第105話
あまりにも衝撃的すぎるユリウスの言葉から。
私は宿で夜を待っていた。
幸いにして今日は新月。
街灯があるとはいえ、お世辞にも明るいとはいえない。
つまり潜入日和である。
いや、困惑で思考がおかしくなっている。
潜入日和ってなんだ。
「行きますよ?」
場所は城の前。
私たち3人はそこに集まっていた。
――王城に潜入するために。
「「はい」」
私たちはユリウスの言葉にうなずく。
「こちらに」
ユリウスに追従して歩いてゆく。
当然ながら、門番がいる門を正面突破するつもりはない。
私たちは城を囲む壁をつたうように回り込んでゆく。
「森の精よ」
ユリウスが壁に触れる。
そこは門の正反対の位置。
当たり前だが壁には入り口などない。
しかし――
(植物を操れるって、こういうとき便利なのね)
壁に走っていたヒビ。
そこから伸びていたツルがユリウスの一声で急成長してゆく。
「っ……」
「わわ……!」
このツルはユリウスが操作しているのだろう。
ツルが私とリリの腰に巻き付き、引き上げてゆく。
そのまま私たちは城壁を越え、門を通ることなく城の前にたどりついていた。
「裏口から行きましょう」
私にとっては異様な光景でも、ユリウスにとっては当然のものなのだろう。
ツルが再び元に戻るように縮んでいる姿を見送ることもなく、彼は歩みを進めた。
円形に城を囲んでいた壁。
その中でも、門の正反対の場所から侵入したのだ。
つまりここは城の裏手に位置している。
このあたりは使用人が利用するような場所なのだろう。
城の裏口の周囲は茂みが生えており、人目につきにくくなっている。
隠密に入り込むには最適だろう。
「貴女たちはここで待っていてください」
ユリウスは口元に人さし指を当てる。
「私が先に侵入して、内側から鍵を開けますから」
「――いえ、大丈夫です」
彼からの申し出を私は断った。
ユリウスの手腕を疑うわけではない。
彼ならきっと問題なく城内に入ることができるのだろう。
「最初から最後まで役立たずというわけにはいきませんから」
なのでこれはプライドの問題だ。
ここに来るまで何度もユリウスに助けられた。
私だって少しは役に立ちたいのだ。
「――――」
私は裏口の扉に右手を伸ばす。
同時に、左手で足元の小石を拾いながら。
するり。
そんな音さえも鳴らすことなく、私は扉をすり抜けた。
いわゆる扉抜けバグ。
私はそれを利用して城内に入り込む、すぐに背後の扉の鍵を開いた。
「行きましょう」
扉を開け、私は2人を招き入れる。
「……驚きました」
ユリウスがわずかに目を見開いてぽつりと漏らした。
落ち着いている印象が強い彼としては珍しい姿だった。
「そういえば貴女は女神様の権能の一部を持っているのでしたね。女神のイタズラも自由自在というわけですか」
「そこまで便利なわけでないですけど」
私は苦笑した。
女神の権能なんて立派なものではない。
この世界が好きで、何度もこの世界を見てきたから知っていた裏道でしかないのだ。
女神の力というには限定的すぎる。
「それでも、手間が大きく省けるのに違いはありません」
ユリウスは微笑みを浮かべ、城の中へと視線を向ける。
時間は深夜。
城で働いている人々も、一部を除いて寝静まっている頃合いだ。
そのせいか廊下に明かりはない。
「行きましょう」
私たちは闇に紛れるように潜入を始めた。
☆
沈黙と暗闇。
いつ見つかるのではないか。
そんな不安を抱いていた潜入も、時間が経てば気は緩んでゆく。
「そういえば、どうしてユリウスさんは夜中に侵入を?」
本来ならこんなタイミングで雑談なんて厳禁だろう。
それは分かっているものの、思わず口を開いていた。
私のように正規の方法で城に入れないのならば分かる。
だが、なぜユリウスが夜間の潜入なんて違法は手段を選んだのか。
それがどうしても気になっていたのだ。
「……そうですね」
静かにユリウスがつぶやく。
それは潜入中だからというだけではないのだろう。
彼の表情は少し険しいものに変わっていた。
「公の場でできない話をしたかったから、でしょうか」
ぼかしたような言葉。
それはきっと、今の時点で話せる最大限の内容ということなのだろう。
(冗談、って感じじゃなさそうね)
もっと詳しく聞きたい。
そう言うことは簡単だろう。
だが、今聞くべきではない。
なんとなくそう思った。
――その判断が正しかったのかは分からないけれど。
「着きましたよ」
ともあれ、タイムリミットはすぐに訪れた。
足を止めるユリウス。
私たちはとある部屋の前にたどり着いていた。
「ここがノアの部屋……」
つい漏れた声。
そこには万感の思いがこもっていた。
聖魔のオラトリオのファンとして、この場所に思うところがないはずもない。
(プレイヤーなら何百回も来たことがある場所だけど。実際に見るのは初めてね)
聖魔のオラトリオの冒頭。
聖女として覚醒したノアは、身の安全を確保するために王城に住むこととなる。
ここは彼女のために用意された一室。
ゲーム内ではセーブポイントも兼ねていた場所だ。
「レディの部屋ですからね。さすがにノックくらいはしましょう」
ユリウスがそう言う。
「どう考えてもノックで許してもらえる失礼じゃないと思うんですけど」
もっとも、時間帯は深夜。
普通の生活をしていて起きているような時間ではない。
相手が王女でなかったとしても許されないような暴挙だ。
もはやノックの有無でどうにかなる次元の失礼ではない気がする。
「そればっかりは仕方がありません。私たちにも事情があるのですから」
彼は肩をすくめる。
そして、ノックの音が鳴った。
隠密行動中なので控えめに。
それでも室内には間違いなく聞こえるであろう音量の音が鳴った。
「ノア。私です。ユリウス=アトリーです」
扉の向こう側にいるであろうノアへとユリウスが告げる。
だが、
「……返事がないわね」
答えはない。
ただ沈黙が続くだけだ。
「眠っていらっしゃるのでは?」
リリが不安そうな表情を浮かべる。
「可能性はありますが……」
リリの言うことももっともだ。
少しユリウスは思案している。
そして数秒ほど考えた後――
「入りましょう」
彼は強行突破を提案した。
(……どうしたのかしら?)
そんな彼の決断。
私はそこに疑問を覚えていた。
(ユリウスはエルフであるからこそ、人間と違う価値観を持っている。だけど気遣いは人一倍できるキャラでもある)
攻略対象の中で最年長なのがユリウスだ。
だからこそ彼は作中で包容力を見せる場面が多かった。
(なのにこんなことを? 少し強引すぎる)
相手の事情を考えずここまで強引な行動をするものなのだろうか。
そう思ってしまう。
(なにか……焦っている?)
そんな気遣いをしていられないような何かが。
彼にはあるのだろうか。
「ノア。入りますよ」
そんなとりとめのない思考。
そこに答えが出ることはなく。
彼は扉を開いた。
「これは……」
ゲームの画面で何度も見た。現実では初めて見た。
そんなノアの部屋は――空だった。




