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第八十三章:好機

ルシアスの言葉に店主は興味深げに眉を上げた。


「その前にやるべきこと、か……何を考えている?」


ルシアスはカップを置き、静かに微笑んだ。


「ヴィクトールが崩壊したことで市場には大きな混乱が生じる。王国経済のバランスが崩れ、強者が新たな秩序を作るまでの間、王都は混沌に包まれるだろう」


店主は顎に手を当て思案する。


「つまり、その混乱を利用するつもりか?」


「そういうことだ。市場が混乱している今こそ我々が新たな秩序を築く好機だ」


ルシアスの目は鋭く輝いていた。


「だが、具体的に何をするつもりだ?」


ルシアスは立ち上がると窓の外を見た。そこにはヴィクトールの失脚を祝う群衆が解放感に満ちた笑顔で賑わっている。


「ヴィクトールが支配していた市場の穴を埋める。そして、カフェを単なる飲食の場ではなく、王都の新たな経済の中心地にする」


店主は驚きの表情を浮かべた。


「カフェを経済の中心地に……?」


「そうだ。ヴィクトールは交易を独占し利益を一手に握ろうとした。そのために市場を支配して商人たちを意のままに操っていた」


ルシアスは静かに続ける。


「だがその枠組みが崩れた今、商人たちは新たな拠点を求めている。信用できる取引の場が必要なんだ」


「……なるほど、カフェを商談の場にするのか」


店主が呟いた。


「それだけじゃない」


ルシアスは口元を歪めて笑う。


「ここを王都の新たな情報の中心地にする」


「情報の……?」


「ヴィクトールが独占していたのは金だけじゃない。奴は情報を操り誰がどこでどんな商売をしているのかを把握し、それを元に権力を築いた」


ルシアスの指がテーブルを軽く叩く。


「だが、その情報網も今は空白だ。市場が混乱している今こそ新たな情報の流れを作るチャンスだ」


「つまり……ここで商人たちが集まり、情報を交換し、商談をまとめるようになれば、自然とこのカフェが王都の経済を動かす中心になる」


店主は驚きながらも納得したように頷いた。


「だが、それにはどうやって商人たちを引き込む?」


ルシアスは目を細め静かに答えた。


「簡単なことだ——ヴィクトールの隠し資産を暴き、その富を市場に解き放つ」


店主は目を見開いた。


「まさか……!」


「ヴィクトールは失脚したが彼が隠し持っていた財産はまだ王国内に眠っている。それを探し出し適切な手段で市場に流せば、商人たちは新たな流れを求めてここに集まるようになる」


ルシアスは冷静に言った。


「すでにロイゼル准将やガルシウスたちと話をつけてある。王国軍もヴィクトールの隠し財産を押収するつもりだが、そのすべてを国庫に収めるのではなく一部を市場に還元するよう働きかけている」


「……なるほどな」


店主は呆れたように笑った。


「ヴィクトールの没落によって生じた空白をお前が埋めるつもりか」


ルシアスは無言で頷く。


「そのためにはまずヴィクトールの残した資産がどこに隠されているのかを突き止める必要がある。その鍵を握っているのは——」


彼は窓の外を指さした。


「ヴィクトールの元腹心たちだ」


***


王都の裏通り。


そこでは、かつてヴィクトールの命令で動いていた密売人や闇商人たちが不安げに集まっていた。


「ヴィクトール侯爵がやられた今、俺たちはどうなる……?」


「このままでは市場は混乱するばかりだ」


「誰かが新たな秩序を作らなければ……」


その時——


「その役目を俺たちが担おう」


冷たい声が響いた。


ルシアスが姿を現す。その足取りはまるで王のように堂々としていた。

その背後にはカフェの仲間たちが控えていた。


闇商人たちの視線が一瞬でルシアスへと吸い寄せられる。彼のただならぬ威圧感に誰もが息を呑んだ。


「ル、ルシアス……!」


「ここでお前たちに提案がある」


ルシアスは闇商人たちの前へと歩み寄り、鋭い眼光を向けた。その目には元魔王としての有無を言わせぬ圧倒的な支配者の風格が漂っている。


「お前たちはヴィクトールの指示で市場を動かしていた。しかし、奴がいなくなった今、お前たちには新たな道が必要なはずだ」


闇商人たちは一斉に息を飲んだ。


「そこでだ」


ルシアスは低く囁いた。


「ヴィクトールの隠し財産を教えろ。そうすれば、お前たちがこの先も生き残れる道を用意してやる」


沈黙が広がる。その圧倒的な威圧感の前に、誰一人として逆らうことができなかった。


そしてヴィクトールの権力が完全に崩壊した今、もはや逆らう理由もなかった。


「……わかった」


密売人の一人が小さく頷き、ルシアスに近づいた。


「ヴィクトールは資産の一部を王都地下にある隠し倉庫に移していた。そこには奴がこれまでの取引で得た金貨や希少品が山ほど眠っているはずだ」


ルシアスは微笑み、静かに言った。


「いい情報だ。よく喋ったな」


そう言うと、彼は密売人の肩を軽く叩いた。


「この情報を元に動く。お前たちは市場の再建に協力しろ。その代わり、取引の場として俺たちのカフェを利用しろ」


闇商人たちは顔を見合わせた。


「……わかった。俺たちも生き延びるために協力する」


ルシアスは満足げに頷いた。


「よし、ならば決まりだ」


こうして——


王都の市場は新たな秩序の中で動き出した。

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