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前編

マヌエラは農作物くらいしか取り柄のない小国・ナトゥア王国の第十王女だ。


「精力絶倫の国王の相手はもう無理だ」と根を上げた王妃のたっての願いで、王には7人の側室がいる。結果王妃・側室合わせて10人の子供が生まれ、みな健やかに育った。

が、それと同時に問題も発生した。


多くの側室と王子王女達の生活費が国家予算を逼迫しだしたのだ。小国の財政は余裕がない。


そこで側室たちは臣下に下賜し、王妃の子の2人、王太子と政略結婚が決まった王女以外の側室の子供たちは、成人になるまでは王子王女として育て生活と教育は保障するが、その後は自立を求められた。


あるものは騎士団に入団、あるものは自分で相手を見つけ結婚、修道院に入ったものや大学校の教授になったものもいる。


末の王女マヌエラもあと半年で成人の18歳になる。

マヌエラが物心つく前に別の貴族と結婚した母とは疎遠で、どうしているかわからない。

母を頼ることもできなければ、何か特技があるわけではない。

はてさて、今後をどうしたものか。

二つ年上の幼馴染の騎士で、今はマヌエラの護衛をしているエルマーの方をチラリと見る。


「ねえ、エルマー。わたくし成人後の身の振り方がまだ決まらないのだけれど、どうしたら良いと思う?お姉様のように修道院に行く覚悟はないし、かといってお兄様のように騎士団に入ったり教鞭を取るだけの体力も頭もないし。王宮で働くからもう一年くらい自立する猶予は貰えないかしら」

「王女サマが城で働いたら、みんな仕事がやりにくくなるからやめてさしあげろ」

「そうか…それもそうよね」

「結婚すればいいだろ」

「相手がいないわ。あと半年ではさすがに見つからないと思うの」

「俺がいるじゃないか」

「あら、ご冗談を。エルマーはよりどりみどり、美人を選びたい放題でしょう」

「顔で女を選ぶと思われてるんだ、かなしーなー」

エルマーは大袈裟に凹んだ振りをする。

マヌエラは呆れた振りをする。



エルマーはグリドル伯爵家の長男で、マヌエラが8歳の時からの付き合いだ。

年に何度か王宮で行われる、側室の子どもたちと貴族の子どもたちの交流会で出会った。

10歳にして容姿が完成されたエルマーはその頃から有体にいえばモテた。エルマーより4つ上の侯爵令嬢から、6つ下の公爵令嬢まで総ナメだ。


一際輝く彼にたくさんの少女(幼女も)たちが群がっていた。

対してマヌエラは地味を極めた様な少女だった。生来のんびり屋で、よく言えばおっとり、悪く言えば鈍臭く、この様な大人数が集まる場の存在感は希薄すぎて「あ、いたの?」と周りに言われるくらいだ。すぐにポツンとひとりぼっちになってしまう。


大人数がいる場所もお喋りも得意ではないマヌエラは、周りに取り残されるのは慣れっこだが、それでも多少は寂しさを感じる。

誰も自分を気にかけないし、ここにいてもすることがない。

多くの女の子に囲まれる美少年エルマーを遠目で見ながら、マヌエラはお気に入りの花壇に1人歩いていく。侍女はそんな彼女に気付かなかった。


最近咲いたチューリップたちは彩とりどり一面に広がる。マヌエラはこの明るい景色が好きだ。てんとう虫がチューリップの葉っぱの上を移動しているのを見つける。可愛い。

王女に相応しい行動ではないかも知れない。

でも所詮側室の子で、いずれ自立する事が求められるので王女としての振る舞いも多くは求められない。

のろまなマヌエラは人といるより自然の中にいる方が安らぐ。


「花、好きなの?」

突然後ろから声が聞こえた。振り返ると先程女の子に囲まれていたエルマーがいた。

左右対称のバランスの取れた造りの顔。グレーの瞳は人懐っこさがある。春の風が彼の柔らかい栗色の髪を揺らす。

マヌエラはコクン、と頷く。

「僕もね、花、好きなんだ。特に春のチューリップは色んな色が一面に広がってワクワクする。あ、てんとう虫もいる。可愛いね」


自分と同じ感じ方をする綺麗な男の子。

こんな風に家族以外で気安く話しかけられたのは初めてだった。

エルマーからしたら一人で花を見に行った女の子がもの珍しくて話しかけただけだろう。

でもマヌエラが幼い恋をするには充分な出来事だった。


その後も交流会で会うたび、2人はこっそり抜け出して花を見たり、虫や鳥を追いかけて遊んだが、それはエルマーが13歳で騎士学校に入学するまでだった。

それを知ったマヌエラは珍しく泣いた。


「もうエルマーに会えないのね。寂しいわ」

グスグスと鼻を鳴らしながら泣くマヌエラの頭をエルマーは優しく撫でた。

「騎士になってマヌエラの護衛になるよ。マヌエラ、トロくさいからな。俺が護ってあげるよ」

優しい少年は、そんな約束をしてくれたが、マヌエラは期待しなかった。この淡い恋心も胸の奥にしまって忘れようと思った。



しかし18で成人を迎え騎士学校を卒業したエルマーは、言葉通りマヌエラの護衛になった。

5年振りに会った幼馴染は、以前はマヌエラとそう変わらなかった身長は今や頭一つ分以上高くなり、華奢だった身体は筋肉質に、元々美しかった顔は少し鋭さを増して精悍な顔つきになり男性らしくなった。

すっかり変わってしまったエルマーにマヌエラは少し緊張してしまった。


「そんなガチコチに緊張するなって。5年ぶりとは言え、俺ら幼馴染だろ」


昔は温和で礼儀正しい男の子だったが、今は少し粗野な言葉遣いだ。一人称も僕から俺になっている。騎士学校で揉まれたのだろう。

「それともあれか、あまりに俺が魅力的に成長したから言葉を失ってるのか」

何という自信家な発言。でもその通りだ。

「エルマーは小さい頃は可愛らしかったのに…」

そんな憎まれ口で誤魔化す。

「今も可愛いだろ」

「あらあら、まあまあ」

「馬鹿にしてるのかな?」

「馬鹿になどしていませんよ。ええ、そうね、エルマー、可愛い、可愛い」

「清々しいほど心がこもってないな!」

普段のマヌエラからは考えられないくらい、言葉がスラスラ出てくる。


以前のエルマーとは雰囲気も言葉遣いも全然違うが、幼馴染という関係が会話を気安くさせるのか。最初は確かに緊張したが、久し振りの再会にも関わらず、昨日も会ったかの様に話せてマヌエラは嬉しかった。


エルマーが護衛を担当するのは週の半分の日中だった。エルマーと交互につくもう1人の護衛とはたまに話す程度だが、幼馴染ということもありエルマーとはくだらないお喋りもたくさんする。

そのうち仕舞ったはずの恋心が顔を出してきたのはある意味必然だったのかも知れない。


だが、昔から付き合いのある妹の様な存在の穀潰し王女から想われても、エルマーにとっては負担以外の何物でもないだろう。



「やっぱり現実的なのは家庭教師かしら。住み込みで働けたら一番よいのだけれど、王女を雇ってくれるところはあるかしら?」

「いやー、ないだろう」

「そうよね。ならば身分を偽ってどこかの領の学校で教えるのがいいかしら?でもそしたらその身分を保証してくれる方を探さないと…。協力してくれそうな貴族を見つけなければならないわね」

「そんなまどろっこしいことしなくても、俺と結婚すればいいのに。教師になりたければ俺らの子供が大きくなってからウチの領の学校で働いたら?」

「魅力的な案だけど、幼馴染のあなたにはちゃんと好きな人と幸せな結婚をして欲しいのよ。昔からのよしみというだけでそんな大事なことを軽々しく言ってはいけないわ」

「別に軽々しく言ってるわけじゃない」

苦虫を潰した顔をするエルマーにマヌエラは気づかない。

「エルマーはなんだかんだわたくしに甘いのね。ダメよ、もっと自分のために生きなければ」

「この鈍感姫」

呆れた様な声を出されてもマヌエラとしては心外だ。

「なぜここで悪口言われるの?」

「俺はマヌエラが好きだから提案してるだけなのに」

「わたしもエルマーが好きよ」

「ならなんの問題もない」

「困った人ね」

エルマーのマヌエラに対する好意と、マヌエラのエルマーに対する好意は種類が違うのに。


20歳になったエルマーは10歳の頃とは比にならないくらい女性に人気だ。

たまに夜会に参加すれば砂糖に集まる蟻の如く女性たちがエルマーに群がりるため、シュガー伯爵なんて恥ずかしいあだ名がついた。


マヌエラの護衛をしない日、エルマーは訓練や街の警邏、魔獣討伐にあたる。彼が警邏の日は女性が街に増えるともう1人の護衛がぼやいていた。

また訓練成果の騎士大会にエルマーが出た時など、彼に対する黄色い声援は凄まじかった。貴賓席で見ていたマヌエラもそのエルマーの人気っぷりを目の当たりにして、自分の想いを隠そうと改めて決意したほどだ。

いずれ伯爵家を継ぐ美丈夫の騎士。何を好き好んで影の薄い庶子の王女と結婚しなけばいけないのだ。


会話の途中でノックが入る。

今日のお勉強の時間がきた。

エルマーは退室して、廊下で待機だ。

二人の距離は幼馴染から変わらない。

そのはずだった。

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