とある風となった男と魔族のトライアスロン
森の中で一人。
俺は誰の合図もなく――
駆け出した。
視界の端を流れていく樹々。
俺は徐々に体を加速させていくと
流れる風に体を溶け込ませるように足を動かした。
体は固体から液体となり
液体から気体を経て――
風となる。
そう。
俺は風だ。
誰も俺の走りを止めることはできない。
「ぐははははは! 魔族の登場だ!
こんな森を一人で走っているとは不用心だな!
この俺が貴様を殺して――ぶぎゃ!」
何かとぶつかった気がする。
だがどうでもいいことだ。
俺は風だ。
風は何にも止めることはできない。
「のおおお! 痛いぃいいいいい!
クソが! この人間め! 逃げるなまてぇえええ!」
背後から声が聞こえた気がする。
だが気のせいだ。
俺は風だ。
風に耳などついていない。
「くそ! ぜえぜえ! とまれ! くそ・・・
うぉおおおおお! 人間なんぞに負けるかぁああ!」
一時間が経過する。
だが俺は止まらない。
俺は風だ。
風は疲労など覚えない。
「ぼへえええええ・・・・ぼへえええ・・・
なぜ止まらん・・・・ぜえええ・・・くぞおお・・・
負けん・・・俺は負けんぞおおおお・・・・」
森を横断する。
進む先に湖が見えた。
だが当然立ち止まることなどない。
俺は風だ。
風は溺れることを知らない。
俺は躊躇なく水に入り
速度を緩めることなくバタフライで進んでいく。
「水だと・・・くぞ・・・くぞおおおおお!
ここまできて逃がして堪るかああああ!」
背後から誰かが湖に飛び込む音が鳴る。
だがどうでもいい。
俺は風だ。
風は振り返らず進むだけだ。
また一時間かけて湖を横断する。
湖から上がると
目の前に自転車が置いてある。
当然自転車に乗る。
俺は風だ。
風は多分自転車が好きだ。
「ぬわにいいいいい! なぜ自転車が!
俺の分はないのか・・・あ、あったぞおおお!」
予備の自転車に誰かが乗り込み
ちりんちりんと追いかけてくる。
だがそれが何のその。
俺は風だ。
風は予備の自転車を他者に分け与える。
一時間後、自転車から颯爽と降りる。
そして俺はまた大地を踏みしめて走り出す。
俺は風だ。
風はやはり自分の足で走るべきだ。
「ぜえええ・・・ぜええ・・・・
今度は走りか・・・くそ・・・・
自転車はここに置いておくぞおおお!」
何者かが自転車に鍵をかけて置いておく。
これで盗まれる心配がないだろう。
俺は風だ。
風は自転車を盗まれることを最も嫌う。
そして一時間後、また湖に飛び込む。
そして一時間後、また自転車に乗り込む。
そして一時間後、また自身の足で走り出す。
俺は風だ。
俺は止まらない。
俺は走り続ける。
どこまでも――
どこまでも――
だから俺は――
常に独りきりだ。
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「はあ・・・はあ・・・」
ほぼ丸一日走り続けて
俺はようやく走ることを辞めた。
俺は風から――
普通の人間となる。
パタンと地面に背中から倒れる。
人間となった俺に
心地よい風がなでる。
悪くない気分だ。
だがいつもその満足感の奥には――
わずかな虚無感が残っていた。
俺は走っている時だけ風となる。
俺は走っている時だけ孤独となる。
この胸の奥にある虚無感は――
風であるがゆえの孤独感なのだ。
しかし――
今日は違った。
いつもの孤独感が――
いつもの虚無感が――
温かく満たされている。
俺は孤独ではなかったのだ。
俺はゆっくりと視線を動かす。
俺のすぐ横に――
俺と同じように地面に倒れた影がある。
それは――
ここまで一緒に走ってきた魔族だった。
荒い息を吐きながら
魔族がこちらを見つめている。
俺もまた荒い息を吐きながら
魔族を見つめた。
互いの視線を交差させること十秒。
俺と魔族は同時に笑みを浮かべ――
力強くハイタッチをした。
だから何?
ブックマークと評価一件につき、10+2話書いてみたいと思います。
もう少し延長させてやろうという方、
よければブックマークと評価をいただけるとありがたいです。
ブックマークつけるか迷ったときはつけてみましょう。




