不思議なフォンツァ
かーしゃに送ってもらい辿り着いたのは、まんまクラヴィクスの執務室だった。
心の準備をしてからここに来たかったのに!と思ったものの、クラヴィクスは室内にいなかった為にホッと胸を撫で下ろす。
「……あ、今って……」
時計を見ると深夜1時。
この時間では流石にもう休んでいるのかな……と慣れ親しんでいるソファーに触れる。
ソファーにはいつも使用出来るようにと、ブランケットが置いてある。
クラヴィクスは使わないとなれば、それは由良の為だけに置いてあるような物だ。
「クラヴィクスさん……」
1人名前を呟くと扉がガチャリと開かれ、今まさに名前を呼んだクラヴィクスが現れた。
ソファー前に佇む由良を見て眉をひそめたクラヴィクスは、ツカツカと由良に近付く。
「どうした?眠れないのか?」
慣れた手付きでソファーに座らせ額に手を当てるクラヴィクスの優しさがやはり愛しい。
「お別れをしてきたんです……」
「……別れ?」
誰にだ?と怪訝な表情を見せるクラヴィクスに、かーしゃに元の世界に連れていってもらったことや、かーしゃの力があれば世界を行き来することが可能なことを伝えていく。
「……は?」
声を詰まらせ驚いた声を上げたクラヴィクスは、ゆっくりとため息を吐く。
「駄目だ。遊びに来るくらいなら構わないが、君がここにいては駄目なんだ」
「どうして、ですか?」
「………私は君に死んでほしくない」
切に願う声と瞳に由良の頬がみるみるうちに赤くなる。
「私、死なないですよ……?」
「恵梨のように病魔に侵されないとでも?」
一瞬苦し気な表情を見せたクラヴィクスは、ソッと由良の頬に手を触れてくる。
ブルーの瞳が揺らいでいる。
由良も同じようにクラヴィクスの頬に触れると、困ったように眉を下げられた。
「もし君を私の不注意で死なせてしまえば、私は私自身を許せなくなる」
「あっ、あの!」
何やら自分が死ぬ前提で動かれている。
これはかーしゃの言っていた伝言を伝えないと……とクラヴィクスを見つめる。
「かーしゃに……普通の暮らしが出来るようにしてもらったんです……」
「普通の暮らし?」
「はい。この世界の空気に合わせてもらって……」
もし何らかの病気になったとしても、一般市民のように気が付ける。
この世界でも何事もなく暮らしていけるように、かーしゃが更に加護をくれた。
「つまり、君は……」
「皆さんと同じように生きていけます。勿論、寿命とかはありますけど……っ!」
至近距離で話すのは何だか緊張してしまう……今更そう思いながら話していると、頬に添えられた手が由良の後頭部に回る。
思い切り引き寄せられ、クラヴィクスの胸に顔が触れた。
「え?あ、の……クラヴィクスさん……!」
クラヴィクスの体温や匂いを直に感じ、胸の奥から嬉しさと恥ずかしさが沸き起こる。
心臓がバクバクと高鳴っていく音は、きっとクラヴィクスにも聞こえてしまっている。
そんなことはお構い無しなのか、後頭部に回った手は一向に離れない。
それどころかまるで離さないように力強くなっていく。
暫くそのままでいると、苦し気で深いため息が聞こえてきた。
漸く解放されクラヴィクスを見上げる。
「全く……君は本当に不思議なフォンツァだな」
「……っ!」
今まで見たことがないような、泣きそうな表情に胸が更に締め付けられる。
泣きそうなのに少しばかり頬を緩めどことなく嬉しそうだ。
その表情を見てしまうと、ぎゅうっと胸が愛しさを知らせてくる。
気持ちを伝えたい。そう思ったけどはぐらかされたことを思い出す。今は、クラヴィクスの見たことのない表情を見れただけで満足だ。
客間にいない由良を心配したディアナがルッツと共に執務室までくる間、クラヴィクスは由良の頭をゆるゆると撫で続けた。




