第57話 承認アプリシエイト
「ようやく……墜ちた、か」
幸せそうな顔をして寝込む女子二人を前に俺は汗を拭う。
あの後もコノハとミズキ両名による猛攻は続き、俺はそれとなく酒を促すことで対処してきた。
目を覆いたくなる狂宴の後――やっと爆睡し始める二人。
全身の解放感を満喫後、盛大な溜息。
背のびをし、まずテーブルを部屋の端に寄せる。
押し入れから来客用の布団を二組取り出し、二人を寝かし付けに入る。
アルコールにより弛緩した身体はタコの様にグネグネしてて動かしづらい。
これだから酔っ払いは困る。
まあ俺も自宅で親父や門下生が開く飲み会や宴の片付けを幼少の頃から手伝ってきた身だ。
いまさら泥酔者の一人や二人で狼狽えるほどじゃない。
気合を入れて二人をお姫様抱っこ。
敷布団に優しく横たえる。
「う~ん……
ショウちゃ~ん……」
「うふふ……
ダメだぞ、ショウ……ふふ」
――二人の夢の中で俺はいったいどのようなポジションなんだ?
尋ねてみたい気がしたが、どうせ覚えちゃいまい。
頭の下に枕を差し込み布団を掛けてやる。
やれやれ、これで仕事に掛かれるな。
テーブルの上にある食器類をまとめ、隣接する台所に運ぶ。
油物をお湯で流し洗剤を漬け込みスポンジで洗う。
母のいない狭間家にとって洗い物は基本食べた者の仕事だ。
一段落後、消灯する。
多少寝乱れているが猫の様に丸まり熟睡モードに入っている二人。
どうやら寝つきはいいようだ。
「まったく……
こうして黙ってれば二人とも可愛いのに」
あどけない素顔を晒すコノハとミズキ。
こいつらが恐ろしいダンジョンマスターに立ち向かい、尚且つ討伐したなんて誰が信じよう。
哀しいけど俺達は戦う為に生まれてきた。
17年前から勃発した業魔による侵攻。
17歳で得られるクラス。
ランクアップにクラスチェンジ。
あまりにも作為的な援助。
オーバーロード側にも色々思惑があるのだろう。
ただ今だけは束の間の休息をとっても罰はあるまい。
俺は二人を居間に残し、後にした。
「充分楽しめましたか、ショウくん」
自室に戻ろうとした俺を呼び止めたのはミハルさんだ。
気配に敏感な彼女の事、居間を後にしたのを察知したのか。
置き去りにされた文句を言おうとした俺は思い止まる。
普段のおっとりとした雰囲気は鳴りを潜め、凛とした佇まい。
高レベル所持者特有の圧(プレッシャ―)。
俺もクラスチェンジをしていなかったら屈していただろう。
よく見れば割烹着でなく稽古着姿の彼女は腰元に二本の刀を佩いていた。
気になるのは刀袋に包まれるとはいえその手に更に二本の刀を持っている事か。
「ミハルさん……」
「先程、わたくし達に『火消し』の依頼が参りました。
他県からの救援要請――
かなりの侵攻進度らしいです。
おそらく、しばらく掛かりきりになると思います。
師範は既に出発されました」
「親父が……」
「――ええ。
わたくしもこれから迎えが来たら出発致します。
すみません、せっかくのお祝いでしたのに」
逃げたんじゃなかったのか。
今まで感じていた幼稚な憤りを恥じる。
お気楽な学生探索者である俺とは違い、イリーガルな協力者であるとはいえ常に実戦に身を置く親父たちは休む事すら許されない。
こんな風に要請があれば昼夜問わず応じなければならないのだ。
その重圧を知るだけに何も言えない。
押し黙る俺に一礼後、彼女は袋に包まれた刀を差し出してくる。
返礼後、受け取った俺は紐を解き中身を改める。
そこにあったのは色気さの欠片もない実直でありながら実戦的な拵え。
ゆっくり抜き放った俺の目に飛び込むのは冷たく闇夜に光る刀身。
一点の曇りもない清冽な肌合いは、たぐいなき刃に歴史と未来が秘められている気さえする。
そり返った細身の背は、精妙と優雅さと最大の強度を一つに結ぶ。
これらすべてが自然に調和し、力と美、畏敬と恐怖の混在した感情を抱かせる。
間違いない、これは……
「ミハルさん、これって……」
「稀代の刀匠、樫名による名刀『吹雪』と『華霞』です。
まごうことなき樫名刀が二振り。
師範からお預かりして参りました」
「親父から?」
「――はい。
正直お前にはまだ早い。
だがこれからも戦い続けるなら刃は必須。
ならば刀に負けぬ腕前を身に着けよ。
それまでこの二振りを預ける、と」
「あの親父が……」
「いつも厳しい事を言ってますけど……
ムサシ師範はショウくんの事が大切なんですよ?
亡くなった奥様の忘れ形見。
君の成長を一番楽しみにしてるんですから」
「まったく……あの親父は……
年配のツンデレなんて流行らないってのに」
「同感ですね。
だから今度お会いしたらショウくんから言ってあげて下さい。
馬鹿になってしまう親心に対するお礼の言葉も。
きっと師範もお喜びになりますよ」
「分かりました……
次に会う時まで――この二振り、確かにお預かりします」
俺は抑えきれない衝動で熱くなる目元を強引に堪え――
ここにいない総師範へと深々と一礼をするのだった。




