第10話 非道には非道で返すのが礼儀
(注)本話は作中に残酷描写、暴力描写があります。
横たわる被害女性の瞼をそっと閉じてやる。そして、その全身に纏わり付いて彼女を穢し続ける男達の残滓を、手持ちの手拭いで丁寧に拭い取ってやった。先ほど聞こえた言葉から察するに、三人家族の乗客の一人だろう。最後まで娘の無事を願い続けた母親。
その側では、いつまでも大声で痛い痛いと、馬鹿のように繰り返す大柄の男が転げ回っている。僕は遺体の側で立ち上がると、その男の腹をブーツの先で思い切り蹴りつけた。
「――――っ!」
言葉にならない叫び。やっとあたりが静かになる。
「おい、あんた。うるさくてしょうがないんだよ。あんたの仲間はみんな行儀良く、静かにしてるってのにさ」
僕はそう言い、もう一度腹に蹴りを入れて屈み込むと、喘ぐように開いた男の口に、精液で汚れた手拭いを押し込んでやる。その臭気に反応したのか、男はすぐにそれを吐き出して嘔吐き続けた。
「何吐き出してるんだよ、あんた。この女の人からのお裾分けなんだから、大事に吸わなきゃ駄目じゃないか」
「一体何しやがんだ、てめえっ! こんなことしやがって、ただで済むと思ってんのか!くそっ、俺の手と足をどうしやがったんだ! てめえ、絶対許さねえ!!」
「許さないならどうするつもりだい? 仲間はみんな、あんな様子なのにさ。あんた一人で戦うって、それはまた勇敢なことだね」
「俺一人だって? 何馬鹿なこと言ってやがるんだ、てめえ! 俺には仲間が大勢――」
「誰も助けに来ないよね、全然。あんた、状況分かってんの?」
僕の言うとおり、誰も助けに来ない現実に不安になったのか、痛みを堪えながら身を起こす男。そしてすぐに、多くの仲間が倒れている事実を理解したのだろう。彼にとって信じられないその事実に、自らの痛みも忘れてしまったようで、ただそのまま、焚き火に照らされた広場に倒れる仲間たちに、視線が吸い寄せられていた。
僕は再び立ち上がると、男の顔面に回し蹴りを入れる。再び地面に倒れ込んだ男の側に転がる壺を見ると、中にはまだ少し油が残っているようだ。僕は壺を拾い上げ、油を男の全身に垂らしてやる。
「おっ、おいっ! 何やってんだ、てめえ!! ふざけてると、ぶち殺すぞ!!」
「何って、見たら分かるだろう? あんたと同じことさ。生きたまま焼かれるのが大好きなんだろう、あんたは。だから親切なあんたは、この女の人にもそうしてあげようとしていたんだよね。残念ながらその人は、もう亡くなっているよ。だから代わりに、あんたにいい思いをさせてやるよ」
「何言ってんだ、てめえ! 俺がこの女を焼こうって言ったのは冗談なんだ! そんな、生きたまま人間を焼くなんてこと、本当にするわけねえだろ!!」
「ふーん、冗談ね。そうか、あんたらはそれほど残酷なヤツらじゃないんだね」
「そっ、そうなんだ。決して残酷なことなんかしねえよ。誓ってもいい。だから、助けてくれよ」
いつの間にか、恫喝の言葉が、命乞いの言葉に変わっていた。
「じゃあ、あそこで股裂きになっている人は、一体どうしたんだろうね? 焼かれるのが嫌なら、股裂きがいいかい?」
僕は広場の隅に向けて顎をしゃくる。そこには、地面に打ち込まれた杭に右足首を縛りつけられた、全裸の女性らしき遺体が転がっている。彼女の右足は、その付け根からあり得ない方向にねじ曲がっていた。
そして、足首にロープをくくりつけられている左足は、腹の一部とともに引きちぎられ、少し離れた場所に放置されていた。おそらく、馬か何かにロープを引かせて、生きたまま引き裂いたのだろう。噴出した血によって、遺体の周りには前衛的な絵画が描かれていた。
「俺は悪くないんだ。そう、そうだっ! 俺はやらなきゃ殺すって言われて嫌々やったんだ! お頭に無理矢理やれって言われたんだ」
「お頭ってどいつだ。どこに居やがる!」
「あっちの小屋に居る。今は休んでいるはずだ。ちゃんと答えたんだから、助けてくれよ」
男はその目を森に消える小道に向け、この集団の首領の位置を明らかにした。どうやらあの道の先に、男の言う小屋があるのだろう。
「おい、どうなんだよ? 助けてくれねえのかよ……」
男が力なく問いかけてくる。撃ち抜いた腕と足の動脈から、かなり出血しているらしく、絶命の時間が近づいているようだ。急がなければ。
僕は、側に落ちている、男の手首をつけたままでまだ燃えている松明を拾うと、横たわる男の上に落としてやった。腹の表面を広がってゆく炎に絶叫する全裸の男。言葉にならない叫びだけが辺り一帯に響き渡る。肉と毛の焦げる嫌な臭いが、徐々に強くなってきた。
僕は、女性の遺体を抱き上げて、燃えさかる男の最期を見届けることなく、引き裂かれた遺体に近づく。そしてその横に、彼女を並べて寝かせる。
片足をもがれた遺体も、やはり若い女性だった。焚き火のせいで色ははっきり分からないが、長い髪を後ろで結っている。眉の太い、意志の強そうな整った顔。今にも叫び声が聞こえてきそうな、開ききったその口。見開かれた双眸からは、未だ僅かに涙が流れているかのように見えた。
地面に放置された彼女の左足を両手で抱え上げ、本来それがあるべき場所にそっと置くと、両足首に結わえられたロープを解いてやる。
そして、彼女の開ききった顎に手を添え、元の状態へ戻してやった。瞼も閉じてやろうとするが、すぐに元に戻る。何が何でも盗賊達の最後を見極めてやろうとするかのごとく。
燃える大柄の男は、もう静かだった。既に炎は男の頭部を舐め回している。間もなく頭蓋内の圧力が高まり、頭骨が破裂するだろう。その時噴き出るこの男の脳は、何を考えていることだろうか。




