第45話 カリムとオリビエ
少しだけ私――ビクター=オリビエの話をしよう。
私はこの村に来る前、レンゾにあるビトーという町の郊外に生まれた。
親もなく、どうやって生まれたのかは分からない。
魔女は魔力を糧に生きる存在だ。親から生まれるのではなく、自然に発生するのだろう。私が生まれた時期は精霊の反乱と重なっている。そこには、何か関係があるのかもしれない。
他にも魔女がいたが、多くは人間や精霊に殺されてしまった。
強力な魔力を持つ魔女達は両者にとって脅威だったからだ。
私も追われ、酷い怪我を負った。その時の影響で魔力を消耗し、身体が弱ってしまった。かろうじてこの村に逃げ延び、そこから身を潜めて生きていた。
この村は貧しかったが、人々は穏やかで世の動乱とは無縁の生活を送っていた。
ただ、精霊の反乱が起きた後、作物の育ちが悪くなり、村の貯えが減っていた。
「オリビエ姉ちゃん。」
「まあ、カリム。いらっしゃい。」
カリムが私の部屋にやってきた。
手はなぜか泥だらけで、リンゴを2個持っていた。
「そのリンゴはどうしたの?」
「森で見つけてきた。」
手に持ったリンゴを私に1個渡してきた。
「何故泥だらけなの?」
「精霊に邪魔されて土の上に落としたから。」
カリムは悔しそうな顔をしていた。
私はそんな彼の頭を優しく撫でた。
「まあ……大丈夫だった?」
「うん。綺麗に洗ったら食えるだろ?」
「あなたに怪我がなかったか、聞いているのよ。」
きょとんとしているカリムを見て、私は微笑んだ。
「おれは大丈夫だよ。」
「良かったわ。さあ、綺麗に洗ってあげる。リンゴの前に、まずはあなたの手をね。」
村の周りには森が広がり、その奥には清流があった。
カリムは、そこで果実や魚を取ってきては、私に分けてくれた。
「オリビエ姉ちゃん。うまいか?」
カリムがリンゴを齧りながら言った。
「ええ、とっても美味しいわ。」
私もまた切ったリンゴを一つ口に入れながら答えた。
「いっぱい食って元気になれよ。」
「ええ。元気になるわ。こんなに優しいカリムがいるんだもの。」
私はカリムの頭を優しく撫でた。
そうすると、彼は照れ臭そうに笑顔を見せた。
この村の人間は、私に偏見なく接してくれた。
中でも、カリムは初めて私に会った時から特別な愛情を寄せてくれていた。
そして、それは私も同じだった。
まるで支え合って生きる姉弟のようであったと思う。
ある日のことだった。
村の青年が、森に倒れていたという女の子を保護してきた。
赤茶色の髪の毛をした、まだ小さい女の子。
女の子は全身に怪我を負っており、聞けば、神聖国家フルベングから逃げ出してきたという。
「何故フルベングに捕まっていたんだ?」
「分かんない。いきなり捕まって……。」
「お父さん、お母さんは?」
「いない……。」
村長が尋ねると、女の子はめそめそと泣き出してしまった。
可哀想だったので、しばらく村で匿うこととした。
女の子の名前は「エマ」といった。
エマは魔女だった。
村人たちは気づいていなかったが、私にはすぐに分かった。
全身に行き渡る魔力の流れが証明していた。
エマは活発な子で、怪我が治った途端、村の中を駆け回っていた。
愛嬌に溢れ、働き者だったので村人達にあっという間に馴染んでいた。
私の元にもやってきては、よく話し相手になってくれた。
エマもまた、私が同類と気づいたのだろう。フルベングでどのような目にあっていたか、涙ながらに話してくれた。
私にとっては共に生き延びた唯一の同種族だった。
エマには、カリムとは異なる愛情を感じていた。
少し経つ頃には、村の誰もが、エマにこの村にいてもらいたいと思うようになった。
ただ一人、カリムを除いては。
ある日、私とエマが話しているところにカリムがやってきた。
「あ、カリム!」
エマが手を振ると、カリムは怪訝な表情を浮かべ、踵を返して走り去ってしまった。
「あら、どうしたのかしら?」
「私、カリムに嫌われてるのかな。」
エマは落ち込んだ様子で言った。
「きっと同じくらいの年の子が初めてだから、カリムも接し方が分からないんじゃないかしら。」
「そうだといいけど……。私は仲良くなりたい。」
「そうね。きっと仲良くなれると思うわ。」
そう言うと、エマは少し元気を取り戻した。
「オリビエ姉ちゃん。あいつ、今日はいない?」
ある日、カリムが私を訪ねてきた。
「誰のこと?」
「エマ。」
「来てないわ。」
そのことを確認すると、カリムはそっと私の家に入ってきた。
「どうしたの、カリム?」
カリムは何も言わずに私に抱き着いた。
突然の行動に私は驚いた。
「オリビエ姉ちゃん。おれにもっと魔法を教えてよ。」
「今も教えているわ。」
「もっと強い魔法。敵を倒せるような。」
「そんな魔法、あなたが知る必要ないわ。」
「必要なんだ。」
カリムは思いつめた様子だった。
聡明な子だから思いつきで言うとは思えなかった。
「……一体どうしたの?」
頭を優しく撫でながら聞くが、カリムは答えなかった。
代わりに私に抱き着くばかりだった。
「早く教えて。お願いだ。」
カリムの切実な様子に私は戸惑った。
私が教えると言うまではとても離れそうになかった。
「せめて理由を教えて。じゃないと教えられない。」
「分からない。」
自分で分からないとは、どういうことだろう。
私はますます首を傾げた。
「でも、何か怖いものが来る気がするんだ。みんなを守らないといけない。」
カリムは顔を上げて、私を見つめた。
意志の強い、透き通った瞳が私の心臓を射抜いた。
「分かったわ。でも決して安易に使ってはいけないわ。」
私が言うと、カリムは頷いた。
それからというもの、彼は信じられないスピードで魔法を習得した。
その日に教えたことは翌日には習得していた。
それどころか……
「氷華≪アイス・エイジ≫!」
カリムが巨木に向かって魔法を唱えると、葉の一枚一枚が凍り付いた。
「すごいわ……幹や枝は凍らせず、葉だけを……。こんな高度に魔法を制御するなんて、あなたは一体……。」
驚愕する私を横目に、カリムは何でもなかったかのように、炎の魔法を唱えた。
葉を纏っていた氷のみが弾け、水滴となって落ちた。
きらきらと輝く水しぶきの中に立つカリムを見て、何か特別な人間なのではないか、という予感があった。
それから数週間後、エマが私の元にやってきた。
「オリビエは、いつもカリムと何をしているの?」
じっと私の方を見つめてくる。
「お話したり、一緒にお茶をしたりしているわ。」
そう答えたが、エマは不満そうに頬を膨らませた。
「私には相変わらず一言も話してくれないわ。他の子と遊んでいても、私が入ろうとしたら帰っちゃうのよ。」
「まあ。そうなの?」
「オリビエも同じ魔女なのに、どうしてカリムはあなたが好きなの?」
「うーん、何でかしら。」
私は首を捻った。
カリムがここまでエマを避ける理由が分からないからだ。
「あなたを私に取られると思っているのかも。」
「まあ。そんなことはないと思うけど。」
「他に理由がないもの。カリムは貴女のことを愛していると思うの。」
いかにも子どもらしい、可愛らしい考えだと私は笑った。
「女の勘よ!これは意外と当たるんだから!」
エマはべーっと舌を出して走っていった。
私は呆気に取られながら、その後ろ姿を見つめた。
「どうしてエマを避けるの?」
私はある時、カリムに聞いてみた。
カリムは答えない。
「嫌いなの?」
「違う。」
「もしかして好きだから照れて話せないとか?」
「違う。」
カリムは抑揚のない声で答えた。
「うーん……じゃあ何かしら。」
「あいつの周りに黒い影がいるんだ。」
「黒い影?」
カリムは眉を顰めながら頷いた。私には分からなかった。
「あいつがこの村に来た時には小さい影だった。でも、どんどん大きくなってる。その影は村人の影を飲み込んでいるんだ。」
理解できないわけではない。
魔女は魔力を生命の原資とする存在だ。自らの意志に関わらず魔力を具現化し、現世に影響を与えてしまう可能性はある。
だが、同種族の私にすら認識できないものを、カリムには見えていることが不思議だった。
「あいつを放っておけば、この村も……村の外にいる人達も酷いことになる。」
カリムの言葉で、私は気づいた。
「だから、強い魔法を覚えようとしていたのね……。エマを倒すために?」
「オリビエ姉ちゃん。」
カリムが真剣な眼差しで私を見つめた。
子どもとは思えない鋭い瞳に、思わずどきりとした。
「もうちょっと、おれが強くなって、あいつを倒したら、一緒に村を出てほしい。」
ずい、と私の方に踏み出してきた。
「どうしたの?あなた、最近少し変よ……」
「父さんや母さんも連れていきたいけど、無理だったらオリビエ姉ちゃんだけでも連れて行きたい。」
決して冗談ではなく、苦悩で顔を歪めながらカリムは言った。
私は彼が本当に覚悟を持って言っていることに、息を呑んだ。
「あなたのご両親を大切にすべきよ。それに、私は身体が弱くて、とても……。」
「おれにとっては、オリビエ姉ちゃんが一番大事だ。」
そう言うと、私に抱き着いてきた。
思わず後ろに倒れ込む。
カリムは小さい身体で私に覆いかぶさった。
「カリム……。」
「歩けなくなったら、おれが背負ってやる。だから、おれと一緒にきてほしいんだ。」
カリムの顔が私の目の前にある。
年端もいかぬ少年でありながら、眩しいほどの強さを秘めた瞳。
その瞳から、私は目を離せなかった。
「お願いがあるの。」
私は両手でカリムの顔を包み込んだ。
「あなたが強くなっても、どうかエマを殺さないであげて。私にとっては唯一の……。」
「分かってる。」
カリムは頷き、私に抱き着いた。
私はその小さな体を強く抱き寄せた。
だが、カリムの言うとおり、村には既に危機が訪れていた。
それは私とカリム、それにエマの運命を決定づけるものであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
百合小説なのに、なんかおねショタっぽい感じの回になってきました!
もう少し本の内容が続きますが、読んでいただけると嬉しいです。
もしお気づきのことや、少しでも面白いと思ったら応援いただけると幸いです!
よろしくお願いいたします。




