その代償は、
「暴走とは、どういうことだ!?」
「えぇ……。貴方はともかく、一番上のお兄さんは何も言っていないのでしょう?」
安定するようになったとはいえ、まだまだ、自分の魔力に精一杯であるジュリアスは、人の魔力量を気取るのが苦手である。それに比べて、会って数瞬でリーシアの魔力を察した王太子であれば、ラウゼルの危うさに気付いているだろうに。
「あぁ、ベルナルド殿下には、この状態になってからは会わないようにしているよ」
リーシアの言葉に答えたのはラウゼル本人であった。
「ソフィーナに怪我をさせられたら困る、なんて、国を追い出されかねないからね」
「……自覚はあるようで、なによりです」
ルイナス……リーシアに名乗られたそれはミドルネームであり、この国の王太子は一般的には、ベルナルドと呼ばれる。
もちろん、嫌うリーシアが呼んだことはない。ジュリアス相手にも、一番上やら長兄やら、固有名詞以外で呼ぶのが常である。
飄々と、自分が危険な状態であることを認めて笑う。
「え、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫じゃないでしょうね。その調子で研究を続けられるなら、2、3週間後には死んでいるのでは?」
「死!?」
ジュリアスが声を詰まらせる。それ、もはや笑いごとじゃないのでは、否、治療魔術師でも呼ぶか、と視線をめぐらせたところに、リーシアがため息をつく。
「もしかして、それで無理矢理、私に会いに来たんですか?」
ジュリアスの言葉の端々から、リーシアが腕のいい魔術師だと、ジュリアスに魔力制御を教えた人間だと知って。
今の自分をなんとかしてくれるのではないかと考えて。
「さすがに、婚約者を置いて死にたくもなければ、その弟に怪我をさせたくもないしね」
「と、いうか。死ぬにしても大人しく死んでいただかなければ、学術院くらい纏めて吹き飛びそうですけどね」
「さすがに、そんなには……え、そんなに?」
いいかけて、リーシアの冗談ではなさそうな視線に言葉が止まる。
「今の魔力量すら測れないなら、もう少し寿命は短かったかもしれませんね」
リーシアが淡々と告げた。
「……ど、どうするんだ?」
「どうするって……どうして欲しいですか?」
リーシア自身は至極どうでもよさそうである。……ラウゼルの命が。
ただ、自分やジュリアスが巻き込まれるのは嫌だと思っているくらいである。
ありえないが、ジュリアスが、ラウゼル1人に死んでもらおう!と、幽閉や国外追放を提案すれば、そうですか、と素直に頷くに違いない。
「どうにかなるのか……?」
「まぁ……それなりには」
さすがに暴走させたりはしていないが、自分も魔力増幅の道は通ったわけではあるし。
「あ」
そこで、思いついた。
「なんだ?」
1人、この状況を打開する鍵を握るリーシアの気を損ねてはいけないので、ジュリアスは慎重にリーシアの言葉を拾う。
「ただ、ちょっと、ムカついてはいたんです」
「は?」
「自分が1人で死ぬのは自己責任ですが、自分を手伝う少年を巻き込んだ挙句、その身に危険が迫っても、警告もできないような人間、研究者失格だと思います。それはもう、研究者ではなく、『マッド』がつきますよ」
リーシアの言葉に、ジュリアスはおろおろとする。
ラウゼルへのあまりの不敬に、リーシアを止めなくては、と思いはするが、ここでリーシアを止めれば、止められたので……と帰りかねない。
幸いなのは、ラウゼル自身がため息をついて、その通りだね、と呟いたことだった。
「リーシャは、どうして欲しいか、と聞いたが、それはどうにかして欲しいと頼めば、叶えてくれるということか?」
「まぁ。溢れている魔力を取り払って、体の損傷を回復するくらいであれば、今この場でもできますし、2人が口を噤めば……というか、ロウさんの状況は他に知る人がいないのですから、面倒ごともないでしょう?」
「ちょっと待ってくれ、取り払うって?」
リーシアの言葉にほっ、と息をついたジュリアスに代わって、声を上げたのはラウゼルだった。
「……まぁ、制御石を付けるのと一緒ですね」
「制御の方法を教えてくれるのではないのか……?」
リーシアはその言葉に無言で、手元に視線を落とした。そこにはティーカップが置かれ、温くなった紅茶が三分ほど入っている。
「……」
リーシアが無言のままに見つめていると、こぽこぽと紅茶が湧き出すように、見る見るうちに嵩があがり、ついにはその縁から結界した。
「リーシャ!?」
零れた紅茶が体を濡らすのでは、とジュリアスが声をあげるが、零れた紅茶は端から消えていく。
「ロウさん、貴方は魔力は増えていても、それを収める入れ物が大きくなっていません。もちろん、貴方の研究が実を結べば、いつかそれも可能になるかもしれませんが、それは今じゃない。今の貴方は、常に魔力が溢れ切っている状態です。どうにかするなら、溢れたものを取り除く他、ありませんよ」
リーシアの言葉に何かを考える素振りを見せたラウゼルが、息をついた。
「そうか。……では、この話はなかったことに」
無言でラウゼルを見つめるリーシアに、彼は穏やかに続ける。
「代わりに、リーシア嬢、正確に、私の体があと何日持つか、教えてくれないか」
「……今すぐ研究を辞めて、現状維持に努めるなら、20……否、25日といったところでは」
「ありがとう。なんとか国には帰れそうだ。教えてくれてありがとう。無意味に死ぬところだった。……では、国を出る準備をしないといけないので、失礼するよ」
そう言って、席を立とうとするラウゼルに、素知らぬ顔で見送るリーシアに。
「何故ですか!」
今まで言葉を失っていたジュリアスが叫んだ。




