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6話 カーテンの向こうに

 この状況にそんな言葉が思い浮かぶ。


「どうしたの?」

 愛海は首をかしげてこちらを振り向く。


「いや……」

 その顔を盗み見る。


 かわいい。

 ではなく。

 俺は自分を落ち着けるために食品サンプルが並んでいるショーウインドウに顔を向ける。

 咲花愛海より背の低い男が映っている。そいつが着ているのは白黒の味気ない格好で、顔もぱっとせず、特徴もない。


「ええ、まだ食べるの? お腹いっぱいだけど、さすがにっ」

 きゃっきゃと愛海が声をかけてくる。


 隣に並ぶと、姉と弟にしか見えない。

 この前スタバの前で会った愛海の彼氏らしき男は、愛海よりも背が高かったし、イケメンだったし、お似合いだなと思った。


 そうだ。変な勘違いをしてはいけない。

 愛海には彼氏がいる。


久しぶりに会った幼馴染だから気を許していて、異性として見ていないから、こんなに気楽に土曜日に会おうといってきたのだ。

それだけなのだ。


そもそも、デートなんて誰も一言もいっていない。

本来の目的は一緒に体育祭のクラスTシャツを作るためのサンプル収集である。


「晴人が食べたいなら、入ってもいいよ」

 食品サンプルに顔を向けていたので、愛海がまだ俺に食べたいのかと勘違いしたみたいだ。


「入らない」


 俺はスタスタと歩く。


「どこ行くの?」


「Tシャツ見に行くんだろ」


「あ……、えと、うん、そうだった、そうだった」


 パタパタと俺の後を愛海が追いかけてくる。


 勘違いするな、俺。


 こいつには彼氏がいて、俺はただの気安い友達だ。


 そうして俺は愛海といっしょに駅ビルの中のファッションフロアへと移動する。

 黙々と先行する俺を愛海が追いかける形で目的地に到着したのだが……。


「な、なんだこれは、服屋がたくさんあるっ……!」


おもにユニクロしか知らない俺にとっては未知の領域に踏み込んでしまった。

 

「そりゃたくさんあるよー、ねね、晴人はどのブランドが好きとかあるの?」


「お、お前はどうなんだよ」


 安くて変な文字さえ入っていなければ、問題なしと思っている俺に好きなファッションブランドなどあるわけない。


「えーとね、あそことか好きだよ、ほらっ!」


愛海は自分の好きだというセレクトショップに向かって歩く。

ついていくと、キラキラした女子の服がデーンと並ぶ魔界の前に到着した。


圧倒された俺が立ちすくんでいると、愛海に腕を掴まれる。


「何してんの、入ろうよ」


「ぬぇっ!?」


 嘘だろ。服屋に入るだけでも緊張してしまうのに、こんなどこに目を向けてもいいかわからないところに入ったら窒息してしまう。店員に話しかけられたら、強盗に会った人みたいに立ちすくむ未来しか待っていないぞ。


「落ち着け、まな……お前だけで見てこいよ」

 そう言うと頭にチョップされる。


「お前じゃなくて愛海、はい、リピートアフターミー」


「まなみ……」


「よろしい。それに一緒にTシャツ見るんでしょ、そこで待ってたら見れないじゃん」


 至極ごもっともな意見に反論できず、俺はずるずると中に入っていく。

 さっそく、いらっしゃいませー、と店員さんが声をかけてきた。驚いてひっという悲鳴が出かけたが押し殺す。


 そのあいだに愛海がTシャツとかありますかーみたいなざっくりとしたことを質問している。


 よく考えたらこんなおしゃれな店でTシャツあるかなんて聞くの変じゃないか? 店員さんの気分も害してしまうかもしれないぞ。と心配になる。だが俺の心配などよそに、こっちですよー、店員さんが案内してくれる。


 そこには数字や英語の入ったシャツや、大きかったり、やたら裾の短いシャツがあったりした。バラエティ豊かである。なにより英語が入っているのに、俺がいつも目にするシャツよりプリントされている数字や文字がおしゃれな感じがした。


「すごいな……」


「いろいろあるね! せっかくだから着てみよっか!」

 そう言いながら、がさごそと愛海が何枚かのTシャツを手に取った。


「お、俺は着ないぞ」


「あたしが着るよ、晴人も選んで」

 にひっと愛海はほほえみ、俺の耳元でささやく。


「……生着替えだぞ、嬉しいっしょ」


 ドキリとする。甘い刺激にくらくらする提案だったが、ペースを乱されていることを悟られたくないので、俺は顔をふせてシャツを見ることなく選び、愛海に押し付ける。


「これ!」


「おっけーって、ぇ、これ!?」


「そう! 俺は選んだからな」


「ぅう……わ、わかったよ」

 仕返しだぁ! とぶつぶつ言いながら、愛海が俺の選んだシャツを受け取っていそいそと試着室に入っていく


 見送ると、俺はぽつんとひとりになった。


「…………」


 落ち着かねえ!

 なにせ、女子のおしゃれなお洋服屋さんだ。ファッションにも興味のない俺のような男は立っているだけで体力を消費してしまうのだ。


 しかも、だ。


 試着室のペラペラなカーテンの向こうから、愛海が着替えている音がする。

 さきほどいっしょに着ていた服を脱いで、ゴテゴテの英語がプリントされたシャツなんかを着ていたりするのだ。


 想像力だけが加速する。それは非常によろしくない。

 俺は目を閉じて、別のことを考えることにした。たとえば、さきほど食べたお団子の味とか?


「…………」


 ダメだ。試着室が気になりすぎて、頭が働かない!!


「おまたせー」


 カーテンを引いて、愛海が出てくる。


「どう? いい感じ?」


 愛海は真っ白なデカいTシャツを着ていた。


「ビックシルエットってやつ! かわいくない?」


 ポーズを決める。かわいいが、シャツがでかすぎて、シャツ以外に何も着用していないように見えた。彼シャツ的なシルエットである。

 大きな白Tから愛海の生脚、大きな襟首からいつもより多めに鎖骨がのぞいている。


 ……いい!


「く、クラスのTシャツだろ。そもそもシルエットが違い過ぎるんじゃないか」


「あ、そっか。ちょっと別のにしてみるね!」


 なんとか指摘すると愛海が別のシャツに着替えるために引っ込む。そしてさきほどよりも手早く着替えて、再び出てくる。


「じゃじゃん! どう?」


 今度は普通のサイズだ。背中にデザインがはいっていて、表はシンプルなもの。


「じゃあ、撮って」


「え?」


「参考にならないじゃん、サンプルとして撮っとかないと!」


 言われるがままに愛海のスマホを受け取って、俺はTシャツを着こなす愛海をカメラに収めていく。そして数枚のシャツを着替える愛海をパシャリと撮影し、これが自分のスマホじゃないのを少し残念だな、と思いつつ、俺たちは当初の目的であるクラスTシャツの参考になりそうなサンプル写真をゲットしていく。


 再び試着室に入った愛海を待つ。


 先ほどまでとは打って変わって、愛海の着替えはやや長く感じる。


 気になって、俺は声をかけてみる。


「どうした?」


「晴人の選んでくれたTシャツを着たんだけどさ……なんというか……」


 そういえば、愛海から晴人もシャツを選んでくれと言われて見もせずに掴んだ一枚のTシャツを渡していた。


 もしかしてダサすぎるチョイスをしてしまって、ドン引きされているのかもしれない。

 ダサいヤツだと思われているのか? 最悪だ。


「む、無理して着なくていいから」

 慌てて声をかけるが「もう着ちゃったし……」と愛海が言う。


 俺はダサTを渡して着させてしまったであろう事実に目を背けようと素知らぬフリをしてみる。


「な、なにか問題でも?」


「問題はない……いや、あるというか……」

 愛海はしどろもどろだ。


「……ちょっとカーテン開けるの恥ずかしいから、覗いてくれる?」 


「そんなことしたら俺がのぞきで捕まるかもしれん……」

 そっか……たしかに。というと、愛海はそーっとカーテンを少し開ける。


「ほら、着てみた……よ?」


「なっ……!?」


 そこには俺のチョイスしたものを着用した愛海がいた。

 てっきりクソダサシャツかと思ったが、そういうわけではなかった。


「下着か!?」


「ちっ! ちがうよ!」


 ニット生地のタンクトップを、おへその上でカットしたみたいなシャツ……? なのである。

 パッと見るとスポーツブラをつけているようにしか見えない。


 おまけに愛海のスタイルが良すぎるせいで、ぱっつんぱっつんだ。

 水を入れすぎた水風船みたいな胸がはち切れそうになっている。腰がくびれて細いくせに、凶悪な大きさだ。


「じろじろ見すぎ……」


「ご、ごめん!」


 愛海がさっと胸を隠すように腕を組んだ。

 やばい、あまりの迫力に状況を忘れていた!


 俺は慌てて首を真横に振る。

「なっ……!」


 その視界の中で、今度は別の衝撃が目に飛び込んできた。


「どうしたの?」


「あ、あれ! せ、先生だ!」


 俺は指差す。あっちは気づいていないが、体育委員会の担当教師である<鬼の岩鉄>がお店の前を歩いている。恐ろしい強面をにやにやさせていて恐怖に拍車がかかる。にやにやの先にいるのは小さな女の子。手をつないでいて、パパと呼ばれているので娘さんとお出かけだろう。


「あ、岩鉄だ」


 愛海も気づく。


「か、隠れよう!」


「う、うん!」


 もしここで遭遇したらお互い気まずさしかない。いろいろ誤解も受けそうだし、気づかれないのが無難だろう。

 しかし愛海は試着中だし、店を出たら鉢合わせてしまう。


 どこに隠れよう?

 おろおろする俺を見て、愛海が手を差し出す。


「はいって、晴人!」


 反射的にその手をつかみ、愛海といっしょに試着室の中に滑り込む。

 そして気づく。

 試着室の中は狭かった。ふたりの人間が入ると、ほぼ密着しないといけないくらいに。


 俺と愛海は狭い試着室のなかで、身動きがとれなくなってしまった。

 ……なんだ、この状況。


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