大事な挨拶
神の目的は由良を呼び寄せること。
その由良がこの世界にいることを望んだ。
それはつまり、もうこの世界にフォンツァが落ちてくる必要がないことを意味していた。
バルクとクラヴィクスの話し合いの結果、一連の出来事を全世界に公表する旨が決まった。
何より、かーしゃ本人が公表しても良いと言った上に、会議そのものに参加する意欲を見せているらしく、歴史上の神に会えるなら!と他国の王や権力者達がこぞって参加を決定しているらしい。神のパワーは偉大だな!とバルクが笑っていたそうな。
大変なのはその神に気に入られたと思われているクラヴィクスだった。
神様に気に入られるほどの実力者で独身。
そんな人を放っておける人はこの国の人くらいで、他国の人間はそう思わないらしい。
執務室には研究のパトロン立候補やお見合い話しの手紙が毎日大量に届く。
辟易としたため息を吐きながらも丁寧に目を通すクラヴィクスの姿には、優しいな……と胸を熱くする反面、大変だなと同情もしてしまう。
同じく神様が認めたフォンツァということで、由良にもお見合い話が舞い込んでくるものの、保護者のように目を光らせているディアナによって実害は出ていない。
バルクは国の決定をしてから忙しいらしく、夫人やユリウスやマリウスを連れて連日会議をしている。
忙しいと言えば、かーしゃがポロリと溢した、私に剣を向けれた唯一つの人と言わしめたルッツだろう。
要人達がいる前で呟いてしまった為に、ルッツにもお見合い要請や弟子にしてほしい!等、様々な手紙が届いているらしい。
ルッツはそれら全てを同じ文面で断っているらしく、ユリウスとマリウスが楽しそうに内容について語っていた。
ロッティや衛兵達の日常はあまり変わっていないみたいだ。
ロッティは魔法学校を卒業するために日々頑張り、ハーロルト達は褒められてしまうと恥ずかしい気分になるようで、視線から逃れる為にいつもより鍛練に励んでいるらしい。その姿を思い浮かべると何だか面白い。
そんなことを思いながら、今日も今日とて執務室で勉強をしていく。
クラヴィクスがいない時の方が多いけれど、時間があれば必ず執務室にやってきて、共にいる時間を作ってくれている。
クラヴィクスとの関係は正直よく分からない。
以前と同じように、時折クラヴィクスが由良の髪の毛に触れて、たまに勇気が出た時に由良からクラヴィクスの袖を握る。
何かの拍子に至近距離で会話をしてしまえば、眉間に皺を寄せたクラヴィクスが重苦しいため息を吐きながら離れる。
傍にいて安心するものの少し緊張してしまう。そんな関係は今後も変わらなそうだ。
「紅茶、何だか久々に淹れた気がします」
テーブルにティーカップを置くと、由良の隣に座ったクラヴィクスは、そうだな……と小さく呟く。
そしてカップを持ち一口飲んだ所で、由良を見つめた。
「会議でどんなに評判の紅茶を飲まされたとしても、やはり舌に馴染みのある紅茶が一番だな」
「そうですよね!この街の茶葉美味しいし、馴染める味わいですよね」
この紅茶はクラヴィクスの為に選んだ紅茶だ。
それを一番だと言われて上機嫌に返事をしたものの、クラヴィクスはみるみるうちに不機嫌になっていく。
そして額に手を当てため息を吐いている。
どうやらクラヴィクスの望む回答ではなかったらしい。
一体何を言えば良かったのか。
うーん……と悩んでいると、頭をポンッと撫でられクラヴィクスを見上げる。
「全く君は成長しないな」
「うっ、成長はしてると思いたい……です」
「そうか?……まあ、そうなのだろうな」
「そうですよ!」
紅茶を淹れるのも上手くなったし……と見つめると、クラヴィクスはもう一口紅茶を飲み呟いた。
「………ありがとう」
その言葉に色んな感情が含まれているような気がして由良は頬を緩める。
クラヴィクスの言葉に幸せを噛み締めていると、1つ伝えていないことがあったと、あ!と声を上げた。
「……クラヴィクスさん」
「何だ?」
「えっと、お帰りなさい」
目を瞬かせたクラヴィクスは口元に手を当て、何やら考える素振りを見せたが、短く息を吐き表情を和らげている。
「ああ、ただいま由良」
「……っ!」
一気に赤くなった頬を隠すように俯く。
クラヴィクスの顔を見たらいらない言葉が出てきそうだ。
必死に冷静さを保とうとした時俯いてしまった由良は、クラヴィクスの表情を見れていなかった。
そこにはきっと、今まで見たこともなかった表情をして、由良を見つめるクラヴィクスがいたことだろう。




