1月28日
今日はショナの復帰日だ、やっとだ。
やっと。
そうか、逆に何かを遅らせる事で、未知の道へ行ける可能性が有るのかも知れないのか。
《ハナ、迎えじゃぞ》
よし、来た。
そして泉を通って来たショナ君は、そうだった、ハナのこの姿を知らないのか。
「そ、さ、桜木さん、その格好は」
「あ、あぁ、うん、紆余曲折有った」
「すまんな驚かせて、詳しくは向こうで、な?」
「は、はい」
桜木さんはクーロンに運ばれ、エミール君はカールラへ。
そして女性体になった武光さんと僕ら従者は、魔王に送られ省庁へ。
僕が居ない間に、桜木さんに何が。
柏木さんが凄く上機嫌だったので、てっきり桜木さんの方も良い状態なのかと。
いや、人が集まるのに機嫌は良さそうだし、寧ろ僕にも笑ってくれるし。
そして会場に入ると、食事を席へ運ぶ事に。
「ビックリしたか万能鉄仮面」
「それ、賢人君ですか」
「非常に的を得た、射る?表現じゃない」
「本来は弓を射る方ですよ」
「射ったら得られるのにな」
「そうして口語で得るの方が多用される事になったので、コチラでも誤用例からは外れてます」
「あらかさま、あからさま」
「それも後半の、明らか、あからさまです」
「ふんいき、ふいんき」
「それは前者のふんいき、です」
「因数分解ってなに?」
「それを口頭で聞きます?」
「概念的な説明からよ」
「14を割ってみて下さい」
「2×7?」
「それが因数分解です」
「天才だなぁ」
「感心する閾値が低いですよ」
「感度が高いんですよ」
「ワザとですか?」
「何が?」
「何でも無いです」
「何だよー、知識の凸凹に怒るなよー」
「別に怒って無いですし、自覚が有るなら大丈夫かと」
「未だに、えんりょうって間違えて、うを余分に打っちゃうのよね。漢字も左右入れ替えて書いてしまう」
「誰かに何か言われたんですか?」
「いや、人間の証明をしてるのよ、何ならポンコツの証明だな」
「因数分解が出来無いからって、モーツアルトがポンコツだとは評価されないかと」
「凄い音痴かもよ?運痴で音痴」
「何でも練習したらある程度にはなりますよ、少なくともココでは」
「だから君は万能になった」
「桜木さんもなれますよ、直ぐに」
「努力する才能がなぁ」
「それも環境次第かと」
「でもダメだったらどうするよ、天性の自堕落者」
「僕は、厄災後、召喚者様が何もしないで居られる世界が、良い世界だと思います」
「引き籠り推進派か」
「推進まではしませんけど、引き籠っても問題無い様にはするつもりです」
人と接して欲しいけれど、時として気疲れするならば強制は出来ないし、矯正だって必要は。
「おはよう、食いしん坊」
「万歳。リズちゃんか、おはよう」
「古い、まだやってんのかソレ…来いよ、話が有る」
「おう」
リズさん、どうして桜木さんだって事が分かったんだろうか。
タケちゃんと一緒にリズちゃんから呼び出しを食らった。
「どうしてだ」
「いや、ココでは少しだな」
「込み入った事情が、つか良くワシだと分かったね」
「流石に柏木さんから聞いたわ、今さっきな」
「さーせん」
「すまん」
「羨ましい!」
「ですよねー」
「すまん、高い高いしてやろうか?」
「煽るなぁああああ」
「すまん」
「どうどう」
「向こうに部屋を用意した、説明しろ」
「おかのした」
「おう」
そうしてショナ、エミールも加えて、賢人君が説明する事に。
「えーっとっすね」
賢人君の説明は実に素晴らしかった。
陰謀が渦巻いてるかもなので、入れ替わってみた、と。
「上手、簡潔で素晴らしい」
「うっす」
「いやいやいや、何処に、だよ」
「最悪は国連だ」
『国連って』
「向こうとは少し違うんですが、似通った部分も存在してまして。各国が協力して、国際紛争を平和的に処理する機関、の筈なんですが」
「ぶっちゃけ監視委員会っすね、召喚者様や転生者様、大罪に魔王さんの」
『そんな、勝手に呼んで』
「残念だが、コッチの人間にしたら勝手に来たって感想なんだよ」
「立場や視点が違えばそうなるだろうな」
「しゃーない、実害も有ったみたいだし」
「え?」
「ショナさん、コレ極秘書類っす」
「魔女狩り」
「は、それ俺も知らないぞ」
黙読し、ワシを見る2人。
「いや、ワシを見てどうする」
「凄い立場だな、お前」
「あの、コレは」
「元は瑞安の亡くなった祖母だ」
「で、裏付けが出ちゃったんすよねぇ」
静まり返った部屋に、携帯の鳴る音が。
「あ、うん、はいはい。パパから呼び出しだ、戻るぞ」
そうして会場に戻り、暫くしてから柏木さん主導の会議が始まった。
【では、会議を始めます】
俺や五十六先生の希望通り、俺らの情報は秘匿案件として公表され無い事になり。
シェリーもブリジットも居らず、会議は順調に進み、本来よりもかなり早く終わった。
「ふぅ、一先ずは終わったな」
そして解散していく中、司馬とフィラストが残り、裏会議が行われる事になった。
『フィラストです、宜しくお願い致します』
「エミール、この人は近衛でシェパーズパイの美味しい店を教えてくれたんだよ」
『あ、どうも、美味しかったです』
《宜しくお願い致します、五十六さん》
「コチラこそ宜しく、司馬書記官」
其々に挨拶を済ませ、本格的な情報共有が始まった。
ハナさんと僕と精神科医の先生と、日向ぼっこ。
少しだけ、ハナさんがピリピリしてる。
《良い天気ですね》
「探られる位ならハッキリ訪ねて頂いた方が助かるんですが」
《どうして警戒されているんでしょうか》
「向こうのカウンセラー当りも医師当たりも、くじ運が非常に悪かったんですよ」
《お噂は兼ね兼ね、碌な世界では無いそうで》
「少なくともワシの周りは、ですがね。エミールは凄く良い子ですよ、親の躾も素晴らしい子です」
《少し、私の事をお話しましょうか》
「自分は結構です、そうして心理学を多用して、何を覗き込みたいんでしょうか」
《医師からも酷い目に遭ったとか》
「何を覗き込みたいんでしょうか」
《本当にただ、もし問題が存在しているなら肩の荷を降ろして頂こうかと》
「些細で些末な問題で、身体的、性的虐待は無いです。魔導具を使ってまた言いましょうか?」
《その警戒心は、私が興味を示したからでしょうか》
「あぁ、じゃあソレで」
気まずい。
『ハナさん』
「エミールは興味が有るかもか、ワシは離れてるから聞いてみてご覧」
僕は興味が無いと言うか、どうでも良いのにハナさんは立ち去ってしまって。
《1回目にお会いした時は平気だったんですけどね》
『あの、今回は何回目なんですか?』
《3回目です、2回目の宴会の時にカウンセリングは如何ですかと。失敗したみたいですね》
『そうですね』
凄く気まずい。
《何か相談したい事は有りますか?》
『今は、大丈夫です』
ネイハムさんの気配が動いた気がして、失礼しますとだけ言って去って行った。
そうして入れ代わりにハナさんが来て、いつもの雰囲気に戻っていた。
「すまん、冗談でも興味を向けられるの苦手なんだ」
『あの、どうしてなんですか?』
「イケメンだからじゃね?凄い綺麗な顔してんのよ」
『綺麗だと怖いんですか?』
「んー、興味を向けられたらね。ワシは醜い蛙の子だから」
『アヒルの子じゃなくて?』
「ならフォアグラ用の鴨の子だ」
『レバーは嫌いですか?』
「いや、レバーペースト凄い好き。蛙はまだ食った事が無い」
『じゃあ鴨は?』
「好き、旨味が強いよなぁ、良い出汁が出る」
保護者の武光君が警戒した事が伝播して警戒しているのか、興味を持たれた事による警戒心なのか。
《ドリアード、今は何を話してらっしゃるんでしょうかね》
《蛙にフォアグラにレバーペースト、それと鴨肉じゃな》
お食事が好きだと言ってましたが。
何故、蛙。
《どうして蛙なんでしょうか》
《醜い蛙の子なんじゃと》
《あぁ、それでアヒルからフォアグラですか》
《イケメンに痛い目に遭ったんじゃろうね》
《それと先生と呼ばれる人種に、ですね》
桜木花子の中の蛙の王子様は殴られたのか、キスをされたのか。
だからこそ、あんな誓約をさせたんですね武光君は。
「おぉ、どうだい、失敗しただろう」
《五十六さんのご明察通り。質問を良いですか武光君》
「断る」
《蛙化現象を、あぁ、もうお返事は結構ですよ》
「今すぐに退席して2度と関わらないで貰おうか」
《そう他人の人間関係を掌握するのは流石に不健全かと》
「だったらどうする、今度はソッチが俺を排除して人間関係を掌握するのか?」
「いやぁ、分が悪いよネイハム君。幾ら君が誤解されてるとしても、今のは君が煽ったんだからね」
《そうですね、反省します、すみませんでした。ですが誤解しないで下さい、魔王や大罪認定の為に探ったワケでは無いんです》
「どうしてアヴァロンでは無くココに何十年も居るんだ」
《まぁ、魔王のお陰ですね》
「なら殺すか?」
《今はもう、もう家族は帰ってきませんし》
「帰って来るなら殺すのか、殺す事に興味が無いのか」
《もう既にそこまでの熱意は無いので、友人知人の親族にも生き返って頂く条件じゃ無いと殺す気は無いですね》
「なら、もし人間になるとしても殺さないんだな」
《でしょうけれど》
「魔王の無効化案が出てるんだよ、人造人間化させる案」
《いつ私の生い立ちを話したんですか》
「さっき、ほんの少しだけど、僕のボディーランゲージを読み取られたのかも知れないね」
「ドリアードから聞き出した、とでも言えば良かっただろう」
「ほら、優しいから警戒してるんだよ。少なくとも、そう言う事にして話を進めさせて貰うよ」
《それで、ホムンクルスとは》
嘗て各国で研究され、今は唯一この国で1つだけ稼働している施設が有り、そこを利用して魔王を人間にと。
「発案者は桜木君なのだけれど、そう目立つ行動もどうかとなってね。しかも魔道具は有っても移動魔法もまだまだだし、国連にも報告して無い。けれど無効化されるんだ、本来なら直ぐにでも賛成されると思わないかい?」
《各国で研究されていた事を除けば、体面を優先すべきでは無い》
「けれど、思惑が有ったらどうなるかだよ」
《クトゥルフの恩恵を受け、魔王を無力化》
「それが成功すれば次は大罪、そしてそれを万が一にも仲間にしたなら」
《魔王や大罪の候補者に選ばれる可能性が高まり、次の召喚者が自治区に来てしまったら、桜木花子を魔王や大罪の候補にし、自国の召喚者を際立たせる》
「悪者を作り出し排他的に動いた過去が有るからねぇ、僕は正直可能性が高いと思う。そして仮に仲間にしなくても、事件を作り出せば評判を落とす事が可能だしね」
《残る事も公表されていれば弱点になる》
「そう、そして最悪は召喚者様と召喚者様の戦いになればだよ、それこそが厄災認定だ」
「それは避けたい」
《でしょうね、残るならば余計に避けるべき。懸念点は良く分かりました、なので警戒心を解いて頂けませんかね、桜木花子のカウンセリングに差し障りが有るので》
「どんな問題点を見出したんだい、ネイハム君は」
《最近の報告に有る、蛙化現象、どうやらそれも相まって警戒されている様です》
「それにどんな問題が有るんだ?」
《今は問題無さそうですし、恋愛や婚姻が関わらなければ厄災後まで放置で宜しいかと》
「もし心を開いて貰えるなら、僕らが君の代わりに父兄役をやりたいとは思っている、どうだろうか」
「父兄か……分かった、だが選ぶのはハナだ」
「だね、担当医になるにしてもだ、武光君の協力が無いと難しいんだよねぇ」
《そうですね、協力をお願い致します》
「……分かった」
「じゃあ次はだねぇ……」
お昼寝の途中で起こされ、会議の結果を聞く事に。
「すまんね、お昼寝してて」
『僕も、すみません』
「いや、俺もコレが終わったら少し寝る」
「では先ず……」
書類を新造するのも改造するのも、どうしても痕跡が残ってしまうので、コチラの姿を魔法で偽装する事になった。
紫苑はタケちゃんに見える様に、女性化タケちゃんはワシに見える様に、魔道具と神様の加護で可能だそうなので、早速実行する事に。
そうして出掛ける際には身分証を交換し、携帯する事に。
次は魔王について、先ずはワシの容量を確認してからと言う事になった。
「だけ?」
「今はな、実際に溢れるのか、もし溢れたら影響がどれだけ残るのか、それ次第ではリミッターが感知できる魔道具を制作して貰うか、他の方法を模索するか。なんでな、今は難しい事を考えずにリラックスして、容量を満たして貰いたいんだ、妹には」
《ですので、本来ならご趣味なり、なんなりをしながらゆっくりと回復して頂きたいんですが。厄災の時期が不明ですので、魔石で急速回復していただければ、と》
《じゃの、魔石からの回復では満タン手前で止まるらしいでな、後はエリクサーじゃよね》
「壮大な甘やかし計画では?」
「ですね」
「でだ、引き籠もり用の買い物に行ってくれ。エミールはユグドラシルで待機」
『はい』
何かを成す為に、自分を甘やかさなくてはいけない。
試練だわ。
ショナさんが買い物に同行するかと思ったんすけど、俺だった。
ショナさんはお料理担当にって桜木様の要望が有って、何でなのか、まぁ直ぐに分かったんすけどね。
「腐女子だったんすねぇ」
「ニヤニヤすな、殴るぞ。仕方無いじゃんか、短編で完結する良い作品って、このジャンルに多いんだから」
「あぁ、怪獣とかマシーン系って3巻以上は続きますもんね」
「ヒーロー物とかもね。だからジャケ買いして気に入ったら作家買いして、枝葉から好みに合うのを探す」
「あー、でも結構ファンタジーからスポーツ行く人も居るんすよねぇ」
「それな、どうしても1回はスポーツ描かないといけないのか、ってな。永遠にSFかファンタジーか描いててくれよって、つかコッチもなのか」
「SFファンタジーからサイクリング、ロッククライミング」
「あぁ、何て事を。作家さんが実際に好きなら良いんだけどさ、あ、ゴルフとテニスどっち」
「波○球」
「バーニング。つか連載物も欲しいよ?けどココのストーリー展開と自分が合うかどうか。その点コレは優秀なんですよ、大枠の中でジャンルが更に分かれてるから飽きない」
「百合ホラー、みたいな?」
「そうそう、ミステリーとか心霊、SF、多分全部ある」
「またまたぁ」
「無いとか有り得ないわ、舞台装置なんだもの」
「ほう。会社員、学園物は良いんすか?」
「王道は作家買いしてれば自然と揃う。そしてジャンル問わずに短編を買うのがワシの新規開拓方法じゃ」
「マジ雑食」
「じゃの!」
んで次は近くの駄菓子屋。
シリコンカップ入りのオヤツ箱を片手に、量り売りだったりケースに入ってるお菓子を選ぶ。
ヨーグルンまでリサイクル容器でこの場で詰めるってのが、特に気に入ったらしい。
「夏場、詰め替えヨーグルンが溶けて出て、全部のオヤツに」
「あぁ、そんな悲劇が起きるのか」
「まぁ、都市伝説なんすけどね。リサイクル容器なんで中身が悪くなるかもって、親の言い付けの派生っすよ」
「信じるか信じないかは、あ、コレって餅よな」
「いやグミっすよ」
「いやだって餅って書いてるやん」
「何ならソフトキャンディーっすよ、食感的に」
「いや、だから餅だって、あ、納豆味」
このワクワクっぷり、マジで召喚者様って感じっすよね。
「そんなに違うんすね」
「個包装の可愛らしさは良かったけど、ゴミ問題的にはコッチよね」
そんで店を出る時はポテチ入りの大入り用バケツを子供達にキラキラされて、めっちゃドヤってんの。
そんで次はアイス屋。
棒付きアイスキャンディーを冷凍箱いっぱいに買って、アイスクリームはカップで全種類。
そんでもう満足したらしい。
「いや、まだでしょ」
「ほう?」
「家電、据え置きでゲームしなくて良いんすか?」
「する」
すんごいニコニコキラキラ、オモチャ屋はショナさんに譲ろ。
賢人君に紫苑さんの付き添いを交代され、何かと思えばオモチャ屋に。
先ずはぬいぐるみコーナーで、肌触りの良い物を片っ端から選ぶ事に。
「コレはどうでしょう?」
「もう少し毛足が長い方が良い、ほら」
「確かにそうですね」
「大変なのよ選ぶのも」
そうして厳選されたぬいぐるみを抱え、ゲームコーナーへ。
「いや、僕、詳しく無いですよ?」
「ワシら関連のよ」
「あぁ、はい」
巨大生物と戦うモノ、農園を経営するモノを購入し、特撮コーナーへ。
「あぁ、同じやー」
賢人君が中々味わえない体験を共有したいって、この事だったんですね。
ココの人間なら、そうは反応しない、召喚者様や転生者様にしか出せない反応。
「買っても良いんですよ」
「いやー、やっぱりベルトって格好良いけどさー」
「ウチに有りますよ?」
「全部?」
「……はい」
「ヲタクぅ、シリーズ観てから考えるわ」
そうして今度は僕の寮へ。
シリーズをセットで貸し出す事に。
「コレだけで良いんですか?」
「おう、様子見やね」
「確かにどのシリーズから観ても楽しいですけど」
「おう、だからこそよ、主演の顔と敵役の造形で選んだ。好きだと何回でも観られる派です」
「けど、劇場版は良いんですか?」
「あー、そこも同じかよぉ、引き継ぎシナリオぅうう」
「中間の劇場版だけならコレで、繋がりとかは大丈夫ですよ」
「ぅう、いや、ココから観る、一周したるわ」
そうして今度はアヴァロンへ、そこそこの量の家電を稼働させるので、太陽光パネルを屋根に設置し、セッティング。
「どうでしょう」
「もう平和になったと思い込んで引き籠もりします」
先ずは小屋の有る地区を切り離し、そこで魔素を満たす前に、ユグドラシルへ。
ハナは自分が隔離されると言うのに、エミールに予備の毛布とぬいぐるみを渡し、ショナ君と共にアヴァロンへ。
着替えが面倒だからと紫苑のまま、ティターニアに浮島を分けて貰い。
魔石で一気に回復し、エリクサーを飲む事でリミッターを超えた。
《おぉ、見事に溢れておるな、ルシフェル》
『隔離して正解だったね』
ハナの男性体は相変わらず眠らせる特性のまま、レジストや魔導具を解除させたショナ君を眠らせるに至った。
「コレは、どうにか変えられないんだろうか」
『可能性としては、何もかもを変える事だろうね』
《名も顔も何もかも、じゃが魔法も失うかも知れんな、性格も変わるじゃろうし》
「それ以外には、無いんだろうか」
『魂や本質だからね、難しいと思うよ』
《ほぼ不可能じゃろ》
「転生しても、か」
《結局は姿形が変わるんじゃ、能力と共に気質は失われる。例え同じ名で呼んでも容れ物が違うんじゃし、存在は別物じゃろう》
『遺伝子と魂が影響し合っての本質だからね、魂だけのゴーストが霧散する様に、魂だけでは形を保てない』
「あの姿形と魂でこそ、ハナなのか」
《お主もじゃ、名も姿形も違えば、最早それは別人じゃろうよ》
『転生者もだよ、名も形も違う事を受け入れ、そして変容する。全く同じ様に生きようとする者は居たけれど、今度は周りの環境が違うんだもの、結局は違う人生を歩む事になる』
そしてショナ君が自然に目覚めるまで、魔素の解放は様子見となった。
紫苑だからか、貴重なショナの寝顔だからか。
凄く可愛く見える。
いや、可愛い顔だとは思ってたけども、寝顔が尋常じゃなく可愛い。
白雪姫の王子様の気持ちが分かったかも知れん。
けど、アレは死体か、ネクロフィリアはまだ無理だなぁ。
『そう眺めていては穴が空きそうだな』
「クエビコさん、それは困るわ」
『レジストすら効かんとはな』
「神様も眠らせられるかしら」
『どうだろうか、試してみるか?』
「良いけど、誰を」
『ロキ神だ、相殺するかどうかの確認も兼ねる事になる』
「そうか、宜しくお願いします」
さっきまではずっとこうしてたいなと思ったけど、神様が来るとなって急に不安になった。
もしショナが目覚めなかったら。
凄い怖いな、どう責任を取ろう。
『そう眺めていては穴が空きそうだな』
「無限ループすな。オモイカネさんの欠片はどうなってるの?」
『順調に育っている、種子の中に保存した』
「あ、ほっとくと気化しちゃうのか」
『あぁ、だが声は届いているようだ。息災だ、とな』
「怖くないかい、変容と統合は」
『楽しみであり、少し不安だ。特にお前の病歴を知った今はな』
「レアよレア、偶々。あ、でも嚥下の練習が必要そうよね、歩くとか、動く練習しないで大丈夫そう?」
『まぁ、無理だろうな』
「なのに怖く無いのか」
『そうだな、探求心が勝っているようだ』
「ワクワクする神様って可愛いよな」
返答に困ったのかクエビコさんが黙ってしまった。
杖に表情が有れば良いんだけど、無機物だものなぁ。
寝顔、可愛いなぁ。
『お邪魔しまーす!』
中空から駆け寄って来たのはマジ美丈夫。
何なら美青年、誰。
「だれ」
『ロキだよ☆』
「ぁあ、どうも、桜木花子で。今のこの姿は紫苑と言います」
『うん、宜しく。ねぇ、何か溢れて無い?』
「あの、事情を知ってココに来たんじゃ?」
『召喚者が会ってくれるかもよって、ドリアードに言われて。後は何も知らないんだ』
「魔素を初めて溢れさせました」
『そっか、どっか痛いとか無い?俺は複合型だからさ、溢れてる事に気付くのに時間が掛かったんだ。違和感とか無い?』
「コレが可愛く見えます」
『確かに可愛い寝顔だねぇ』
「ずっと眺めてたい」
『不思議な副作用だねぇ』
『そんなワケは無いだろう』
「コチラは知恵の神クエビコさんの分体の杖、ツエビコさんです」
『お前また巫山戯た事を』
『宜しくねツエビコさん』
柔軟性が高いでらっしゃる。
『まぁ良い、どうだ影響は』
『無いねぇ』
「えー、残念」
『どうして?』
「魔王を寝かし付けられるかなと、流石にそこまでの威力は無理か」
『直撃させてみてはどうかとの案が出ているが、どうする』
「試して良いですか?」
『うん、どうぞ』
エリクサーを1口ずつ飲もうと思ったのだが、5口飲んでも溢れないので一気飲みに変更。
すると再び魔素が溢れ。
寝た。
「ぉお、ワシ鎮圧兵器やん、なぁキノコ神」
《ちょ、おま、ワイを、なん…だと……》
精霊にも効いた。
遂に魔王にも安眠が訪れるのか、後で試してみよう。
物凄い眠気に耐えられず、眠ってしまった。
そして目を覚ますと、見知らぬ男性と紫苑さんがコチラを眺めてニコニコしている。
「あの、おはようございます」
『おはよう、可愛いねぇ』
「この方はロキさん、協力して頂いてます」
「すみません眠ってしまって、従者のショナです」
『うんうん、宜しくね』
「眼福」
眼福?
「あの、コレって、溢れた影響でしょうか?」
「おう、神様も眠った」
『凄かったよねぇ、死んじゃぅうって位に眠くなるの』
「はい、睡眠不足も何も無かったのに、まるで何日も寝てないみたいに眠くて、耐えられませんでした」
「溢れた直後に近くに居なければ良いみたい」
『だね、今は眠い?』
「いえ、スッキリしてます」
「次はメス型か、不安だ」
『大丈夫だって、流石に最初は離れて試すし、彼に何か有ったら俺が抑え込んであげる』
「それは、ご自分に被害が来る事は懸念されないので?」
『えっ』
「ちがっ、僕は一応、異性愛者です」
『そっか、残念だねぇ?』
「ワシの本来は女ぞ?」
『本当にそうなの?』
「なんで?」
『だってほら、トイレを躊躇うとか無かったし』
「ウチ座りションの家系なの」
『だけかなぁ』
「それセクハラや」
「あ、ノームさん」
「ロキさんの直後に呼んだら寝た」
『行き倒れにしか見えないよねぇ』
「それな、ダイイングメッセージ残しそう」
「それで線を引いて有るんですか?」
「はい」
「そもそも、この線は一体」
『小麦粉を溶かしてたよ、粉じゃ吹き飛ぶし、芝を削るのが勿体無いって』
「もんじゃ食いたいな、ネギ焼きでも良い」
『何かそれ美味しそう』
「あ、今」
1時間半も寝てしまっていた。
「30分もしないでロキさんが来て、ロキさんは30分位で起きた」
『寝ないでも平気だからね』
「そうなると、どうしてノームさんにはこんなに効いてるんでしょうか」
『性質らしい。休眠と雷を好むんだそうだ、だからこそ良く効くらしい』
「雷電なぁ、電撃で起こしたら喜ぶかしら」
『試す?』
「まだ会得して無いんだ、回復に手間取ったりしてたから」
『そっかそっか、なら良い神様を紹介しようか?』
「北欧神話以外でお願いします」
『勿論』
『坊主、一応バイタルチェッカーを使ってはくれないか』
「あ、はい」
紫苑さんも僕も異常は無し。
次も小屋の中で待機し、桜木さんが溢れるのをロキ神と待つ事に。
『ねぇねぇ、あの子って好き子とか居るのかな?』
「へ?あぁ、どうなんでしょう、聞いた事は無いですが。既に残る決心はしてらっしゃいますよ」
『そっかー、じゃあ何か有ったら俺が召し上げるね』
「あの、召し上げとはどの様な関係に」
『あ、溢れたかも』
眼鏡を掛けて桜木さんの方を見ると、全身から魔素が広がっていった。
紫苑さんの時より薄く早く広がって、中空に舞い続けている。
「あの、さっきと違って出続けてるんですが、大丈夫なんでしょうか」
『余剰分が出たら止まると思うよ』
そして武光さんの指示なのか、植物を成長させると更に魔素が溢れた。
「ロキ神もこの様な」
『ううん、シオンと同じ。じゃあ、ちょっと行ってくるね』
ハナは本来と同じく、気分を良くさせる効果を表した。
そして今回はロキ神には効かず、ショナ君の魔導具が壊れる事も無かった。
「世話になった」
『いえいえ、可愛いねあの子』
《それはどっちじゃ?》
『両方』
どう言う事だ、本来でも前回でもショナ君には全く興味が無かった筈だが。
どうしてだ、何がそんなに。
「それは」
『冗談だよ、半分は』
《何処をどう半分なんじゃろか》
『それよりだ、コレで確定なのだろう、英雄気質は』
《じゃの、ルーマニアに同じ系譜が生き残っておるらしいが、それ以上は本人に会えなければ情報は提供出来ぬ。じゃと》
『警戒されてるねぇ』
「だが会わせるなら、ハナに伝えなくてはいけないだろう。そう言った性質だ、と」
本来なら、かなり先なのだろう。
だからこそ、前回は上手く行かなかった懸念も有る。
《別に伝えても良いじゃろ》
「いや、相談させてくれ」
ネイハムか、確かに能力は高いのだし、父兄として支えると言っているし。
五十六先生にも立ち会って貰い、相談するか。
武光君はこの事を先天的に感じ取っていたのかな、だからこそ先手を打っていたのかも知れないねぇ。
《神々の情報では、整形かハーレムか地霊の加護の有る血筋か、ですか》
「だからこそ警戒してたんだねぇ」
《向こうでもそう言った方が存在していたんでしょうかね》
「僕はまぁ、そこは別に良いや。武光君はどう思う」
「そう簡単に受け入れる雰囲気は無いだろう、何なら直地点がズレて不時着する可能性も有る」
《あぁ、蛙化現象の気配も有りますし、確かにそうですね》
「だが、知るタイミングについては判断し兼ねる。早ければ何かを諦め、遅ければ疑念が膨れ上がるだろう」
「整形も別人レベルだものね、名も何もかもは、流石にココでも前例は無いからねぇ」
「そこについては予想するしか無いのかも知れんが、どう思う」
「性質を変更させる程の変化だろう、確実に性格は変更されてしまうだろうねぇ」
「それはハナだと言えるんだろうか。誰かの為にそんな事をして、もし、破局を迎えてしまったら」
「仮に元に戻せるとして、以前と全く同じに戻れるかとなると、難しそうだよねぇ」
《大掛かりな変更ですし。そうですね、最悪は能力は元には戻らないかも知れませんね》
「そして性格も。最悪は誰からも愛されない、なんて事にはなって欲しくは無い」
「そのリスクを避けるならハーレムか血筋か、かねぇ」
《ココなら狗神か土蜘蛛族との事なのですが》
《閲覧規制が掛っておる》
「クエビコ神は何か知らないんだろうか」
『コレ以上は介入になる』
《ケチじゃよねぇ》
「なら情報へ至る道、かねぇ」
《至るまでの理屈が少し足りませんね、もう少し、本来の目的を隠せる様な情報が有ると良いんですが》
「もう少し、ハナには先延ばしにするか」
「だねぇ、フォローするにも情報が足りないからねぇ」
彼は本気で桜木君の将来を心配している。
「すまなかったな、毎回急で、助かった」
「いえいえ、では」
《どうして、何故、そこまで思い入れる事が可能なんでしょうかね》
「バックグラウンドがどうでも、本気で心配している。今はそれで良いと思うけどね、残る側でも無いんだし」
《だからこそですよ、引っ掻き回すサイコパスだって存在しているんですし》
「そんな気配は無いし、寧ろ君がそう警戒されているワケだけどもねぇ」
《表情に出ないだけで心は動きますよ》
「そこは信じてるけど、出来るじゃない、そう動くのも」
《もうそこまでの情熱は無いですよ》
「どうだかなぁ、年老いても興味には勝てない、現に僕がそうなんだから」
ココは平和になった。
平和だからグダグダしている。
良い言い訳を貰って集中したが、ふとした時に現実を思い出す、厄災はこれからなのにと。
『集中出来無いか』
「そらね、厄災前なんだもの。落差が怖いわいな」
『だがコレは必要な検証だ』
「そうなのよねぇ、繊細ですみませんね」
『そう謝ってくれるな、無理は承知の上なんだ』
「集中出来る薬か何か、いや、アカンか」
『そうだな、薬物は控えてくれ』
「ナス目ナス科もダメなのか」
『属は、あぁ、ソレは合法だが、用意が有るのかどうか』
「確かに」
一応ショナが所持してくれていた。
うん、寿命が縮む味がする。
クラクラする、うん、現実だなコレ。
「あの、大丈夫ですか?」
「いや、でも現実感が有って落ち着くわ、コレまでシミュレーションならもうね、結局は現実と同じだし」
「そんなに現実味の無い世界ですかね?」
「おう、何でワシですか、とずっと疑問で。けど、偶々なら頑張らないとな、と」
「逆に、どんな方なら良いと思うんでしょうか」
「それこそ君みたいな公務員で、重火器にも特化してるとか。もっと妄想力の逞しい芸術家とか、タケちゃんみたいに意識とか強い人、異世界で生きる自信の有る方」
「少なくとも僕にしてみたら、不適格では無いと思うんですが」
「じゃあ不適格とは?」
「怯えて何もしない、自己中心的で批判的で、排他的、でしょうか」
「そんなん腐る程、そうか、最低限の違いか。もう少し欲張ろうよ」
「既にいらっしゃるのに無理ですよ」
「あぁ、そうよね、理想じゃなくてごめんね」
「最低限は想像しましたけど、理想は無いんですが」
「欲張りません、勝つまでは」
「今だけでも、その標語は頭から外しておいて下さい」
小心者で気が小さくて繊細で、真逆のタケちゃんが居なかったらこうなってたかも怪しい。
結局は不適格者だと思うんだけど、それをショナに言ってもどうしようも無いしな。
「おう、寝ます」
「はい、おやすみなさい」




