第1話
――イケメンを振ってしまった。
それも。町中で女の人にナンパされるほどの人を。
芋である私が――。
私は、自分に自信がない。
大学では目立たない方だ。
おしゃれな服を着こなすわけでもない。
メイクも最低限したことあるが基本はしていない。
髪型もいつも同じ。
周りには、可愛くて明るくて、自然と人が集まる女の子がたくさんいる。
そんな子たちを見るたびに思う。
(私とは違うな)
私は、どこにでもいる普通の女子大学生。
恋愛だって、自分には縁がないと思っていた。
「美咲って彼氏作らないの?」
友達に聞かれた時も、笑って答える。
「私なんか好きになる人いないよ」
冗談みたいに言うけれど、本音だった。
そんな私が始めたのは、駅前のカフェのバイトだった。
大学、家、また大学。
そんな変わらない毎日を少しだけ変えたかった。
初めての接客。
初めての仕事。
不安だらけだった私に、最初に指導してくれる事になったのが蓮先輩だった。
「蓮くん教えてあげてね」
社員さんがそう言って振り返ると、そこには綺麗な顔立ちの男の人が立っていた。
「彼、ここで働いて一年くらいだから、分からないことあったら彼に聞いて」
無表情の彼。
その瞬間、周りのスタッフがざわついた。
「蓮くん、新人に教えるんだ」
「優しいよね」
私はすぐに分かった。
この人は、普通の人じゃない。
背が高くて、顔も整っていて、誰が見てもかっこいい。
仕事終わり、更衣室で着替えていると、バイトの一人が聞いてきた。
「美咲さんってmbti何ですか?」
mbtiとは最近流行りの性格診断のことだった。
「INTPなんだ。」
「あー、論理学者ってやつ?」
蓮先輩が隣のバイトに小声で何かを言う。
「いかにもインドアっぽいよな」
……そんな言葉が聞こえた気がした。
実際間違ってはいないものの性格診断だけでそう言われると少し傷つく。
(感じ悪いな・・・できるだけ関わらないでおこう)
そして、休憩中に聞こえてきた。
「蓮先輩って逆ナンとかされたことありますか?」
「あるけど・・・」
少し照れた表情をしながら彼が言う。
「そりゃそうだよね」
私は思った。
(こんな人が、私のことなんて見るわけない)
ここのカフェは1階と2階でメニューも違い、最初は一階の仕事を任され蓮さんと二人きりが多かった。
そして仕事中、私は何度も失敗した。
注文を間違える。
手順を忘れる。
焦ってしまう。
「すみません……」
落ち込む私に、蓮先輩は怒らなかった。
「最初はそんなもんだよ」
「でも……」
「美咲さん、ちゃんと覚えようとしてるの分かるから」
その言葉に驚いた。
ただ慰めているんじゃない。
ちゃんと見てくれていた。
包丁でイチゴを薄切りにカットした後星型にカットする。
「こんな感じで大丈夫でしょうか」
「出来てるよ」
優しい声色でそう言ってくれた。
(悪い人ではないのかもしれない)
ある日の閉店後。
私が一人で片付けをしていると、蓮先輩が声をかけてきた。
「美咲さんってさ」
「はい?」
「俺のこと、普通に接してくれるよね」
意味が分からなかった。
「みえ……普通ですけど」
蓮先輩は少し笑った。
「それが嬉しいんだよ」
「みんな俺を見る時、最初に顔を見るから」
「でも美咲さんは違う」
私は何も言えなかった。
そんなことを考えたこともなかった。
そしてあくる日は。
店内が落ち着いているのをいいことに、蓮先輩はカウンターにもたれながらスマホを眺めていた。
私が1人で前で作業してる時だった。
私は少し迷った。
(先輩だし……言わない方がいいかな)
でも、お客さんが入ってきたら困る。
「あの、蓮先輩。」
「ん?」
「……サボってます?」
蓮先輩は一瞬目を丸くした。
「バレた?」
「バレますよ。」
「社員さんに見つかったら怒られますよ。」
私が苦笑しながら言うと、蓮先輩はスマホをしまって立ち上がった。
「はいはい、働きます。」
その様子を見ていた他のスタッフが小さく笑う。
「美咲ちゃん、蓮くんにそんなこと言えるんだ。」
「みんな遠慮するのに。」
私は首をかしげた。
「ダメなことはダメかなって……。」
蓮先輩は少し照れたように笑っていた。
「……そういうところ、いいよね。」
仕事を教えてくれる。
困った時に助けてくれる。
疲れている時には気づいてくれる。
でも私は思っていた。
(優しい先輩なだけ)
(私が特別なわけじゃない)
そう思い込んでいた。
だけどある日。
閉店後、駅まで一緒に帰ることになった。
「美咲さん」
「はい?」
蓮先輩が足を止める。
「俺、美咲さんのこと好き」
頭が真っ白になる。
「……え?」
「付き合ってほしい」
私は思わず聞き返した。
「どうして……?」
「私なんかを好きになる人、いると思ってなかったです」
蓮先輩は少し驚いた顔をした。
そして、優しく笑う。
「いるよ」
「少なくとも、俺はいる」
「美咲さん、ちゃんと俺を叱ってくれたでしょ。」
「あれで気になり始めた。」
「でも、仕事に一生懸命なところもずっと見てた。」
「気づいたら好きになってた。」
その言葉が、胸に残った。
――街では誰もが思わず振り返る彼。
でも彼が好きになったのは、誰にも見つけてもらえないと思っていた私だった。




