第15話 女神の湯浴みは気高くも
夢を見ていた。
白く濃い霧の中を進む冒険者パーティー。その殿に僕はいた。ポーターとして大量の荷物を担ぎながら、仲間達と共に歩を進める。
辺りが全く見えないほどの濃霧に包まれているにもかかわらず、前を歩くパーティーメンバーの後ろ姿だけは、何故かはっきり見えた。
イケメン戦士に、剛腕の剣士。白黒魔術士の双子の少女。そして、僕の憧れの女魔道士。懐かしいその姿に、思わず涙腺が緩みそうになる。
突然、霧が、さあっと晴れた。そして僕は見た。パーティーの向かう先に待つ、あのダンジョンの禍々しく開いた入口を。
みんな、行ってはいけない! あのダンジョンへは、入ってはいけない!! 僕は、力の限り叫ぶ。
――ハハハ、ノエルは心配性だな
――お前が一緒にいるんだから、幸運の女神に見放されることは無いはずだぜ
――ダンジョンって、どこも危険じゃん
――そんな事言ってたら、ダンジョン攻略なんてできないよ?
違うんだ! あそこであんた達はみんな――!
――ノエル。アンタはアタシ達が守る。だから安心して。アンタがいなけりゃ、うちのパーティーは成立しないんだから
これは夢だ。それは分かっている。
現実の僕の横にはカリーニャとマーサが寝ており、枕元ではソニアが寝ずの番をしてくれているはずだ。
でも、叫ばずにはいられなかった。みんなを、大切な仲間達を助けなければ。これから起こるはずの惨劇から。しかし、僕の訴えは誰にも届かない。
歩みを止めることのないパーティーと、次第に近づくダンジョン。ダメだ! 行ってはダメだ!! すぐ前を歩く女魔道士に、そう声を掛けようとして、僕は気付いた。この人の名前、なんて言うんだっけ。そういえば、前を行くあの少女達も、剣士も、戦士も。みんな、僕の大切な仲間なのに。そのはずなのに、名前が思い出せない。いや、そもそも本当に仲間なのか。この人達は誰なんだ――。
『ノエル。朝よ、起きなさい』
突然聞こえたソニアの声に、目が覚めた。なんだか頭がぼんやりしている。簾の隙間から漏れ射す朝の光が、薄暗く部屋を照らしていた。
頭を右に向けると、マーサがこちらを向いて眠っている。身体を丸めて親指を咥えた姿は、赤子のようにも見える。それにしては大きすぎではあるが。
『おはよう、ノエル。アンタ、夢でも見ていたの?』
「おはよう。あれは夢なのかな。よく分からない。なんだか頭がはっきりしないんだ」
『疲れているのよ。もしも寝足りないんだったら、もう少し眠る?』
「いや、大丈夫だよ。もう起きる。せっかく、何にも追われることの無い時間があるんだし、漁港の一日を満喫してやろうと思うんだ。それに、ここのところ、毎日のトレーニングが出来なくて、なんだか身体が鈍ったような気もするからさ。ちょっとランニングでもしてこようかなって」
『そうね。まあ、あれだけ重い装備で長距離を歩いているわけだから、決して鈍ってはいないと思うけど、以前の習慣を取り戻すにはいいかもね』
「だろ? でもその前に、昨日入り損ねた風呂にでも入ることにしようかな」
『そうね――って、ノエル! ちょっと待ちなさい!! いま、そっちには――』
僕はマーサを起こさないように簾を小さくめくって中庭に入る。澄んだ陽の光が吹き抜けの空から降り注いでいた。
中庭の隅に置かれた木製の棚には、畳まれたタオル地の羽織を縁に掛けた木箱が置かれていた。どうやら、この箱に脱いだ衣類を入れておけば、洗濯をしてくれるらしい。
羽織の掛かっていない二つの木箱には、女性陣の衣類が入っているのだろうか。まあ別に、興味があるわけではないが。
浴槽の方に体を向けると、広い湯船に、きらめく繊維状の何かが浮いている。樋から落ちてくる湯の下に咲く花のように湯に漂うそれは、何かの薬草なのだろうか。
そう思いながら防弾ベストを脱ごうと脇腹に手を回したとき、揺らめく金色の薬草の下から、突如得体の知れないものが飛び出してきた。
「プハーッ!! よしっ! 記録更新!! 四十まで耐えたわよ。次は五十数えてみようっと」
美しいブロンドの髪を湯になびかせて風呂に潜っていたカリーニャが、今、僕の目の前にその姿を露わにしていた。目を閉じて、長い濡れ髪を掻き上げる様子は、まるで聖なる泉から現れた女神のようだ。その臍から上を惜しげもなく晒す姿は、芸術品だといっても良いほどに、神々しいものだった。昨夜の美しい歌声は、確かにこの女神のものだったようだ。僕はその光景を前に、身動きをすることさえ出来なかった。
「えへへー。気持ちいいなー。こんなに大きなお風呂なんだもん。楽しまないと損よねー。さて、次の挑戦を始めましょうか――。あ、おはよー、ノエル。あれ、おかしいな? ここお風呂だよね? 今わたし、裸だよね。ノエル、わたしを見ているよね? ――――! ギィイヤアアァァァ!!」
僕と目が合ったカリーニャは、一旦は朝の挨拶を僕に投げてよこしたものの、少しばかり戸惑ったあと、今の状況を理解したようだ。そして、その神秘的な容姿からはとても想像できない、怪鳥のような叫び声を大きく上げるとともに、両手で胸を隠して頭まで湯に潜る。そして再び現れると、羞恥に赤く染まった顔の鼻から上だけを湯面に出して、鬼女の如き目で僕を睨み続けていた。




