15部屋目 チョコに叡智を
――――――――――――――――――――
・現在の使用可能タイル
(4問目終了、オシリスの封印手番まで)
BCD FGH KLM
P V XY
12345 890
――――――――――――――――――――
ぜぇぜぇと息を吐いたオシリスは、ゆっくりと深呼吸して怒りを鎮めたのち、知恵の神に向き直った。
「なあトート、今は封じる文字を考える時間だよな?」
「はい。無制限にしたのはオシリスの落ち度ですね」
「違う! たとえ推測できても、ここで延々と解答用の文字を考えるのは、本来の用途から逸脱している! 本質……そう、本質を見誤るな!」
「――なるほど。わかりました」
トート神は、手に小さな水時計を出した。
「薫チームに宣告します。他の制限時間を鑑みて、これより、封印する文字の選択も60秒以内とします」
「うおぉーい、横暴だぞー! 神も仏もねえのかー!?」
「神です」
「ガッデム、神ジョーク!」
Q次郎がクレームを入れてくれたものの、裁定は覆らなかった。
「あの」
猪尾さんが手を挙げた。
「では最終問題ですが、制限時間を周りの水時計全てにできませんか? 急に言われたので、せめてこのぐらいは」
トート神がオシリスを見た。
「如何ですか、オシリス?」
「それを決めるのは予ではないな。アヌビス、いけるか?」
「構いません」
「だ、そうだ。少しだけパイロットの寿命が延びたぞ? 良かったな」
※:うっわー……
※:余裕取り戻してニッコニコやん
※:ラストは330秒か
Qが混ぜっ返している間に子音だけの5文字を閃きたかったけど、向こうの対策が早すぎた。
なら、セカンドベストを取る。
「今度は0を軸にしよう。コレさえ残せば、5文字以上は作れるからね。僕らが次に消すのは、それ以外で相手が有利になる文字だよ」
僕らは、Oの入った5文字を指差し確認しあったのち、封じる文字の合意を取った。
「決まりました」
僕はトート神に向き直った。
「封じる3文字は、P、V、そしてYです」
「わかりました」
Pは、PHの組み合わせが怖いから。Vは、OVで終わるロシア系の人名が怖いから。Yは……絶対怖いから。
トート神がボーナスの5枚を上皿に入れ、天秤の傾きが少し緩やかになった。すぐに問題選択へと移るが、「辞書」で内定しているため、ここもシンキングタイムだ。
猪尾さんが、指でほほを叩いていた。
「COLD、GOLD、GOLD COAST……はダメね。長くなるとキビしいわ」
「猪尾さん、Oが2つ並ぶ形は?」
「良さそうに思えてワナよ。4文字ばっかりなの、DOOMとか」
「あー」
DOOM……神が人類におこなう最後の審判。今の状況に相応しすぎて泣くべきか。
「薫チーム、時間です」
「はい、トート様。僕たちは『辞書の見出し』を選択します」
精一杯粘ってここまでだ。
「ダメね、私思いつかない。いっそ最後は、シィポンとナメクジさんのダメ出しに徹するわ」
「オーホホホ! OKよ、ミルニャン!」
「俺様の灰色の脳細胞が輝くぜ!」
※:がんばれー
※:応援してるぞ!
視聴者数に比べ、コメントの勢いは格段に減っていた。どうやら、ほとんどがフィルターに掛かっているらしい。
――でも、逆に言えば、それだけたくさんの人がヒントをくれてる証なんだ。
「見えない」事実が、ありがたい。
「フッフッフッフ、いよいよ5問目だな」
手の平を向けてきたオシリスが、スッと人差し指だけに変えた。
「では最終問題だ。『現在、世界で発行されている〈辞書〉だが、その見出し語を1つ答えよ』。――君らは神を超えられるかな? それでは、始め!」
手が叩かれた直後、僕らは事前に決めていた5文字を集め、上皿へ投げ入れようとした。
「! Q、待った!」
「薫!?」
「ダメだ……! トート神が、書き直してる!」
冥界の書記は、まさに神速のペンさばきだった。
「ねえ、菊知くん? トート神が、いま5文字ってことはない?」
「ううん、猪尾さん。Oの2連続が特徴的な動きだったから、最初が4文字。そこに、何か書き加えてて5文字。さらにその下に、何か書いたあとで今のを二重線で消してたから、6文字以上は確定だよ」
勝負は最初の2秒だった。そこでハッキリと見てしまった以上は。
「5文字じゃ……勝てない」
「なぁ薫、ハッタリの可能性はねえか?」
「ううん……。過去動画では、必ず上乗せしてたから」
訂正したフリをして、また5文字を書く神様ではない。
「6文字以上だよ、あれは」
「そっか、そんなら考え直さねえとな」
「オーホホホ! 大丈夫よ、みんな! 6文字ぐらい楽勝! あたしが思いついたチョコより長い単語を、必ず見つけられるわ!」
その直後。
シャシャ~ッ。
「ほぇっ?」
別のパピルスに書き記したトート神が、前のものを丁寧に折り畳んだ。
「再訂正しました、薫チーム」
「ええ~っ!?」
「おい、トリ神! そんなのアリかよ!!」
「アリです、滑川久次郎」
な、7文字……!
「フッフッフッフ、トートの本領発揮だな。やりすぎて、挑戦者の心を折るのは止めてやれ?」
「ご心配なく、オシリス。1文字ずつ増やした文字数は、これで最後です」
そ、それはありがたい……けど、それでも7文字か。
「クソッ、うだうだ言っても始まらねえ! 叩き台になるぜ! ゴースト!!」
「本当に叩き台ね。GHOST でダメよ」
「オホホッ、ポップコーン!」
「POPCORNでダメ。P封じたのコッチよ、シィポン?」
「チィッ、部屋、月、スプーン、フォーク……おっ、フォークはいけるぞ!?」
「ナメクジさん? FOLK」
「オーホホホ! なら、フォークソング!!」
「FOLKSONG!」
Qとお嬢様のアイデアに、猪尾さんがダメ出しをする仕組みは上手く回っていた。なので僕は、そちらのルートは一任し、ある違和感へと全力で取り組むことにした。
――なぜトート神は、訂正を2度に分けたんだろう?
僕らに気付かせるためなら、6文字を書いた直後でも良かったハズだ。連続していて分かりづらいなら、僕が6文字の話題を出したときに再訂正すれば良かったし、なんなら、「1文字ずつ増やした」とまで教えてくれたのだから、言及さえあれば確実に判別できた。
なぜ、あのタイミングだった?
もしかして……あのとき、何かの単語に気付いた?
えっと、千桜さんが言ったあとだったよね。そこでトート神が再訂正して、千桜さんがリアクションしたからハッキリ覚えてる。で、その時はチョコを言ったんだ。スペルは、シー、エイチ、オー、シー、オー……。
「チクショウ、時間なくなってきたぞ! ココイチ!」
「はぁ? もしかしてCOCO壱? 載ってても5文字!」
「シーオーシーオー……あ、ミルニャン! 繭!」
「COCOON!」
あぁ、Oが3つだとオゾンだね。セーフなのは2つで酸素までだ。えぇっと、シー、エイチ、オー、シー、オー……お?
「ああああああああああああ!!!!!」
出し抜けの大声に、みんなが僕を見た。
すかさず壁に目をやる。水時計は……残り1個!
「Q次郎! Hだ!! チョコにHを足して上皿に!!」
「!? お、おう!」
立て続けにQが投げ始めるなか、僕は数字タイルへ走った。1枚をつかみ取り、高々と上がった羽根の上皿へとまっすぐに掲げる。
「何をする気、菊知くん!? そこから投げたら遠すぎよ!!」
「いえ、ミルニャン! 大丈夫!」
千桜さんはスグにしゃがんでくれた。僕は気持ちを鎮め、一瞬で集中する。
「【聖水】」
投げ入れたりはできないけど……、狙いは何度もつけてきた!
タイルを包んだ水は、ゆるやかな放物線を描いて上皿へと飛んでいった。
※:ビューリホー……
※:左手は添えるだけ
※:う、美しい……ハッ!
パシャンッ。
最後の1枚は、水ごと上皿の真ん中へ吸い込まれていった。
「いよっし、答えは……!」
「残念、時間切れだ」
オシリスは、壁を無慈悲に指差した。
「すでに水時計は落ちきっている。つまり、解答しても無効。そうだな、トート?」
「もちろん有効です」
「ほらな……何ィッ!?」
「有効です」
トート神は淡々と続けた。
「オシリスは先ほど、バスケットボールの試合になぞらえました。タイムが0となる前に投じられたボールは、入れば得点。今の菊知薫は、まさにブザービーターです」
「あ、あれは、予が見てる側だからいいんだ! 食らう側になるのは大嫌いだ!」
「感想は分かりました。――有効です」
トート神は僕を手で示した。
「薫チーム。宣言をどうぞ」
「はい」
僕は軽く呼吸を整えた。
「CH₃COOH。――酢酸」
ディクショナリーには、辞書だけでなく辞典という和訳もあった。
なら、化学辞典も入るハズだ。――つまり、化学式も!
「薫チームが宣言しました。正解かどうかを述べる前に、私の答えを提示しましょう」
トート神はパピルスを反転させた。
「気が合いますね」
CH₃COOH
「いよおおおぉぉっし!!!」
※:うおおおーっ!
※:薫子様が吠えた!!
※:かいしん の ガッツポーズ!
※:男の娘、最高!! 男の娘、最高ー!!!(ガン泣き
「薫、やったな!」
「ワ~、キャ~ッ!!」
「化学式、よく気付いたわね!」
「みんな……! ううん、みんなのおかげだよ。千桜さんがコクーンって言って、猪尾さんがOが3つのダメ出しをしてくれたから。それで、オゾンって思えたんだ」
「へへっ、よせよ相棒。つーことは、俺のココイチが起点だろ?」
「Q、自分で言ったら台無し」
「オメーが言わねえからさあ! 大事なトコをさあ!」
わいわいやっていると、冥府の神が拍手してくれた。
「素晴らしいな、薫。じつに見事な発想だった」
「ありがとうございます!」
「――で、終了だ」
「は?」
突然の真顔に、冷水を浴びせられた気分だった。
「ど、どういうことですか?」
「おいおい、予の部屋を訪れた理由だよ。君らはクリアがしたかったのかい? 違うだろう。予に、認めてもらうのが目的だったよな?」
「あ……」
「おぉ、おぉ。君らは予をけちょんけちょんにしながら、クリア寸前までこぎつけた。良かったなあ、あとはメジェドを倒すだけだ」
ま、まさか……。
「当然だが、クリアしても予は認めんぞ」
「そんな!」
「お前たちは、早い段階で予をバカにしていただろう。挙げ句、数々のやり込めに、無礼な振る舞い。――あれだけカマされて、認める神がいるか!」
「うぐっ……」
正論だった。今までの挑戦者は、クリアしたら確実に称号がもらえていたし、奮闘すればOKの確率は高かったのに、完全に逆となってしまった。
「オシリス」
机一式を片付けた冥界の書記が、天秤からフワリと降り立った。
「前言を翻す気はないですか?」
「ないな、トート。それとも、予を認めさせるために戦うかね?」
「いえ。あなたと争いたくはないですね」
トート神が僕のほうを見た。
「なので、私が認めましょう」
――え?
「おや、菊知薫。私からの称号では不服ですか?」
「い、いえ! ビックリしただけです! ありがとうございます!!」
オシリスも呆気に取られていた。
「トート……お前、それアリ?」
「アリですね、オシリス」
「おいーーーーーーーーー!!!!!」




