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さよならを、告げる

「……ユーリ」

 何かを訴えるようにラウゼルを見つめるジュリアスに、ラウゼルはため息をつく。


「私が魔力増幅の研究をしていたのは、何も趣味ではないよ。この国の学術院はレベルが高くて、国で煮詰まっていた研究が嘘のように進んだ。ユーリの実に感覚的な魔力制御法も役に立ったしね」

 ありがとう、と呟いてジュリアスを見つめる。


「……私は、膨大な魔力を使って、成し遂げたいことがあるんだ。それも、できるだけ早く。じっくりと研究の成果を待ってはいられない。もし本当に、今の私の体に、学術院を吹き飛ばせるだけの魔力があるなら、その目的を少しは叶えられるかもしれない」


「そのために、死ぬとしても?」

「……国のために生きて死ぬのが王だ。……私はまだ、皇太子だけどね」






「私を、連れて行ってください」

「ありがたい申し出だけど、謹んで遠慮しておくよ」


「なぜ! 魔力がいるのなら、私もお助けします! 2人合わせれば、殿下が体を損なう魔力を1人で抱える必要もないではないですか!」


「私が死んだ挙句、君を巻き込んだとなったら、我が国は皇太子を無くしたと同時に、トワードとの外交問題を抱えることになる。君の提案は、ロウランドを滅ぼしかねないんだよ」


 ラウゼルに真剣な目を向けられ、ジュリアスは言葉に詰まって、ややあって、謝罪を口にした。






「気にしないで。素直に、私を助けたいと思ってくれるのは、ありがたいよ」

 ラウゼルは、終始穏やかだった。死が迫っているのに。……否、それを覚悟してしまったからか。


 ……なんとつまらない。リーシアは内心で呟きながら、目的もなく2人の王子のやりとりを見つめる。そんなリーシアに、ラウゼルがゆっくりと視線を向けた。


「もしも、君が今すぐに帰りたいと思っていなければ、もう少しだけ、私の1人言に付き合ってくれないか?」

「……帰国の準備があるのでは?」


「君の前では、旅する魔術師だからね。帰る国などないよ」

 そうでしたね、とリーシアは頷いて、先を促した。






「人払いをいいかな? 3人いるのだから、完全に。……構わないよね?」

 自らの従者にも合図をしたラウゼルに言われ、ジュリアスも頷いて侍従たちに合図をする。まもなく彼らが部屋を去ると、ぱったりと扉が閉められた。


「旅の冒険者、とは言ったものの。さすがに、そのままで喋れる話ではないからね。国のことも話すけれど、リーシア嬢はそのままでいいよ」

「……もちろん」


 例え、今更の正体を明かされたところで、態度を変える気はない。






「国のために死ぬのは仕方がない。……仕方がないのだが、一応、万策尽くすのも皇太子の役目でね。否、下手をすると、この策はトドメになりかねないから、最後まで迷っていたんだが。少なくとも、リーシア嬢は言葉の通じる人だとは思う」


 なるほど。リーシアを巻き込むことが、事態の好転に繋がるか否か判別つかなかったから、一時は大人しく引き下がろうとしたのか。

 リーシアは1つ頷く。無理矢理に巻き込まれれば、確かにリーシアは元凶を排除することを躊躇わない。例え、相手が国であっても。






「これを」

 言って、ラウゼルが差し出したのは、スクロールだった。


「ラウゼル殿下!」

 それが何かわかって、ジュリアスが声をあげる。


「私の覚悟だよ。白紙の魔術契約書。これで交わされた契約は、破られた時には契約者の命を奪う。私が君に求めるのは、私の手助け。代わりに、君は私に何を望んでもいい。その白紙に、好きなことを、どれだけでも、なんでも書き込めばいい。紙が足りなくなれば、次を渡そう」

 ラウゼルの言葉と、真剣な目を向けられて。






「お断りします」






 本当は言いたいことが山ほどあったが、ジュリアスの顔を立てて、それは堪えた。

 代わりに、一切の慈悲のかけらもなく、ラウゼルの要求を撥ね退ける。


「……分かっていたよ」

 その言葉にラウゼルは苦笑して、穏やかに頷くと席を立った。











 その日の夜。


 バシンッ!


 宿の部屋で本を読んでいたリーシアは、その音に視線を上げるとため息をついた。


「さすがに、感心しませんね。ユーリさん」

 夜中に、城を抜け出して、女の部屋に訪ねてくるなど。

「王城の内外で転移魔術が使えることは秘密にしていただかないと」


 当然、膨大な魔力を伴うが、それができる人間がいる、というのは、国防上、要人警護上、とてつもない脅威である。

 今まで、ジュリアス以上の魔力を持つ人間に会ったことはないが、リーシアはこれ以上警戒されたくないのだが。






「リーシャ。頼みがある」

 ジュリアスはしかし、そんなリーシアのぼやきは無視して、真剣な面持ちでリーシアを見つめる。

「はい。なんでしょう」






「……すぐに王都を出て、二度と、俺の前に現れないでくれ……」






 はい、分かりました。






 短く答えて、リーシアは少量の荷物を手に取ると、宿の部屋を出て行った。

「ぐ……ぅ……」


 一切理由を聞かずに、素直に自分の言葉に従われたそれに、ほっとした半面、苦いものが胸にこみ上げる。

 王城に張られた結界を、転移魔術で突き破るという無茶をやらかした反動もあって、ジュリアスはその場にへたり込んだ。


 目から熱いものがこみ上げる。耐えきれなくなって、部屋に設えられた寝台からシーツを引き寄せた。

 どうせ誰もいないのだから。普段は、王子として絶対に許されない醜態を、今日ばかりは自分に許そう。


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