英雄の過去
魔導船の停泊している湖岸の帝国軍野営地に、一人の黒髪黒目の青年が近づいて来た。ローブ姿で右手に革袋を持っている。青年は三十歩ほどまで近づいて、見張りが誰何する前に大声で挨拶した。
「こんにちはー。アシュレイさんからの届け物です。この袋に魔石が三十個あります。プリシラ様を保護して頂いたお礼だそうです」
そう言って青年は革袋を放り投げる。
「そこで待っていろ」
見張りの一人が革袋の中身を確認して、船へ向かう。やがて右眼に眼帯をした男が甲板に現れた。
「貴様は何者だ?」
「アシュレイさんにお世話になってる新人冒険者です。ノルベルト・バウマンさんでしょうか? それならアシュレイさんから伝言があります」
「言ってみろ」
「先の魔石と交換にプリシラ様を渡して頂きたいとのことです」
「断る。魔石は貰っておくがな」
「分かりました。交渉決裂ですね」
修一は特に表情も変えず、息を大きく吸ってから大声を出す。
「みなさーん、オーガキング殺しのアシュレイさんが襲って来ますー。非戦闘員は頭の後ろに手を組んで跪いて下さい。あちらから来てますよー」
修一が帝国軍の背後を指すと、確かにアシュレイが剣を抜いてこちらに駆けて来る。皆の視線がアシュレイに向いた時――
(ストーンショット)
修一は身近にいた六人に散弾を放つ。
響いた悲鳴に今度は修一に視線が集まるが、その間にアシュレイが野営地に飛び込んで、一人目に斬りかかっている。修一が二撃目のストーンショットを撃った時には、アシュレイは既に三人を切り伏せていた。
「渡り板を外せ! とも綱を解いて船を岸から離すんだ」
ノルベルトは甲板から指示を出すと、船内に入った。
修一が三度目のストーンショットを撃った時には、船が岸から離れようとしていた。それに気づいた修一は、野営地での混戦から離脱する。この時点で戦闘意欲のある者は十人をきっている。
修一のいない戦場でアシュレイは一人、危なげなく敵を倒していく。残りの戦闘員が三人になった時、岸から十メートルほど離れた魔導船の甲板にノルベルトが現れた。両腕で意識のないプリシラを抱えている。
「アシュレイ!」
ノルベルトはアシュレイの名前を叫んで、封魔の首輪の付いたプリシラを自分の足元に落とす。そして剣を抜いて、プリシラの胸元に剣先を向ける。
「ようノルベルト、久しぶりだな。青血騎士団のお仲間は元気か?」
戦闘中のアシュレイと帝国軍三人は動きを止めて、甲板を見上げる。
「貴様が潰しておいてよく言う! 今でも軍籍にあるのは私だけだ。他の奴らは帝国貴族の誇りを失ったらしい」
「奴らに誇りなど最初からない。貴族の次男三男が暴力衝動を満たすだけの集まりだっただろ」
「貴様は今じゃ辺境の英雄と呼ばれているそうだが、反逆者の国には貴様のような薄汚れた英雄が確かに相応しいな」
「お前も右眼以外は元気そうだな。眼はまだ治せないのか? 侯爵家の次男坊なんだからお兄ちゃんに泣きつけば、上級治療師を呼んでもらえるだろうに」
「貴様にされた拷問を忘れないように残した。この娘を殺してお前の絶望に歪んだ顔を見たら治すことにするよ」
「まさかお前の私怨で誘拐したのか?」
「私はあの時以来、軍の暗部となって国に尽くしてきた。このくらいの独断はさせてもらう。貴様は辺境伯令嬢の護衛騎士を気取っているらしいが、死んだ妹の代用品か? また壊してやろう。私はお前の死神となるべく生きてきた」
妹に言及されてアシュレイの殺気が一瞬膨れ上がるが、深く息を吐いて怒気を散らした。
「六年前のスタンピードの最中、オレはプリシラを救ったことで英雄と呼ばれた。だがな、今プリシラを救うのはオレじゃあない。さあさあ、新しい英雄が来るぞ、お前にとっては死神だ」
カツ、カツと靴音が甲板に響く。船荷の間から修一が現れた。
「貴様、何故ここに居る?」
「魔法使いなんだから、水の上くらい歩けるさ」
「クソ。おいっ、船を出せ。コイツは私が抑える」
船員の反応はない。修一が全ての船員を戦闘不能にしている。
「オレとの話に夢中になり過ぎて、マナ感知が疎かになってたようだな」
「アッシュ、コイツは仇なんだろ。生かしたまま引き渡せばいいか?」
「オレの復讐はもう終わっている。修一が幕を引いてくれ」
「余裕ぶった会話しやがって。コイツが来るまで時間稼ぎをしてたって訳か。だがな、魔法は錬成時間がかかる。発動する前にこの娘を殺す」
「修一の右肩をよく見ろ。剣先がプリシラに届く前にお前の胸に穴が開くぞ」
修一の右肩に椎の実型をした親指大の弾丸が浮いている。修一がアメリアに習った上級射撃魔法「アースキャノン」。威力も射程も下位の射撃魔法より増しているが、最大の特徴は「射出待機」だ。マナ錬成後に発現した弾丸(又は既存の物体)を身体周囲に待機させ、術者の任意のタイミングで射出できる。ただし待機できる弾は一発だけだ。
「馬鹿な。上級射撃魔法だと!?」
「隊長、降伏しましょう。貴族だから人質交換で帰国できますよ。三人で囲っていても『大喰いのアシュレイ』に勝てる気がしません」
アシュレイと相対している兵士が声を上げると、ノルベルトの顔が屈辱で歪んだ。その顔を見たアシュレイは鼻で笑って挑発をする。
「ふっ、帰国してどうするんだノルベルト。お前の独断暴走で、一つの部隊が壊滅し、魔導船と積荷も奪われた。ゴウロック族も潰したから、遺跡迷宮もウチの国が占領するだろうな。軍籍も貴族位も剥奪されるだろうよ。汚名返上の機会はないぞ。冒険者になるなら紹介状を書いてやろうか?」
アシュレイの煽り文句にノルベルトは怒りで顔が赤く染まった。声を荒げて、剣を振りかぶる。
「アシュレイっ、貴様――」
――ボシュ
ノルベルトの胸に大きな穴が開いた。修一の射撃魔法によって即死したノルベルトの身体は、船べりから落ちて湖水に沈んでいく。隊長の死に直面した帝国兵三人は剣を捨て膝をついて、降伏の意を示した。アシュレイはノルベルトが沈んだ湖面を厳しい表情で見つめ続けた。
アシュレイは降伏宣言をさせないように挑発していた。分かりきったことである。だがノルベルトは挑発に耐えられなかった。剣を捨てて降伏はできなかった。プライドに振り回された一生だった。
「プリシラっ」
修一はプリシラに駆け寄り、身体を調べ怪我がないことを確認してから、回復魔法をかけた。しばらくしてプリシラの意識が戻った。
「プリシラ、怪我はなさそうだったけど、体調は?」
「ありがとう。回復魔法で楽になりました。大怪我はしていません」
プリシラはニコリと笑って答えると、首に掌を当てイグニションで首輪を壊しながら体を起こした。
湖面を見つめていたアシュレイが顔を上げて甲板の二人を見る。
「二人とも無事で良かった。プリシラの守護騎士と、辺境の英雄の称号は謹んで修一にお渡しするぜ。お嬢もそれでいいだろ?」
アシュレイはニヤリと笑って二人をからかう。それから真面目な顔をして続ける。
「修一、今回の件だがな。オレには、一線を超えるな、と言う資格がない。だがよ――」
「ああ、怒りに呑まれてやり過ぎないように自戒するよ」
「いや。オレが連れ戻してやる。オレだって仲間のお陰で戻ってこれたんだ。オレ達が修一を連れ戻すさ」
「そうか。頼りにするよ」
修一が笑った。
「おう、任せろ」
アシュレイも笑った。
「そういえば、もう封魔の首輪があっても魔法の発動ができるようになったんだね」
「普段はできないと思います。今回は特別」
「何か条件があるの?」
そう問うた修一に、プリシラは近づいて耳元でささやいた。
「修一の匂い」
耳元まで赤く染めたプリシラが答えた。




