第2話 エルフの伝説
「『エルフの隠れ里』は、北大陸の闇怨地帯のダンジョン奥深くにあるっていう、誰でも知ってる話だよ。地底深くなのに明るい陽が降り注ぐ不思議なその里には、エルフがたくさん住んでいて、アホの殿下どころか皇帝陛下でさえ手が出せないはずさ。なぜなら、そのダンジョンが闇怨地帯のどこにあるのかは誰も知らないらしいからね。そして仮に知っていたとしても、簡単には辿り着けないって言われてる」
『辿り着けないってどういうこと? 道がないってこと? それとも、とんでもない障害が待ち受けているってことなの?』
「さあ、はっきりとしたことは知らないよ。でも噂では、闇怨地帯はエルフと精霊以外の者が立ち入ると、地獄へ飛ばされて戻ってこられないらしいよ」
『なによそれ。まるで都市伝説ね。でも、それが本当なら、カリーニャ以外はその地帯に入れないってことじゃないのよ。どうするのよ?』
「まあ噂に過ぎない話だから、実際に行って確かめるしかないと思う」
『つまりは、何にも分からないってことね。その存在さえ定かじゃない場所に向かって旅をするなんて、どうかと思うんだけど。アタシ達って、さまよえる湖を探す探検家じゃないんだから』
「でも、エルフがこの世に存在する以上、集落もきっとあるはずだよ。一体どんな所なんだろう? きれいなエルフがたくさんいるのかな?」
『カリーニャのためだとか言って、実はそれが目的なんじゃないの? ほんとにアンタってドスケベなんだから!』
「なんで、そうなるのさ! 僕はただ単に、あまり見かけることのないエルフという種族に対する知的好奇心を満たしたいだけで――」
『はいはい、ものは言いようよね。願いが叶うといいわね、エロ魔人さん』
そう言うソニアの表情は、けっして僕を軽蔑するものではなく、明るく楽しげなものだった。この会話を聞いているカリーニャを意識して、ソニアなりに場を和ませるつもりの発言だったのだろう。そう思うと、揶揄されようとも腹が立つこともない。それに、僕がエルフに興味があるのは、事実なのだから。
エルフ。人間に比べて上方に長い耳を有し、容姿に優れた金髪碧眼の白色女系種。知性も非常に高く聡明で、他の種族には感知できない精霊と語り合うことができ、その力を借りた精霊魔法を駆使できるという。
そして、その最大の特徴が、永遠とも言われるほどの長い寿命だ。千年二千年は当たり前。一説では「隠れ里」の長老は十万歳以上の歳だそうだ。
古い伝説や神父の説法によると、もともとこの世は、神に追放されたエルフの流刑地だったという。この世に追放されたエルフが、自分たちに天罰を下した神に模したヒトを創り、奴隷として虐げていたが、ヒトを哀れんだ神により、再びエルフは天罰を受け、そのほとんどが魔龍や魔物の姿に変えられた。高潔な心を持つエルフのみが天罰を免れたが、彼らは出自を恥じて地下奥深くにこもり、以来外界との交流を断った。それが今の「エルフの隠れ里」の起源らしい。
だからエルフは、話の上ではよく聞くものの、なかなかお目にかかれない存在なのだ。僕も以前、冒険者ギルドでポーターをしていたときに、たった一度だけ目にしたことがあったが、実際に言葉を交わしたのはカリーニャが初めてだった。
「それにしてもソニア、君って魔物とかアイテムバッグとかを見たことがないって言うわりに、エルフのことは不思議に思わないんだね。もしかして、君の世界にもエルフはいるのかい」
『当然でしょ? いるに決まってるじゃない。確かに人口比率は、一般の人間に対して著しく少なかったけれど、ちゃんと実在したわ。もしかしたら、アンタ達のこの世界よりも多いんじゃないかしら。実際、国防総省にも数名いたし。でも何故か人間はエルフのことを、自分達と同じ人間だと思い込んでいたみたいなのよね。おまけにエルフはフィクションの産物だなんて言って――、ちょっと待って! 後方から高速で接近する馬らしき走行音を感知。その数、三。距離約一マイル。警戒態勢をとれ!』
パーティーに緊張が走る。突如視界の隅にウィンドウが小さく浮かんだ。そこには、今まで通ってきた道をソニアがマッピングした、簡易的な街道の略図が描かれていた。そして、その上に点る赤い光点が、僕たちを示す緑の点に向かって移動している。どうやら確かに、街道の東側から何者かが迫ってくるようだ。
カリーニャに目をやると、ソニアの言葉が耳に入ったのだろう。ボロ布を深く被り直していた。その目には怯えが窺える。
僕はロバを制して道の脇に一旦止まり、小走りに荷車の後ろへ廻って片膝をつくと、歩いてきた森の奥に続く街道を見据えながら小銃を構えた。
プレス・チェックにより弾薬が装填されていることを確認した後、念のためボルト・フォワード・アシストを押して薬室を完全に閉鎖する。もちろん安全装置は解除して、半自動射撃にセット済みだ。
そしてソニアの教えどおり、用心金の横に伸ばした人差し指を添える。目を覆うゴーグルを通して、夜でもないのに暗い森の中が明るく見える。
寸刻の後、遠くの岩陰から前照灯を灯した馬が飛び出て来るのが見えた。そして、それを駆る人物の拡大された姿は街道ではよく見るものだった。
「問題ない。郵便の早馬だよ」
それから間もなく、少しばかり速度を落とした早馬と護衛の騎兵が、明かりも持たずに街道脇に寄る僕たちに不審そうな目を落としながら、追い抜いてゆく。これまでも何度か街道の後方から、同じように早馬や駆竜が追い越していったが、いずれもが御曹司とは無関係のものだった。
まあ御曹司には、かなりきつい脅しの手紙を置いてきたので、よほどのことがない限り追ってくることは無いと思うが、万一ということもあるので、後方には常に神経を注いでいたのだ。
宿を出る際、厩舎の隅に「結束バンド」で縛り上げたザンギに、殿下宛の手紙を託してきた。
自分は昨夜酒場で会った『雷閃の死神』であること。殿下の顔と態度が気に入らないこと。エルフ娘が気に入ったので攫っていくこと。手配書の公告や、後を追うなどの敵対行為をひとたび示せば、直ちに殿下本人のみならず、主城に住む領主と妹もまとめて殺害すること。それに加えてゲルタッシュ全住民の命も保証しないこと等、ありとあらゆる脅しの文句を羅列した、その手紙。
書いているときは、一体どこまで信じるものやらと思っていたものの、「ボールペン」と「メモ帳」の切れ端という、ソニアの世界の用品を使ったこともあり、結構効果はあったのかもしれない。
「カリーニャ、大丈夫だ。問題ない。今の段階で追っ手が来ないと言うことは、僕が置いてきたラブレターの効果があった証拠だよ。ヤツらはもう追ってこないさ。安心してもいいと思うよ」
しかし、カリーニャは、コクリと小さく頷くだけで、声を発することはなかった。
(※1)プレス・チェック:空薬莢が排出される穴(排莢孔)を少しだけ開き、薬室内の弾薬の装填状態を確認する行為。自動拳銃の場合はスライドを手で少し引いて行う。自動小銃M16の場合は、装填ハンドル(チャージング・ハンドル)を少し引いて実施する。




