鈴蘭さんとうさぎ、と花子さん
ここはとある女子高一階、一番奥にある北側のトイレ。
あ、こんにちは、アタシは花子。
今日もひゅうひゅうと風通しのいい薄ら寒いトイレで、じいっと誰かを待っているの。
だけど最近、妙にトイレが騒がしい。
何故かって──
「オッス、オラうさぎ!皆のうんこをオラに分けてくれ!」
何のこっちゃ。
そこは伏字にしなくていいのかなとも思うけれど、そんな些細なことはまるで気にしていないだろう彼が、今日も今日とて堂々とトイレの窓から侵入を果たした。
「何なのあんた、皆のうんこを分けてもらってどうするわけ?うんこ食うの?」
「食わずとも、内臓開けばうんこだらけ!」
「便秘?」
いつの間にいたのか、しっかりうさぎに付き合えるだけの質問を投げ掛けた彼女は鈴蘭さんと言うらしい。
先日、田中さんの背後から、彼女の名刺を盗み見た。
ひんやりとした便座カバーに胡座を掻いて、またも、堂々と咥え煙草で女性週刊誌を読んでいる。
先生、火災報知器、まだ壊れてますよ。
何故こうも彼らを観察しているかと言えば、これまた先日、我が家総出でうっかり姿を見られてしまったからだ。
いるかいないか、真実はわからないミステリアスが売りだと言うのに、何と言う失態。
しかも順番にノックしただと?
あれは、あまり口伝されていないはずの数少ない花子一家総出ご対面方法だと言うのに!
……何故、うさぎの彼は知っていたのだろう。
その事実を突き止めなければ、わたしは死んでも死にきれない。
いや、すでに故人ではあるが。
「で?あたし、忙しいんだけど」
大層に寛ぎながら、鈴蘭さんはそう言った。
「実は実は!ここ、花子さんがいるんでーす!」
ばかやろう、大々的に言っていいことと悪いことがある!
あれは失態、いや、そもそも知られていいことではない。
「は?華子?どっかの新しい店の子?どうでもいいけど、うちのツケ払ってからにしてよね」
鈴蘭さんの興味は皆無のようだった。
しかも、何か間違えている……何だろう、このそこはかとない空しさは。
いや、正しくそれでいいんだけれど。
本当、何だろうこの気持ち……結構アタシ有名だと思ってたんだけどな、ここ数十年程度の知名度で天狗になっちゃってたのかな。
いや、妖怪の類いとしては『花子さん』のジャンルを確立したと自負はしている。
天狗と同じくらい、寧ろ学校という領域ではもう「怪談といえば花子さんだよね」くらいのレベルは行ってると思う。
あれ、アタシ妖怪なんだっけ?
「ちっがーう!ほんっと、お前わかってない!花子さんだよ!?トイレっつえば、もう花子さんしかいないっしょ!?」
……ありがとう、うさぎの彼。
何かアタシ、あんたに勇気もらった。
これからも便所の──いや、トイレの看板背負ってがんばる!
ここまではよかったのだ。
よかったのに、
「は?トイレっつえばTOTOでしょうが」
……え?あの、え、彼女、そこで週刊誌読みながら煙草咥えたサバけてる彼女、今、何て言った?
トイレっつえばTOTOでしょ……トイレっつえばTOTOでしょ……っつえばTOTOでしょ……えばTOTOで……TOTOで……トートーで……(エコー)
……そ、そんな……っ!
──ガタンッ。
「?何か音しなかった?」
「あんたがモップ蹴ったんでしょ。ちゃんと片付けときなさいよ、田中さんに怒られるわよ」
「やべー、田中っち結構真面目ちゃんだかんなー」
いや、違う!
うさぎの彼がモップを蹴り倒したわけではなくて!
今のはアタシが衝撃に気持ちがよろけてうっかり実体化しちゃった体が壁にぶつかった音であって……って、あーっ、うさぎの彼も本当にモップ蹴り倒してるし!
ナイスタイミング!
いや、寧ろバッドタイミング!
ちょっとばかり存在主張した途端、音被っちゃうとかない!
ないわ、本当マジで!
「で、今日田中っち来ないの?」
「知らない。寧ろあんたに聞きたいくらいよ」
「おー、鈴蘭も田中っち気に入った系?」
「あんたよりはね。あの子、可愛いし。ツケでとか言わなそうだし」
「キャバクラは行かねえだろ」
「ツケでとか言わなそうだし」
「……」
「ツケでとか」
「じゃ、俺帰るわ」
「待てコラ、ツケ払えよ」
アタシがひとしきり落ち込んでいる間に、いつの間にか、彼等は窓からいなくなっていた。
……次呼び出されたなら、サイン、書いてあげよう。
練習しておかなくちゃ。