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その頃の彼ら~ジュリアス編1~(13歳)

「本当に、私でいいのでしょうか」

 レーネは花嫁になる前夜になっても、未だ、不安だった。

 明日の朝は早いというのに、まだ、寝付けもしない。


 レーネは言語学者の父が継いだ子爵家の末娘で、家を継ぐ兄に代わって、自らもまた父と同じ道に進むべく、学術院の研究者であった。


 頭でっかちの学者の女などに、婚約者ができるはずもなく、未婚のまま、生涯を終えると信じていたところに、まさかの縁談が持ち上がったのだ。

 相手は、断ることの許されない、王家。それも、正妃の子息である、ジュリアス殿下。


 外交官を目指す彼の人は領地を継ぐ予定もなく、自分が共に連れ歩ける、または1人で家に居られる、貴族令嬢らしくない令嬢を探していたという。

 そして、レーネに白羽の矢がたった。






 大そうな美丈夫と名高い王太子殿下によく似た美しい顔立ちに、1年ほど冒険者として視察の旅に出ていたことから伺える逞しい肉体。大魔術師すら目指せる豊富な魔力。

 性格にも問題はなかったし、それまで婚約者が居なかったのも、外交官を目指す故に候補が絞られていたからだという。

 実際に、レーネの前の彼は、優しく紳士的で、気弱で内向的なレーネの心中をとても推し量ってくれる、優しい人だった。


 いつの間にか、政略のことなど忘れて、レーネは心からジュリアスに恋をしていた。


 だからこそ。分かる。

「……他に、好きな人がいらっしゃるのに……」

 かつて、ジュリアスにあった噂。

 彼が、平民を愛し、身分差故に引き裂かれたと、いう噂。


 ダメとは分かっていても、1人になりたくて。

 でも、部屋では鬱蒼とした気は晴れなくて。

 夜遅く、バルコニーでひとり佇む。






「結婚式に風邪をひいたら、どうするんです」

「っ!」

 驚いて、叫びそうになった口を塞がれる。

 振り返れば、自分の胸ほどまでしか身長のない少女がいる。


「えっと……」

「相手が少女だからと、すんなり叫び声を収めるのも、本当はよくないですが」

「そう……ね。やけっぱちなのかも」

「貴女がそんなでは、彼もかわいそうですが、貴女が彼を信用できないのは、彼の自業自得ですか?」

 名前を出さずに尋ねられるが、誰を、何を指しているかは、レーネには分かる。


「なんで……貴女は……?」

「んー、名乗りません。今は。どうせ、そのうち分かるでしょう」

 少女は頬に人差し指をあてて考えるそぶりを見せた後、ゆったりと笑った。

「それで、答えは……?」


「っ、ユーリ様は、私を慈しんでくださるわ。思いやりがあって、お優しくて」

「慈しんで……ねぇ。愛してくれている、とは言えない、と?」

 リーシアの言葉にレーネが目を見開いて……その顔が伏せられる。

「それ、は」

「そんな不誠実な男、やめてしまえばいいのに」

「え!?」

 レーネが驚きの声とともに、顔をあげた。






「嫌なのですか? 相手が相手だから? 断れない?」

「違う……私、が。私が嫌なの。ユーリ様を愛しているから。例え、愛されていなくても。お傍に、いたい……」

「愛されていない……ねぇ」

 そんなこともないと思うが、どうしてそう、頑ななのだろう。


「お噂に聞くユーリ様は、それは、感情豊かな方なの。冒険者らしい負けず嫌いな気持ちや、豪快さだって、あるのだそう。私がどれほど口に出さなくても、気付いてしまわれるのだもの。きっと、ご本人も感情が豊富な方なのに……」

「……貴女の前の彼は違う……と?」

 なんというか、それはまた。


「いつもお優しくて。泰然としていて。私は、それ以外のお顔を見たことがない。そんな、ずっと取り繕わなければいけない女を置いていては、ユーリ様がお辛いだけ」

「ふむ」

 ならば。

 辺りを見渡す。

 彼は、あのジュリアスなのだから。きっと、あるに違いない。






 そして、見つけた。

 泣きそうな彼女の首元で揺れる、それを。

「それは?」

「これは……ユーリ様にプロポーズされた時に、いただいたの。決して、体から離すなと」

 花があしらわれたネックレスだ。華奢なそれは、線の細い彼女によく似合っている。


「あとで直すので、怒らないでくださいね」

「え?」

 リーシアがそう、微笑み、レーネが首を捻った瞬間。

 ピン、と軽い音と共に、ネックレスが引きちぎれた。


「!」

 彼に嫌われてしまったら、どうしよう……そう、レーネが慌てた瞬間。


「レーネ!!!」


 バシン!と、音がして、彼女の部屋にジュリアスが現れた。






 素早くレーネを抱き寄せて、厳しい視線で辺りを伺う。

 そこに、先ほどまで姿のあった少女はいなくて。


「ユーリ、様。……なぜ?」

「貴女にかけてあった、守護が弾けとんだ。いったい……っ」

 焦ったような顔。自分を呼ぶ必死な声。抱き寄せられる、強い腕。

 どれほど慌ててきたのだろう。服は夜着のままで、髪も下ろされている。

「っ……」

 今まで、そんな彼を、レーネは見たことがなくて。


 自分は、こんなにも彼に思われていたのだと、涙がこみ上げる。

 彼を疑ってしまった恥ずかしさと、それ以上の嬉しさで。

「何があった!? 襲われたのか!?」

 言葉を紡ぐ余裕もないほど泣きじゃくるレーネに焦るジュリアス。


 堪えきれなくなって。

 リーシアは笑い声をあげた。






「誰っ……まさか……」

 誰何の声をあげようとした声は、続かない。

 月に照らされて、朧げに浮かんだ姿でも、ジュリアスの目が見間違うはずがない。


「リーシャ……」


「いい夜ですね、ユーリさん」


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