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第40話

「クク……ハハッ」


 リュートが笑う。


 その口の端には、一筋の血が垂れていた。


「さすがに、魔がはびこらぬよう世界が用意した存在というわけか」


 疲労の色が見えるリュート。


 しかし、どこか彼の表情は楽しそうにも見えた。


 聖女。勇者。


 そういった自分を脅かしうる存在というのは、彼ほどの実力者となると脅威であると同時に興味の対象となりえるのかもしれない。


 私のような弱者には思いもつかない境地だけれど。


「ほんの少し前まで、戦う術も知らぬ戦士だったとは思えないキレだな」


 とはいえ、あまり歓迎するべき事態でないのは間違いない。


 対等に戦ってはいるように見えるが、一方的に負傷しているのはリュートだ。


 このまま状況が続いてしまえば、彼が致命的なダメージを負う可能性は低くない。


「まさか、オレが小細工に頼る側になるとはな」


 それは彼も分かっているのだろう。


 彼は王だ。


 だから、容易く負けるわけにはいかない。


 彼が死ねば、勇者から魔族を守れるものはいないから。


 そこで彼が見せた一手は――


(あれは……)


 リュートの左手。


 その付近の空間がゆがんでいる。


 渦を巻くように、空間がねじれている。


「――開け」


 リュートの言葉に従い、空間はねじ切られ、暗い入り口を開いた。


 ――私はアレを見たことがある。


 たしか、私が魔王城に連れられた時のこと。


 私が通ったワープホールのようなもの。


 あれの入り口がちょうどあんな感じだったはずだ、


「魔王。悪。魔族。悪。殺す」


 ソーマの口からつむがれる機械的な声。


 これまでの攻防をなぞるように、彼の姿が消える。


「そうだ。来い」


 それをリュートが受け止める。


 それが、さっきまで繰り返されてきた流れだった。


 しかしリュートはあえてその流れを断ち切る。


「――――!?」


 驚愕。


 ソーマが久方ぶりに見せた人間らしい感情は驚きによるものだった。


 リュートが彼の剣を受け流したのだ。


 わずかに体勢を崩すソーマ。


 その体を――リュートは左手で押す。


「悪いが。仕切り直しといこうではないか」


 揺らぐソーマの体。


 彼の半身はそのまま、空間に開いたゲートへと沈んだ。


「これから、お前は世界のどこかへと飛ばされる」


 彼は告げる。


 やはりあれは転移に使うゲートで間違いなかったらしい。


「座標の指定をしている暇はなかったからな。どこかまでは定かではないがな」


 仕切り直し。


 まさに彼の言う通りだ。


 体力、戦力、戦場。


 それらを加味して、リュートはこの場で勝ち目がないと判断した。


「お前が戻ってくるまでに、オレも戦いの準備を進めておくとしよう」


 だからソーマをこの戦場から追放し、戦いを強制的に終わらせる。


 次に相まみえたとき、勝ちの算段を付けるために。


 それがリュートの判断だった。


「がぁッ!」


 どこか苦しそうに身をよじるソーマ。


 わずかに、それでいて確実に彼はワープゲートから這い出そうとしていた。


 一時は肩あたりまでゲートに沈んでいたというのに、今では腰あたりまで見えようとしている。


「……ほう。オレの転移魔術に反抗するか」


 苦笑するリュート。


「ちっ……こうも抵抗されては、ゲートを閉じて千切るのも難しそうだな」


 しかし徐々にリュートの表情が歪んでゆく。


 おそらくこれは、リュートにとって最後の一手だ。


 ここでソーマを追放できなければ、彼は勝てない。


 そして殺されることだろう。


(どうしよう……どうすればいいの?)


 どんなに原作知識を掘り返しても意味はない。


 だって原作では、2人の殺し合いを避ける術はなかったから。


 どちらと生きるかを選ぶことしかできなかったから。


(なにかないの……みんなを助けられる方法は)


 でも、諦めたくない。


 ご都合主義でも良いから、2人を生かす方法はないのか。


(分からない……)


 だが分からない。


 そんなもの浮かぶわけもない。


「でも――」


 だから、私ができることは――


「エレナちゃん!?」


 走り出す。


 その後方からリリの声が聞こえるが無視する。


 それが、場合によっては今生の別れになるとしても。


「ソーマ君っ! ごめんなさい!」


 私は両手を突き出す。


 その対象は――ソーマだ。


 私は彼をゲートの向こう側へと突き飛ばす。


 ――私ごと。


(今の私たちには、時間が必要なの)


 ここで戦えば、確実にリュートが死ぬ。


 だから戦いを終わらせる。


 それだけ。根本的な解決には程遠い。


 ゆえにこれはただの時間稼ぎ。


 だけど、時間を稼がなければ解決策を見出す余裕もない。


「…………お前は、そいつと共に歩むというのか?」


 ソーマとともにゲートへと沈んでゆく私を見ながら、リュートがそう問いかけてくる。


 その表情から感情は見えない。


 いつもの悠然とした微笑みはなく。


 だからといって怒りや悲しみも見えない。


 ただ、まっすぐに私へと真意を問いかけていた。


「いいえ」


 だから、私は笑顔で否定する。


 ソーマにもリュートにも、私は味方しない。


 私は私の味方でしかない。


「私はソーマ君にも、魔王様にも死んでほしくない」


 私が勝手に願ったように、2人には生きていてほしいのだ。


 そのために行動にしたにすぎない。


「信じてくださいなんて口が裂けても言えないけれど」


 言えるわけもない。


 解決策なんて微塵も浮かんでいないのだから。


 私は結局、決まった運命をなぞってきただけのプレイヤーでしかないのだから。


 運命を覆す術なんて知るわけもない。


 だけど、それでも、




「私なりに、ハッピーエンドを目指してきます」




 原作にはなかった、IFルートを開拓してみせようではないか。


 一般人が転生する物語で、原作崩壊はお約束なのだから。


 二次創作じみたハッピーエンドを掴んでみせようではないか。


「そうか……」


 そんな気持ちが通じたのだろうか。


 リュートがふっと笑う。


「クロサキレイナ」


 彼は慈しむように、私の頬を撫でる。




「お前にオレの……いや、オレたちの命運を託すとしよう」




 魔王リュート、そして魔族の。


 勇者ソーマの命運さえ。


 あまりにも大きな未来を託された両肩は重い。


 だけど諦めたくない。


 原作にない設定を付け足すのが好きではない私だけど。


 ご都合主義を追い求めてみよう。


 みんなが笑える未来があるんだって、信じよう。




「はいっ」




 閉じていくゲートの向こう側。


 悠然と微笑む彼を目に焼き付け、私は魔族領から消え去った。

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