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17話 あたし、一位になるから

 昼休み。

 俺は財布を持って学食へ向かうことにした。

 今日はお弁当を持ってきていなかったからだ。

 

 学食は新校舎を出て、校門のほうに歩いていくと、一回り小さな体育館みたいな建物の中にある。駿河寮という昔は生徒の寮として使っていた建物で、現在は学食兼生徒会が使用している倉庫のような場所だ。


 その学食へと向かう途中の廊下で、俺は嬉しそうにゆらゆら揺れる黒髪ロングの背中を発見した。

「へへへ、実は……何を隠そう、あたしはリレーのアンカーなんだよね!」

 頭をかきつつ、他クラスの女子と談笑しながら愛海が喋っている。

 何が隠そうなのか、思いっきり自己申告じゃないか。

 他クラスの女子は「すごーい」とか「うちのとこは普通に男子だけど」と喋っている。

 愛海の隣にいる白崎さんが「言ったら作戦ばれちゃうじゃん」と指摘すると、愛海はばっと口を抑えて「今のは内緒だよ!」といって笑われていた。

 

 何をしているのやら……。

 会話を中断しても悪いので、愛海たちが俺に気づかない間に通過しようとする。

 というか、なんで女子は他のクラスのやつとも普通に喋っていたりするんだろう。男子よりも友人ネットワークの構築が早い気がする。

 俺はそもそもクラスですら、ほぼ友人がいないけれども……。


「あれ、晴人だ」

 そんなことを考えながら、スタスタと愛海の後ろを通り過ぎた直後、声がかかった。

 振り返る。

 るんるんと鼻歌交じりに歩いてくる愛海と、その隣を無表情で歩く白崎さんだった。

 バレてしまった。

「どこ行くの? ひとり? これからご飯なの?」


 悪気はないのだろうが、ひとりとか聞くのはやめて欲しい。

 ちょっといたたまれない気持ちになるだろ。


「俺は学食。……アンカーの咲花さんはどこ行くんですか?」


 愛海はえっへんと胸を張る。

「どうも、アンカーの愛海です。あたしも澪と学食でご飯だよ」

「高橋にからわれてるぞ」


「そうなの!?」と愛海が驚く。

 いつもなら咲花さん呼びの時点で、ちょっと不服そうにするのだが、今日はアンカーと呼ばれれば何でも許してくれそうだ。


「じゃあ一緒に行こ! あたしもうお腹ペコペコ~!」

 愛海が白崎さんの腕を引き、俺の隣に並ぶ。

 かと思ったら俺の腕も引いてずんずん進む。


 大型犬に引っ張られる二人の人間みたいな図になりつつ、上機嫌なまま謎の鼻歌を披露している愛海に引っ張られて、俺達は学食に到着した。


 学食自体は地方の高校ならどこにでもあるような普通のものだ。

 食券の券売機とセルフの給水器。透明なビニールクロスを張ったテーブル。奥に見える厨房では湯気が立ち、おばさんたちが定食を用意してくれている。


 食券を購入し、おばさんに渡す。三〇秒ほどで注文したメニューを渡されて、トレーに載せる。それから俺達は窓際の席に腰を下ろした。

 テレビがついていたのでそちらに視線を向けるが、愛海の背が高いので、テレビが半分隠れてよく見えない。

 愛海と目が合う。

 俺が愛海のことを見ていたと思われたのか、えへへ、と照れたように笑うと「なんだよー」と上履きのつま先をつま先でツンツンされた。

「なんでもない……」

「テレビが見えないからどいて欲しい」なんて言ったら怒られそうなので、俺は視線を戻す。でもそれだと足でツンツンされっぱなしになるので、愛海のつま先をかわす。そして反撃しようとしたが、俺の足は届かなかった。


「…………」


 愛海を見上げる。

 彼女は女神のように眼尻をやわらかくしながら「どんまい」と微笑んだ。


 う・ざ・い……!


 俺は昼食に集中する。

 メニューはきつねうどんである。

 うどんをすする。

 黄金色のつゆを吸った油揚げをかじる。出汁がしみていて美味い。


 白崎さんはざるそば。愛海は大盛りのカツカレーとビッグサイズのプリンだ。

 愛海のメニューはまるで運動部の男子である。やはり身体が大きい分、食べる量も多くなるのかもしれない。


「相変わらずよく食べるな……」

 白崎さんが関心してるのか、引いてるのかわからない口調で言う。


「たくさん食べないとお腹すくしね、澪はもっと食べたほうがいいと思うけどなぁ」

「その量食べたら太るし」とため息をつくと「栄養はどこいってんだか……」と愛海の胸に視線を移動させる。

 愛海は「セクハラだ!」と笑っていたが、俺の存在にはっと気づき、「見るな!」と蹴られた。理不尽だ。


 俺は視線を落としてうどんのつゆを飲む。しかし、先ほどよりも味が薄く感じた。


 眼の前で愛海が食べるカレーの香りが強いからかもしれない。

 サクサクと音を立てながらカツを頬ばる愛海の顔は食レポでもできそうなくらい、いいリアクションをしているので、余計に美味しく見える。


「……食べる?」

 愛海がスプーンを口に運ぶ手を止めて聞いてくる。

 そんなに美味しそうに眺めていたのだろうか。

「い、いいよ、別に」

「でも、ちょっとほしそうな顔してたよ?」


 愛海はそう言うと、ソース代わりのカレーを垂らしたカツを乗っけたスプーンを俺のほうに向けてくる。

「ほら、若い子は遠慮しないで、たくさん食べるんだよ、大きくならなきゃ!」

「お母さんか」と白崎さんが突っ込む。


 ……あーん、しろと?

 ここで?

 俺は一瞬固まる。

 でも白崎さんがいる場所でやるってことは、そんな特別なことでもないのか? 男女であーんを学食で行うのはハードルが高いものだと考えていた。


「ほらほら早く! 腕が疲れちゃうよっ!」

 愛海が急かす。これはいかないほうが変な流れなのかもしれない。


 俺は口を開ける。

 愛海がスプーンを俺の口に運ぶ……かと思ったら、自分でぱくっと食べた。

「美味しい……!」


「おい!」

「ふふ、そんなに欲しかった?」

「い、いらないし、べつに」

 いたずら成功といった笑顔で「ほしかったもんね、ごめんね」と謎の慰めをしてくる。


 これではひとりで『あーん』待機した間抜けなヤツではないか。

「よくある手口だよ、この子が人のご飯をあげるわけがない」

 白崎さんは「私も何度騙されたことか……」と愛海にチョップした。


 愛海はごめんごめん、と謝ると、楽しそうにカツカレーを頬張り始めた。

 やたら楽しそうだ。

 

「機嫌がいいな」

 俺は呟く。今日の愛海はテンションが高い。


「嬉しいんでしょ、アンカーずっと狙ってたし」

 白崎さんがポツリと言った。

「……そうなの?」

「部室で一緒に映画も見たし、『フォレスト・ガンプ』とか『炎のランナー』」

「そうなんだ……」

 それは関係あるのだろうか? と思ったが、つつくと白崎さんの映画批評が始まりそうなのでスルーする。

「結構前からアンカーを狙ってたもんね」


 そう言うと愛海がむせる。

「ちょっと澪! 色々言うのは禁止!」

「なんで? いいじゃん」

「ダメ! あたしは影で努力するタイプなの!」

「はいはい、ごめんごめん」


 白崎さんは愛海を指さして不敵に笑う。

「走る練習もするって言ってた」

「もう!! おしゃべりさんめ!」

 愛海が怒ってチョップしようとしたところで、白崎さんが席を立つ。

 彼女はもう食べ終わっていた。「返却してくる」と言って、カウンターのほうへと向かっていく。


「……走る練習って何するんだ?」

 気になる単語が出てきたので聞くと、愛海はふてくされたように呟く。

「優馬が陸上部なんだよ、速く走る方法教えてくれたの。実は……一緒にトレーニングとかも、してたりした」

 先輩は陸上部なのか。

 この前お邪魔したときも夜からランニング行くと言ってたな、と思い出す。


「そういえばさ……」

 愛海はカツカレーを食べる。その合間にぽつりぽつりと口にする。

「ありがとね」

「……何かしたっけ?」

「晴人のおかげでアンカーになれたから……頑張るぞって思ったよ」

 それはたぶん、クラスでアンカーを決めたときの話し合いのことだ。

「あんな大きな声で喋れるんだってびっくりした」

「そこかよ!」

 へへへ、と愛海が笑う。それから照れくさそうに続ける。


「体育委員ね、晴人と最初からやるつもりだったんだ。誘ってくれなかったら、あたしから誘うつもりだったんだ」

 それは初耳だった。

 愛海はこっちをまっすぐ見ている。

 まっすぐ過ぎて、こっちが恥ずかしくなって目をそらす。


 というか、待て。

 愛海は体育委員に俺を誘って、アンカーに立候補して……。

 それがどういう意味なのか、わかっている……?

 俺は顔を上げる。


 愛海は照れ隠しなのか、少年のように笑う。

「想像の通りかな、たぶん!」


 愛海は最後のひとくちのカツカレーを頬張る。そして飲み込むと、勢いよく水を飲む。

「あたし、一位になるから……待っててね、晴人」


 心臓がうるさくて、今声を出すと震えそうで、俺はこくりとうなずくことしかできなかった。


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