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深沙の想い白骸に連ねて往く西遊記!  作者: 小日向星海
第十八章 金角と銀角
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【三百十ニ 積雷山摩雲洞の玉面公主】

 雷雲渦巻く空、ゴロゴロと不穏な音を鳴らし時折閃光を上げる山中。


 この積雷山にある洞府、摩雲洞には九尾の狐が住んでいる。


 牛魔王の愛妾、玉面公主だ。


 同府の中は意外にも花々で飾られており、中でも卓の上にある一輪の白い花が目を引く。


 玉面の名のとおり、宝玉のように美しい面差しの玉面公主は、手に持った杯をおもむろにその白い花へ傾けた。


 白い花からは蜜、ではなく白く輝くモヤのようなものが流れ出た。


 玉面公主はそれを杯に注ぎ、一息に飲み干した。


「……ふふ、味もだいぶ薄くなってきているわ。そろそろかしらね」


 そして紅い唇の端を拭い、卓にコトリと杯を置いて呟いた。


「妲己様に次ぐ九尾はワタクシだけで良いのよ」


 閃光が走り、ついで雷鳴が轟く。


 九つの黄金の尾を揺らし、玉面公主は上機嫌で高笑いを響かせた。




 そのころ、孫悟空たちは破壊した壁の前に辿り着いていた。


 狐阿七大王は、突入された原因は甥っ子たちにあるから気にしなくていいと行ってくれたのだが、玄奘の弟子としてそう言うわけにもいかないと、修繕を申し出たのだ。


 かなりの大きさの瓦礫がそこかしこに散らばり、足の踏み場もないとはこのことだろう。


「あーあ、俺様もお師匠様のそばにいたかったぜ」


「仕方ないでしょ、ゴクウたちが開けた穴を塞がないといけないんだから!ボクだってオシショーサマのところにいたかったよ!」


 ブチブチと文句を言う孫悟空に憤り、玉龍が如意宝珠を掲げながら怒鳴る。


「まあまあ、さっさと壁を塞いで戻ろうぜ、な!」


「オジさんも壁を壊した張本人なの、忘れないでよね」


 ジトリと玉龍に睨まれ、猪八戒は項垂れた。


「ちょっとガレキを動かしやすいように真ん中に集めてくれる?」


 孫悟空と猪八戒は、玉龍の指示に黙々と従うことしかできなかった。



 玄奘が経を読む間、太上老君は九麻夫人の診察を行っていた。


 診察といっても、医者のように問診、触診などを行うわけではなく、肌の様子や経を聞いての反応などを見るだけだ。


(おそらくこれは病ではなかろうな……)


 九麻夫人のあまりの衰弱ぶりに、太上老君は原因は別にあると睨んでいた。


 太上老君の金丹を服用しているのにこれほどまでに衰弱する病を、太上老君の知る限り無いからだ。


 玄奘の経文の声が響いてしばらくした頃。


 九麻夫人の体を覆う蔦のような模様の痣が禍々しく、赤く光り始めた。


 痣が痛むのか、九麻夫人はそこが鼓動のように紅く明滅するたびに呻き声をあげる。


(やはりな)


 太上老君は自分の見当が当たっていたことに頷き、読経を上げる玄奘を見た。


 玄奘は苦しみ出した九麻夫人の様子に驚き、経をあげるのを中断しようとしたが、太上老君はそれを静止した。


「玄奘殿、そのまま経を読んでいてください。狐阿七大王、少しこちらへ」


「太上老君様……」


「大丈夫。これでお前たちの母親を救えそうだ。お前たちは母親の手を握ってておやり」


 不安げな視線を投げかける金炉精と銀炉精にそういって、太上老君は狐阿七大王と共に部屋を出た。


「太上老君様、姉の様子はどういったことなのでしょうか」


 狐阿七大王も九麻夫人の読経に対する反応に狼狽えていた。


「どう、とは。わしが言わなくとも、あなたにも見当はついているのでは?」


「それは……私の見当が外れてくれれば良いとは思いますが……」


「残念ながら、外れますまい」


「何故です?!」


「これは病ではなく、呪詛の類だからです」


「呪詛……」


 病などあらゆるものに効き目のある金丹だが、ひとつだけきかないものがある。


 呪詛だ。


 九麻夫人の金丹も効き目なしの衰弱ぶりと、玄奘の読経に反応していたあの様子は、呪詛が原因だと断じるに容易いものだ。


「狐阿七大王、九麻夫人に呪詛をかけたのはどなたか心当たりはおありか?」


「心当たり……うーん……」


 太上老君の問いに狐阿七大王は考え込んだ。


「では質問を変えましょう。九麻夫人に家族以外で親しく交流のある方はいますか?」


 その問いに、狐阿七大王はハッとして顔をあげた。


「それならよく知っております。姉が義姉妹の盃を交わした九尾がおります」


 九麻夫人とその九尾の狐は幼馴染で、狐阿七大王もよく遊んだ仲だと言う。


「なるほど」


「名前はたしか……玉面公主」


 その名を聞いて太上老君は驚きに目を見開いた。


「玉面公主……たしか牛魔王の愛妾の名では」


「そうです。玉面義姉様はその類稀なる美しさから牛魔王の愛妾となっております。でもその義姉様が姉様に呪詛だなんて……」


 困惑する狐阿七大王に、太上老君は言葉を続けた。


 不安を与えないように、軽い調子で。


「……玉面公主から最近もらった……または届いたものなどはありますか?れ


「ああ、白い花が届きましたよ。蔓性の植物で。確か姉様の部屋に飾ってあります」


「すぐ戻りましょう」


「え?」


「おそらくその花が呪詛の媒介となっています」


 戸惑う狐阿七大王を残し、太上老君は九麻夫人の部屋へと急いだ。


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