その頃の彼ら~アイルーベルト編2~(12歳)
「リーシア嬢、一応、私から挨拶しないかい?」
ひらり、とフォルティスの腕から舞い降りて、ラウゼルのことなど視界にも入らない様子で、彼女の兄に会釈をしたリーシアに、ラウゼルは苦笑する。
「私、少し眠かったので、ちょっとそういう気分には」
ラウゼルに軽口で返すリーシアに、ラウゼルはため息をつき、その背後を守っていた男……彼女のいとこであるゼヴィッドは額に手を当てて呻いた。
「君、ねぇ……」
「あれ? 私と一緒に微睡んでいたのが誰か、説明した方がいいですか? 置いてくるの、結構大変だったのですが」
「……」
言外に、魔王がついてきそうだった、と告げられれば。
人間が絶対に敵わない存在である魔族……を支配している魔王……を、更に尻に敷いて、遠まわしに人間の国を守っている彼女には、何も、言えない。
「リーシャ、えっと……この方は、というのは、きっと僕より知っているよね、えっと……じゃぁ……?」
リーシアとラウゼルの様子に、どういうリアクションをとればいいのか、分からなくなったようで、アイルーベルトが目を回しかけている。
「私の前では、ロウさんはロウさんですから」
「まぁ、今となっては、どっちがえらいか、分からないしね」
ラウゼルは小さく呟く。一応、魔の、とは付くが、王妃候補だ。自分が皇位を継いだ後ならばともかく、皇太子の今は、どちらかと言えば、相手に敬意を払うべきは自分かもしれない。
まぁ……絶対にごめんだが。
氷の皇太子と言われる笑顔も、引きつる自信がある。
「改めて。こんにちは、ロウさん。ターニャさん」
「え、っと、あの!! ありがとう!!」
「……?」
リーシアに声をかけられて、それまで緊張に固まっていたターニャが立ちあがって頭をさげた。平民の礼だが、畏まって膝を折られるより、ずっと、リーシアには分かりやすい。
「貴族らしいことすべてに、たくさんお金がかかったわ。習い事も、馬鹿にされないドレスも、風邪をひいた時の治療魔術も。私の生活にかかったお金は全て、元をたどればアナタの行動から、賄われているって、知ってる」
「まぁ……お金はいらないので」
「有り余ってるもんね」
ちらり、とラウゼルに見上げられるリーシアは。
人間の国の流行りとは違うので気付かれにくいが、ターニャはもちろん、大国の皇太子妃であるラウゼルの妻、ソフィーナよりも、余程いい服を着ている。
「奪ってませんからね」
「分かってるよ」
略奪したものではない。魔王が仕事をするようになって、魔族の国は発展している。
正直、それもどうかと思うが、元々が魔王の魔力で豊かな国である。
質のいい様々なものが、原産地を偽って、人間の国に流れ込んでいるのを、ラウゼルは知っていた。
一方で、この1年ほどは、魔族による人間の国の被害が、一切出ていないことも。
「貴族とか、王家とか、政治とか、興味ないって思ってたのに」
ソフィーナを愛する気持ちとは、また別の、国を豊かにしたいと願う皇太子として、残念に思う。彼女がついたのが、この国ではないことが。
「興味はありませんよ? ただ、毎日寝ているだけというのも飽きるので、暇つぶしですね。土地を荒廃させるのに限界はありますが、その逆はないでしょう? あと、貴族と王家が嫌いなのは、守るものがある人たちだからです。私、自分以外のものを大切にされると、気に入らないんです」
リーシアの性格は今更だ。ラウゼルも、残念ながらよく理解してしまっている。
だからこそ、王、或いは王子、と呼ばれる人間から、彼女の愛を向けられる者が現れるとは思わなかった。
ラウゼルと同じ思いで、リーシアをジュリアスから遠ざけた、かの国の王太子も、同じ感想を抱いたに違いない。
最後にリーシアから愛を向けられたのが、国を治める者だったなど、と。……まぁ、相手は人間ではなかったが。
「君の好きな人は、君以外、大切じゃなさそうだよね」
「えぇ。私がお願いすれば、人間の国を巻き込みながら、魔大陸を沈めてくれる程度には」
「……ぜひ、国を発展させる方向の暇つぶしを続けてね」
冗談に聞こえないから恐ろしい。
この会話が聞こえているのが自分だけでなければ、今すぐにでも心労を共有したい気分だった。
「さすがに、いつでもどこでも呼び出せるわけではないし、フォルティスを呼ぶのに、魔力がいるからね。簡単に会えないことに変わりはないが。このとおり、自由な人なんだから、今生の別れと思わなくても、いいんじゃない?」
自分の呼びかけに応えたリーシアを示して、彼女の兄に告げれば、目に見えてその表情が緩んだのが分かった。
そんなアイルーベルトに、リーシアも続けて声をあげる。
「もうすぐ結婚式でしょう? こっそりお邪魔しますね。恋人と一緒に」
「おい、やめようね!?」
リーシアの爆弾発言に、ラウゼルが咽る。
アイルーベルトの結婚式に誰が参加するか、など、まったくもってどうでもよかったが、だからといって、魔王と呼ばれる人間が自国内に入ると聞いて無視はできない。
だが、そんなラウゼルの反応も、リーシアの恋人が誰か、知らなければ理解できないだろう。
アイルーベルトは、ラウゼルの様子を冗談だとでも思ったのか、目を瞬かせてリーシアを見つめた。
「恋人、出来たのか」
「はい。ちょっと歳の差がありますし、結婚はまだ先の話ですが」
その正体を知らないアイルーベルトは、素直に妹の幸せを喜んでいるが、ラウゼルといえば、気が気でない。
「あのね、別に何かが起こるとは思わないけど、私の国に呼ぶのは止めて欲しいなぁ」
「えー。……悲しくて、帰ったら愚痴っちゃうかもしれません」
「……脅迫してる? ねぇ? っていうか、普通の反応だよね?」
「しーらない。恋人を悲しませた人、許すかなぁ、あの人」
「フォルティスまで!?」
何が何だかは分からないが、妹を相手にころころと表情を変える自国の皇太子を見て、アイルーベルトは思う。
氷の皇太子と呼ばれている人まで、こうなのだから。
自分も、自分のすべてを消す必要はないのだと。
気付かぬうちに、貴族というものに、再び捕らわれそうになっていたのだと、思う。
「ねぇ、ターニャ」
「はい?」
「僕たちらしい、貴族になろう」
「はい、アイル」
皇太子と妹の奏でる喧噪に包まれて、結婚式を控えた恋人同士は優しく微笑み合った。
ある結婚式にて。
ゼヴィ「魔王、連れてきてないじゃないか」
リー「本当に連れてくるはずないでしょう?」
ゼヴィ「だったら、何のために来たんだよ、俺は!」
リー「別居中の、どうしようもない義母だとしても、生まれは大貴族ですからね。その実家からしっかりした来賓がないなんて、ダメでしょう。アナタ、一応跡取りですから」
ゼヴィ「……。相変わらず、面倒くさいな、お前」




