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合成魔法ラヴァキャノン

 広大なオルスク大森林はほぼ平地で、山と言えるものは一つだけだ。コトボ岩山と呼ばれている。この山は標高は低いが木々が生えていないので、山の様子がどこからでもよく見える。今、山には魔物がびっしりといる。そして古代竜が魔物のマナを喰らうために山頂付近に居座っている。


 古代竜の真下には魔物寄せの魔道具が埋まっている。そして魔道具が埋まっている場所から二キロメートルほど離れた地点から煙が上り始めた。煙は真っ直ぐ上には上らず、岩山に向けて漂い始めた。


 岩山の魔物に煙が到達すると、低レベルの魔物達が痙攣し、やがて息絶えた。高レベルの魔物達は死んではいないが動きが鈍っている。同じく古代竜もブレスを吐く頻度が低下していき、やがて静かになった。ただしマナ揺動は僅かしか弱まっていない。活動量の低下は一時的なものだろう。


「ふぅ」


 煙の出火地点で安堵のため息をついた男は、暴風テンペストの二つ名を持つ賢者だ。彼は、広域風魔法によって毒煙を誘導していた。煙には創造の賢者(クリエイター)が作成した強力な神経毒が含まれている。


 古代竜討伐計画、最初の難関だった。この距離から上級風魔法を発動して毒煙を古代竜に導く。毒煙なので魔法攻撃ではないが、古代竜は煙の発生元にいる賢者を攻撃対象と認識するか否か。そして毒煙が古代竜に効果があるか否か。


 どちらも望み通りの結果になって安堵した彼は、アメリアが設置していた転移魔法陣に足を踏み入れて、この場の任務を終えた。


 古代竜討伐計画は結局、アメリアの啓示通りになった。すなわち、これから古代竜に直接挑むのは、修一とプリシラの二人だけだ。アメリアを含む賢者達が関わるのは、準備段階に限定された。王命である。宮廷魔法士の価値は貴族よりも高い。国力のないラトレイア王国は、六賢者を一人でも欠けさせる訳にはいかない。アメリアは、現場で二人の援護ができないことに悔しい思いをしつつ、アシュレイ達と後方待機をしている。



****

 岩山から僅か一キロメートルの距離に塹壕がある。この作戦用に予め掘っていたものだ。賢者が毒煙を誘導している間、修一とプリシラはマナ撹乱ロッドを二人で握りながら待機していた。毒煙の効果を確認した二人は、ロッドをしまい、いよいよ合成魔法を発動する。


 ここが第二の難関だった。毒煙で身体能力が多少は低下しているはずの古代竜が、上級合成魔法のマナ錬成過程に気付くだろうか?


 修一の上級射撃魔法の射程は相当にあるが、プリシラの火魔法の効果を減じないためには、射程一キロメートルが限度だった。


「ラヴァキャノン」

「ラヴァキャノン」


 修一とプリシラが魔法名を同時に唱える。彼らは合成魔法を溶岩砲ラヴァキャノンと名付けた。修一の上級土魔法「バレットストリーク」とプリシラの上級火魔法「ファイアキャノン」の合成魔法だ。


 長時間の錬成過程の中で、握りこぶしほどの口径の砲弾が次々と生成され、修一の肩上に浮かんだ。右肩に二発、左肩に一発、合計三発。



「ふぅ。錬成中に古代竜は反応しなかったな」


「ええ、ここまでは計画通りですね。狙えますか?」


 古代竜は修一達から見て、左方向を向いてうつ伏せている。射撃魔法は対象とするマナ生物に当てることだけを意識すると、自動でマナ揺動の焦点、つまり心臓に照準する。追尾効果もあるので鱗を貫ければ心臓に達するはずだ。


「問題ない。まずは一発目!」


 修一はプリシラが頷くのを見ると、溶岩弾を一発だけ射出した。


 溶岩弾は古代竜の背中、翼の付け根あたりに当たった。着弾点から炎が吹き出している。竜が興奮して暴れ出したが、翼が根本から千切れかかっているのが見えた。


「やりました! 竜鱗を貫いてます!」


 溶岩弾は間違いなく鱗を貫き肉を穿っている。傷口から吹き出る炎も燃え続け、小さくなる様子もない。だが――


「うん? 心臓部に向かったはずなのに着弾点がズレてるな」


「え? 予定変更して翼の付け根を狙ったのでは?」


「どういうことだ? もう一発撃ってみるしかないか。先と同じく心臓部を狙う。プリシラはマナ探知をしながら観測してくれ。……ニイ、イチ」


 プリシラがマナ探知の集中状態に入ったのを確認してから、二発目を射出する。


 二発目の溶岩弾も当たった。弾は肉をえぐり、炎が吹き出している。だが後脚の付け根部分だ。古代竜は大きく身もだえて、ひとしきり吠えると、岩山を降り始める。左後脚を引きずりながら、修一達に向かってくる。


「またズレた。古代竜のマナ状態はどうだった?」


「古代竜の膨大なマナ揺動に紛れて先ほどは気付きませんでしたが、魔法を発動していませんか?」


 プリシラに言われて修一もマナ探知に集中する。


「ん、これは……エアシールドか!? それで軌道が逸れた」


「以前襲われた時には、ファイアキャノンは狙い通りに着弾しましたよ」


「ああ、あの時は竜の足元から撃った。シールドの内側に入っていたんだな。クッ、古代竜が向かってくるぞ。もうすぐドラゴンブレスの射程か……」


 修一はそう言って、塹壕の中で青白く輝いている転移魔法陣をちらりと見る。脱出用に創造の賢者が設置していたもので、二人同時に転移できる。


「今回は撤退しますか? 転移魔法と魔道具の組み合わせで色々と作戦の立てようはあるでしょうから」


「でも次なら上手くいく保証はないよね。竜種は、しばらくすれば肉体が再生する。一からやり直しになる。また想定外のことが起こるかもしれない。今なら古代竜は飛べないし、脚も負傷してるから移動も遅い。プリシラの援護があれば足元までたどり着ける、と思う」


「失敗したら、死にます。きっと今度は蘇生もできない」


「死ぬだろうなあ。命を掛けるのはこれで最後にしたいね」


 修一は苦笑いしながら応えた。強張った表情のプリシラは、修一をしばし見つめていたが、やがて表情が緩んだ。


「ふふ。私も命を掛けるのはこれで最後にしたいですね」


 プリシラも覚悟を決めた。


「プリシラ、俺が失敗したら――」


 君だけでも転移して逃げてくれ、と言葉にする途中で、彼女の右掌で口を塞がれた。


 二度と修一を置いて逃げることはしない、彼女の瞳が語っていた。修一が僅かに頷いた。二人は覚悟を決めた。自分の命を掛ける覚悟はとうにしている。決めたのは相手を失う覚悟だ。修一はプリシラを抱きしめる。


「プリシラ、もう逃げろなんて言わない。追撃も頼むよ」


「任せてください」


 修一は躊躇ためらっている。地球時代、愚かで傲慢な言動を重ねてきた自分には言う資格がない言葉がある。プリシラの瞳を見る。彼女はその言葉を待っている。このまま、プリシラはその言葉を聞かないまま死ぬかもしれない。それでいいのか? 自分はどうすべきか分からない。ただ、自分がどうしたいかは分かる。伝えたい。そしてプリシラの笑顔が見たい。


「……愛している」


「知っています。十五の時から」

 そう言って微笑む。


 二人の唇が重なる。二度目の口づけは修一からだった。



 修一は塹壕から飛び出した。同時に古代竜がマナ錬成を始める。エアシールドは消えていないが、シールドへのマナ供給が減って厚みが薄くなっていく。


 古代竜のマナ錬成が完了に近づいている。間もなく高熱のブレスが修一を襲うだろう。それでも修一は避けることは考えない。一直線に竜の脚元へと駆ける。そしてマナ錬成が完了する直前、プリシラのファイアキャノンが、薄くなったエアシールドを突き抜け、古代竜の喉元に着弾した。


 着弾点から炎が吹き上がる。魔法耐性の高い鱗の上からなのでダメージは少ないが、衝撃でマナ錬成が中断された。その隙を突いて修一は足元に到達。同時に最後のラヴァキャノンを放つ。


「いっけええ」


 修一は吠えた。溶岩弾は竜の下腹部に着弾。そのまま竜鱗を貫き、骨を焼き、肉をえぐりながら、心臓へと向かった!


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