悲しき双子 ミアとメア
―コンコンコン
ドアをノックすると、ピンク色の髪をした可愛らしい双子が出てきた。
(お風呂に入れていないようだし、服もボロボロだけど、それでも一目で美少女だと分かる…)
「…どちら様ですか。私たちはあなたについて行きませんよ。」
「敵なら容赦しないのです。」
2人は完全に警戒した状態で私を睨んでいる。
「こんにちは。あなたたちがミアとメア?」
「そうですが、あなたにはついて行きませんよ。」
「危害を与えるつもりなら、排除するのです。」
(2人とも、私を自分達を自分のものにしようとやってきた貴族に見えてるんだろうな。でも、間違っては、ないよね。魔力持ちを仲間にするためにきたんだし…でも…!)
「あのね―」
「ミア、この貴族御付きが1人もいない。おかしいよね。」
「姉様、そもそもどうしてこんな子供のお貴族様がスラムにいるのか、わからないのです。」
2人は私に背を向けてなんだかコソコソ話してる。
(子供なだけあって、少しは警戒心薄れてるのかな。)
「あ、あの、少しだけでもいいから、お話しできないかな。」
2人は顔を見合わせて、怪訝な面持ちで私を家の中に招き入れた。
「上等なお茶も、清潔な椅子もなにもないですからね。話すならそこのソファに座ってください。」
ミアが指差した先には、ゴミ捨て場から拾ってきたような、とても小さなソファがあった。
「うん、ありがとう。」
「え…」
(普通の貴族は、こんなのに座れない!とか言って喚き散らすんだろうなぁ。)
「そ、それで話とは?私たちはあなたのおもちゃになんてなりませんよ。」
「うん、わかってる。私は、あなたたちに仲間になってほしいの。」
「仲間?聞こえは良いですけど結局は私たちの力を自分の物にしたいだけですよね?」
(やっぱり、そう聞こえるよね。)
「そう聞こえるのも仕方ないと思う。まずは、私のことを知ってくれないかな。それから、私をあなたたちの仲間にして良いかどうか決めてほしい。それじゃダメかな。」
少し黙った後、ミアが口を開いた。
「…どうぞ。」
「ありがとう!」
私は嬉しくて、笑顔で話し出した。
「私の名前はアステリア・ルーア・アークライト。この国の筆頭公爵家、アークライト家の娘だよ。そして、生まれたときに月を司る精霊、ルーアから加護を授かって、ミドルネームを持つ唯一の人間になったの。魔法も剣術も勉学も全部できる、結構すごい人なんだよ?それで多分、将来はこの国の王子誰かと結婚して、王妃になると思う。王子たちとはみんな仲良しなんだけど、ジオルドって子とは特に仲がいいの。とっても優しいんだよ。」
私の話を聞いている間、ずっと驚いていたけど、はっとなったミアが口を開いた。
「アステリア、様は魔法が使えるんですね。だから、スラムでも怪我ひとつない… 魔力持ち…」
(今、ほんの少しだけどミアが笑ってくれたような気がする。)
「魔力持ちなら、私たちを欲しがる理由はない、ですよね…?」
「貴方たちの力を貸して欲しいっていうのはほんとだよ。でも、貴方たちの自由を奪うことは絶対にしない。 ねえ、貴方たちの話も、聞かせてくれないかな。」
(あっ、またミアの顔が強張っちゃった。自分達の話なんて、したいはずないよね。)
「ごめんなさい―」
「いいですよ。」
これまで黙っていたメアが口を開いた。
「メア!?なに言ってるの?」
「姉様、この人、アステリア様は精霊の加護を受けた方なのです。母様と父様が言っていたのです。精霊はとても神聖な生き物なのだと。精霊に認められた人間は、とても清らかな心をもっているのだと。」
「メア…」
「姉様、きっとアステリア様は普通の貴族とは違うのです。私たちを認めて、同等に扱ってくれるのです。」
「メア…そうだね。アステリア様、これから私たちのお話をします。聞いてくださいますか?」
「うん、ありがとう。」
緊張した面持ちで、2人は話し出した。
「私たちはかつて、ウィンダム男爵家の娘でした。」
こう切り出した2人のこれまでの人生は、想像以上に壮絶なものだった。
「決して裕福ではありませんでしたが、優しい母様と父様がいて、領民のみんなも仲良しで、本当に幸せだったのです。」
「でも2年前、私たちが3歳の時、男爵家や子爵家などあまり高くない爵位の貴族を集めたパーティがあって、それに私たちも参加しました。」
「上級貴族がいないから、そんなにマナーを気にする必要もなくて、同年代の子供たちと遊んで、とても楽しかったのです。」
「でも、招待されていないはずのゲルラッハ伯爵が乱入してきて、パーティは一気に伯爵に支配されました。そして、私たち姉妹は、伯爵の目に止まってしまいました。」
「伯爵は、私たちを自分の養子にすると言い出したのです。父様は、それに抵抗しようとしたのです。」
「伯爵は、その日は帰りましたが、次の日、私たちの家に私兵を引き連れてやってきました。」
「父様と母様は、また抵抗しようとしましたが、伯爵の一声で切り捨てられたのです。」
「それからのことは、はっきりとは覚えていません。気づいた時には、周りには伯爵とその兵たちの息絶えた姿がありました。」
「そして、家も領地も、全てが焼き尽くされていたのです。その時初めて、私たちは魔力持ちであることを知ったのです。」
「私たちは生まれ育った領地も、よくしてくれた領民たちも、全てを殺してしまいました。行くあてのない私たちは、気づいたらこのスラムにたどり着いていました。」
「それからは、魔法を使って身を守って、噂を聞いてきた貴族を追い返す日々を続けてきたのです。」
「これで、私たちの話はおしまいです。アステリア様…?」
気づいたら、私は涙を流していた。
「ご、ごめんなさい。そんな、ことがあったなんて。宮廷の議題に上ることさえなかった…本当にごめんなさい。私が気付けていれば、貴方たちがご両親を失うこともなかったかもしれないのに…」
「アステリア様、ありがとうございます。私たちのために涙を流してくれるなんて…誰かに話すだけで、こんなに気持ちが楽になるのですね。」
そう言うと、2人は声を上げて泣き出してしまった。
(そうだよね、心細かったよね。家族も友達も失って。わかるよ、本当に。この子たちになら、話しても良いかな。)
「2人が話してくれたんだから、私も本当のことを話さないとね。」
「「え…」」
「ふふっ、さっき話したことも本当だよ?だけど私の本当の姿じゃない。 私は、精霊女王の娘、精霊姫レナーテだよ。」
「それは、どういう…」
「約200年前、この国は精霊界と人間界の狭間にある魔力壁、インティアスを破壊し、精霊界へ攻め込んできた。誰もそんなこと予想できなかったの。インティアスがないとみんな力を使えないから、あっという間に制圧されてしまった。でも母様が、最後の力で私を逃がしてくれた。他のみんながどうなったのかはわからない。けど、絶対生きてるの。だから、私は必ずみんなを助けて、精霊界に戻る。そのために、貴方たちの力を貸してほしいの。」
ミアとメアは顔を見合わせ、何かを決心したような顔でこちらを向いた。
「アステリア様、いえ、レナーテ様。私たち、ミア・ウィンダム、メア・ウィンダムは、貴方に一生涯お仕えすることを誓います。」
「え?」
(どうして…)
「私たちの父様と母様は、精霊を誰よりも愛していました。」
「応答はないとわかっていても、毎日何かに話しかけていたのです。そして私たちに素敵なお話をしてくれたのです。」
「かつて精霊と人間は共存していた。世界を創った精霊女王様をはじめとして、精霊は人間の生活を見て楽しみ、時に助け、時に試練を与えていた。でもいつしか、精霊は人間の前に姿を現さなくなってしまった。でも必ずまた会える日が来る。それまで人間は、ただただ待つのだと。お話ししてくれました。そして父様と母様は私達に、精霊にもし会えば必ずそのお力になりなさいと言っていました。」
「レナーテ様、私たちにはもう両親はいないのです。でも、レナーテ様をお助けしたら、父様と母様はきっと喜んでくれるのです。」
「どうか私達に親孝行をさせてください。」
2人は私をまっすぐ見つめている。
「ありがとう、2人とも。これからよろしくね。」
「「はい!」」