第六章:謎の貴族と招かれざる客
翌日、俺は早朝から店の準備をしていた。昨日の喧騒が嘘のように静まり返ったカフェには、いつも通り鳥のさえずりと、風に揺れる葉の音だけが響いている。
「たまにはこういう静かな日も悪くないな……。」
そう思いながら、新作のメニューを試作していると、店の扉がゆっくりと開いた。
「いらっしゃいませ――!」
声をかけようと顔を上げると、そこには高貴な雰囲気を纏った男性が立っていた。
彼は純白のスーツを身にまとい、胸元には金の刺繍が施された派手な紋章が飾られている。見た目からして、ただの客ではないことは一目で分かった。
「ここが例の“魔王と勇者も通う店”か。なかなか風情があるな。」
落ち着いた低い声。彼は優雅な動きでカウンター席に腰を下ろした。
「あ、はい。そうですが……お客様はどちら様で?」
思わず尋ねると、彼は微笑みながら言った。
「私はアルセイン。この国の貴族の一人だよ。」
「貴族……!?」
予想外の客に、俺は驚きを隠せなかった。魔王や勇者も驚きだが、貴族なんて更に遠い存在だ。
「どうしてこの店に?」と聞こうとしたその瞬間、彼が付け加える。
「実は、少し気になることがあってね。噂によれば、この店で“禁断の果実”を使った料理が提供されたそうじゃないか?」
またルナグレープか――俺は心の中でため息をついた。
「ええ、確かにルナグレープを使ったタルトを作りました。でも、それは特別なメニューで、毎回出すわけじゃ――」
「構わない。私は禁断の果実に興味があるだけだ。それをどう調理するか、ぜひ見せてほしい。」
彼は微笑みながら、優雅にカウンターに肘をつく。その態度に、断れる雰囲気はまったくない。
「分かりました……少しお待ちください。」
仕方なく厨房に戻り、ルナグレープを再び手に取る。
今度は彼のためだけに、少し特別なアレンジを加えた新しいメニューを試すことにした。タルト生地に加え、ルナグレープの果汁を使ったゼリーを層にし、その上に果肉を飾る。見た目も味も上品さを意識した一品だ。
「お待たせしました。こちらが本日特別にご用意した“ルナグレープのデザートプレート”です。」
カウンターに運ぶと、アルセインは目を細めてそれを見つめた。
「美しいな……。料理でここまで魅せるとは。」
彼はフォークを手に取り、一口ゼリーを口に運ぶ。
「……素晴らしい。甘さの中に果実そのものの鮮烈な香りが広がる。君の腕前、感服したよ。」
その言葉にほっと胸を撫で下ろした。
だが、平和な時間は長くは続かなかった。
再び店の扉が勢いよく開く音が響いた。
「ここがその“禁断の果実”を扱う店か!」
現れたのは、大柄な男たちの一団。粗末な鎧に汚れた布を巻いた、明らかに野蛮な雰囲気を漂わせている。
「おいおい、ここは静かなカフェだぞ……何しに来たんだ。」
俺が警戒しながら尋ねると、彼らのリーダー格の男が大声で笑った。
「決まってるだろ! その禁断の果実ってやつを渡してもらうためさ!」
「えっ……?」
店内の空気が一瞬で張り詰める。アルセインは冷静に彼らを一瞥し、静かに立ち上がった。
「野蛮な真似はやめたまえ。この店の主人は料理人だ。彼を脅すのは筋違いだろう。」
「なんだお前は……?」
リーダー格の男が睨みつけると、アルセインは冷ややかに微笑む。
「ただの貴族だよ。だが――」
彼が一瞬だけ手をかざすと、周囲の空気が震えた。
「――無礼者を処罰する権限くらいは持っている。」
途端に、男たちの足元から光が立ち上がり、動けなくなった。彼らは混乱しながら叫び声を上げる。
「貴族が魔法を使えるなんて聞いてないぞ!」
「さっさと引き上げるぞ!」
男たちは慌てて逃げ出し、店の中は再び静かになった。
「……助けてくれたんですね。」
俺が言うと、アルセインは微笑んで答えた。
「いや、助けたわけじゃない。この店の料理が、まだ楽しみだっただけだよ。」
その言葉に、俺は苦笑しながらも礼を言った。
こうして、貴族の来訪という新たな波乱の日も幕を閉じた――かと思いきや、これがさらなる騒動の始まりになることは、この時の俺には知る由もなかった。
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書き溜めていた物語なのですが興味もっていただけていたら反応あるとすごくはげみになります。お願いします。