第13話 古井戸伝説呪い島
むかしむかし、島に海賊がやってきました。
海賊は、年頃の娘たちをつかまえると、ほかの村人をつぎつぎと殺してゆきました。
そして海賊たちは、この島に住みつくと、昼は船をおそいに海にでて、夜は娘たちを相手にお酒を飲んで騒いでいました。
あるとき、森の中にかくれていた三人家族が、海賊に見つかってしまいました。
お父さんとお母さん、そして小さな女の子は、海賊から逃げまわります。
しかし、ついには、島でいちばん深くて大きな井戸に追いつめられてしまいました。
もう逃げられないと思ったお母さんは、胸に女の子を抱いたまま、井戸に飛びこんでしまいました。
お父さんも、ふたりのあとを追おうとしましたが、海賊に首をはねられてしまいます。
すると、ふしぎなことに、一度は地面に落ちたお父さんの首が、お母さんと女の子を追うように、井戸の中へ飛び込んだのです。
おどろいた海賊は、井戸をのぞき込みましたが、つめたくみちる水面に、じぶんの姿が映るだけで、そこには誰もいませんでした。
月日がたち、島の娘たちのおなかが大きくふくらむと、海賊は娘たちを広場にならべて、首をはねることにしました。
ひとり目の娘にむかって剣を振りあげた海賊は、急にわけの分からないことを言って笑いだすと、となりにいた仲間の首をはねました。
そして、つぎつぎと仲間の首をはねていきますが、ついには別の海賊に殺されてしまいます。
しかし、どうしたことでしょう。
仲間をおそった海賊をたおした別の海賊も、まるで悪魔に取りつかれたかのように、急に笑い声をあげて、ほかの仲間をおそいだしました。
何度か同じことが繰りかえされて、ついに海賊は、おかしな事をつぶやきながら笑う男と、親分の二人だけになっていました。
そして、親分が男の首をはねると、海賊は親分一人だけになってしまいました。
すると親分は、急に笑い声をあげて、じぶんの首を切り落としてしまったのです。
ふしぎなことに、地面に転がった親分の首は形を変えて、お母さんと井戸に落ちた、あの女の子の姿になりました。
女の子は、首のない親分の体に近づくと、こう言いました。
「みんなを殺したおまえたちをゆるさない。おまえたちの子供も孫もゆるさない。おまえたちをゆるした者もゆるさない。みんなみんな、ゆるさない!」
そして女の子は、あの井戸にむかって去って行きました。
残された島の娘達は、女の子に感謝しながらも、これからうまれてくる子供たちがゆるされるように、いつも祈りを欠かさないのでした。
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「ほら、見えてきた。あれが、その井戸だ。俺たちは『首塚の井戸』って呼んでる」
村から少しばかり離れた薄暗い林の中に、それはあった。
木々の間の少しばかり開けた土地に見える、石積みの井戸。それが、ニウラスの言う「首塚の井戸」なのだろう。
その井戸は、使われなくなってから久しいようで、直径二ミータ程度の井戸枠は、深い緑に苔むしていた。
転落事故を防ぐためだろうか。古井戸には、大きな木製の丸蓋が被せられており、中を窺うことはできそうにない。
かつては屋根が設けられ、釣瓶も備わっていたのだろう。井戸の四隅に残る、朽ちた柱の名残が、古を偲ばせる。
そして、そのすぐ脇には、小さな石祠が祀られており、そこには供え皿に載せられた「シーフォー」があった。
「これが、島の神様を祀る祠なんですか?」
「いや。島神様は、これから向かう『祝福の入り江』の岩場に祀られている。この祠は神様を祀るものではなくて、悪魔を封じるためのものだ」
「悪魔ですか……。でも、先ほど聞かせていただいた昔話では、その不思議な存在が、海賊から女性達を助けてくれたんですよね? 悪魔ではなくて、むしろ救いの神なのでは?」
命を奪われかけた妊婦達を、魔の手から救った謎の存在。海賊に取り憑いて滅ぼしたその存在こそ、この島の守り神なのではないのか。不思議に思った僕がニウラスに問いかけると、彼は明るい口調で返してきた。
「まあ、そう思うのが普通だよな。でも、この島じゃあ、それは悪魔とされてんだ」
「そなた達が海賊の子孫で、祟られているからか」
「ええ、そのとおりです、剣士様。と言うか、そうかも知れない、というだけのことですけどね。もちろん俺たちは、誰も信じちゃいませんよ。自分たちが、海賊みたいなウジ虫連中の血を引いているなんてね」
医療支援のために、この島に上陸してから、既に三日が過ぎていた。
治療は順調に進んでいるようで、ミフォーヌによると、患者達の症状は徐々に改善しているらしい。
用意された空き家で寝起きしていた僕たちは、村に持ち込まれた「シーフォー」の確認および回収と、患者達の排泄物の処理の手伝い以外には、魔療師達の献身的な活動を見守ることしかできず、暇で暇で仕方がなかった。
だが、患者の容態急変に備えて、ソニアと僕は村から出るわけにもいかず、マーサやカリーニャも、僕に気を使ってのことか、側から離れようとしなかった。
あの遭難者の男も、特にすることが無いようだったが、僕たちに話しかけてくることもなく、ただ一人でぶらぶらと、島を散策して時間を潰しているらしい。
しかし、有り難いことに、電子の精霊の出番は一切なかった。
そして、ようやく峠を越えたと、ソニアとミフォーヌが判断したことから、今日から僕たちは、村の外に出られるようになり、ニウラスの案内で、「シーフォー」を入手したという漂着船の所へ向かうこととなったのだ。
井戸の周りには木漏れ日が差し、鮮やかな木々の緑が目に映える。聞こえる鳥のさえずりが、島の命の豊かさを教えてくれていた。
しかし、ニウラスから聞かされた島の昔話のせいか、古井戸と祠からは、忌まわしい死の臭いが漂ってくるような気がする。
「ねえ、もう行こうよ……。ここ、あの家みたいな感じがするよ……」
カリーニャが、僕の背中にしがみついてきた。背嚢越しなので、その身体の柔らかな温もりは伝わってこないが、そのかわりに小刻みな震えが響いてくる。
「うん。僕も少し嫌な感じがするよ、ここは。君の精霊さん――、サーディーさんだっけ。彼女もそう言ってるのかい?」
「サーディーは、ここは問題ないって言ってる。でも、わたしは、ここもイヤ……」
不意に背筋がゾッとした僕は、辺りを見回した。あの黒い髪の女が、じっと僕を見ているような気がしたからだ。でも、あの不気味な姿はどこにもなかった。
しかし、この病気が悪魔のせいではないのならば、あの女は、一体何者だったのだろう。
『悪魔ねえ……。でも、さっきの昔話を聞いた限りでは、仲間を襲う海賊の描写がそれらしいだけで、悪魔憑きとはあまり関係ないように思えたけど?』
「ああ、昔話では、悪魔の存在はあまり感じない。だが問題は、その後に起こった、幾つかの出来事だ。それらは昔話や伝説ではなく、実際の事件として記録に残ってるんだ」
百五十年ほど昔、ある漁師の妻が、奇妙な病に倒れた。当初は頭痛や幻聴を訴えていたが、次第に症状は重くなり、全身を痙攣させながら、うわごとを唱えるようになったという。そしてある夜、鉈を手にしたその女は、就寝中の村人を、次々と襲ったという。
突然の凶行に、村は大騒ぎとなり、怒った村人達に追われた女は、「祝福の入り江」近くの断崖に追いつめられると、「次の機会が楽しみだ」との言葉を残して海に飛び込んだが、その遺体は見つからなかった。
数名の死者を出したその事件から五十年ほどが経ち、惨劇の記憶が薄れるなか、今度は島外からやってきた新婦が、初夜に新郎の男根をナイフで削ぎ落として殺害すると、うわごとを口にしながら村人を襲い始めた。その新婦も数名を殺害した後、五十年前と同様の妙な言葉を残して海に飛び込み、やはり遺体はあがらなかった。
そして、今から四十九年前にも、同様の事件が起きたというのだ。
「それらの事件と昔話が関連している証拠は、どこにもない。だがな、村の誰もが思ってるんだ。いずれの事件でも、女に取り憑いて連続殺人を起こしたのは、昔話の少女だってな。そして間もなく、次の事件が起こるんじゃないかと恐れているんだ」
『でも今回の病気は、決して悪魔憑きじゃないわよ。間違いなくC-4が病因なんだから。だからこそ、治療が功を奏しているんじゃないの』
「よし、わかった! おそらく過去の事件も、その『シーフォー』が原因に間違いない!!」
『いいえ、それはあり得ません。C-4は、自分たちがこの世界に持ち込んだもの以外には存在しないはずですから、そんな昔の事件には、一切関係ないでしょう』
ソニアはマーサの推理を否定すると、祠に供えられた「シーフォー」を回収せよと僕に言う。確かに、こんな所に毒物を放っておく訳にはいかないだろう。
僕はソニアの指示に従って、供え皿から毒の菓子を手に取ると、左腰のダンプポーチに放り込んだ。
「コラッ! この罰当たりめが!! ちょっと目を離したすきに供え物を盗むとは、なんと不届きな奴じゃ!! 祟りが恐ろしくないのか、この馬鹿者!!」
突如、しゃがれた大声が響き渡った。
その声に、よほど驚いたのだろう。僕にしがみついていたカリーニャが、不意に駆け出して、盛大に転けた。
そして、僕たちの方に巡らした顔を歪め、その目から涙を溢れさせると、大声で泣き出した。
「ウワァァァァーン!! ごわいよー!! もう、やだよー!!」
「おい、婆さん! エルフさんが怖がってるじゃねえか! 脅かすんじゃねえよ!!」
「べ、別に脅かしとりゃせんわい! 供え物を盗るなと言うとるだけじゃ」
声の主に目を向けると、白装束を纏った背の低い老婆が、長い白髪を振り乱して立っている。だが、深い皺を無数に刻んだその顔に、怒りは見えない。
どうやら、エルフのあまりの号泣ぶりに、当惑しているようだ。
ニウラスによると、その老婆は島の祈祷師だそうで、今回の集団発症を悪魔の仕業だと信じて疑わず、ずっと、この祠に祈り続けているらしい。
『お婆さん。このお菓子が、みんなの病気の原因なの。決して悪魔のせいじゃない。治療さえすれば、みんな元気になれるのよ』
「ふん。姿が見えないところを見ると、あんた、精霊じゃな。あいにく、あんたも悪魔に騙されているようじゃ。魔女のお嬢ちゃん方も、頑張って成果を上げているようじゃが、それこそ悪魔の策略さね」
「婆さんの気持ちは分かるけどな、実際、治療はうまくいってるんだぜ?」
「悪魔はな、より大きな何かを得ようと、虎視眈々と狙っているんじゃ。そして、機会さえあれば、すべての状況を利用しようとする。油断をすれば、すぐに寝首を掻かれるぞ」
「やれやれ、まったく。こんな婆さんは相手にせずに、先に進むことにしようぜ。この先の洞窟を抜ければ、すぐに入り江に着くからよ」
ニウラスは、僕たちに向かってそう言うと、足早に歩き出した。
僕は泣き止んだカリーニャの手を取って立ち上がらせると、老婆に会釈をして、二人の仲間と共にニウラスの後を追う。
だが、妙に気になって仕方がなかった。去り際に見た老婆の目に浮かぶ、底知れない不安の色が。
次回更新は8月14日(土)の予定です。




