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後編

状況が変わったのは、国境付近で大物の魔獣が出現し、それをエルマーが討伐成功させたのがきっかけだった。


その魔獣はここ数年王国民の脅かすものの、滅多に人前に出現しないためなかなか討伐出来なかったが、たまたまエルマーが討伐参加した日に魔獣に出会し、たまたまエルマーが帯剣していたのが魔獣に効果覿面な剣で、たまたまエルマーが斃してしまった。


魔獣の皮は高値で売れ、核となる魔石はこの長閑な国には余り役に立たないが、魔法大国である隣国では多大な価値がある。カツカツ財政のこの国にはかなりの臨時収入になった。

また、いつ魔獣が出るか分からない恐怖に怯えなくても良くなり、国民も


一躍英雄になったエルマー。王から褒賞を問われ、マヌエラの降嫁を求めた。


末姫の今後が不安だったのは本人だけではなく王と王妃も同じだった。

自立を求めるのは国都合だ。何なら元はと言えば王が種を蒔き散らさなければ良かったのだ。その尻拭いを側室や子供達に押し付けている自覚はあった。

これまで側室の子供たちは比較的早くに自分の生きる道を決めていたが、マヌエラはのんびりしている。

修道院も勤め人も向かない彼女にとっては結婚がいいだろうとは思っていたが、そうなると相手選びが困る。

王女という肩書きを気負わず受け入れ、王女に暮らしの苦労をかけさせない、王女が信頼出来る人間。歳が上過ぎても、下過ぎてもいけない。

王も王妃も存在感が薄い末姫の将来を心配しつつも結婚相手を決めかねていた。

そこにエルマーの申し出。

身分は問題ない。騎士の給料も伯爵家の収入も安定している。2人は幼馴染で旧知の仲だ。歳も二つしか違わない。

エルマーは非常に女性に人気のため彼をマヌエラに、とは王たちは考えもしなかったが、彼から彼女を求めてくれるなら話は別だ。

これ幸いと、すぐさま二人の婚約が決まる。


この知らせを聞いた時、マヌエラは花壇で土いじりをしながら、庭師のジョーに良い就職先はないか聞いて困らせていた。

マヌエラはエルマーとの婚約を聞いてなんの冗談かと思った。



エルマーが魔獣討伐してから、マヌエラの護衛は元から勤めていた騎士はそのまま、エルマーの代わりに別の騎士がついていた。

エルマーは諸々の事後処理で忙しいらしく、ここ1カ月近く会えずにいた。ドレスの採寸やら結婚式の準備は粛々と進むのに、本人に会えないので現実味が湧かない。


国は魔獣の皮や魔石を他国に売った金をエルマーにも一部報酬として渡そうとしたがそれを断った。褒美はマヌエラだけで充分だと。


エルマーが存在感の薄い第十王女を妻にと望み、マヌエラ以外の褒賞や金銭報酬を断り王家がそれを了承したことはすぐに社交界で広まった。


彼らの婚約を好意的な目で見るものが多かったが、中には心無い噂をする人間もいた。


『成人したら自立を求められる王女に同情して、幼馴染のエルマーが仕方なくマヌエラを娶ることにした』

『このまま自分の未来も自分で何とかする事が出来ない穀潰しを憐れんだ優しいエルマーは、討伐の報酬という形で貰い受けてあげたのだ』


シュガー伯爵と目立たない末姫の結婚を俄かに信じられない一部の貴族もまた多かったのだ。

そんな噂話は社交に疎いマヌエラの耳にも入ってきた。

が、特段ショックを受けることも無かった。なぜならマヌエラ本人もエルマーが自分との結婚を望んだ理由なんて、どう考えても同情や憐れみくらいしか考えられないからだ。


マヌエラの身の振り方が決まらないことを優しいエルマーは同情して、魔獣討伐の褒賞として仕方なしに婚約を申し出てくれたのだ。

鈍臭いマヌエラを妹の様に思ってくれるエルマーは、マヌエラを結婚という形で面倒見てくれようとしているのだろう。

申し訳ないことこの上ない。



エルマーと久し振りに会った。

討伐の事後処理の諸々が片付いたあと、今度は結婚のための準備で忙殺されていたらしい。そのためマヌエラに会う時間が今まで取れなかったとのことだ。騎士の仕事は一時お休みして少し窶れていた。 


気を利かせせくれた侍女は扉を開けて、エルマーと2人きりにしてくれた。

テーブルに用意された紅茶を啜る。少しの沈黙の後マヌエラはそれを破った。


「ねぇ、少し痩せてしまったようだけど大丈夫?ご飯食べているの?」

ティーカップをもつエルマーの袖から見える手首は以前より細くなっている。

「食べてる、食べてる。マヌエラは元気そうで良かった」

「わたくしの心配など良いのに」

「心配させろよ、婚約者だろ?」

「…あの、ごめんなさい」

「は?何が?」

「エルマーはわたくしに同情して結婚を申し込んでくれたのでしょう?あなたには好きな人と幸せな結婚をして欲しかったのに…」

「何を盛大な勘違いしてるのかわからないけど。俺は好きな人と幸せな結婚をするつもりだよ」

「優しいのね」

「この鈍感姫」


組んでいた長い脚をほどき、エルマーはマヌエラの椅子の前までやってきて、そして跪く。


「マヌエラが好きだよ。もう何度も伝えているつもりなんだけど」

マヌエラの両手を包む様に優しく握り、エルマーは上目遣いで彼女を見る。

「わたしも好きよ」

マヌエラは答える。

「マヌエラの言う好きは、俺を兄の様に思う気持ちか?幼馴染の友人に対する友愛か?」

「…違うわ」

「そうか、奇遇だな。俺もマヌエラに抱く気持ちは友愛なんかじゃない。がっつり恋愛感情だ」

「は…?」

王女らしからぬ声が出てしまった。教育係がこの場にいたら叱られたに違いない。


この人は何を言っているのだろうか?

エルマーがマヌエラに恋愛感情?

どんな冗談だ。

あれだけ女性に人気があって選びたい放題のエルマーが何故敢えてマヌエラなんかを選ぶのだ。


「マヌエラ、立って?」

言われるがままに、椅子から立ち上がる。思考が仕事をしていない。

すると、優しく、だけど強くエルマーに抱きしめられた。

マヌエラの頭に、ふんわりとエルマーの顎が収まる。

「マヌエラが好きだよ。初めて会った時から」

聞き慣れた声が真上から降ってくる。なのにどうしてだろう。いつもより甘く聞こえるその声は脳に直接響いてクラクラしてくる。

「チューリップを嬉しそうに眺めて、てんとう虫を楽しそうに見ているマヌエラに一目惚れした」

「嘘よ」

「嘘じゃない。人より自然が好きで、王女様なのに土いじりも厭わない、とろくてすぐ転けるのに、それでも気にせず野を駆け回る姿が愛おしくて堪らなかった」

「嘘」

「嘘じゃないよ。なんで嘘吐かなきゃなんねーんだよ」

「だって…」


そんな昔からまさかエルマーが自分を好いていたなんて、嘘じゃなかったらなんだと言うのだ。


「俺は嫡男だから別に騎士になる必要なんてなかったけど、マヌエラを守りたかったら騎士になった。王女の護衛は競争率高かったけど、無事護衛になれた」

「護衛って競争率高いの?」

「まぁ、給料いいし、王宮内にコネもでしるからな」

「なるほど…」

少し色々と期待してしまったが、現実的な理由だ。恥ずかしい。

「でも、そんな打算してる奴らより、純粋にマヌエラを守りたいって思ってる俺の方が絶対に護衛に相応しい」


エルマーは偉そうに嘯く。

これはこれで別の意味で恥ずかしい。段々居た堪れなくなってくる。逃げ出したいけど、エルマーの腕はマヌエラを逃す気はない様だ。


「騎士学校卒業して久し振りに会ったマヌエラはすっかり女性になっていて緊張した」

エルマーも緊張していたのか。…あれで。

「で、やばいと思った。マヌエラが18になるまでになんとか結婚に持ち込まないと、横から掻っ攫われる」

「そんな、わたくしと結婚したいなんて奇特な人いないわ」

「実際ここにいるだろう。確かにマヌエラは地味で影が薄いけど、そういう女が好みの男も世の中にはいるんだよ」

そんなものなのか…。

「幸いマヌエラはのんびりしてて、半年前になってやっと焦り出しだと思ったら、頓珍漢なこと言うし…」

「頓珍漢だなんて…頓珍漢だったかしら?」

「王族を家庭教師に雇う貴族なんているわけないだろ」

「でもあの時は良い案だと思ったのよ…」

「こっちのプロポーズは受け流すし」

「だって本気だなんて思うわけないでしょう?」

「思えよ」

「だって…」

「俺はマヌエラが好き。マヌエラも俺が好き。同情じゃなくて両想いだから結婚する。それ以上でもそれ以下でもない」

「でも…」

「デモデモダッテはもういい」


そう言うとエルマーは自分の唇でマヌエラの唇を塞いだ。

あったかくて柔らかい。何度も角度を変えて啄まれる。

やっと唇を離してくれた時にはもう何も考えられなくなっていた。


「あ、俺が魔獣討伐の褒賞でマヌエラとの結婚を望んだのはな、こういうきっかけがないとマヌエラは俺と結婚してくれないだろうなって思ったからだから」

放心して頭が回らない。

「この後用事があるから、またな。次会うのは結婚式になるけど、そのあとは毎日会えるから1カ月我慢して」


そう言うと、また軽くキスをし、ギュッと強く抱きしめて直して、頭をポンポンと2回優しく叩いてエルマーは退室してしまった。


衝撃の事実と衝撃の出来事でマヌエラの頭はついにパンクし、二日間熱を出した。




1ヶ月後の結婚式は英雄と王女の結婚式のため、そこそこ豪勢に行われた。資金は魔獣の皮と魔石を売った一部を充てられた。


話題の結婚式を一目見ようと多くの人が集まる。招待されていない貴族や市民たちも教会の沿道に押しかける。


エルマーは終始ニコニコ笑顔で、緊張しまくっているマヌエラの額や頬や手の甲などに人目を憚らずキスを降らせていた。


そんな甘ったるいエルマーを見て、この結婚がマヌエラを同情したためなんかではなく、エルマーが強く望んだものだと、軽薄な噂話をした人間たちでさえ理解した。



「もう我慢しなくていいんだな」

結婚が決まってから2人で住む屋敷を整えるために奔走していたエルマー。

自然が好きなマヌエラのため、伯爵領を継ぎ、領地の屋敷を若夫婦仕様にした。田舎に引っ込むため騎士は辞職した。

マヌエラ好みの内装にした夫婦の寝室で、夜着を纏いベッドの端に座る彼女を見て呟いた。

エルマーはかなり我慢していた。

幼馴染の可愛い王女。久し振りに会ったらすっかり大人びていた。

彼女の護衛が仕事でその間はもちろん邪なことなど考えもしなかったが、寝る前、何度想像の中でマヌエラの服を剥ぎ取ったことか。

そして今、目の前には実物のマヌエラ。

少し震えている。

エルマーは丁寧に、だけど遠慮もせずマヌエラを堪能した。

マヌエラはエルマーは本当に自分のことを妹ではなく女性として求めていたのだと、同情や憐れみで結婚したわけではないとその行為の中でやっと理解し実感した。




領地の小高い丘に敷物を敷いて、野菜や肉がサンドされたパンを2人は頬張る。

「エルマーは討伐の褒賞にわたくしとの結婚を要求したけど、わたくしが嫌がるとは思わなかったの?」

マヌエラはずっと聞きそびれていたことをエルマーに尋ねた。

「なんか色々誤解するだろうなとは思ったけど、嫌がるとは思わなかった」

「なぜ?」

「マヌエラは俺のこと好きだから」

「え…!?」

「え?気付いてないと思ったのか?」

「なんで気付いていたの!?」

マヌエラの大きな声で驚いたのか、お腹の内側からぐわんと蹴られた。「ごめんなさいね」と呟きながら大きな腹を優しく撫でた。

「いや、普通に分かるだろ。子どもの時から明らかに俺に対してだけ笑顔や言葉数が多かったし。両想いなのに頑なだなぁってずっと思ってた」

今更明らかになる事実に顔から火が出そう。

気持ちがバレていたのに、自分はあんなこと言っていたのか。本当に鈍感姫だ。

「母様、僕もパン食べたい」

親2人を置いて走り回っていた4歳になる息子が駆け寄ってきた。

「母様の作ったトマト、大好き」

可愛いことを言ってくれる。もうすぐ兄になる小さな息子の頭をマヌエラは優しく撫でた。

マヌエラは嫁いで来てからも土いじりをし、伯爵家の庭師とともに花や野菜を育てている。

第二子を妊娠後は少し控えているが、自然と触れ合う時間は落ち着く。


地味で影の薄い元王女は、今は嘗てシュガー伯爵と呼ばれた夫と息子と、もうすぐ生まれてくる子供とで、社交はほどほどに領地でひっそりと仲良く暮らしいてる。

子育てが落ち着いたら、領地の学校で少し勉強を教えてみようか。18年王女として受けた教育を無駄にせず、次世代に繋げていこう。

人前は得意ではないけど、頑張ってみたい。母になり少し強くなった気がする。

エルマーはそんなマヌエラを一生涯護った。


マヌエラとエルマーは好きな人と結婚して、幸せに暮らしましたとさ。

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