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第102話

 ロイとの接触があった日の夜。


 私は訪れた宿でリュートと連絡を取っていた。


 ユリウスは別の部屋。


 リリは温泉に入っている。


 部屋に自分1人となったとき、無性にリュートと話したくなったのだ。


 正直なところ事態に進展があったわけではない。


 ただ、今日の出来事を話した。


 ロイと出会ったこと。


 戦いの中で、死の危機に瀕したこと。


 その果てに、不干渉という形ながらもロイの心を動かせたこと。


 きっと思うがままで整理されていない語り口だったことだろう。


 それでもリュートは口を挟むことなく私の話へと耳を傾けてくれていた。


「……そうだったか」


 話が終わってから。


 ただ一言。


 彼はそう漏らした。


 静かに。噛みしめるように。


「傷は大丈夫なのか?」


 ゆっくりと。


 いたわるように彼が問いかけてくる。


 ――思わず脇腹に手をやった。


 抉られた血肉を再生した影響だろうか。


 その部分には少し違和感があった。


 とはいえ痛みがあるわけではない。


 ふやけた肌が痒みを生じさせるような。そんな感覚だ。


 傷を治したばかりだからだろう。


 幸い、傷跡は残らないらしい。


「はい。リリとユリウスさんが治してくれたので」


 リリとユリウス。


 この世界で最上位に位置するであろう回復魔術の使い手2人がその場にいなかったら。


 きっと今頃、私の命はなかっただろう。


 それでも今、私は生きている。


 だからそう答えることができた。


「…………それならばいい」


 ため息。


 そこに込められているのは安堵……なのだろう。


 私の身を気にかけていたからこその反応。


 そう思うと少し嬉しかった。


 心配をかけてしまったことは申し訳ないとも思うけれど。


「気持ちに変わりはないのか?」


「え?」


 リュートからの問い。


 その意図が分からず、私は疑問の声を上げた。


「今回、お前は死にかけることとなった。これからも戦い続けるのであれば、次はどうなるのか分からない」


 彼はそう続ける。


「それでも気持ちは変わらないのか?」


「はい」


 彼の言うことはきっと正しい。


 だけど私は即答した。


 今回、私が助かったのは幸運。


 次も大丈夫だというのは楽観がすぎるだろう。


「また、みんなで笑える日が来て欲しいと思うから」


 それでも、だ。


 それでも諦めたくはないのだ。


「そうか」


 ふっと彼が笑う。


「それなら良かった……と素直に言えないのも考え物だな」


「え?」


「なんでもない」


 問い返すも彼は答えない。


 きっと追及してもはぐらかされたままなのだろう。


「……人間との戦いはどうなっていますか?」


 私は話題を変えることにした。


 ある意味で、こちらが本題といえるほどに大切は話題へと。


「今のところ大きな動きはない。お互いに死傷者が出ないような小競り合いが国境で起きる程度だな」


 小競り合い。


 戦いが起きていることを軽視するつもりはないが、殲滅戦争の前哨戦としては軽微なものなのだろう。


「どちらの陣営も、来るべき時を待っているといったところか」


 来るべき時。


 それはつまり、私にとってのタイムリミットでもある。


 その時にはすでにノアは前線に立っており、説得の場を作ることさえできないのだから。


「戦いが始まれば、決着まで数日とかからないだろう」


 彼はそう語った。


 正直なところ、私は戦術には明るくない。


 だから彼の言うことを鵜呑みにすることしかできない。


「魔素で満ちたこの領は、天然の要塞といっていい」


「聖女の助けがなければ人間は侵入できないから、ですね」


「そういうことだ」


 魔素は動植物を狂暴なモンスターに変えてしまう。


 だから人間は魔族領に侵攻できない。


 魔素の影響外から攻撃を撃ち込むのが限界だろう。


「こちらから戦いを仕掛けるつもりはない。必然的に、戦いが始まるのは聖女ノアの準備ができたタイミングとなる。そこで奴らは、少数ながら最高戦力を注ぐことだろう」


 リュートは積極的に攻めない。


 それはきっと私への心遣いでもある。


 私がノアを説得した後、魔族側から襲撃したという事実を残さないように。


 魔族と人間の関係を修復可能な範囲でおさめるための立ち回りだ。


「そしてそれも、遠い先の話ではない」


「…………」


(もう時間がない)


 思わず深刻な表情になってしまう。


 戦争は長引くほど両陣営に負担がかかる。


 だからこそ、ノアも開戦をそう先へと伸ばすことはないだろう。


 きっとリュートの戦いが近いという見立ては正しいはずだ。


(急がないと。取り返しがつかなくなる前に)


 本格的に開戦の狼煙が上がる前に。


 戦いを止めなければならない。


「これから、飛竜で聖王国に向かう予定です。明日にはおそらく……聖王国に着きます」


「…………いよいよというわけか」


「はい」


 私はうなずく。


 飛竜。


 それはドラゴン型のモンスターを使った交通手段だ。


 ゲーム内で実際に使うシーンはなかったものの、存在だけは触れられていた。


 この世界において転移魔術を除けば、最速の移動手段らしい。


(まだ私の中で、ノアを説得するための言葉は見つかっていない)


 それでも時は待ってくれない。


 戦いの時は迫っているのだ。


「そう不安そうな顔をするな」


「顔は……見えないのでは?」


「見えなくとも分かるさ」


 ――否定できない。


 実際に、私は不安に押しつぶされそうな表情をしていたはずだから。


「お前なら出来る。オレはそう信じている」


 彼はやわらかな声でそう告げた。


 これは呪術で声を飛ばしているだけの通話。


 顔も見えない。


 触れることもできない。


 なのに、頭を撫でられているような気分になってくる。


「魔王様……」


 ざわついていた心の波が凪いでゆく。


 一言で安堵してしまうとは。


 我ながら単純である。


「そういえば、いつしかお前は迷いなくオレをそう呼べるようになったな」


「え?」


 いきなり切り出された話題。


 想像もしていなかった切り口に私は首を傾げた。


「出会ったばかりの頃は、何度もオレを名前で呼ぼうとしては改めていただろう?」


「う」


 思わず言葉を詰まらせた。


 リュート。


 彼の立場を考えれば、その名前を簡単に呼ぶことはできない。


 ただ当初の私にとって、彼はあくまで好きなゲームのキャラクターだった。


 だからいつもの癖というべきか。


 よく名前を呼び間違えそうになったものだ。


「こちらの世界で生きることに慣れた結果ともいえるかもしれないが、少しばかり思うところもあったのだ」


 だが、もうこの世界で生き始めて半年以上の時が経った。


 そうした華麗で少しずつこの世界で生きることになじんできた。


 確かに彼が言う通り、自然と彼を『魔王様』と呼べるようになっていた。


「と、いいますと?」


 私は問い返す。


 彼がこの場でそんなことを口にする理由が分からなかったのだ。


「名前で呼べと言っているのだ」


 少しだけ笑みが混じったような声。


 その内容は普通ではありえないものだった。


 王である彼を名前で呼ぶ。


 それが大きな意味を持つことなど、私でも理解できる。


「えっと……それでは」


 ごほん。


 そう咳払いする。


 言い間違えていた時は簡単だったのに。


 自分の意志で口にしようと思うと途端に気恥ずかしくなった。


 そして深呼吸。




「明日、絶対にノアを説得して帰ってきます。……リュート」




 少しだけ躊躇って。


 それでもゆっくりと彼の名前を呼んだ。


 口にしてみると……なんというか。




「ああ。期待している。レイナ」




 なんとなく、胸が温かくなるような気がした。

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