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4.

 聞けば、記憶持ちというのは前例がないわけでもないらしい。

 未だ戻らない第一騎士殿がそうだと言われ、わたしは閉じられたままの扉を見た。勇者も騎士も侍女も、出ていくばかりで誰も入ってこない部屋。獣王退治に行かなければならない二人のイケメンも、そう遠くないうちに出ることになるだろう。

 でも、わたしは?

 誰の屋敷か知らないけれど。ずっと、閉じ込められるのかな。

 何となく歓迎されていないのは分かる。王女様は明らかに睨んでいたし、魔術師長も相変わらず冷たい視線をくれる。唯一といっていいほど好意的なのはディラン様だ。どこを気に入ったのか、何を考えているのか、面白そうな表情が崩れない。

 前世持ちに対する興味、好奇心。


「使命というからには、何かしら果たさなければならない目的があったのだろうな」

「女。使命について、全て話せ」

「忘れました」

「嘘を吐くな!」

「落ち着け、マルクス。薬の効き目を信じるなら、本当かもしれん」

「前世持ちには不可解な点がいくつかある。完全に効いていない可能性も」

「あのですね、今のわたしは平々凡々な一般庶民なんです。前世でも似たようなものだったと思いますよ。いくら平均寿命よりも短い一生だからって、全部覚えていたら頭がおかしくなっちゃうじゃないですか。前世の記憶なんて不要です、不要」


 その証拠に、さっきから頭が痛くて仕方ない。

 もし許されるなら、今すぐ横になりたいくらいだ。そして全部忘れる。若くして死んで、この世界にやってきて、やっぱり若くして死んだ記憶なんて持っていたくない。

 平民に生まれたのは、わたし自身がそう願ったからだ。

 国家レベルの騒動に関わらず、ありきたりな一生を終える。人並みに恋をして、結婚して、子供を産んで、その子供が大きくなって、孫を見せてくれる年齢まで生きる。それがわたしの望みであり、願いだ。

 贅沢なんかいらない。お姫様扱いもされたくない。

 交通事故で死んだから、元の世界に戻れるはずもない。とっくに葬式も終わって、わたしのことは過去になってしまっている。だから、本当に今更だ。

 会いたかった、なんて。


「一方的で、こちらのことを全く考えていない身勝手な思い込みだと思いませんか。本当に迷惑極まりないですよね」

「……っ」

「だから落ち着け、マルクス。おい、貴様も無駄に煽るな。死にたいのか?」

「できれば死にたくありません」

「なら黙っていろ。余計なことを言うな」


 ありがたいお許しが出たので口を閉じる。

 色々と聞きたがったのはそちらだと思うんですがね? 何を期待していたのか知らないし、知りたくもない。勇者様の弱みを握りたいのなら、恥ずかしい過去の一つや二つは話せなくもなかった。聞かれなきゃ言わないけど。


 会いたかった? わたしは会いたくなんかなかった。


 わたしはサーリアであって、美雪じゃない。

 お互いに記憶と違う姿になってしまって、再会の喜びもあったもんじゃない。少なくとも、わたしはそう思う。あの子が喜んでいるのは、たった一人で異世界に召喚されてしまった寂しさから同胞を見つけた喜びに転換されているだけ。

 前世のわたしでも、あの子に会って喜ばなかっただろう。


「何故だ」

 あまりにも薄情だと言わんばかりの団長様に、鼻で笑う。

「面倒事は嫌いなんです、昔から。勇者様ご一行についていくにしろ、王都で帰りを待つにしろ、厄介で危険な未来しか想像できませんね」


 彼らは気付いていないのだろうか。

 悠斗のすぐ傍には綺麗な女の人がいて、わたしのことを視線だけで殺せそうなくらいに睨んでいたのだ。恋する乙女、怖い怖い。

 見たこともない魔王よりも、権力が怖い。

 そんな怖いものをくっつけている勇者様と関わり合いになるなんて、真っ平御免です。せっかく名乗ってもらえたけれど、目の前にいるお二人方との記憶も綺麗に消してしまいましょう。


「戻りました。あの、それで少々厄介なことに」

「今度は何だ! というか、奴はどうした」

「ひっ。申し訳ありません!」

「すまないね、団長は気が立っているんだ。そちらの方は協力的だったかい?」

「は、はあ。それなりに……」


 聞こえてるぞ、魔術師長。

 非協力的で悪うござんしたね! 権力は怖いけど、どうせ殺されるんだろうと思っていたら不敬罪とか今更感が漂っているんだよ。死にたくない、死にたくないの本当は。

 お互いに相手を歓迎していないのだ。

 死刑回避できて、牢屋以外なら喜んで向かいますとも。堪忍袋の緒も長ければ、肝も据わっている。だって伊達に転生を繰り返していない。

 それはそうと、魔王退治はお急ぎじゃないのかしら?

 ああ、獣王だっけ。どっちでもいいわ。紅茶のカップを片手にじーっと見つめているのに、奴らは振り向きもしない。別にいいけど。そのまま全員出ていってくれないかな。逃げられないじゃないか。


「あら、殿方が集まって何の話かしら」

「王女!? 何故、こちらに」

「ハルトの大切な方とお話ししたくて。ほら、女同士でしか話せないこともあるでしょう?」


 うふふと笑う王女様。

 お立ち台にいる時は気づかなかったけど、ピンクブロンドのつやっつやな髪が見事な縦ロールを描いている。まつ毛もばっさばさで、小さな唇は熟れた果物みたいな甘い色をしている。彼らと話している王女様は、砂糖菓子みたいな美少女だ。

 ふわふわの綿菓子じゃなくて、精巧な砂糖細工の方ね。

 個人的にはあんまり甘くない方が好きだな。高級菓子なんて食べる機会がないから詰め込んでいたけど、いい加減に飽きてきた。紅茶のお代わりがほしい。

 そんなことを思っているうちに、会話は終わったようだ。


「浅ましい雌猫」


 うわあ、である。

 彼らが扉を閉めて、足音も聞こえなくなった途端に振り向いた王女様の第一声がこれだ。完全にこちらを見下している可憐なお顔には、王女スマイルの余韻もない。

 これが平民と王族の差っていうやつか。

 見事なまでの変化に、むしろ感嘆してしまった。


「いいえ、猫の方が可愛げがあるわね。ハルト様からあんなにも求められながら、邪険にできるってどういう神経をしているのかしら。……言い返さないの? あなた、人としての尊厳を持ち合わせていないのね。嘆かわしい」

「親しくはありませんから」

「…………本当に?」

「はい。勇者様の勘ちが……人違いではないでしょうか。全く心当たりがありません」


 すごい目で睨まれて、急いで言い直す。

 王女様は更なる口撃を繰り出すかと思いきや、わざとらしい溜息を吐いた。信じてもらえたのかな、信じてもらえたのなら嬉しいけどなー。

 パンパンと手を叩いて、侍女を呼ぶ。

 護衛もできるとかで、彼女だけは部屋の隅で控えていたのだ。男性陣はずっと不満げにしていたけど、渋々ながらも場を譲ってくれたくらいだ。戦える侍女なのだろう。そうは見えないけど。


「もういいわ。消えなさい」


 その一言で、城からポイッと出された。

 抵抗するなとばかりに後ろ手に縛られて、頭には布を被せられて、まるで犯罪者のような恰好だった。やっぱり牢屋行きかと諦めにも似た気持ちでいたら、裏門の外にいたのだ。見上げるばかりの絢爛なお城が、デデンとふんぞり返っている。


「助かった、のかな」


 キョロキョロと周囲を見回しても、追手らしき姿は見えない。

 気配に敏いわけじゃないから、どこかに隠れていても見えないんだけど。とりあえず縛られた手のまま、歩き出した。足に何かつけられていなくてよかった。歩くのには支障がない。

 まっすぐ家に帰った。

 鋏を使って縄を切ると、今後のための準備に取り掛かる。王女様直々に穏便な手段で排除してたいだけたのだから、このまま逃げきるに限る。悠斗にさえ見つからなければ、大丈夫。

 それも勇者様ご一行が出発するまでの辛抱だ。

 苦難の末に獣王を討って帰還したら、王女様と結婚する未来が待っている。その頃にはわたしのことなんてきれいに忘れてしまっているに違いない。

 木を隠すなら森の中。

 逃げたと思った? 残念、家に引きこもっていました!

 波乱に満ちた人生も、若くして死ぬ運命もこりごりだ。今度こそ「普通」に生きる。

 わたしが望むのは、山も谷もない退屈極まりない平和な人生なのだから。


物語は続きますが、連載としては終了です。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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