【三百十五 玉面公主、襲来する】
玉面公主を見た沙悟浄は戦慄した。
玉面の名を持つだけあり、玉面公主は美しい容姿をしていると思われたが、呪詛返しのためか肌は荒れ、髪の色はくすみ、みすぼらしい様相である。
「呪詛を返されて、妖力を奪い返されそのような身になりながらこちらにくるとは。執念だな」
扇で口元を隠しながら呟いた太上老君は、玉面公主から立ち上る黒い煙に気づいた。
それはついこの間崑崙山を恐怖に陥れ、仙人たちの移住を余儀なくさせたものと同じものだと、太上老君をはじめ、玄奘と沙悟浄も気づいた。
「まさか、瘴気か?なぜ……」
太上老君は眉間に皺を寄せ忌々しげにつぶやいた。
一方で、沙悟浄は玉面公主の襲来に内心慌てていた。
(お師匠さまを隠さなければ……)
孫悟空たちはまだ修復から戻っていない。
もしかしたら呪詛返しで奪われた力を取り戻すために、玉果である玄奘に襲いかかるかもしれない。
だが玄奘は沙悟浄の不安など考えつかないようで、現れた玉面公主と九麻夫人の対面に固唾を飲んでいる。
幸いなことに玉面公主は玉果である玄奘には目もくれず、九麻夫人にのみ恨みを込めた鋭い視線を向けている。
まるでそこから火が噴き出るかのような、苛烈な視線だ。
「ご快復されたようで何よりですわ、干姐姐」
「おかげさまで。あなたのお花の贈り物のおかげかもしれないわね。ありがとう、妹妹」
義姉妹の契りを交わした仲だというのに、二人の言葉のやりとりは冷え切ったものだ。
沙悟浄はさりげなく玄奘の前に出て、玉面公主の視界に玄奘が入らないようにした。
「玉面おばちゃん、おばちゃんがお母さまを呪っていたなんて、そんなの嘘だよね?!」
「そうだよ!玉面おばちゃんは優しいおばちゃんだもん!美味しいお菓子をいつもくれたし、修行だってつけてくれたもん!」
金炉精と銀炉精の声に玉面公主はギロリと二人を振り返った。
枯れかけの柳のような長い髪の間からのぞく瞳からは、彼らに向ける親愛の情などかけらも感じられない。
「……るさい……うるさいうるさい!この玉面公主様を……この美しい九尾であるワタクシを、おばちゃんと呼ぶなアァアァアアア!!」」
玉面公主はそう叫び、扇を振るった。
赤と青の炎の絵が描かれているその扇を振るうと、渦巻く二色の炎が出現して二人に襲いかかる。
「わあああっ!」
金炉精と銀炉精は慌てて散り散りに炎の渦から逃げ惑うが、追尾の機能があるらしいうねる炎は、二人を螺旋状に渦巻きながら追いかけていく。
「以前から気に食わなかったんだ!チビどもめ、このワタクシをおばちゃんなどと……!ワタクシはおばちゃんではないと、何度言えば!!!」
「狐阿、銀炉を頼む!」
「はい、姉様!」
九麻夫人は金炉精に向かっていた炎を拳で打ち消し、狐阿七大王は銀炉精に迫る炎を剣で両断して消し去った。
「た、たすかったぁ〜」
逃げ惑っていた金炉精と銀炉精は走り疲れたのか、その場にへたり込んでホッと息をついた。
金炉精らの無事にホッと胸を撫で下ろし、九麻夫人はキッと玉面公主を睨みつける。
「子どもたちに手をあげることは、いくら妹妹でも許さない!」
そして両腕に狐火を纏わせ、玉面公主に飛びかかった。




