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その頃の彼ら~アイルーベルト編1~(12歳)

 生まれた国に戻って2年。

 目が回るような忙しさの中を生きるのに必死で、振り返る余裕なんてなかった。


 生涯を誓ったターニャは、養女となった子爵家で貴族令嬢として1から全てを習うことになり、アイルーベルトは騎士見習いとして、聖都で勤めることになった。


 生家であるテルジア辺境伯邸とは名ばかりの、広さだけがあるボロ屋敷に帰り着いたアイルーベルトを、彼の父、テルジア伯爵は何も言わずに抱きしめた。

 生きているはずの義母の姿はなく、理由を問えば、息子の死に心を壊し、食事もままならず、体調まで崩したところで、彼女の実家が引き取ったらしい。

 貧しいテルジア辺境伯領では、まともな薬も与えられず、衰弱死を待つしかなかったところだったので、彼女の実家の判断は正しい。


 1人、この領地を守り続けた父に、どうして義母の子殺しを止めてくれなかったのか、という1点に関しては今後も一生、許せるとは思わなかったが、領主としてのあり方は心底、自分もそうありたいと思ってしまった。






 実家で休む暇もなく、騎士見習いに就けられて、王都へ向かう。

 今まで社交界にも顔を出さなかったアイルーベルトは、最初は舐められたものの、辺境伯子息の身分と、冒険稼業で身に着けた剣の腕もあって、実力主義の騎士の中では、すぐに溶け込むことができた。


 貴族としての付き合いは、正直、いつまでたっても慣れなかったし、根が誠実なアイルーベルトにとっては受け入れられない、人の醜さも目にすることになりはしたが、ターニャという心の支えがあって、助けられた。

 もし、ターニャ相手に不誠実な別れを告げ、心が曇ったまま、聖都にやってきていたなら、自分の誠実さは失われて、自分が自分では無くなっていたかもしれない、そう思うほど、ターニャの存在は大きくて。


 あの時、手を離さなくてよかったと、自分を受け入れてくれたターニャと、そして自分の背中を押してくれたリーシアへの感謝は尽きない。






 そんなターニャはターニャで、厳しい貴族教育や、貴族令嬢同士のいざこざで心をすり減らすこともあったが、決してくじけることなく、アイルーベルトの傍に居続けてくれた。

 心身ともに律することが求められる騎士見習いと、身分が違いすぎる子息令嬢が会うことなど、難しいと思っていたのに、長くとも1月に1度は会える日が設けられていて。

 きっと、誰かが裏で手を引いているのだと分かってはいても、その好意に甘え続けた。


 そして。


 2年の騎士見習いの期間が終わり、貴族の知り合いや聖都でのコネも増えたアイルーベルトが、領地運営を学ぶために、故郷へ帰る時が来た。

 すっかり貴族令嬢らしくなったターニャとは、戻った先でまもなく結婚式を挙げる予定だ。






「ね、ねぇ……。私たち、どこに連れていかれるんだろう」

 旅立ちを控えたある日、アイルーベルトとターニャは聖都の街を連れだって歩いているところを、声をかけられ馬車に乗せられた。

 騎士を辞したため、また、婚約者と正式に発表したこともあって、誰に隠れることもなく、聖都で束の間のデートを楽しんでいたのだが。


 ターニャは不安そうではあるが、アイルーベルトは平気である。

 少し、緊張してはいるが。水を差されたと不機嫌になることもない。

 自分たちに声をかけた男は、いつか、シャルヴィの街で、冒険者として自分に声をかけた男と同じだった。

 だとすれば、自分たちが向かう先は、自分たちの恩人の元であるはずだから。


「大丈夫だよ。ただ、ターニャは、心からの思いを大事にしたらいい」

 彼の正体を知れば、彼女は緊張で固まってしまうかもしれないが。

 心のままに行動すれば、きっと大丈夫だろう。

 彼はターニャが平民出身だと知っているし、何より、ターニャの心にも、彼への感謝は溢れているだろうから。











「やぁ、パーティですれ違うことはあったけど、ちゃんと話すのは、はじめましてだね」

 かくして、2人が連れてこられたのは、森の中、静かに佇む屋敷であった。

 応接室へ案内され、彼の前へ進むと、自然と身についた騎士の礼をとっていた。

 隣で驚いている様子だったターニャも、彼の言葉どおり、子爵令嬢として参加したパーティで彼の顔は知っていたのだろう。

 この2年で随分と綺麗になったカーテシーをする。


「本日は……」

「あぁ、堅苦しいのは止めにしよう。礼をやめて、顔もあげて」

「殿下……」

 そう言われても、と戸惑いのままに声を上げたアイルーベルトに、ラウゼルは声をあげて笑った。

「殿、下?」


 氷の皇太子。

 いつも冷静沈着で、表情を崩さない。どんなことにも動じず、淡々と務めをこなす。

 完全無欠の、王家の証を持った、正真正銘の、王の器。






「あー、もう、止めやめ。私だって、声を上げて笑うこともあれば、眉をしかめることもあるし、怒ることだってあるんだよ? 人を人形みたいに言うの、止めて欲しいよね」

 どっかり、とソファに座ってため息をつく。

「座りなよ」

 ラウゼルに指し示されて、拒否権もなく向かい合わせに座ると、そんなアイルーベルトの様子に、ラウゼルは再び喉をならした。


「あー、ごめんね。君が、君の妹とあまりにも違うものだから、本当に可笑しくて。片親が違うだけで、こんなにも違うものなのかな? どちらかといえば、貴族としての血は彼女の方が濃いくらいなのに。……それとも、彼女を育てたのは、ほぼ、君のようなものだから、君の育て方が独特だったのかい?」


「えっと……あ」

 2年間。聖都では決して口に出せなかった、彼女の存在。

 父親にすら、旅の途中で亡くなったと、偽らざるを得なかった、妹。






「悪いけど、君に対して、皇太子の仮面をつける気はないからね。巻き込まれてくれ。私はもう、君の妹には、いろいろと。本当に、いろいろと、思うところがあるのだから」

 ねぇ、と、ラウゼルが振り返って、アイルーベルトとターニャを案内した男を見る。

 男は、なんとも言えない苦々しい顔で、頷いた。


「なんて、ね。勘違いしてほしくないけど、鬱憤は溜まっているが、それと同じくらい感謝もしているんだ。彼女のことだから、どうせ、何も君には教えていないんだろうけど。私も、この国も、彼女にはとても世話になった。だから、これは、そうだなぁ……どうしようもない、親戚の女の子の、他愛もない愚痴なんだよ。愚痴る相手も選ばなきゃいけないなんて、本当に、面倒くさい子だよね」


「妹は……リーシアは、殿下にとって、どんな子でしたか……?」

「悪趣味で、自由奔放で、そして、なによりも気高くて。そうだなぁ……私が今の妻と出会う前に、彼女が政略結婚の相手として現れていたら、好きになっていたかもね」

 だとしても、フラれていた自信があるけれど。






「結局、彼女は自分がしたことに対して、ほとんど対価を受け取らなかったんだよ」

 唯一の魔術契約すら、ラウゼルのため。それも、彼女が1度死んだことで無に返ってしまった。

 国の守護竜は彼女の元に行ってしまったが、国の守護は続いたままだ。

「だから、私は、それを君に渡すだけだから、君は私に感謝なんてしなくていい。ただ、貴族の責任として、国の力になってくれれば」


「それは……」

「彼女程の魔術師を、ただ働き同然で遣ったなんて知れたら、後が怖いんだから」

 冗談のように笑うが、彼女の力は本物だ。彼女が彼女でなければ、国同士の争いの理由にすらなるほどに。

「……ですが、私にはもう、直接礼を言うことも……」

 アイルーベルトの言葉に、ラウゼルは懐を漁った。


「彼女は面倒ごとが嫌いだからね。でも、根は素直な子だから」

 上着の中から取り出したのは、2つに割れた腕輪の、半分。

 半月に弧を描く、金の飾り。






「フォルティス。彼女を連れてきてよ」

 それに、僅かの魔力を込めて、呟く。

 ふわり、とラウゼルから魔力が立ち上って。

「殿下……?」


「よっと、久しぶりー」


 怪訝そうにラウゼルを見返すアイルーベルトの視界の端。

 応接室の窓付近の開けた場所に姿を現したのは。

 気安い声をかける白い麗人と、その腕に抱かれた……。

「リーシャ!」






 12歳になったリーシアが、フォルティスの腕からひょい、と飛び降りて、アイルーベルトに会釈した。


「お久しぶりです、アイルさん」


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