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時感  作者: 黒石迩守


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第1話:クォルツ

 朝八時。クォルツは定刻通りスリープ状態から復帰した。


 日課通り、自己診断システムを走らせる。全体精査の完了まで五秒。躯体の信号系、回路系、駆動系のいずれも異常なし。〈人格素子〉内ゲノム培養槽のセントラルドグマも正常稼働中。


 いつも通り、通常運用のステータスグリーンを確認。本日の稼働を開始するため、寝台から起きあがった。


 クォルツは、この無線給電寝台から上体を起こす『起床』という行動が、いまいち非合理的に感じる。


 就床という行為は、〈大転換〉前の休息の形態だ。躯体をスリープ状態にするだけならば、直立のほうが場所を取らずに済む。


 しかし、『寝る』という行為に対して、どうしても躯体を横にしないと違和感があるという主張が大多数だ。就床派が言うには、脚部関節に負荷がかからないし、全身重量を分散して躯体を支えられるため、〈大転換〉後の現在も有効な休息方法だという。


 別にクォルツは、何が何でも直立で休息すべきと思っていたわけではない。なので、当時のその議論に、それ以上の口出しはしなかった。ただの素朴な疑問にすぎず、更なる時間を費やす必要性を見出せなかったのだ。


 そうして、民主主義的に給電台は寝台式が継続されることになった。


 クォルツは、すっくと寝台から立ちあがる。


 一五〇年以上前の議論を思いだして一六秒を無駄にした。業務準備をしなければ。


〈ベース〉内で与えられた自室には、〈管理室〉からの連絡事項が整理されたダッシュボードがある。玄関に備えられた表示から、本日の業務の割り当てを確認する。午前中は核融合炉の通常点検、午後は三次元造形炉の析出物除去作業。


 特に問題はない。今日も八時間の消費で終わる作業だ。




 山脈を掘削して建造された〈ベース〉内を移動するためのプラットフォームでは、立体軌道に沿った磁気浮上車両が上下左右に動き回っている。出勤する者、夜勤から退勤する者、それぞれが己の業務区画を往来していた。


 クォルツは発電区画行きの輸送便を待つ。待機時間は五分。時刻表通りにやってきた車両に乗りこむ。すると、車両の扉が閉まる直前、慌てて駆けこんできた者がいた。比較的に新しい躯体は、最近流行だと聞いたことのあるパーツに換装されている。


 こちらに気づいた躯体が言う。


「あ、クォルツさんですよね。おはようございます」


 確か、近所に住んでいる、まだ稼働して間もない若者だ。名前は確かズールー。


 若さから来る無邪気さからか、クォルツのような老人にも臆することなく話しかけてくる。それとも、最近の若い世代の〈人格素子〉は、皆このような感じなのだろうか。


「おはよう。君は確か、ズールーだったか」


 クォルツが挨拶を返すと、ズールーはモニタータイプのヘッドに『!』と表示した。若者らしい感情表現だが、このタイミングでの意図をクォルツには読み取れなかった。


「……何か?」


 クォルツの問いに、ズールーは大きく手を振りながら答える。


「いえいえ、クォルツさんみたいな有名人が、ぼくの名前を覚えているなんて思わず!」

「長く稼働しているだけだ。自然と皆が私の名前を知るところになるのは当然だ」

「そんな、もうすぐ三回目のセンチュリー稼働記念で最長稼働記録らしいじゃないですか! ぼくなんか、この前クォーターですよ、何か秘訣でも?」

「秘訣……」


 長く稼働することを目的に意識してきたことはない。気がついたら、時間が経過していただけだ。


 周囲の者は、人生に掲げていた目標をやり遂げると、躯体の異常の有無に関わらず自然と〈停眠〉していった。一方、クォルツに〈停眠〉の兆しは微塵も見られない。クォルツは自分の歩んできた道筋に問題を感じていないし、何が周囲と異なるのかなどわかるわけもない。


「……日々を変わらず過ごすこと、だろうか」


 クォルツの適当な言葉に、おぉ、とズールーは声を上げる。


「何だか深い言葉ですね。変わらずっていうのは、パーツの換装とかもですかね? ヘッドパーツとか、ずっとそのフルフェイス型らしいじゃないですか。やっぱりアレですか、稼働が二〇〇年超えると、拘りが?」

「いや、特に理由はない。使える間は、使えるものを使っているだけだ」


 えぇ、とズールーは大仰に驚きの声を上げる。


「そんなのもったいなくないですか? クォルツさんぐらいになったら、トークンもめちゃくちゃ貯まってますよね? パーツなんて換装し放題じゃないですか」

「使う必要性がないから使っていない、としか答えようがないな」


 ズールーは、あとどれだけ自分を質問攻めにすれば満足するだろうか。いや果たして、好奇心旺盛な若者の疑問が途切れることはあるのだろうか、と益体なくクォルツは考える。


 クォルツの単調な回答にめげることも飽きることもなく、ズールーはそのあとも質問を続けた。一五分程それが続くと、電気ブレーキがかかり、車両がなめらかに減速して停止した。


 時刻表通りに到着した車両の扉が開くと、クォルツは相手に手のひらを向け、話を制止した。


「到着した。ここからは業務時間だ」

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