迎えが2つ
序章
「あぁ?どういうこったぁ?三角がガキ2人にやられた?」
今電話で話しているのは棘芦鷹朱という――戦闘部隊『方向感覚』のリーダーである。単純な戦闘力は蓮角のそれを上回る実力者である。
その鷹朱は電話から伝わったその情報に驚いていた――というか信じられなかった。
それも当然だろう。
蓮角は鷹朱も一目置く存在なのだ。昔、組織の公式戦で鷹朱が唯一負けた相手である。武器での戦闘なら鷹朱の方が上なのだが素手での戦闘においては勝てない。組織の中に素手の状態で彼女に勝てる人がいるかも分からない。それぐらい強い。
その蓮角が――負けた。しかも中学生の子供2人にだ。
疑わないわけがない。が、電話越しの相手が嘘を言っているとも思えないので質問を変えてみることにした。
「蓮角はどうなった?つまり死んだのか捕らわれたのか意識を失ったのか……ということだが」
鷹朱は特に意味もなく耳を澄ませる。何となくそれに関してはしっかり聞くべきだと思ったのだ。
「ああ、意識がないだけだな。軽い火傷?まあそれくらいあいつなら平気だろ。ん?音羽姉妹もやられた?――まじかよ。あいつらがそんな前線にいたのか。それは詳しく聞かないとな」
少し考え込む。
そして話し出す。
「あとでそっちにある病棟にメンバーでいくから起きたら蓮角に伝えといてくれよ。……そういやガキに見張りは付いてんだろうな――当たり前だろ『森林破壊』以外の奴らがしたとこでいい迷惑なんだよ。相手は蓮角を倒したってこと忘れんなよ。――ああ、もう付いてるならいいぜ。そのままでいい。――ありがとな。切るぜ」
電話を置いてひとまず心を落ち着かせる。まさか漫画みたいになんかの能力に目覚めたってことはないだろうしただのビギナーズラックだろう――いや、標的だった女の子のほうはそうなってもおかしくないような感じだがそんな副作用はない……はずだ。
それに蓮角がやられたというのは完全に予想外だった。女の子を逃がした失敗は知っていたがまさか返り討ちに遭っていたとは……。
まあこれはチームで行こうとしなかった鷹朱にも責任はあるのでどうこう言えたことではないのだが。
「これは賽は投げられたってやつか……。ガキのせいでここがひっくり返るような事態になったな」
うんざりする。
だれがこの始末のために死ななきゃいけないと思ってるんだ。
「とりあえず部隊の集合をかけないとなー。すぐ集まるといいが」
そう独りごつきながら鷹朱は部屋を出て行った。
11招集~蓮角
目を開けたら真っ白な天井だった。一瞬自分が死んだような錯覚に陥ったが持ち前の現実認識能力ですぐに気づく。
病院か。
それと認識した瞬間に大声とともに飛びつかれる。これに関しては驚いた。
「蓮角さんっ」
蓮角の胸元で目元をうるうるさせながら顔をあげたのは、紛れもなく部下の緋香莉だった。ベッド脇には同じく涙ぐんでいる夜巳がいた。詩と長閑は殺していないといってはいたけれど、何か大けがをしていないか心配だったのだが、これで一安心する。
「心配したんですよ……ぐすっ……ぴくりとも動かないから……ううっ……無事生きてて良かったです」
号泣である。蓮角は黙ってその様子を見ていた。どうしてやればいいか分からない。それに2人が自分の心配をしていてくれたのは嬉しいが今はそれより聞きたいことがある。
「2人とも迷惑かけましたね。すいません」
「そ、そんなことないですよ」
緋香莉はあわてて背を伸ばして立ち上がる。
「それで、2人に聞きたいのですがあれから何日ほどたちましたか?」
「えっと……ざっと2日くらいです」
泣き腫らした緋香莉の目が宙を向く。
「それで昨日『方向感覚』メンバー収集がかかりました。本部に集まり次第ここに来るそうです」
「分かりました。他になにか連絡事項はありますか?」
「あ、はい。空島長閑および乾詩の居場所は掴んでいるのでどうするかが分かり次第教える――らしいです」
たどたどしく緋香莉が手にしているメモを読み上げる。
「居場所を把握しているのは『森林破壊』ですか?それともアマチュアの探偵ごっこですか?」
「ええと、『森林破壊』が全て取り仕切ってやってるそうです。――これは引き続き変わらないっぽいです」
「了解しました。私は鷹朱がくるまで少し横にならさせてもらいます」
「あ、はい。ごゆっくり」
緋香莉が夜巳の背中を押しながらどたどたと部屋を出て行ったのを蓮角はベッドから見送った。
本人はまったく意識していないが――むしろ当然のことのように考えているが普通起きてすぐに現状を把握しようとはしないだろう。頭の回転というかその判断力こそが自身の強さと相まって『方向感覚』の準リーダーになっている要因でもあるのだ。
空島長閑。
乾詩。
この2人の存在はこっちの環境に大きな影響を与える――だけのことだと思っていたが考えを改めたほうがよさそうだ。
今まで起こったこともないだろう。命を狙われる、という極限状態は。しかし、そうなっても冷静に対処していた。侮れない。その場その場で考えついた作戦で音羽姉妹の攻撃を逃れたんだろう。あとから緋香莉と夜巳の攻防についても聞かなければ。
どうせなら今聞こうかなと呼び戻しそうになった時にドアがバーンと開いた。
ここが病人のいる紛れもない病室だということを分かっていないようだ。こんなことをするやつは蓮角の知る限り1人しかいない。
「よう。ずいぶんな顔をしてるじゃねえか。ガキに負けたんだろ?」
にやにやしながら這入ってきたのはまぎれもなく棘芦鷹朱だった。
ぼさぼさの髪に自己主張の強い眉。服装はいつも通りの白のランニングとだぶだぶのズボンだった。力強いその目は今はにやにやを隠しきれていないようだった。
蓮角がそれに答える前に2人目のメンバーがやってくる。
本人いわく母親日本人、父親イギリス人のハーフでドアをかがんで這入らざるをえないほどの高身長だがそれに反して優しそうな顔をしている――というか実際とてつもなく穏やかそうな性格である。噂によると夜巳の使っている振動式破壊特化型ハンマー『ビックバン』は元々こいつに支給されるはずだったらしい。名前は碌々剛健という。
間髪入れずに3人目――斑蠍香が這入ってくる。
身長は4人の中で一番低く戦闘能力もない。いや、戦闘能力なら早い話が拳銃でも与えとけばどうにでもなるのだが本人に戦う気がない以上どうしようもない。しかしそれは武器で戦う場合なのだが――。
最後にちょこちょこっと音羽姉妹がドアをくぐる。 かなり大きめの病室とはいってもこれだけの人数がいると狭く感じてしまう。
全員揃ったところで鷹朱が剛健に目を向けた。
「おい、剛健。お前のとこの部下は今日は連れてこなかったのか? それいうなら俺もだけどよ」
「さすがに連れてきたらかなり狭くなると思ってね。ほら、男の子は元気だし」
「そうだな、分かった。じゃ早速だが本題に入る。蓮角は起きたばかりらしいが聞いてくれ。時は一刻を争う」
蓮角は頷いた。
「了解です」
「先日逃した空島長閑だが今は『森林破壊』が監視を続けている。それについてはもうことはおわっちまったし別にどうしようといいんだが――」
鷹朱はぐるっと面々を見渡した。
「正直な、空島が自覚無しにしでかしたことの始末は相当やばい。解決するにはそうとのリスクを背負う。……あ、言い忘れてたな『上』はこれの後片付けを『方向感覚』に任せることに9割方傾いてる」
「なるほど。それはしょうがないな」
剛健が頷く。
それを見て言うなら今のうちかな、と蓮角は体を半分起こした。
「少しいいですか? そのことについてなのですが」
と蓮角は切り出した。メンバーの目が集まるのを感じる。
「空島長閑、乾詩の2人を逃したのは私たちの責任です。皆の身を危険にさらすことになってしまって申し訳ありません」
いつ言おうかと思っていたがなるべく早めに、今言うことにした。これに関しては本当にすまないと思っているのだ。チームの準リーダーとしての役割を何も果たさず厄災を何倍にも増して招きこむことになった。緋香莉と夜巳も立ち上がって頭を下げている。
「あー。それは別いいぜ。あまり気にしてない――人はいつだって失敗のリスクを背負ってるんだ。たまたまそれが今回だったってだけの話だ。それは忘れていい。じゃあ俺の意見を言わせてもらっていいか?」
もちろん、と蓮角は頷いた。いつも大雑把な態度でいろいろ迷惑を被っているが非常時には頼りのあるリーダーとなる。それに考えつく作戦は蓮角の思ってもいないようなことも多く、かなり参考になる。だからこそすぐに頷けたのだ。
「俺の考えてることだがな。空島は直接的に何かをしたわけじゃないんで少し申し訳ないが死ななかった責任は取ってもらう」
なかなか物騒な言い方をするな、と思った。それぐらいせっぱ詰まってきているのか、とも。
「空島と乾にことの始末は取らせる。といってもある程度まで切り開いて俺たちがことを成し遂げやすくしてもらうだけだ。やすやすと死なせる気はない。蓮角から逃げ切ったというだけでもそうとうな人材だしな」
鷹朱は蓮角に軽くウインクした。
「その際お目付役として緋香莉と夜巳に同行してもらおうと思っている。まあ男1人というのもあれだから俺、もしくは剛健のとこから誰かしら借りるかも知れんが……」
「僕のところは別に構わないよ。そういうことをしたくてしょうがないようなやつがいるから」
「そうだな。それに関しては考えているが分からない。まあ、そういうことでだ――」
鷹朱は一旦言葉を切った。
「――今んとこの予定では明後日に乾、空島の2人を戦闘部隊『方向感覚』の名の元に捕らえることにしようかと思っている。何か質問はあるか?」
「参加は4人だけですか?」
蓮角は手を挙げた。
「ああ。そうなるな」
「空島長閑が切ったタイムリミットはどうなってるの? 出来れば期間を教えて欲しい」
これは剛健だ。
「そういや言い忘れてたな。すまん。始まるのは2週間後、完全に終わるのは約90日後となっている。ほどほどに余裕はあるが準備ができ次第『森林破壊』を含む全ての探索部隊が『それ』に照準を合わせる手はずだ」
「意外と期間はあるんだね」
ここで初めて蠍香が口を開いた。
「それなら僕としては1回行ってみてその調査結果からなにか突破口を見つけたいと思っているんだけどさ。その行動は上としては許される範囲なの?」
「どうだろうなー。一度明確な計画を提出しろとは言われてるんだよな。そこに盛り込んでお伺いを立てることは出来るぜ。あとで相談するか」
「それは助かるよ棘芦。事実僕の作るものに汎用性があるものはほとんどないからね」
蠍香は怪しげににやっとする。
「それじゃ今日は解散するか」
鷹朱は腰を上げながら言う。
「ゆっくり休めよ、蓮角。お前には働いてもらわなきゃいかんからな――緋香莉と夜巳もだ。看病ばっかでいざというときに動けなかったら話にならないぜ」
じゃあな、と手を振って病室を出て行く鷹朱。その後ろで同じように手を振る剛健とこっちを見もしない蠍香をベッドから見送った。
取りあえずこれからの方針は固まっていることは分かった。そのためにも今は体を休めなければ。そう決意して体を再び横にする。
『森林破壊』が詩と長閑を見失ったというニュースを蓮角が聞くのは作戦決行の朝だった。
12強襲~長閑
雨の中走って走ってたどり着いたのはとある廃墟の前だった。中に人の姿は見あたらず――というか人が住むような環境ではなさそうなためここにしたのだっだが。
「これ失敗じゃない……」
「え?」
呟きが聞こえたのか前を歩いていた詩がふり返る。
「いや。さすがに汚すぎるかなって思って」
いくら色はなくても長閑も女子である。当然のように昔から触ってもいない虫は苦手だった。
「でもここなら追っ手もなかなかこないと思うよ。少なくとも女の子を連れている人を探す時に最初に選ぶ場所にはならないと思うんだ」
「り、理屈は分かるけどさあ……」
さっきから小さい虫が顔の周りをぶんぶん飛んでるのだ。一晩や二晩など耐えられそうにない。
「じゃあ僕が軽く掃除してくるからそこで待ってて」
言うが早いがぼろぼろの家屋に這入っていく詩。この子には汚いものがいやという感覚はないのだろうかと思う。せっかく掃除してくれる人にそんなことを思うのは失礼ではあるが。
20分ほどしてから詩が戻ってきた。言われるがままおそるおそる這入ると思ったよりかはきれいで安心した。詩のおかげかなと心の中で礼をいう。
「よし。場も整ったし何から話そう」
丁寧にシートをひいてある床に長閑と詩は座っている。(シートをひいたのは詩だ)腰を下ろしてから詩が話し出した。
「まず改めて自己紹介からするか――僕は乾詩。中学生をしている。えーとそのくらい?」
長閑としてはいろいろと訊きたいことはあったがとりあえず抑えておくことにする。
「私は空島長閑。同じく中学生で――なんだろう? かっこよく言えば『灰色の世界』に住んでる。のかな?」
「え? どういうこと」
長閑は思わず苦笑しかけて――ふと気づいた――この話を人にするのはいつぶりだろう。もう何年も独りで抱え続けてきたんだ。
「えっとね。私は世界に違和感しか感じないで今まで生きてきたんだ。私の眼には全てのものに灰色のフィルターがかかったみたいに色がくすんで見えるの。だから私は赤とか青とかの色を見たことがない――感じたことがないんだ」
「それは……」
詩は黙り込んだ。まあにわかには信じられないような話だしすぐに信じてもらおうと思っているわけでもない。ただ、話しておくべきだと思ったのだ。「じゃあ僕が『色付き』って言ってたのはどういうこと?それとは関係のない話?」
「あ、そうだね。私にはたまに見えるんだ。といっても詩君で2人目だけどね。極希にいる『色付き』の人間はカラフルに見える」
「それってつまり……」
「うん。それが本当に詩君とかが見ている色なのかは分からないけどはっきり色がついてる。ようするに詩君は灰色に見えてない」
自分でも言っていてこんなアホな話はないと思った。友だちが、耳は聞こえないけど君の声だけははっきり聞こえるんだーとか言い出したら正直引いてしまうだろう。長閑でさえそのレベルなのだ。詩がすぐに信頼してくれるはずがない――。
「分かった。信じるよ」
「え?」
顔を上げてまっすぐに頷いてくれた詩に今度は長閑のほうが聞き返してしまった。
「こんな切羽詰まった状況でそんな意味の分からない嘘をつくとは思えないから本当かなって」
頭をかきながら照れ笑いこそしないもののそれも詩はしてしまえそうな言い方だった。今のところ笑ってくれたことなんて一度しかないのだが。
「とりあえず長閑の事情は分かったよ。それじゃあこれからの計画を立てるか」
話を淡々と進めていく詩を思わず長閑は止めそうになった。
詩君にはなにか話しておくことはないの?――と。
「そうだね。そうしよう」
感情を押し殺し、そう言う。無駄に場を混乱させてはいけないと思ったのだ。
「たぶんあの人たち。もしくは仲間がまだ長閑を追ってきていると思うんだ。それについて何か心当たりはない?」
「えっとね……」
長閑は昨日の夕方に緋香莉に1回会って忠告を受けたことを簡潔に話した。
「……てことがあってね。私にはなにもした覚えはない。まあ普通じゃないところって言ったら『灰色』くらいだからそっち関係のなにかだとは思うんだけどなにも分からない」
それが長閑にいえる精一杯だった。
「そっか。それはあの人たちに訊いてみないと何ともいえないね……。どっちにせよいつかはまた戦わなくちゃいけないと思うからその時待ちかな」
詩も同じ意見のようだった。長閑にしたら2度と会いもしたくない相手だ。というか危うく殺されかけたのにこの子は何でこんな無関心なんだろうと思った。長閑もはたからみたらそう見えるだろうけどそれは長閑が上手くそれを隠しているだけなのだ。今も心臓は普段の鼓動をはるかに超えるスピードで脈打っているし汗もかいて体はじめっとしている。しかしそんな様子すら詩には覗えない。
いったいあの少年のメンタルはどうなっているのだろう、と気になって訊いてみた。このタイミングで訊くのはどうかなとも一瞬思ったが……。
「長閑の世界に色がないように僕にも無いものがあるんだ。僕には一部の感情が欠落している。『欲』がない」
長閑は唐突に告げられた言葉の意味が分からなかった。『欲』が無いというのはどういうことかがいまいち分からない。否、言葉は這入ってくるが意味が上手く捉えられない。
そんな長閑の様子に気づいたのか詩が説明してくれた。
「要するに何も欲しくないし何をしたいとも思わないんだ。例えば丸1日なにも食べないと体のほうは食事を摂りたがるけど僕は何とも思わない――思えないんだ」
「やる気がない……とはちょっと違う感じ?」
「うーん違うと思うよ。他にしたいことがあるからやる気が出ないんじゃなくて何もしたいことがないからしないんだ。裏を返せば何でもできるってことだけどね」
ふむ。と長閑は考える。
「つまり『何ににも』とらわれていないから何でも出来るってこと?だから『死ぬ』ことも恐れずに動ける。なぜなら死にたく無いとも生きていたいとも思ってないから――」
もしそうなら恐ろしい才能である。失うものがない戦士は最強といえる。
何にもとらわれず、何にも無関心でいられる。
『欲』の無い少年。
だから今まで平静でいたのだ。全てはいつも通りだったから。ただ奪われるものが命になっただけで。
何も変わっていない。
果たして詩は
「そうだと思うよ」
と答えた。
「僕が今まで心から何かをしたくて行動したことはない。なんでかは分からないけどそこの部分がごっそり抜けてるからね。だから僕は自分が嫌いなんだ」
それは長閑にも何となくだが分かる話だった。人とは違うということは決して人気者の素質に直結するわけではないのだから。
むしろ逆が多い。
人とは違う異端は退けられる。集団の平和を守るため。集団を自分そのものと思っているから変なものがくるのを恐れるのだ。自分を根底から変えたくないから――。
「僕はそういうやつなんだ。改めてよろしくね」
「うん。こちらこそ」
もしかしたら詩が『そういう』やつだから長閑の眼を通しても――フィルターを通しても網にかからないのかもしれない。色が付いて見えるのかもしれない。それなら『彼女』もそうだったのかもな、と思う。今となっては確かめようも無いことだけど。
でも詩が『そういう』やつならどうして長閑のところに来たんだろう。何で今も身を危険にさらして(本人は何とも思ってないらしいが)長閑と一緒に戦おうとしているのだろう。
「これからのことを考えてみたけどさ、やっぱりあっちからの接触を待つしか無いと思うんだ」
詩がふいに元の話を再開する。
「だからあっちが僕たちを見つけるまで僕らは準備をしてようかなて思ってる。相手が何を使ってくるかは分からない以上あまり意味はないけどね」
「うん。おっけー。じゃあ今日は寝よ?」
そういった瞬間から眠気がどっと押し寄せてきた。眠い。
「先寝てていいよ。今日は僕が見張りしとくから。今日くらい寝なくても体は平気だ」
なんと返事したかは覚えていなかった。
そのまま倒れこむように長閑は眠りについた。
02:36
それから2日間は忙しくしていた。何か使えそうなものを街中からこっそり持ってきてはいろいろ試していたのだ。たいした成果はなかったが。
長閑が異変に気づいたのは3日目の朝のことだった。
「ん?」
それは3日目にやっと気づいたくらいのささいなことではあったし、普通ならそのことに気づいていても無視するようなことだった。しかし今は普通、ではないのだ。だから気づいてしまった。
虫に刺されていない。
どこも膨らんで痒くなったりしていなかった。
思えばこの数日は半分屋外のようなぼろぼろの廃墟で寝泊まりしていて――そのおかげで夜も少なからず虫が飛んでいたのだ。長閑は虫には昔から何の興味もなく、そこら辺をぶんぶん飛んでいる羽虫はだいたい刺してくると思っている。ので虫除け対策を全くしていないこの状況では朝にはあちこち腫れていると覚悟していたのだが……。
なんの被害もなかった。
いや、ここは普通に喜ぶべきところだと思ったのだが残念ながら今の長閑の気分的にはどうにも腑に落ちなかった。
試しに半分体をおこしている状態で顔を巡らしてみるとやはりいた。ここに来た時と同じフォルムをした羽虫が数メートル先をこっそりと(長閑にはそう見えた)飛行している。
長閑はそっと仮ごしらえの布団から抜け出す。
「ん。今日もいい天気だなー。詩君を起こさないとー」
そういいながらなるべく自然に窓際にいるその虫に近づいていく。
「パシン!」
それを潰した。
手を広げてそれを見てみる。
「うーん。私虫のこと分からないんだよねー。気持ち悪いし……。手洗いたいなあ」
気分としてはまっくろくろすけを捕まえたと思ったら何もなかったメイである。
長閑は別にその虫が特別に気になったわけではない。ただなんとなく潰そうと思ったのだ。少しだけだけどこう思いもした。
――もしかしたらあの人たちがこっそり監視しているならこんなのを使うかも知れない、と。だから潰した。そしてそれは正解だった。その虫には細工がしてあったからだ。
捜索・監視部隊『森林破壊』の手によって。
監視に特化した改造を施されていて、それで2人を監視していたのだ。そんなことを長閑は知るよしもないが。
「とりあえず、本当に詩君起こさないと。そろそろ場所変えないとここも危ない気がするしね。提案してみるか」
長閑は詩を起こしに寝床のほうへ歩いていった。
時を同じくしたある場所――
「あっちゃー」
高校生くらいの男子が目の前のモニターをばんばん叩いていた。
「これまずくね?うとうとすんなよおれー。あー! コーヒーがぶ飲みしときゃよかったなー」
座っていた事務用椅子から立ち上がろうとしたその時後ろから低いドス声がかかる。
「おい。うるさいぞお前。仕事に集中しろ」
高校生男子はしぶしぶ浮かしていた腰を椅子におろした。
「うい。さーせんねー」
「言葉づかいをいい加減直せ。お前は。で、どうかしたのか?」
「えーと。せんぱーい。すんませんしたー。おれの『ビートル号』がただいま6:26をもって空島長閑に撃墜されましたー」
「蚊なのにか?」
「はい。『ビートル号』ですー。……じゃなくって先輩、おれの話聞いてました?」
高校生男子は椅子をくるっと反転させて自分の上司と向き合う。それはごつい、の一言に尽きた。縦にも横にもでかく筋肉むっきむっきである。高校生男子は心からこの人は『方向感覚』のほうに所属しておくべきだと思っていた。ここまでスーツが似合わない人も珍しい。
「ああ。聞いていた。……おい、まじか?」
「……先輩、情報頭に入ってくるの遅すぎっす。えっと、どうやら空島ちゃんはこっちに気づいたようです。普通に寝ぼけてたら普通にパシン!ってくらって終わりでしたー」
「普通、普通言い過ぎだボケ。なんで空島はこっちに気づいたと思った?いつものなんとなくだろ。どうせ」
「せんぱーい。結果決めつけながら話さないで下さいよー。なんとなくじゃありませんって。証拠ありますって」
高校生男子は目の前のモニターをいじって画面を少し前に戻した。その様子は慣れてる、というよりか機械が自分の一部とでもいうような感じであった。
蚊型索敵装置。通称『ビートル号』(名付け親があれだが)の叩きつぶされる寸前の映像である。
《ん。今日もいい天気だなー。詩君起こさないとー》
のびをする空島長閑。そして一瞬のちに手が伸びてきて――映像が途切れた。
「……おう。可哀想な最期だったな。お前のほら、あれ、『モスキート号』」
「『ビートル号』っすよ先輩。てか今の映像でなにも気づかなかったんすか?」
「俺には分からんがったな。だからお前に分かるはずがない」
「いや、おれは気づきましたけどねー。空島ちゃんの言うことよく聞いてみて下さいよー」
「俺にはそういう洞察力はないんだ。」
「んじゃおれの今までの行動全部無駄じゃないっすかー。答え言いますよ?空島ちゃんは《天気いいなー》って言ったんすよ。色の分からない空島ちゃんにとってその行動がどれだけ『不自然』かは分かりますよね?」
目の前の上司はその言葉にはっとしたようだった。この鈍い人がこれだけでことの重大性を分かってくれたなら良しとしよう。
「偶然の可能性もありますしどこまで本気で潰したのかは分かりませんけど、『ビートル号』はもうないんです。新しいの送り込んでも怪しまれるだけでしょうしねー」
ここで一拍おいて相手を伺った。どうやら同じ結論に達したようだ。そう――
「現地に行って直接見張るしかないな。あれは近づかないとダメだしほかの道具は別の――本来の仕事に当たってるからな」
「そうっすよねー。まあ、おれとしては久々に外に出られて嬉しいっすかねー」
「お前の事情はどうでもいい! とにかく今から手早く準備しろ。俺はこのことを上に報告してくる」「行ってらっしゃいっすー」
部屋からのしのしと出て行く上司を見送りながら男子高校生――橘白樺はにやっと笑った。
「『あいつら』に取られる前に見つけないとなー。先手必勝てやつだぜ」
自分の武器――及び『森林破壊』に特別に配布される索敵装置を引っ張り出す。
「じゃあ、行きますかー」
それから2時間後……。
長閑と詩は廃墟から離れたところまで来ていた。
詩も長閑の言うことに反論はなかったようで文句もなく従ってくれた。2人は約1時間かけて荷物をまとめ、しばらく住んでいたという証拠を消すことに努めた。その作業はいろいろと困難を極めたが。細部まで見れば証拠は残っているがパッと見たくらいでは分からない――くらいのとこまで片付けたところで2人は廃墟を後にした。
そこからは適当に逃げた。
お金は限られていたためバスや電車を使うことは避けたのだがそれはいい判断とも悪い判断ともいえた。
追って側の『森林破壊』橘白樺たちは長閑たちを見失った時点で廃墟付近一帯の公共交通網全てを監視していたのだ。そのため長閑たちがそういう場所に現れた瞬間に橘たちにそれが伝わるようになっていたのだ。長閑のような子供には打てない大規模な作戦である。もちろん長閑はそれを知らないし結果的にその行動を取らなかったため『森林破壊』の作戦はほぼ徒労に終わったのだが――これで終わったわけではないけれど。
そして悪いニュースというのは交通網監視のその延長にある。
交通網を使ってないということは必然的に移動距離は絞られるということである。
移動範囲は、限定される。
それを見逃す橘ではなかった。
予想される範囲にも網を張っている。ここまで来たらあとは網を徐々に狭くしていきゆっくりと発見するだけだ。
そんな絶望的な状況に追い込まれながらもまだ長閑と詩は気づいていない。
気づけない、がその2人にも朗報があった。
運良く、勝てないゲームに光明を見いだした。そうとは気づかずに。
今度も最初に発見したのは長閑だった。
市街地の真ん中にある公園の脇にそれたところ。普段ならまず人目につかない場所にその人はいた。謎の鉛筆大の棒をぐるっとその人を囲むように地面に刺して、左手に4匹の蚊『ビートル号』を止まらして立っていたのは――。
橘白樺だった。
駆られる側が狩る側を見つけた。
もちろん長閑はその人が索敵部隊『森林破壊』の最年少メンバーにして今朝方潰した『ビートル号』
を放った張本人だということも知らない。ただ見た瞬間に怪しい、と思ったのだ。手に乗せている蚊に少し見覚えがあるしこんなところに棒を刺して真ん中で突っ立っているのだ。ひとまず詩の手を引っ張ってその場所から遠くに離れることにした。
「詩君。声落として話してね。……私たちを追いかけてるかも知れないやつがさ、追いかける範囲内の真ん中でどうどうとしてることってあると思う?」
落ち着いたところまで来たので言ってみる。
「ちょっと待って。それってそいつを見つけたってこと?」
長閑は鋭いなあと感心する。長閑の言いたいことはすぐに読まれてしまった。鋭すぎるくらい鋭い。この子といる限りなんだがそこまでの危険には遭わないような気がする。この状況が充分危ないのだが。
「よく分かったね詩君。さっきそれっぽいのを見かけたからここまで来たんだ。朝私が変な蚊を潰した話覚えてるでしょ?そいつが手に何匹が止まっててしかもミステリーサークルみたいなのを自分で作ってた」
「そうか……」
詩は手を口元に持っていき『考える人』のようなポーズを取る。
「じゃあ、仮にその人に攻撃を仕掛けるとして間違ってたらどうするの」
「謝る。もしくは素早く逃げる。というかそもそも最初から攻撃はしなくていいじゃん」
「……?」
「だから、私が質問して詩君が後ろとかでばれないように武器を構えとくとかすればいいでしょ?」「……そっかそんな方法もあるね。ねえその人の性別と年はいくつくらいに見えた?」
「うーん。高校生くらいじゃない? あれは男子だね。身長は緋香莉ちゃんとかくらいかな」
「高校生男子かー。いざケンカになったら勝てそうにないね」
「あ。そういやチャラそうだったよ。ああいう人嫌いだな」
「…………」
考え事を邪魔してしまったみたいなので長閑は少し黙ることにした。そもそも緋香莉や夜巳くらいの武器をあの人が持っていたら今度こそ勝てそうにないのだが。
「とりあえず行動してみないとなにも変わらないしね。長閑が話すなら僕が後ろで構えとくね」
「うん。そういう表情とか読むの詩君のほうが得意そうだしね。まかせたよ」
そうして2人は元の場所にゆっくり近づいていった。その人は公園の中でもかなり大きめの樹に体を寄せかけていた。そこに慎重に近づく。第一印象は最初とさほど変わらなかった。しいていうなら意外と今は真剣そうな顔をしているな、くらいである。
「あのーすいません」
長閑はその人に声をかける。なにを言うか考えていないので完全なアドリブである。しかしそれでも良かったのかも知れない。その男子高校生は長閑を見て即座に動いたのだから。
「空島ちゃんだよね?乾くんは?僕は無傷で連れて行くことになってるから怪我でもされてたら困るんだけど」
「へ?……え?」
長閑がまだいまいち飲み込めないうちに詩が反応した。
「当たりだな」
樹の陰から飛び出して背後から首筋にカッターを当てる。男子高校生は一瞬目を見開き、それから笑顔になる。
「やーやられたっすなー。やっぱ用心して武器持ってきてて正解だったっぽい。うん」
「まず、聞きたいことがあります。僕たちを尾行しているのはあなたですか?今も尾行しているから都合良くこんなところに現れたんですか?」
さすがにこの世に怖いものなど存在しない詩である。話を聞こうともせず、なるべく的確に知りたいことの要点を突こうとする。
「そうだね」
目の前の高校生はあっさりとそう言いきった。
「まず俺の名前からいくかー。俺は索敵部隊『森林破壊』の最年少メンバー橘白樺さー。今朝空島ちゃんに潰された俺の蚊みたいなやつ。あれ『ビートル号』って言ってねーあれでこっそり尾行してたんだ。だから今朝からはなにもしてなかったってところだねー。まあどうしようかと思ってたらそっちから勝手に飛び込んできてくれたわけなんだけど」
長閑はこの時初めて今朝潰した変な蚊のことを思い出した。
あれはストーカーをするためのアイテムらしい。
そして索敵部隊『森林破壊』。長閑は似た名前をつい最近聞いたばかりだ。戦闘部隊『方向感覚』。この2つは同じところに所属していると考えていいのだろうか。
「あ、そういや空島ちゃん。虫に刺されてないの不思議に思ってたっぽいけどあれ俺のおかげなんだー」
「……どういうことですか?」
「『ビートル号』ってさ周りにほかの虫がいると気が散るみたいだからあの周辺に細工してなるべく遠ざけたんだー」
「はあ」
けっこうどうでもいい話だった。それにしても話し方から全てチャラい。長閑の嫌いな性格である。
「ところでそろそろこのカッターどけないと実力行使にでるよ?」
「それが出来るなら最初からしているはずですよね?違いますか」
「それが違うんだなあ」
男子高校生――もとい橘白樺はにやにや笑っている。
「まあ見てなって。俺のアイテムその2だ。『操作棒・大地』」
その現象はあっという間に起きた。長閑が把握仕切れないスピードで。まず、詩が当てていたカッターが吹き飛び橘の拘束は解けた。橘は詩を突き飛ばして素早く離れる。
「『ゴーレム-アート』」
橘がそうつぶやいた刹那長閑の目に信じられないものが飛び込んできた。
「……やばい。これは死んだかも――」
飛び込んできたのは学校の校舎の半分ほどもある巨大な人型のなにかだった。しだいに余計な土を振り落としその姿が浮かび上がってくる。
「土人形『ゴーレム』……」
立ち上がった詩が目を見開いてそれの名前をいう。確かにそれはどう見ても『ゴーレム』だった。大木ほどの太さの巨大な腕。目は見あたらなかったが口は大きく裂けていて、それだけで降参を考えるには充分だった。長閑と詩の前の地面はことごとく『ゴーレム』の形成に使われていたため大きな穴が出来ている。
「嘘でしょ……。武器が『ゴーレム』とかありえない。強すぎる」
長閑の悲痛な声もむなしく確かに『ゴーレム』はそこにいた。ただ突っ立っていた。――まだ、攻撃は仕掛けてこない。
「驚いたっしょー。これが俺の武器アイテム『操作棒・大地』。なにも持たないあんたらがこいつに勝てるわけないねー」
確かにそれは正論だった。
『ゴーレム』の逆方向に逃げようにも公園の土が半円状に3メートルくらいの壁を築いてしまっているので通れない。
万事休す――。
本などで見る魔法のような力業に長閑はほとんど屈してしまっていた。打つ手がない。今更ながらうかつに橘に攻撃を仕掛けてしまったことを悔やんだ。もっと慎重に立ち回るべきだった。2人とも心のどこかでは得意げになっていたのだ。武器を持った3人を倒したことで、首尾良く逃げ出せたことで。組織をなめていた。
警戒心を知らぬ間になくしていた。
反省。猛反省である。
改めて目の前の『ゴーレム』と橘を見やる。隣の詩といっしょに現実を受け止める。隣の男の子が何を考えているか顔だけでは全く分からなかった。でも、何となくどうにかしてくれたら、と思った。
それは大きな勘違いで――。
状況をどうにかしたのは詩ではなかった。
長閑がまるで走馬燈のように自分の行いを反省している時に――新たな脅威は近づいていた。
上空から下を見下ろしていた。
「……このままじゃあっち側にとられちゃうじゃねえか」
その少女は空中でそんなことをつぶやく。
正確には破壊と形成を瞬間的に繰り返す氷の上に器用に立っている。
「それはめんどいなー。てか橘のやつ――あいつむかつくから殺していいかな?……いや、ダメとは言われてないけど均衡はそう簡単に崩しちゃいけんもんなー」
少女は橘の作り出した『ゴーレム』を眺めながらそう言う。
「よーしそろそろ空島たち迎えに行くかな。『方向感覚』と戦うのはだりぃしな」
そう言い残して少女――葵坂揶揄は氷から飛び降りた。
別に宙に軽々と浮くアイテムを使っているわけでもない彼女はただ落ちる。
自由落下の力を借りて恐ろしいほどのスピードで長閑と詩に迫っていく。
ちょうど同じ頃、蓮角たち『方向感覚』は車に乗って詩と長閑の行方を追っていた。純粋なメンバー4人だけである。
「おいみんな聞いてくれ。索敵部隊『森林破壊』が長閑と詩に公園にて遭遇。『操作棒』でほぼ追い詰めたからさっさと捕らえてくれだってさ」
助手席に座っている鷹朱が声を上げる。ちなみに運転しているのは蓮角である。
後ろに座っている剛健がそれに応える。
「『操作棒』? そんな武器を使ってるやつが『森林破壊』にいるの、鷹朱」
「いるさ。とは言ってもたった1人だけだがな。武器らしい武器を持っているやつは。半年くらい前に高校生の新人が入っただろ?あいつだ」
「そういやそんなのがいたね。確か名前は橘白樺だったよね?」
「そうだぜ。語呂合わせが効き過ぎだよなあ」
そんな他愛もない話をするメンバーを横目に見ながら蓮角はハンドルを握る手に力を込めた。あと少しで乾詩と空島長閑に会うのだ。
前回と違うのは殺す目的ではないということだ。 今回はむしろ保護に近い。真逆のことをしているようだが案外そうでもない。殺すにしても保護するにしても組織として、『方向感覚』としてやりたいことは同じだ。
それでも、と蓮角は思う。やっぱり会うのは蓮角のチームを全員倒し、なおかつ一時的にではあるが『森林破壊』の追跡さえもを逃れた子供たちである。『森林破壊』が詩と長閑を見つけ直すことには特に不安はなかったが(ほかのメンバーも同じらしく特に疑問はでていなかったようである)自分とり10歳ほど年下の少年少女を見た時にどういう精神状態になるかはよく分からなかった。
「いっそこのまま見つからなくても良かったんですけどね……」
おもわずため息をつきそうになる。そこでいきなり車についている通信機器がブザーを鳴らしびくっとなる。鷹朱の携帯ではない。これはどういうことだろう? ほっとくわけにもいかないので近くだった蓮角がONにする。
「はい、こちら『方向感覚』です。用件を……」
「あ、蓮角さんすね! ごぶさたしてます~」
声を聞いた瞬間誰だか直ぐに分かる。別に親しいというわけではなくその軽薄さが際立っているというだけである。
「橘白樺ですね。今現場ですよね?」
この場合の現場、とはもちろん詩と長閑のところという意味である。
「索敵専門のあなたがどうして戦闘状態のような形になったのですか?」
それは蓮角が最初の通信を聞いた時からずっと気になっていたことだ。なにかしらアクシデントがあったのではないのかと。
「あー。それはちょっとした事故ッすねー。まあそれは置いといてこっちは偉いことになってきましたよー」
「素早く用件を述べて下さい。切りますよ?」
「わー焦らないでくださいよー。じゃあ報告しますからって。乾くんと空島ちゃんを捕らえかけた時にですねー乱入者がきましたー。それがなんと『あっち側』なんですよー」
いつも通りの軽薄な口調でって――え?
「『あっち側』っていったい誰が……」
「それが特大級でしてね『水の体質』の葵坂揶揄ですねー」
「は!?」
とっさに動揺を隠せない。
葵坂揶揄は――16歳の少女でありながら橘の言ったとおりに最大級の破壊力と影響力を持つ人物である。それも『あっち側』での話ではあるが――。つまりは『こっち側』にも深く関係してくる。
「要するにこの件に関しては組織全体が最大の関心を持っているということですね」
「葵坂揶揄が出てきた時点で騒ぎは関心どころじゃないんですけどねー」
それはそうだ。
間違いなく『あっち側』はこの隙に『こっち側』を潰そうとしてくるのだから。
「じゃあ一応戦闘中なんで切りますねー。あでおす!」
プツンと通信が切れて蓮角はようやく頭が冷えてきた。つまり橘のところでは4人混じった戦いになっているらしい。葵坂揶揄がいるならば戦局は傾きまくっているはずだが。一刻もはやく現地に着かなくてはならない。
「おう、話は訊いたぜ」
隣で鷹朱が真剣な表情である。話はもう打ち切りにして戦いに向けて気持ちを切り替えたようでその様子を見て蓮角は安心した。4人いれば勝つことは出来なくともかなり粘ることは出来る。
「蓮角。命令だ。とにかくとばせ」
「分かりました」
蓮角がアクセルを思いっきり踏み、『方向感覚』の車は赤信号を置き去りにした。
近づいてくるのは紛れもない『ゴーレム』の巨大な腕だった。迫力を背負い、ただただ無機質にモノとして迫ってきた。それを前にして長閑は身動きがとれなかった。こういう状況でなにをすればいいのか誰からも教わっていない。
「あ……あっ」
震えて声が出ない。気づいたら1メートル先に『ゴーレム』の手があった。長閑を握りつぶさんとばかりに伸びてくる。
もうおしまいだ。
長閑は完全に自分の人生に見切りをつけたが終わりはそう早く来なかった。むしろこれからだったのだ。
近づいてくる『ゴーレム』の腕がはじけ飛んだ。土の腕が爆発離散しあちこちに飛び散る。とっさに腕を体に引いて防御の構えをとったがそれでも全てをかばいきれなかった。
そして直後驚く。これ以上驚くことがあるのかという状況だがそれがあった。長閑の今までの人生で見た夢でもこんな状況のことは1回もなかったというのに。
腕の隙間からかすかに見えたのは土、その間で一緒に飛び散っているキラキラ光る物体そして――少女だった。
見た目長閑よりは年は上で緋香莉と夜巳よりかは下だろうくらいである。その黒髪ミディアム少女が長閑と『ゴーレム』の間にいるのにはびっくりしたがそれよりも驚くことがあった。
空。
秋らしく澄んだきれいな青空からその少女は飛んできた――いや、飛来してきた。なにごともないように地面に着地して爆発の収まった今は橘に腕を向けて立っている。長閑からは背中しか見えない。
「てめーなにもすんなよ橘」
「相変わらず口悪いなー揶揄ちゃん♪」
「うっせえ。生まれつきだ。あと二度とうちの名前に『ちゃん』をつけるんじゃねえ」
「気にしないでいーじゃん。揶揄ちゃん」
「死ね」
あまりにも口が悪いその少女はやゆ、という名前らしい。それが名字なのか名前なのかは長閑には判断がつかなかったが。
「『操作棒』解除……はまさか自主的にするわけはねーよな」
「もちろん。あ、揶揄ちゃんって呼んでも怒らないならそうしてもいいよー」
「黙れ。……いや、強制的に黙らすか。『氷結』」
パリンッという音が断続的に響き、長閑があれほど恐怖した『ゴーレム』はバラバラに砕け散って土に還った。
「…………あ」
「おし、黙ったな。このまま一生そうしてろ。まあ気にすんな『操作棒・大地』とうちの体質との相性はサイアクなんだ。ざまあみろ」
長閑と詩は互いに目配せする。
これなら隙を見て逃げられるんじゃないか、と思ったのだ。橘とやゆという少女は知り合いっぽい。この組織と知り合いというのはどう考えてもろくなやつじゃない。邪魔をしてくれたのはありがたいが新しい脅威には違いないのだ。
それに気づいたようなタイミングでこっちを振り向く。
「あ、てめーら逃げんなよ?一応無傷で連れて行くのが条件だからよ。まあうちからは逃げられるはずはないけどよ、無傷ってのがちとやっかいでさ」
うっかり腕落としたらやべーからよ、と目の前の少女はあながち冗談に聞こえないようなことをサラッと言って笑っている。
「うちは葵坂揶揄って言う名前だ。人を揶揄する、とかに使う『揶揄』ってのが漢字だ。人間の名前に使うもんじゃなえーよなこれ」
またもや愉快そうに笑う揶揄である。
その揶揄はさあ本題だ、と再び話し出す。
「逃げられねーってのはうちの体質の効果さ。うちは昔から少しばかり水の状態変化を操れた。コップの水を一瞬で凍らすとか出来たんだぜ。それにとある組織が目をつけてうちを誘拐した。そしてこの体質を強化したんだ」
揶揄が話を切って近くの樹に腕を向ける。
「『氷結』」
その途端だった。樹の中央近くに氷がピシッと張り付いてそれがそのまま樹を覆うように広がっていき――5秒もしないうちに樹は完全に氷で固められていた。
「『融解』」
その氷が今度は一瞬で水に変わる。そして樹からこぼれ落ちて根元に巨大な水たまりをつくった。
「まあ、こんなもんだ。さっき土人形を壊したのもこれの応用だな。土の中の水分を氷に変えて体積を増やし、どっかーんだな」
「え、えーと揶揄さん?」
「おう、なんだ空島」
「あなたのその能力のことは分かったんですけど……」
実際全く脳に取り込めていないからそれは嘘だった。なにしろ銃やハンマーに比べて規模がでかすぎるのだ。それも話にならないほどに。しかしそれも『一応』受け入れなければ状況は前には進まない。好転も暗転もしない。そして、もとより暗転は受け入れるつもりだった長閑は尋ねる。
「あなたは私たちの敵……なんですか?」
「ははっ。いいぜその度胸。やっぱお前好きだぜ。この状況でそんなことを普通に訊けるやつはそうはいない。さて質問に答えるけど半分正解だ」
「……どういうことですか」
「うちらはお前らを連れて行こうとしてる。その点では敵だが橘から助けようとしてる。その点では味方ってことだ。だから付いてきな」
つまり橘がいなかったらただの敵ということになる。のこのこ付いて行くわけにはいかない。それに揶揄はまだ連れて行った後なにをするかについて言っていないのだ。
「おっとやべえ。『氷結』!」
揶揄が急に振り向いて『体質』を使う。視線の先にはにこやかな表情の橘がいた。手にしているのは凍り付いた携帯のようである。
「大丈夫だよー。もう連絡したから。あと少しで『方向感覚』がくるっすね」
「ざけんな! これ以上動いたらぶち殺す。空島、乾行くぞ」
「まま落ち着いてー」
そこではっとさせられる。そうだ敵は目の前の揶揄だけではないのだ。『方向感覚』がくるんなら蓮角たちもくるだろう。もし今こられたら今度こそ勝てる気がしない。
「詩君逃げられる自信ある?」
「え、いや全然ないけど」
詩は笑う。
「あんなことが出来るなら逃がさない方法はいくらでもあるからね。下手に刺激しないほうがいい。それより今考えるべきことは――」
詩はまだ口論している橘と揶揄のほうを気にしながら言う。
「『方向感覚』と揶揄さんのどっちに付いていくかなんだよね」
「……あ」
そういえば。
『ゴーレム』とかその他いろいろを見たショックですっかり忘れてしまっていたが橘も確かに最初会った時に言っていた。
無傷で連れて行く――と。つまりやっていることは双方同じなのだ。それならどちらの方が得なんだろう。いや、違うか。正しくはどちらの方が自分たちに『害』がないか、だ。
普通に考えればついこの間まで長閑たちを全力で殺しに来ていた『方向感覚』のほうが危ないし橘が嘘を言っているとかだまされているという可能性もある。おおいにある。それから揶揄が助けてくれるんなら願ってもいない話である。しかし揶揄が『うっかり』人の腕を切り落としても笑っていられるようなやつならそれはそれで地獄に自ら行くようなものだろう。もっとひどいかも知れないが。
それなら長閑の楽観的思考はもう決まっている。
「流れに任せればいいんじゃない?」
「……まあそれが一番いいかもしれ――」
詩の言葉の最後のほうはかき消された。
とてつもないエンジン音とスピードをつけすぎた車を必死に止めるブレーキ音に。
「やっときたっすねー」
「早すぎる! こんちくしょうが」
揶揄が毒づく。
「よりによって『方向感覚』とかマジざけんな。蠍香がいるとこと戦いたくねーんだよ」
やばい。長閑と詩は凍り付く。長閑は背中から冷や汗がたれた気がした。いよいよ来てしまったのだ。
「おう。葵坂揶揄だな! 相手しに来てやったぜ」
車から体格のがっちりした20代前半くらいの男が降りてくる。背中にリュックのようなものと取っ手が2本見える。あれが、この男の武器なのだろうか。
「ああ? やられに来たの間違いだろ雑魚」
揶揄が手を車のほうに構え、男が背中の取っ手を掴み、橘がこそこそ逃げて、長閑と詩は少しずつ離れながらその様子を見守る。
戦いが始まった。
13バトル
詩に促され長閑は戦いの中心からなるべく離れようとしていた。もう逃げる気はさらさらなかったが、かと言ってそれが危険の消滅を意味するものではないことは誰の目にも明らかだった。
今まで見てきた武器のほとんどが広範囲への大火力を重視して造られているような気がしていたからだ。本当にそうなら見える範囲にいるのでは危ないと思う。
そんな警戒をしている長閑の前で最初に揶揄が動きを見せた。
「『氷結・ワイドエリア』!」
技名の英単語はすぐに理解した。
「長閑! ジャンプして!」
「え、あ……うん」
ぎりぎりのタイミングだった。長閑の足が地面を離れた瞬間にことは起こった。地面を這って進むその現象は一瞬で通り過ぎる。足が再び地面に着いた頃にはそこはもう土と雑草ではなかった。それら元々あったものは完全に氷に閉じこめられていた。見渡す限りの地面全てが氷に覆われて眩しく輝いている。
「……なっ」
常識を超えているそのパワーにただ圧倒される。
こんなのと戦えるはずがない。漫画ならこれさえも溶かす『火』の能力持ちとかが出てくるはずだがさすがにこの場にそんな人はいないようだった。
状況を把握しようと顔をあげる。
氷の進撃を避けたらしい男が声を張り上げていた。
「葵坂。そんなので動きを塞いだつもりか?」
「制限は出来たはずだけど? 強がってんじゃねーよ」
揶揄はそこで不敵に笑う。
「それにうちは対策してるから氷の上はなんなく歩けるぜ? 最初から――『体質』のところから対等じゃねーんだよ」
その言葉を最後まで聞くことなく男は引き抜いたチェーンソーを凍りづけの地面に突き刺す。そして引き抜く。
パリン!
男の周りの氷がそれで一気に割れる。破壊される。
「こりゃ緋香莉連れて来た方が楽だったかな。まあいいか。蓮角! お前ら降りたか? 俺が葵坂の相手をするから空島と乾を確保していてくれ」
「了解リーダー」
そう答えたのは詩の記憶にまだ新しい顔だった。
三角蓮角。
例のよく切れる鞭を手にしている。後ろに続いている人たちには見覚えがないが『方向感覚』の仲間なんだろうとは簡単に予想がついた。
「お久しぶりですね。2人とも」
前回会った時が会った時なので当然ながらお久しぶりで嬉しい感は微塵も感じられなかった。
「今日は殺しに来たのではありません。こっちには危害を与える理由がなくなりました――私たちは迎えに来たのです」
どっちにしろ周りが氷である以上走って逃げるわけにもいかない。黙って捕まるしか道はないようだった。
「それはさせねーぜ『方向感覚』。迎えに来たのはこっちも同じだってーの」
気がつくと携帯を手にした揶揄が近づいてきていた。蓮角の仲間の男――長閑はまだ知るよしもないが鷹朱の追走をかわしてきたらしい。何でかわせたのかは揶揄をみればすぐに分かった。
宙を、歩いていた。
キラキラ光る氷の上を平然と歩いている。
「あーもしもし。更級ちゃん? ――うん。もうばれることは気にしなくていいぜ。あいつだけ降ろしてから高度を保って待機してて。頼んだ」
ピッと通話を終えニッと笑う。
その途端今まで様子を見守っていた蓮角が動いた。手にした鞭を力一杯振るう。
「――うわっ」
特殊な改造が施された鞭の尋常じゃない切れ味は揶揄の立っている氷さえも切り裂いた。
揶揄は慌てて氷から飛び降りる。氷もろとも体が裂かれることは何とか避けたが降りた先の地点が何ともまずかった。
正面に蓮角、後ろに鷹朱、右に蠍香、左に剛健。
揶揄は完全に囲まれる形になった。
漫画のように敵味方で話をすることはない。口を開く一瞬の隙でやられかねない状況なのだ。
鷹朱が一歩踏み出し距離を詰める。
「『氷結』!」
パキッと音がして鷹朱の歩みはそこで止まらざるを得なかった。鷹朱の足は凍り付き地面に固定されていた。ついでに全員足は固定される(蓮角は鞭も凍らされている)。
鷹朱はそれを見てチッと舌打ちを打つ。
それと同時に凄まじい風が長閑の髪を揺らした。その場の全員が風の吹いた方向を見やる。
ヘリコプターが着地するところだった。
え?
市街地の公園にヘリコプターがしれっと着地しようとしている。この数時間で長閑の常識はいろいろと破壊されてしまっているがこれもその一端を担いそうだ。
しかしヘリコプターは着地までは行かなかった。
中から1人の少年が飛び降りただけでそのままヘリコプターは上空へと舞い上がっていく。
少年は2メートルほどの大槍を抱えていた。『方向感覚』の仲間かと一瞬思ったがその希望はすぐに砕かれた。
「やあ。『方向感覚』の皆さん、初めまして。僕は合歓木柘榴といいます。葵坂さん、お許しがでたよ――後腐れない形なら殺して良いって」
合歓木というらしい少年の後腐れない、というのがどういう形なのか長閑には分からなかったが殺しても良いというのの意味は分かった。
「なら手加減しなくていいじゃん。先に結論出せよってあののろまども」
「まあまあ。さくっと狩ってさくっと帰ればいいじゃん」
「おい、てめえら人前で何をごちゃごちゃ言ってんだよ。こっちも本気で殺しにかかっていいってことか?」
「そうじゃない? かかってきなよ。たかさん」
鷹朱はそれに応えるように手にしているチェーンソーで
素早く斬りかかる。その動きは一切の無駄がない、洗練された動きだった。構えていなければとても目に追い切れないスピードでチェーンソーを振り下ろす。
しまし柘榴もそれに負けてはいなかった。
槍を防御にまわしてチェーンソーを受け止める。 背筋の凍る(揶揄がいるから冗談ではないが)ような金属音が辺りを駆け抜ける。
そこからそう離れていないところでは蓮角たちが揶揄と戦っていた。次々と攻撃を繰り出して揶揄に息をつかせる暇を与えない。
「……くっ。ざけんなよ!」
そういうと目の前に氷の壁をつくり、一瞬怯んだ隙にジャンプして空中に逃れた。
「埒があかねえな――おい! 更級ちゃん降りてこい。連れて行く!」
空中で揶揄が携帯にそう叫ぶとすぐにヘリコプターが木々の隙間から姿を現す。
隣で激しい攻防を繰り広げている鷹朱と柘榴はまだ気づいていない。
そこにヘリコプターが潰さんとばかりに迫る。そこに来てようやく2人は上空のヘリコプターに気づいたようだった。
「げ、またきやがった」
「ちょっと待って更級ちゃん僕たちを殺すつもりでしょ!」
慌てて着地点から逃れる。同時に、ヘリコプターが着地した。
ヘリコプターの着地など間近で見たことのない長閑だったがその長閑でも分かるほど危うい着地だった。ふらふらしながら降りてきてドスンッと尻餅をつくように着地する。正直下手だった。
明らかに本格的な捕獲を敢行しようとしている敵に長閑のなすすべはあまりない――1つだけある。
失敗したら咄嗟の行動で殺されかねないことだったが。今と未来を見据えた上でこれしかないと長閑は思った。
そして隣の詩に素早く『それ』を伝える。
「……それ自体はいいと思うんだけど方法が決まらないと逆効果になるよ」
「うん。だけどしたほうがいいと思うんだ。この状態で停滞しててもいいことはなにもない。少しでも安全なところに逃げないといけないんだ」
「分かった」
詩は応じてくれた。
2人は自覚していない。この状況でそんな提案をし、飲む人間の異常さを。完全に一方に背を向けるという賭けを平気でする人間の珍しさを。
長閑は地面に刺さったままの『操作棒』を4本抜いて揶揄のところへ走る。気づかれないように回り込みながらの接近。皆が自分の戦いに集中しているときに走り寄る長閑に気づく者はほとんどいなかった。
いたとしても蠍香くらいだった。
長閑の精一杯のジャンプをして氷の縁に片手でしがみつく。体は完全に宙に浮くことになるため2~3秒しかその姿勢は持たない。しかし長閑にはそれで充分だった。
左手で掴み、右手で操作棒を揶揄の足目がけて目一杯振り下ろす。
「うわっ」
揶揄は咄嗟に気づいて足を避けたがあいにく長閑が氷のバランスを傾かせているので上手く避けきれなかった。揶揄は地面に降りる結果になる。
これが長閑の狙いだった。どちらかに迎合するのであれば『方向感覚』を選ぶ。それを選んだ後に何をするか?長閑が考えたのはポイント稼ぎだった。『方向感覚』に有利な働きをすることで使えるやつだと相手側に思わせ簡単には殺させないようにする。単純で誰でも日常でしているようなことだがこれは状況が違う。
いつ殺されるか、連れて行かれてからどうなるか、も分からない戦場で先の保険をかけているのだ。今の心配はしても変わらないから未来をどうにかするという発想。そのアイデアは今の段階では上手い具合に運んでいた。
「いいぞ空島!」
突然の戦闘への参加に特に驚いた様子はなく蓮角はそう言う。長閑はもはや敵ではないと察したのだろう。手練れている。と長閑は思った。こんなのと正面からぶつかって勝てるわけがない。だからあの時も簡単な罠を仕掛けて倒したのだ。
「やるなあ空島。うちを氷から落としたことじゃねえぜ。その判断力だよ」
立ち上がりながら揶揄は言う。
「こんな時にお前はうちらに付いていかないほうがいいと判断したばかりか堂々とそっちの味方するんだもんなあ。おまけに女の子の足を刺すのに何の躊躇も見えなかったぜ? 過小評価しすぎた。お前は逸材だ」
蓮角たちを牽制しながらさらに続ける。
「今は見逃してやるぜ。実力が着いたらまた迎えに来るからな」
じゃあな、と言い残しクルッと長閑たちに背を向ける。
揶揄はそのままヘリコプターに駆け寄り入口から中へ飛び込むように這入る。
『ざくろくん早くしないと置いてくよ~』
ヘリコプターのスピーカーから間延びした声が響く。
「え? ど、どういうこと? まだ捕獲出来てないんだけど――」
『さっさっとしろやボケ! 撃墜されんじゃねえ
か』
「うわっ――ちょ……ごめん、途中だけどまたいつか決着つけようね。鷹朱さん!」
「逃げんのかよ――」
させないとばかりに逃げる柘榴の後を追いかけ走り出した鷹朱だったが、
「ぐあっ」
揶揄の作り出した氷の壁に阻まれ(激突して)それ以上追いかけることは出来なかった。
ヘリコプターは長閑の目の前でぐにゃんと傾くように倒れかけながら離陸した――相変わらず下手な操縦だと思って見上げるとヘリコプターは急速に上昇しあっという間に見えなくなった。
「逃がしたか――まあ、やつらのことはどうでもいい。任務が最優先だ。空島長閑と乾詩の捕縛無事成功っと。よし、帰るか」
気がつくと両手には手錠がかかっていた。
長閑の気づかないうちに手早くかけられたらしい。これじゃ迂闊には逃げられないなと思った――いや、別に逃げる気はさらさらないのだが。
こうして長閑と詩は捕まり改めて物語は始まりを迎えたのだった。
詩と長閑があまり戦っていませんね、はい
次からはちゃんと戦い始めるとおもいます……たぶん




