沈黙の秘密会議と一時の休息と呼称。
櫻魅耶市の地下深く、防衛省の極秘会議室。
換気扇の低い唸りだけが響く重苦しい空間に、数名の男たちが顔を揃えていた。
テーブルの末席に座るのは、現場指揮を執った灰坂大佐。その対面には、白衣を纏った政府の科学考証チームの代表と、内閣府から派遣された眼光鋭い高官、寺崎が座っている。
「――では、報告を始めてくれ」
寺崎が低く、冷徹な声で促した。
灰坂大佐は立ち上がり、背後の巨大モニターに映し出された映像を指し示した。
そこには、赤外線カメラが捉えた空間の裂け目と、そこから這い出す巨大な異形の怪獣――のちにタケルたちがガボラスと呼んだ未確認巨大生物が映し出されている。
「昨夜0時、櫻魅耶第二発電所に出現した未確認巨大生物です。これは、先日郊外の山林に現れた植物型の未確認巨大生物に続き、二体目となります。最大の特徴は、既存の物理法則を無視した出現方法……まるで“空間そのものを叩き割って”現れたかのような観測結果が出ています」
「何処から現れ、何が目的なのか。科学者諸君の見解は?」
寺崎が科学者チームに視線を向けた。
代表の科学者が眼鏡を拭いながら答える。
「現時点では推測の域を出ませんが、我々の住む“三次元空間”とは異なる位相……"別次元"から侵入してきた生物である可能性が高い。目的については、第一例目は不明ですが、昨夜の個体は明らかに電気エネルギーを指向していました。我々の文明を餌にしている、いわば外来の“捕食者”です。次に」
科学者がリモコンを操作し、モニターの映像が次へと切り替わる。
闇夜に輝く真紅の装甲。自衛隊の猛攻を物ともしなかった未確認巨大生物を粉砕した、あの"巨大ロボット"の姿だ。
「そして、この『未確認巨大ロボット』。大佐、現場でこれを見た君の直感を聞きたい」
寺崎の問いに、灰坂大佐は一瞬の沈黙を置いた。脳裏には、ガボラスを引きずり回したあの圧倒的なパワーと、トドメの一撃を放つ直前の"咆哮"のような駆動音が蘇っていた。
「……兵器としての完成度は、我々の技術体系を数十年、あるいは一世紀は先取りしています。あれだけの巨躯を軽快に動かす出力源、そして瞬時に合体する機構。到底、どこかの国家が秘密裏に開発したレベルではありません」
「問題は、あれが我々の味方かどうかだ」
科学者が付け加える。
「現状では、巨大生物を排除する動きを見せています。しかし、あのような超越的な力が制御を失えば、巨大生物以上の災厄になりかねない」
「基地の特定はできているのか?」
「いえ……」
灰坂大佐が苦渋に満ちた表情で首を振る。
「出現時も消失時も、レーダーには一瞬しか映りません。忽然と現れ、忽然と消える。まるで魔法です」
それから会議が長引くも議論の結論ががなかなか決まらず一旦、一時休憩となり、数日ぶりに自宅へ戻った灰坂大佐は、リビングのソファーで深く息を吐いた。
現場での緊張と会議での神経戦。精鋭軍人である彼も、心身ともに疲弊していた。
「あ、お父さん。お帰りなさい」
ピンク色の髪を揺らしながら、娘の愛がキッチンから顔を出した。エプロン姿で微笑む彼女は、戦場の焦げ臭い空気とは無縁の、平和そのものの象徴だった。
「ああ、愛か。……すまんな、最近帰りも遅くて」
「ううん、大変なんだよね? あの『"未確認巨大生物"』の事件で。……ねぇ、お父さん」
愛はクスクスと可愛らしい表情で笑いながら、父の隣に座った。
「今日ね、学校でね、面白い事を言い出す、男子がいたの」
「学校で?」
「うん。ほら、前に現れた最初の未確認巨大生物の事件……あれ、ネットに上がってる動画をこっそり見ながら、三人の男の子たちが一生懸命お話してたのよ。あの怪獣は“次元獣”で、助けてくれたロボットは“ゾーンGロボ”って、名前をつけてたの」
灰坂大佐の身体が、微かに震えた。
「……“次元獣”。“ゾーンGロボ”……?」
「そう。なんだか特撮ドラマみたいに、熱心に決めてて。男の子って、ああいう名前をつけるのが好きよね。でも、なんだか不思議としっくりくる名前だと思わない?」
愛は楽しそうに語るが、大佐の脳内では激しい火花が散っていた。
(“次元獣”……『次元から現れる獣』。我々の科学チームがようやく辿り着いた結論に灰坂は直感的に――)
だが…しかし、愛の無邪気な瞳を見ていると、それが単なる子供の空想遊びに過ぎないようにも思えた。
「……ああ。そうだな。悪くない名前だ
それから灰坂は愛が淹れてくれた温かい紅茶の香りが張り詰めた、神経をわずかに解きほぐしていった。テーブルを挟んで湯気の向こうで、娘は今日学校であった他愛もない出来事を語り続けている。
「……それでね、その三人のうちの一人が、すっごく真剣な顔で『これは俺たちの戦いだ!』なんて言っちゃって。もう、ははは♪」
愛はクスクスと肩を揺らして笑う。その笑顔は、灰坂にとって守るべき世界の象徴そのものだった。しかし、軍人としての感が、娘の言葉にある"何か"を感じた気がした。
「愛……その男子たちは、どこのクラスの子だ?」
「え? 確か……5年1組だったかな。タケル君っていう元気な子と、眼鏡をかけたケン君、それにちょっと体の大きなモンタ君。いつも三人で一緒にいるのよ。お父さん、どうかしたの?」
「いや……少し気になっただけだ。子供の想像力というのは、時として本質を突くことがあるからな」
「ふ~ん」
灰坂は努めて平静を装い、紅茶を一口啜った。
だが、いまは国家の最高知能が頭を抱えている状況だ。
「お父さん、あんまり難しい顔しないで。せっかくのお休みなんだから」
愛が少し膨れ面をして、灰坂の腕を軽く叩いた。
「ははは、そうだな。すまん。……愛、お前には怖い思いをさせているな。街に、あんな巨大生物が出現して」
「ううん。私は大丈夫だよ。だって、あの巨大ロボットが、街を守ってくれるもの」
愛はそう断言すると愛の瞳には、一切の曇りもなかった。
灰坂は娘の頭を優しく撫でながら、心の中で誓った。その信頼を、大人の事情や猜疑心で汚してはならないと。しかし同時に、司令官としてそれを出所を突き止めねばならないという義務感に駆られていた。
夕食を終え、愛が眠りについた後、灰坂は大雨が降り始めた窓の外を見つめながら、再び携帯端末を手に取った。
「私だ。……明日朝一番で、内閣府の寺崎氏に繋いでくれ。報告の追記がある」
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――翌朝。
再び地下会議室に集まった男たちの前で、灰坂は昨日とは打って変わった、どこか吹っ切れたような表情で教壇に立った。
「諸君、検討中であった呼称案について、私から一つの提案がある」
寺崎が不機嫌そうに片眉を上げる。
「名前など何でもいい。重要なのは対策だと言ったはずだが」
「名前は『定義』です。定義が曖昧なままでは、作戦に混乱を招きます」
灰坂はモニターに、ガボラスの残骸と、空間が裂ける瞬間の静止画を並べて表示した。
「未確認巨大生物……これからは、奴らを私は『"次元獣"』と呼称することを提案する。別次元より現れ、我々の理を食い破る怪獣。これほど実態を表す言葉はないと、私はそう考えました」
科学者たちが顔を見合わせ、頷く。
「……確かに。位相の壁を超えてくる性質を端的に示している」
「そして、あの"巨大ロボット"。我々の窮地を救い、圧倒的な力を見せつけたあの真紅の巨大ロボットを――『ゾーンGロボ』と私はここに正式呼称します」
「ゾーンG……。Gはグレートか。それともグラビティか。……灰坂大佐、どこからその着想を得た?」
寺崎の鋭い視線が灰坂を刺す。
「……市民の間で、すでにそうした呼び名が広まりつつあります。情報の錯綜を防ぐためにも、民間の感性を取り入れるべきだと判断しました」
灰坂は、愛の笑顔や、まだ見ぬ三人の少年たちの顔を思い浮かべていた。国家の冷徹な議論の場に、ほんの一滴、子供たちの「希望」を混ぜ込む。灰坂なりの、未来への投資だった。
「よかろう。本日、午前10時をもって、正式呼称とする。……科学考証チーム、これより奴ら強いては未確認巨大生物を『“次元獣”』として再定義し、空間剥離の予兆検知システムの構築を急げ」
寺崎の宣言により、少年たちが放課後に決めた名前は、日本政府の公式用語となった――。
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灰坂大佐が会議で「市民の間で広まりつつある」と報告したその裏には、実に単純明快な理由があった。
会議が開始される数時間前――。
「いいか、みんな! あの赤いロボットの名前は『"ゾーンGロボ"』! で、あいつがぶっ倒した怪獣は次元の壁を越えてくるから『"次元獣"』ってんだ。覚えとけよ!」
放課後の商店街。コロッケを片手に、タケルは意気揚々と同級生や近所の住人たちに熱弁を振るっていた。
「へぇ、タケルちゃん詳しいねぇ。どこでそんなの聞いたんだい?」
肉屋の店主が笑いながら尋ねると、タケルは一瞬ギクッとして、すぐに胸を張った。
「あ、いや! ほら、俺ってああいうの詳しいだろ? ネットの掲示板とか、海外の目撃情報とかを俺なりに分析した結果だよ!あははは(苦笑)」
実際は自分が名付け、自分が操縦して戦っている張本人なのだが、そこは「正体を明かしてはいけない」というヒーローの鉄則を(ケンに口酸っぱく言われて)守っている。
しかし、自慢したくてたまらないタケルは、名前だけでも世間に浸透させようと、学校、公園、塾の帰り道、至る所でこの名称を吹聴して回っていたのだ。
「ケン……タケル君、あんなに言いふらして大丈夫かな?」
少し離れた場所で、モンタが心配そうに呟く。
「……情報の出所を特定されない限りは問題ないよ」
ケンは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷ややかに分析する。
「むしろ、名前が固定されることで、大衆の恐怖心は一定の方向へ制御される。正体不明の何かよりも、名前があるものの方が安心するからね。それに……『"ゾーンGロボ"』。僕たちの誇り高い名前が公用語になるのは、むしろ…嬉しい事だよ」
三人の知らない所で、この「"噂話"」は、警察官から役所、そして防衛省の情報収集班の耳へと届き、巡り巡って灰坂大佐の報告を裏付ける「民意」となっていたのだ。




