泉センパイは、ノートパソコンを閉じて立ち上がるです。

 私を見下ろす眼鏡の奥の視線は、先ほどよりも深い静寂に満ちていた。


 

「ただ、俺達は和倉空海の人格の模倣品を作るのであって、和倉空海という人間そのものを生き返らせるわけではない。生と死はイコールではなく、生から死への一方通行だ。その矢印を反転させる力は俺にはなく、欲しいとも思わない。実際、俺達が作り上げた和倉空海という人格でさえ、不安定すぎる上に非線形的な変動を絶え間なく繰り返しているために、和倉空海の脳に旧サーバーを後づけしてやっと処理できる状態だ。そして、その旧サーバーも夜が明ければ撤去される」

「つまり、パパは今夜だけ……」

「残念ながらそういうことだ。現状、これだけの情報量を転送する時間も場所も俺達にはない。もしあったとしても、これだけ不安定に変動する情報をそのまま転送はできない。転送できるようにした場合、最適化された情報は和倉空海ではなくなる」



 それは、俺が持っている和倉空海の脳内データと変わらない。

 最後にそう呟いた和泉センパイは、まっすぐ前に向き直って歩き出し、私の横を通り過ぎるです。

 その姿を追うように振り向くと、立ち去る和泉センパイと入れ替わるようにこちらに近づいてくる影があったです。

 それは、さっきまでパパの傍にいたセンパイ――晦月の遠呂智――そして、虚言師。



「センパイ……」

「美海様、お体のほうはいかがでしょう。どこか、痛む場所はありませんか?」

「え、あ……だ、大丈夫です」

「そうでございますか。これが終わったら美空様と共に本格的な治療を受けてもらうこととなりますので、もう少しだけご辛抱を」



 センパイは左手で包帯を巻いた右腕を押さえながら、私の傍で立ち止まって膝を突く。

 私が少しだけ見上げると、私の視線がセンパイの視線と交わるです。

 遠呂智としてのセンパイの顔をこれだけ近くで見るのは初めてですが、開かれたセンパイの左眼は――本当に瞳の奥まで赤い。



「では、玲様の後を継いで説明させていただきましょうか。これから美海様、美空様、そして空海様の意識を、虚言による幻想を介して接続させていただきます。それにより、一時的ではありますが、親子の再会を演出させていただこうと思います」

「そんなことが、できるんですか」

「虚言は虚ろな言葉。明確な意味や形のない言葉に、個人という枠組みは意味も形ももちません。雑作もないとまでは申し上げられませんが、今の私ならば確実に可能な事柄でございます。無論、お二人の安全も堅くお約束いたします。ただ、私事で申し訳ないのですが、できるかぎり早急に治療を行いたく思っておりまして、問題がなければ早速行いたいのですが」



 近くで見て気づきましたが、右腕に巻かれた包帯はびっしょりと濡れていたです。

 私達よりも明らかに重傷を負っていながら、平然な顔でなにごともなく歩くセンパイですが、早く治療することに越したことはないでしょう。

 それに、まともに動けず意識を保つだけしかできない私に拒否権はなく、センパイを止めることができるとは思えないです。

 それに――私はセンパイがした約束を信じてるですから。

 ただ、この夜が終わる前に一つだけ聞いておきたいことがあったです。



「一つだけ質問させてくださいです」

「はい、なんでしょうか」



 なんで、私達から向けられた恨みを弁明しなかったのか、もっと早くにパパのことを教えてくれなかったのか、最初に過去を話してくれなかったのか、他人の私達に対してここまでするのか……聞きたいことはいくらでもありますが、この夜が終わらないうちに聞きたいことは一つだけ。



「センパイは、なんでこんなことを?」

「娯楽でしょうね」

「……」

「そのような目をしないでいただきたい。私は嘘吐きなのですから、息を吐くように嘘を吐くのはしかたのないことなのでございます。


 ――私は嘘吐き――

 ことあるごとに聞いたこの言葉は、自分がこれから嘘を吐くといってるようなものです。

 そして、センパイが嘘吐きであるかぎり、その発言には矛盾が生じるです。

 嘘を吐くといって嘘を吐けば、それは誠か?

 嘘を吐くといって誠を語れば、それは嘘か?

 センパイは自分が嘘吐きであると称することで、明確な真実を語ることを避けているみたいです。

 そして、その言葉を使うということは、次にセンパイがいうことはたぶん――



「そうですね……私は玉石混交の理由をもとに行動いたしました。ただ、その質問に一言で答えさせていただくなら――大切だから、となりますでしょうか」



 そういったセンパイの虚構めいた表情に変化はありませんでした。

 でもなぜか、その時私にむけられていた深紅の眼差しは、少しだけ穏やかで温かな色になったような気がしたです。



「では、夢幻で束の間の再会を――Actaest fibula,plaudit.」



 センパイの口が虚言を紡ぐ。


 そして、私の視界を鮮明な赤が塗り潰し、染め上げ、食らい尽し、満ち溢れ、浸食していくです。


 けれど、さっきみたい抵抗する気は起きない。

 それは、視界を埋め尽くす赤色が、センパイの眼差しの色だったからでしょうか。



 満たされた――赤の先に、一つだけ違う色――があったです。



 それは懐かしい――私を何度もおんぶしてくれた――大きくて暖かい背中。


 その背中を見たら、胸が熱くなって――視界が歪んで――鼻の奥が痛くなって――赤色の中を駆け出して――なにかが零れて――熱くなって――溢れ出して――



「――パパぁッ!!」



 そして――影がゆっくりと――振り返って――――――








 なんとか一区切りついた……ように見せかけて、終わっていません。

 じつを申しますと、これは二月中に書き終えようとしていたものの前半部です。後半部が完成しないがために、このような形の投稿となりました……なんて自虐的な告白だろう。

 そういう理由もありまして、次回更新は執筆作業に入っている後半部なので、現在のスピードよりは速く更新させていただけると思います。

 では、また

 

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