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第2話

 結論から言うと、昨日の出来事は夢ではなかった。


 目が覚めると、当然のようにそこは牢獄だった。


 そして放心状態から立ち直る間もなく、衛兵のような人物に手枷をつけられた。


 そのまま引っ張られるようにして外へと踏み出すと――そこには西洋風の世界が広がっていた。


 はなやかさを感じさせる洋風の建物たち。


 その光景は、まさに聖魔のオラトリオの背景として描写されていた景色だった。


 だが、そのことに感動することはできない。


 衛兵たちから向けられる侮蔑の視線は居心地が悪く、今すぐにでも逃げだしたいくらいだ。


 もし本当に逃げたのなら、衛兵の腰に携えられた剣で斬られるのだろうけれど。


 どうやら私が捕らわれていたのは王城の地下牢だったらしい。


 しかし私があの城を目指すことはない。


 城を背後にしながら、城門へと向かってゆく。


「せいぜい、処刑に反対してくれた聖女様に感謝するんだな」


 衛兵の一人が乱暴に私の背中を押す。


 もはや突き飛ばすに近い行動のせいで転びそうになってしまった。


「本来ならお前なんか、何度処刑しても足りないくらいなんだ」


 衛兵たちが軽く腰の剣へと手をかける。


 かちゃりとなった金属音に身が縮んだ。


「お前のことは国民全員が知っている。再びこの国を訪れることができると思うなよ」


「さっさと消えてしまえ。災厄の黒魔女め」




 ――災厄の黒魔女。




 それは確か、シナリオ終盤でエレナにつけられた呼び名だったか。


 主人公であるノア=アリアが『救世の白聖女』と呼ばれていることの対比として語られる、人類の裏切り者への蔑称だ。


「…………」


 私は目を伏せ、何も言い返さない。


 喉の痛みはあれから消えることなく、声が出ないままなのだ。


 せいぜいうめき声を漏らすのが限界で、一切の弁解も許されない。


 とはいえ、仮に問題なく話せたとして。


 いくら身の潔白を主張してもきっと無意味だろう。


 どう見ても、私の容姿はあのエレナのまま。


 彼らの嫌悪に満ちた目を変えるような証拠なんてあるはずがない。


 私は諦めのまま城下町へと歩を進めた。







(これからどうすればいいのかしら)


 ふらふらと城下町を歩く。


 服毒と獄中生活の影響だろうか。


 体がさっきから重い。


 全身が熱を持っていて、指先の感覚がおかしい。


 こんなに体の調子が悪いのはいつ以来だろうか。


 体温を測ったら40度近いのではないだろうか。


 そんなことを思いながら歩いてゆく。


(せっかく、聖魔のオラトリオの世界に来たのに。これじゃあ、楽しめそうにもないわね)


 周囲からの視線が痛い。


 そのすべてが嫌悪や憎悪がこもったものだ。


 好奇の目が温情にさえ思えてくる。


 向けられる悪意が、衰弱した体をさらに消耗させてゆく。


 自意識過剰だと思いたいけれど、きっとこれは勘違いではないのだろう。


 それくらいの罪状が彼女にはあるのだから。


(お腹が減った……)


 ふとした瞬間に、香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。


 これはパンの香りだろうか。


 無意識に視線を横に向け――


「なに見てやがるんだっ」


 パン屋の店主らしい男性に石を投げられた。


 それほど衝撃は強くなかったけれど、力の入らない私の体はその場で這いつくばる。


 まぶたの上に直撃した石が地面に転がっていた。


 それを追うように、血の雫が地面へと染み込んでいく。


「っ」


 右手で目元を拭う。


 痛い。


 少量ながら血が手についていた。


「ったく、今日は聖女様の結婚式だってのに……嫌な顔を見ちまったぜ」


 そんな私を気にする人はいない。


 むしろ吐き捨てるようにして背を向けてゆく。


(なんで私がこんな目に)


 地面に爪を立てる。


 理不尽への怒りを込めたその行動は、爪と指の隙間に砂粒が入って痛いだけだった。


(確かに、原作のエレナはこんな目に遭っても仕方がないことをしていたけど……!)


 私は、彼女の抜け殻に入っているだけにすぎない。


 ここにはエレナの魂も、エレナの役割も残っていない。


 卑怯だ。素直にそう思う。


 私がゲームを通して見てきただけでも、彼女はわがままに悪意の限りを振りかざし続けたキャラクターだった。なのに、その報いを受ける前に消えてしまうだなんて。


 彼女が悪人だったからこそ、誰かの魂を押しのけ、人生を奪ってしまったことへの罪悪感はそれほどなかった。きっとそれは幸運なことなのだろう。


 だが、こんな誰にも頼れない状況で、自分のものではない罪を抱いて死んでいくなんてあんまりだ。


(私はなにもしてないのにっ……!)


 そんな私に優しさを向けてくれる人はいなかった。







(ここまで来たら、誰もいないはず……)


 私は大きな木に体を預ける。


 あれから私は逃げるように――いや、言い訳の余地なくあの場から逃げ出した。


 人のいない場所を目指して。


 気が付けば、私は城下町のさらに外にあたる丘へとたどりついていた。


「ぁ……」


 振り返れば、城下町を一望できることに気が付いた。


 そこにあったのは、ゲーム画面越しに見たはずの景色。


 希望があると信じていた世界だった。


(もし私がエレナ=イヴリスじゃなかったら、あの世界を楽しめていたのかしら)


 あの世界の一員として溶け込んで。


 生きていけたのだろうか。


(もう……いいや)


 正直、すでに心は限界だった。


 いわれのない罪で罰を受け。


 憧れていた世界から拒絶された。


 このままでは、好きだったあの世界まで嫌いになってしまいそうだ。


(この世界の地図がゲームと同じなら)


 見たところ、聖王国の構造はゲーム本編と変わりない。


 だとしたら、他の施設もマップ通りなのだろう。


(あの場所もあるのかな)


 誰もいなくて、歩いていける距離で、見てみたいと思える場所。


 そんな場所が私の中で1つ浮かんだ。


(聖地巡礼って気分にもなれないけど)


 ふっと漏れたのは自嘲的な笑みだった。


 普段だったら、もっと嬉々としてイベントの地を踏めたはずなのに。


 どこにも行き場所がないなら、あそこに行ってみよう。


 そんな消去法のような思考で私は行き先を決める。


(…………それで、もう全部終わりにしようかな)


 そこにたどりつけば、心残りがなくなる気がした。







「ぁ…………」


 そこにたどり着いたとき、自然と足が止まった。


 目の前にあったのは、まるで遺跡のような祭壇だった。


 はるか昔から存在していたのか、石造りの祭壇にはツタが絡みついている。


 木漏れ日に照らされたその景色は、寂しくも神々しい。


(やっぱりあった――災禍の祭壇)


 ここは聖魔のオラトリオにおいて、災禍の祭壇と呼ばれた場所だ。


(封印された魔王リュートが安置されている場所)


 主人公であるノアがラスボスである魔王リュートを倒し、彼が永久に復活することがないようにと肉体と魂を封じた場所だ。


(見ているだけで心が安らぐ)


 魔王をはじめとして、魔族は魔素とよばれる瘴気を身に宿している。


 それを浄化できる唯一の存在が聖女であり、ここはそんな彼女に祝福された土地。


 これまで見てきたパワースポットとは比べ物にならないほど空気が澄んでいるのが分かる。


(これが、聖女が持つ浄化の力なんだ)


 世界に祝福され、世界を正す力を持った存在。


 この世界の主人公であり、救世主。


 その意味が、ここに来るとよく分かる。


(どうせなら、そういう華々しい立場でこの世界に来たかったなぁ)


 しみじみと思う。


 なぜ悪役になんてなってしまったのだろうか。


(まあいいか)


 だが、あいにくと恨み言を口にする余裕もない。


 ただただ、無気力になっていた。


(エレナになっちゃった時点で、私にはもうどうしようもないんだし)


 心身を諦めが支配する。


 よくない傾向だ。そう分かっていてもどうにもならない。


 むしろ、どうにでもなれとさえ思えてくる。




「どうした?」




 心が暗い闇に沈み込んでいたとき、声が聞こえてきた。


 落ち着いた、それでいて魂にまで届きそうな声が。


「ぇ……」


 振り返れば、そこには男性がいた。


 赤い髪を揺らしながら。


 いっそ傲慢にさえ見える余裕な微笑みを浮かべて。


 三日月のように左右へと伸びる角。


 コウモリのような両翼。


 そしてドラゴンを彷彿とさせる尻尾。


 おおよそ常人とは思えない身体的特徴を有する男性。


 私は、彼のことを知っていた。


 何度も見てきたから。


「まさか、この期に及んで――オレを利用しに来たのか? エレナ=イヴリス」


 彼は苦笑する。


 しかし、私は反応できない。


 あまりに想定外の事態にただ茫然としていた。


「お前の生きざまを見ていると、人の業というものを感じるな」


 彼が歩み寄ってくる。


 頭2つ分くらいは高い身長。


 整った顔立ちに見下ろされ、思わず緊張してしまう。


 だって彼は――




(魔王がなんで生きているの!?)




 だって彼は――すでに死んでいるはずの魔王リュートだったのだから。

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