第7話 巨女剣士の自己肯定感が低すぎる件について
「すごい! 凄すぎるよ、これ!! いつでもお湯が沸いていて、部屋から出ないまま、好きなときにお風呂に入ることができるなんて! ルガンナのお宿も部屋にお風呂があったけど、これは全く次元が違う。それに、この中庭は吹き抜けになっているんだ! 月の出ている夜だったら、篝火なんかいらないかも。こんな部屋を個室として宿泊させるなんて、なんて勿体ない話なの」
「いや、普段は個室では無いぞ。二十人程度の宿泊客が雑魚寝をするのが常だ。終戦以来、毎年この時期に帰省するたび、この宿を使っているのだが、往路は今夜のように比較的空いていて私一人のことも多い。しかし、復路は収穫祭のシーズンになるのでな。いつも同泊者で溢れていたぞ」
『結構いい部屋だけど、やっぱり相部屋か……。それにしても二十人は多すぎませんか。それに雑魚寝って、このまま筵の上で寝るって事かしら』
「まあ、私が泊まるときは、宿には悪いが、二十名も入らないので十五名ぐらいだがな。ソニアは相部屋が嫌なようだが、男女問わず異郷の者同士が情報を交わすのは、結構有益なことだぞ」
『確かに情報収集は大事ですからね。そういう意味では確かに――って、男女問わず!? この狭い部屋の中で、見知らぬ男女が一緒に雑魚寝するんですか? まあ、他の宿でも相部屋ではそういうのが多かったけど、あらためて聞くとショックだわ。女の一人旅なんて、襲ってくれって言ってるようなものじゃないですか』
「そんなに不思議なことか? まあ、女だけで宿泊する者は、私以外には見たことがないが。たまに女の姿があっても、夫婦者か冒険者パーティーだ。だから、女の宿泊客が見ず知らずの男に襲われるなどということは、滅多に無いと思うぞ。親しい男女同士が交わるところは、結構目にするがな」
マーサはそう話しながら、再びテーブルを挟んだ僕の向かいに腰を下ろした。カリーニャも同じく僕の右隣の椅子に掛けると、両足を前後にぶらぶらさせながら、妙な好奇心をむき出しにした目を輝かせて口を開いた。
「ねえねえ、相部屋でマーサは襲われたことは無いの? まあ、襲われても相手をボコボコにしちゃうんだろうけど」
「全く無い。一切無いぞ。そりゃあそうだろう。こんな体の私などに交接を求める者など、誰もおらんだろうさ。私はいつも、部屋のあちこちから聞こえてくるアノ声に、妙な気分になりながら眠るだけだ。まあ私は、部族以外の男と契ることは許されておらんから、むしろ面倒がなくていいのだがな……」
「ええー? マーサって美人だから、言い寄る男の人は多いと思うけどなー。やっぱり軍人さんだから、みんな遠慮しているのかな?」
「いや、それは無い。単に私に女としての魅力が無いだけだ。部族の集落にいた頃は、私に好意を抱く素振りの男もいるにはいたが、そこを出てからというもの、街を歩いても、道行く男は私に怯えた目を向けるだけ。どうやら男にとっては、私は怪物としか見えないらしい」
確かに、ルガンナで初めてマーサに会ったときは、巨漢の剣士としてしか見えなかった。白革のマントを目深に被る、無言の殺気を纏う軍人――。あれ、巨漢?
「マーサ。君っていつもあの白い革マントを羽織って歩いていたのかい?」
「ああ、そうだ。あのお気に入りのマント。集落を出るときに両親に貰ったあのマント。あれを羽織るのが、私の唯一のおしゃれだったのだ。あのマントを無くしてからというもの、道行く男達の視線が痛いのだ。たぶん私の醜い姿を笑っているのだろう」
「あのさ、マーサ。僕が君に初めて会ったときのこと覚えているだろう?」
「もちろんだ。忘れるものか、あんなに素晴らしい出会いを」
素晴らしいって、何をどうすれば、あれが素晴らしい出会いになるのだろう。
「あのとき、僕が君に向けた目はどんな感じだった?」
「勇敢で誠実そうな目だったが」
ウソつけ! 完全に窃盗犯として疑っていた相手の目が、そんな風に見えるはずがないだろう。どうやら、この女の中では記憶の改竄が行われているようだ。
「あのさ、あのとき僕は、君に対して怒りとともに、不安と恐怖の目を向けていたはずだよ」
「そんな馬鹿な! 私がそんな目で見られるはずが――」
「僕には君が、身に覚えの無い罪を咎める、マントを被った大男の軍人にしか見えなかったんだ」
「大男?」
『そりゃあ、そうよね。マントで全身を隠していれば、中佐のような体格の良い方は、男に思われてもしようが無いかもね。いくら胸が大きかろうとっ!』
「そっかー、そうだよね。だからみんな、マーサのこと、怖い大男の軍人さんだと思って声をかけなかったんだ。どんなに綺麗な顔でも、見えなかったら分かんないもんね」
「最近、男の視線が痛いというのも、君の魅力的な姿が男の目を引きつけているということだよ」
「そんな、そんな事って――。いや、やっぱり違うぞ、それは。この宿に泊まる際はマントは外していた。そこの風呂に入る際は当然ながら全裸だ。同泊者は私が女であることは知っていたはずだ。であるにもかかわらず、言い寄る男なんぞ、一人もいなかったぞ?」
「それは、君みたいに美しい女性に声を掛けても、相手にされることは無いと端から諦めているからさ」
そして、怒りを買ってひどい目に遭わされるかも知れないと、本能で感じていたからかも知れない。たぶん、そちらが正解だろう。いくら美人で魅力的だとしても、見るからに強そうな巨人の剣士にちょっかいを掛ける男がいたとしたら、その勇気に敬服するところだ。
途端に顔を赤らめたマーサは俯いて、何故かもじもじし始めた。
「ノ、ノエルは、わ、私のことを、その、化け物だとは思っていないのか?」
「当たり前じゃないか。初めて会ったときは怖かったけど、今では素敵な女性だと思っているよ」
「――!?」
「うわー、素敵だってさー。ノエルって結構女たらしなんだー。まあ、マーサって、女のわたしから見ても、いい女だと思うしねー。もしも、わたしが男だったら、絶対襲ってるよー。ぐふふ、俺の女にならんかー、ってね」
『それじゃあ、あなた、御曹司と同じじゃないの。思考パターンが同じだとしたら、あなた、あのまま城に上がってた方が良かったんじゃないの?』
相変わらず、訳の分からないことを言うエルフに、すかさずソニアが突っ込む。
「別に女たらしとかじゃ無くて、僕はただ単に感じていることを言っただけだけど」
「じゃあ、わたしにもそう言ってくださいー。わたしも一応女なんですからねー」
「はいはい、カリーニャさんも魅力的ですよ。マイペースで、無神経で、失礼なところがね」
「わーい、魅力的だって言われちゃったー。でもノエル、わたしを口説いてもダメよ。わたし、エルフで宿屋のお嬢さんのお高い女ですもの。あなたには釣り合わなくてよ、オホホのホ」
『ノエル、“脳天気”って言葉が抜けてるわよ』
カリーニャは、もうすぐ風呂に入ることが出来ると思っているからか、非常に機嫌が良いようだ。いつの間にかマーサの横に座っているソニアも、心なしか寛いでいるように見えた。だが、マーサは先程から俯いたまま、なにやらブツブツと呟いている。そしてその耳は、真っ赤に染まっていた。一体彼女はどうしたのだろうか。




