パワーレベリング
帝国の魔導船を拿捕したアメリアは、そのまま王国にその船で帰国していた。ロディア湖の帝国軍野営地も含めた積荷からは、魔物寄せの魔道具が十個ほど手に入った。だが耐久性がなく、発動すると十日前後で壊れてしまうことが判明した。
使い捨てとはいえ、この魔道具の効果は絶大だ。これを使えば、魔物の大氾濫を制御できる。また、レベルを一気に上げることにも使える。ゲーム用語で言うならパワーレベリング。高レベルの者が援護し、低レベルの者が魔物にとどめを刺し続ける。
この計画をアメリアは提案し、コーエン領東部にあるオルスク大森林で実施することになった。参加者は王族から一人、貴族から一人、信頼できる冒険者から一人。実験的に小規模な人数にするとはいえ、高レベル魔法使いが何人も誕生するからには、人選は政治的バランスを加味されて決定された。――というのは建前で、実際はアメリアの選出した案がそのまま通っただけだ。
「本当にこのメンバーで行くんですかね?」
修一は嫌そうな顔でアメリアに聞く。
「リアンナ殿下には水魔法の才能があるから、私が推薦した訳だが、殿下自身もこの任務を強く望まれている。そして私は、殿下の護衛として参加するから、危険だと判断したら即座に殿下だけ連れて離脱する。後は知らん」
修一がリアンナを見ると、ふんふんふん、と鼻息を荒くして何度も頷いている。やる気自体はとても感じられる。リアンナはレベル八で既に初級水魔法は全て使える。訓練だけでこのレベルになった彼女には、魔法使いの才能があるのは確かだ。修一は次にアシュレイを見る。
「オレ自身は護衛として最後まで付き合っても構わないぜ」
アシュレイはそう言ってプリシラを見る。つられて修一もプリシラをみる。
「ダメですよ。アメリア様が離脱する危険な状況になった時には、アシュレイほどの強者が十人いたって、全滅しますからね。私に万一のことがあった時には、アシュレイには父と弟を頼まないと」
修一はまたアシュレイを見る。
「正直、お嬢の言う通りだと思う」
アシュレイは気まずそうに応えた。最後に修一は、マノラの養父であるゴルバスを見た。
「ガハハハッ、マノラ、儂より強くなってこいっ!」
父娘は互いに目を合わせて力強く頷いている。マノラは若いのに老獪な戦い方をするが、それだけでなく根性もあるのはゴウロック族との戦いで証明済みだ。――見た目は童女だが。
「兄さん凄えよ。成功したら、国中の吟遊詩人が語り継ぐぜ。異国の勇者にて賢者ヴィクターの弟子、四人の魔女を連れてオルスク大森林を征する、てな」
自分の記憶では二十八歳のはずだと修一が話して以来、ネイサンは修一を「兄さん」と呼んでいる。
「いや、アメリア様が引き連れて行くんだよ?」
「物語の設定としちゃあ、『勇者のハーレムパーティ』の方が面白いだろ? 吟遊詩人はその位の改変はするぜ。諦めな」
ネイサンは肩をすくめる。修一は泣きそうな顔でアシュレイを見た。アシュレイは目を逸らした。
オルスク大森林の西の際にある迷宮街サラトガ。そこから大森林の中を東に歩いて二日の距離に、放棄された砦「ディープロック」がある。一同はこの砦を拠点にパワーレベリングを行う。
往路だけは、アシュレイとニールのパーティが護衛として付き添うことになった。一同は森の中を順調なペースで進んでいる。ネイサンとゴルバスが斥候役として先行し、殿は、修一とアシュレイ。
「アッシュ達に最初に会った時、商会の使用人だった頃の記憶はよく覚えているけど、魔法使い時代の記憶が混乱していると前に言ったよね」
修一は、隣を歩くアシュレイに話しかける。すぐ前を歩いているプリシラ達も聞いている。
「ああ」
「子供時代から商人になるまでの記憶に途切れはないから、商人としての修一が本来の俺なのは間違いない。だけど、戦闘の時は魔法使いのシュウイチに人格が切り替わるんだ」
「分かるぜ。修一は、緊迫状態になると、言動も雰囲気も切り替わるよな。誰だって戦闘の時は気持ちを引き締めるけどよ、修一は、その振り幅が大きいんだよな」
「自分の身体の中に別の人間がいる気持ち悪さがずっとあったんだ。本来の俺は、敵であっても人を殺して平然としていたり、危険に飛び込んでいく人間じゃない。もっと小心者なんだよ」
「小心者とは言いませんが、確かに最初に会った時、冒険者のようなふてぶてしさや荒っぽさはなかったですね」
前を歩くプリシラが会話に割り込む。
「うん。だけど最近は、何て言うかな、二つの人格が、融合し始めている感じなんだ」
「融合ですか?」
「以前は、魔法使い時代の経験は、記憶というより、他人の人生の記録を読んでいる感覚だった。今は、もっと生々しい、自身の身体が実際に経験した記憶だと感じ始めている」
「それはマズイ変化なのか?」
「良い兆候か悪い兆候か分からないんだよ。どうなるか分からないから、今のうちに話しておこうと思ってね」
****
ディープロック砦跡地は、建物自体は魔物達に破壊されているが、敷地はまだ森に侵食されていない。
一行が砦に着くと、アメリアだけが森の出口まで引き返すべく、木々を跳び越えて去っていく。サラトガ街の近くで転移魔法陣を生成して、また砦に戻る。高レベルのアメリア一人ならこの往復は丸一日で済む。そして砦に戻ったアメリアと入れ替わりに、往路を護衛したアシュレイ達が去っていった。
「このマナ濃度なら、魔法陣は後二日は保つだろう。私が作れる転移魔法陣は一人用だが、まだ小さい殿下となら一緒に転移できるので、先に帰還することになる」
そう言ってアメリアは上級時空魔法「マジックサークル・ジョウント」を唱えると、ほのかに青白く光る転移魔法陣が生成された。
長距離転移魔法とは、術者が発動した二つの転移魔法陣を利用する。転移魔法陣のうち、一つに乗ると他方に転移できる。一度使用すると消失する。
「こちらに来てから初めて転移魔法陣を見ました。賢者達は皆、発動できるんですか?」
修一が聞く。
「いや、兄弟では私ともう一人だけだ。転移魔法が得意なヴィクターは、転移先に魔法陣を必要としなかったな」
「どこにでも行けたのですか、凄いな。彼の魔法陣はノルン村への転移魔法陣の一度しか見てないです」
「どこにでも転移できる訳ではない。それでも独立戦争の時は縦横無尽に帝国の各都市を荒らし回っていたな」
「防衛する側からしたら、恐ろしい存在だったでしょうね」
その後、修一はアメリアに共鳴魔法をかけてもらい、砦跡地の広場に土属性上級魔法「アーススフィア」を発動した。直径およそ十メートル。防壁は透明。透明度は術者が指定できる。フレームスフィアのような攻撃力はないが、防御力は高い。外からの攻撃は通さず、内側からの魔法攻撃は通る。
修一がアーススフィアを発動すると、地精霊のウベルが修一の脚元に出現した。相変わらずの無表情な顔で修一を見てから、スフィアを見回す。そしてウベル自身もアーススフィアを発動した。ウベルが入れるだけの小さな半球だ。小半球の中から修一を見上げる。
「お、おう。ウベルもやるじゃないか」
修一がそう言うと、ウベルは首を傾げて数秒間修一を見つめてから、小半球と共に姿を消した。ウベルとのやり取りはいつもこんな感じなので、修一は特に落胆も驚きもせず、野営の為の作業を始めた。
スフィアの中に三つテントを建てる。居住用が二つに、トイレ用が一つ。土魔法で穴を掘り、使用後は初級水魔法「クリーン」で浄化する。全員が魔法使いなので、火も水も衛生も問題ない。食料も全員がマジックバッグ持ちなので十分に持ち込んだ(マノラは父親に借りた)。
アメリアは魔物寄せの魔道具を取り出し、窪みに魔石をはめる。魔道具に可動箇所は一つしかないので、それが起動スイッチだと想定された。
魔道具を起動してしばらく経つと、予想通り魔物が集ってくる。
「うわぁ。これは気持ち悪い」
修一が声を上げた。森の中だからか、昆虫型魔物が多く、半球状の防壁をみっしりと覆っている。プリシラ、マノラ、リアンナの三人は、声を出す余裕もなく、攻撃魔法を撃ち始めた。
スフィアと他の魔法の同時発動はできないので修一は暇だ。スフィアを維持する術者の負担は僅かで、睡眠中も維持できるが、体調次第では魔法が解けることもある。見張りは必要だ。そして万が一の時には、アメリアは王女を連れて転移魔法陣で避難する段取りになっている。
スフィアと違い、魔法陣は発動後は完全に自律する。だからアメリアは皆に、時おり回復魔法等をかけているが、攻撃には参加しないので、修一と同じく暇だ。
のんびりとした大人二人と対照的に、十八歳と十五歳と十歳の乙女達は、文字通り吐きそうになりながらスフィアの壁際から魔法を撃っている。ここに至ってはアメリア達が助言することもなく、ぶっ倒れるまで魔法を打ち続けるしかないのだ。




