第55話 全力マッチング
ウチの流派にしては珍しい正眼で構える親父に対し、俺は左半身を前に右手で木刀を構え切っ先を下に向けるという天地陰陽の型で応じる。
型の組み合わせによる相性上、通常であれば俺の方が優位だ。
それなのに俺は構えを崩さぬままで動けないでいた。
正直言えば、攻めあぐねていたのだ。
まるで難攻不落の要塞に裸一貫で飛び込むような心細さ。
くそっ……
何もしてないというのに周囲を支配するその存在感は反則だろ。
親父が展開している殺傷圏がビリビリと肌に突き刺さる。
摺足でにじり寄りを仕掛けるも微動だにしない。
揺れる事のない剣は彫像のように静止している。
日本舞踊などもそうだが、激しい動きで立ち回るよりも完全なる停滞というのは極度に難しい動作の一つである。
何故なら不安定な二足歩行者である人は、ただ立つ事にすら無意識のうちに微調整をしているからだ。
重心が偏らないという事はそれだけで不動を得る。
大地を味方にした不動なるものは、不完全な揺れ動くものに対し圧倒的なアドバンテージを誇る。
動に対しての静。
つまり親父はあくまで後の先を取ろうとするって事か。
ならば下手な小細工は無用。
もとより力の差は歴然なのだ。
小手先の策を弄するより、全力で仕掛けるのみ。
覚悟を決めればあとは体を委ねるだけ。
俺は呼吸から攻撃のタイミングを計られぬ様、深く細い呼吸で息吹を行う。
深く深く、静かに。
沈め沈め、激しく。
体中を巡る酸素と気が一体化した瞬間――
全身の発条を躍動、射出機として剣を撃ち出す。
狙うは親父の正中。
稲妻のごとき突きを以って、最速を狙う。
相手が後の先で待ち受けるというなら――
対処不可能な先の先で出方を崩してやればいい。
我ながら気速充整った会心の一撃だったが……
相手は傍流とはいえ柳生心眼流の総師範。
その看板は伊達じゃない。
正眼に構えた親父の木刀がコマ送りの様にブレた瞬間、俺は凄まじい衝撃に木刀を掴む手を離していた。
くるくると宙に舞う木刀。
――この、化け物め。
刹那の攻防に何が起きたか俺は把握した。
真っ直ぐ自ら目掛けて突き進む木刀の剣先。
親父はその剣先を下から手首のスナップだけで正確に狙い撃ち、弾き飛ばしたのだ。
銃弾は嘘でも常人の数倍の身体能力を持つ俺の全力の突き。
体重の乗った一撃を手首の返しだけで弾く。
これが化け物でなくて何だというのだ。
しかも木刀に拘り固く握り締めていたら、指ごと持っていかれた。
骨折を避ける為、衝撃を受けたと同時に脱力して正解だった。
まあ――いい。
ここまでは想定内。
俺は脱力した勢いのまま身体を地面へ平行に伏せる。
六か条その四、虎伏からの鉄菱。
心眼流は得物を選ばない。
戦場組内術も含むため、素手での近接戦闘も十八番だ。
狙いは親父の足元、と見せ掛け股間。
伏した虎が吠え立てる様に親指を握り込み、中指の関節部分を突き出した拳の握りを叩き込む。
ガン!
鈍い音と共に拳が痺れる。
見るまでもない。
上に振り上げられスナップした親父の木刀。
その柄が今度は神速で俺の拳を撃退したのだ。
これで二手、攻撃を潰された。
だが――ここまでは計算通り。
無理な挙動で不動の筈の態勢が少しばかり崩れたぜ、親父。
撃ち落された拳を捨て、剣の間合いを強引に突破。
迎撃が来るまでに山勢巌の構えから肘での当身に入る。
震脚こそないものの八極拳の肘打ちである頂肘に近い。
このまま肘で脇腹に当身を入れればいくら親父でも打倒できる。
――のだが、ここで親父が初めて能動的に動いた。
腰を捻り膝を曲げる。
ただそれだけの動きでベクトルが変わり――
俺の身体はあさっての方へと向いてしまう。
た、達人って奴は魔法使いか何かなのか?
詰みの一手から逆転、無防備な背中を晒す事になった俺。
以前ならばこの後したたかに背中を打たれ悶絶しただろう。
しかし――今の俺は違う。
ここで俺はあえて切っていたパラメータジャグラーを発動。
全ポイントを速力に注ぎ込み――
まるで手品の様に、狙い通り俺の手に落ちてきた俺の木刀を掴み、振り向きざま全力の袈裟懸けを行う。
この動きは予想外だったのか、親父が初めて受けに回る。
木刀と木刀がぶつかり合い――
俺はその場に倒れた。
「ショウ!」
「ショウちゃん!」
何が起きたか分からなかった俺だが、ミズキとコノハ二人の声で足元に目を向け理解した。
足首のあたりが物凄く腫れている。
おそらく鍔迫り合いになった一瞬、親父の足払いが俺の軸足を刈り取っていたのだろう。
完全に意識が手元にいっていた為、気付かなかった。
追い詰めたはずがまさか自分が追い詰められていたなんて――
腕前の差も無論ある。
しかしこれは乗り越えた場数の差がもろに出た結果だ。
悔しさに拳を握り震える俺の肩へ、親父が軽く木刀で触れる。
「一本! そこまで」
涼やかなミハルさんの声。
疲労困憊した俺はそのまま床に背中から倒れ込む。
全身から噴き出す汗。
時間にすれば僅か数秒。
なのにフルマラソンに匹敵する倦怠が全身を覆う。
達人との稽古はこれだから疲れる。
息も絶え絶えな俺を笑いもせず見下ろす親父。
その瞳は楽しそうに細められていた。
「それで……
どうだったんだよ、今の俺は……」
「――ふむ。
駆け引きと攻防の組み立てに光るところはあるが……
やはり、未熟も未熟。
まだまだ技術も経験も足らんな」
「そっか……」
「だが――」
「――だが?」
「腕を上げたな、ショウ。
最後の数瞬は内弟子に並ぶ動きだった。
そのまま精進するがいい」
お、親父が褒めたのか? 俺を?
……マジで初めてじゃないか、これ。
おいおい、まいったな……
明日からはタガジョウダンジョンなのに――雪が降らなきゃいいが。
所々不満はあるもどこか嬉しそうな親父殿の感想。
満足に呼吸が出来ぬ苦しみの最中だというのに――知らず俺は破顔していた。
人外なる達人成分9割、
燻し銀な渋さ成分0.9割、
息子へは素直になれないツンデレ成分0.1割で親父殿は錬成されてます。




